十話 大会開催
ハンディー大会当日となった。
キシたちが音連れた二日前は、まだ少し閑散とした雰囲気があったのに、いまではどこもかしこも人ばかりだ。
岩石と岩石の間にある道にはテントが建てられ、飲み物や食べ物を売っている。大会出場者特典として出店権をもらえたので、ティシリアの指示で、戦闘部隊の一人が休憩所謹製のレーションの売店を開いて、余剰分をお金に変換する試みをしている。
キシは、この数日で一緒にいることが多くなった、ティシリアとビルギにアンリズとともに、売店を冷かして歩いていた。
「こうしてなんの水やら肉やらわからない物体を食料として売っているのを見ると、あのレーションが上等なものだって実感するな」
「意外と害獣の肉も美味しいのよ。レーションにはない、動物性脂肪分の味がガツンとくるから」
ティシリアが差した先にあるのは、手のひら大をした円形の肉を、鉄板で焼いている店。その形と肉の外周にあるピンク色の表皮を見て、キシは頬を引きつらせた。
「あれって、害獣のサンドワームが呼ぶ、子ミミズの肉だろ。あれを食うのか?」
砂漠から天を突いて現れる、人型機械を飲み込めるサンドワーム。それが呼ぶ子供――プレイヤー間の通称『子ミミズ』は、ジャンプして機体に取り付いて関節に入り込み、自分の肉体で四肢の動きを阻害させる働きをする、いやな存在だ。特に、関節の動きに擦りつぶされて、機体が肉片まみれになるあたりが、脳波コントロール式のプレイヤーの悲鳴を誘っている。
「でも、群れで行動して数が多いのに拳銃さえあれば倒せるから、安くていい食料なのよ。味だって、噛むととろっとした肉が口の中で解けて美味しいわ。買ってあげましょうか?」
「いらない。元を知っているから、食ったら吐きそうな気がする」
「あー。生きている間は、グネグネして気持ち悪いもんね」
うっかり想像しそうになり、キシは頭を振るって意識しないようにした。
「それにしても、ここにいる人たちの内訳を考えると、大会出場者は十分の一も居ないんじゃないか?」
「この付近に定住している人だけじゃなくて、遠方から来る人も多いそうよ」
「遠くからの人たちは、安全のために護衛を雇い、大勢で移動しますからね。この村の人口増加に寄与する一番の勢力ですよ」
「人が集まる場では、情報が集まりやすいので、ちょっと収集してきます」
「アンリズは相変わらず、情報収集に命をかけているなー」
するすると人ごみの中に消えていくアンリズの姿を見送り、キシたちは大会が開かれる広場にやってきた。
広場といっても、ハンディーが暴れ回る範囲の岩石を除去しただけの空き地である。しかも周囲には出場者のトラックや人員が集まるために観客席が置けないという、欠陥広場である。
そのため、広場の外側に立ち並ぶ巨岩の中が観客席の役目を引き継ぎ、多数ある穴から見物客が早くも顔を覗かせていた。その巨岩に入れない人たちはというと、出場者に掛け合って、ハンディーを積んできたトラックなどの運搬者の上に載らせてもらっている。
そんな観客のほとんどの手には、売店で買った飲食物が握られていた。スチールマグを傾けている人の顔が赤いのを見るに、酒も売られているようだ。
「この世界で、酒ってどうやって造るんだ?」
「基本的には甘みがある植物――カンボクーの樹液やサトウサボテンで作るけど、水で薄めたレーションを筒に詰めて天日の下で置いたりしても出来るらしいわ」
「栄養価満天な上に酒にまでなるって万能か、あのレーション!」
人の歴史は酒の歴史と主張する者もいるぐらい、人の生活に酒は寄り添ってきた。この世界でもそれが同じだとすると、簡単な方法で酒になるレーションが売れるのは当然であった。
会話を楽しみながら、キシたちが自分たちのトラックやってくると、すでにハンディーが地面に座っていた。
買った当初は人型機械の手という印象が強かったが、全身をくすんだ白色に塗られ、胴体の真ん中に赤丸がデカデカと描かれた姿になってみると、ロボットアニメの主役側陣営の作業用ロボットっぽい感じが出ていた。
「青色があれば、トリコロールカラーになって、よりそれっぽいんだけどなぁ……」
「またその話。青色は全色の中で一番高いからダメって言ったでしょ」
「理解してはいるけど、白色と赤色だけの機体をみると、やっぱり惜しいって気になるんだよ」
「ふーん。人型機械の運転手の感性って、理解が難しいわ」
ほらほらと背中を押されて、キシはハンディーの各部チェックを指さし確認でしていた、メカニックのヤシュリとタミルの近くまで進んだ。
「二人とも、ハンディーの具合はどう?」
「お嬢が安値で買ったもんじゃからな。あまり乱暴に長時間運転することは推奨しかねる」
「お爺ちゃんが言いたいのは。予備部品に乏しいから、スピード決着を心掛けろってことだから、機体は万全だからね」
「俺も習熟訓練の間、ハンディーの整備を手伝ったから、ヤシュリさんの言いたいことは察せらえるようになっているって」
「ふんっ。指示待ち坊主が、一丁前の口をききよる」
「俺は手先が器用なだけで、機械いじりの才能がないんで、図面を見ながらや指示を貰わないと、何をしていいのかわからないんですってば」
この二日で何度となく言った説明を再びすると、ヤシュリの口が笑みの形になる。キシとこのやり取りをするのが、楽しいと感じている様子だ。
そうこうしていると、広場にスピーカーで拡張された声が響いた。
『本日は、ハンディー格闘大会にご参加、観覧にお越しくださり、誠にありがとうございます。開会式を行いますので、出場選手はハンディーに登場の上、広場の真ん中あたりに集まってください』
「ってことだから。キシ、お願いね」
「わかった。ちょっと行ってくるな」
キシはハンディの背部から運転席に乗り込むと、ベルトを閉めながら電源を入れた。バッテリーからの給電を受けて、ハンディの四肢に電気の力が点り、運転席の背部が装甲板で閉じられた。
キシが操縦桿とフットベダルを操ると、体育座りだったハンディが、すくっと人間がやるような動きで立ち上がった。そしてそのまま、スタスタと他のハンディーより先に広場の真ん中へ進み出た。
その姿を見て、大会出場者やそのクルーたちが騒がしくなる。
「くそぅ。大会前の美味しい場面をかっ攫われたか。よーし、こっちは踊りながら向かっちゃうもんね」
「よっし、起動完了。二番乗りは俺だ――って、こけたーー!!」
「おい! 一番乗りを許しちまったじゃねえか、さっさと行け!」
「ジャイロのチェックが終わらねえと、立ち上がることすら難しいんだよ!」
「他の奴らのことは気にするな、お前は自分のペースで操れ」
「はい。無様な姿はさらしません」
キシの機体を見て、大わらわでハンディーの起動と広場中央への進出を行う。中には急ぎ過ぎたあまりに倒れて、起き上がるのに時間がかかる人もいた。
開会前から大混乱だが、その様子が観客にはウケていた。
「うはははっ。今回の大会は、景品が良いものだから、面白い人たちがたくさん集まったみたいだな」
「人型機械一つ丸ごとだもんなー。この村が、例の発電機を必要としていないっていっても、太っ腹だよな」
「なんでのいいけど、もっとちゃんと動け―!」
観客からのヤジを背に、大会出場者たちは次々と広場に集まってきた。
広場に来たハンディー、その視界確保用スリットの多くが、キシの機体に向いている。
「もしかして、一番乗りしたから恨まれちゃったか?」
キシは納得がいかない気持ちを抱きつつも、どうせ対戦相手だし、と気にしないことにした。
出場するハンディーが集まり終えると、またアナウンスが流れる。
『大会主催者挨拶。出場者の皆様は、その場で停止してください』
広場の端からもう一台の紫色のハンディーが現れた。それは集まったハンディの前までやってきて、突然背中の部分から人が飛び出し、そのハンディーの頭の上に飛び乗った。
キシと同じ形で紫色のパイロットスーツを身にまとった、四十歳前半の精悍な顔つきの男性だ。
『ハンディーたちがぶつかり合い、金属の軋みと破砕の音を響かせる祭典に、皆はよく集まってくれた! その胸に抱いている、この大会への意気込みはそれぞれ違っていることは想像に易い。目的はどうあれ、正々堂々とした戦いを行い、大会を楽しんでくれ! もちろん、この村の村長である私も、このハンディーで出場する。ハンディーの運転に覚えがある強者と戦うのを楽しみだ!』
言い切った後で少し間があった後で、アナウンスの音声からパチパチと拍手の音が流れる。それにつられて、観客席の人たちとキシも手を叩いていく。
万雷とまではいかないものの、多数の拍手に包まれて、村長と名乗った紫色の男性は同色のハンディに再度乗り込む。そして、機体の片腕で大手を振り、広場の端へと戻っていった。
『主催者挨拶、ありがとうございました。以上で開会式は終わりとなり、すぐに一回戦第一試合が開始となります。こちらでもアナウンスはしますが、出場者の責任者の端末にトーナメント票を電子送付しましたので、それをご確認くださり、素早い大会運営にご協力ください』
アナウンスの声を聴き、それに急かされるように、広場の中央に集まった機体がそれぞれの場所へと戻っていく。
集合の際に一番乗りしたキシは、他の機体にぶつからないよう広場で待っていたため、引き上げるのは最後になってしまう。それがまた注目を浴びて、他の参加者のうち血の気の多かったり、注目を浴びようとしている人たちから睨まれることになったのだった。