百五話 VSザウルス系機体『サウリシアン』
キシは対戦相手である、ザウルス系の機体をもう一度よく観察してみた。
トカゲ頭は顎が大きく突き出ていて、映画に出てくる怪獣のように丸まった背中を持ち、一般的な人型機械と全長は同じだが、その三分の二はほどの長い腕がある。体は茶色い金属の小片を素体に何重にも張り付けた鱗状の装甲で覆われていて、臀部からは脚一本分と同じ太さかつ前兆と同じ長さの蛇腹の尻尾が垂れ下がっている。
判明しているザウルス系の機体の武器は、ナイフの刃のような両手爪と、ところどころに刃が突き出ている長い尻尾に、口の中にある射撃武器だ。他種の人型機械のように、外付けの武器は一切所持していない。
そんな金属で作った蜥蜴人間――怪獣映画でその怪獣を模して作った人間側の最終兵器のような姿をしている。
キシは布魔に盾を構えさせながら、ザウルス系の機体に外部音声で話しかけてみた。
『この戦いが、八回戦目の最終決戦になるわけだけど、なにか言っておきたいこととかあるか?』
キシが放ったのは、この質問に乗ってくるか否かで、相手の人柄の一端を掴もうと思っての言葉だった。
果たして、返答はあった。
『機体名『サウリシアン』ダ。ソレダケ知ッテオケ』
人じゃないものが無理やり人の声で喋っているような、歪な響きがある言葉だった。
明らかに外部音声に細工がされている声を聞いて、キシは相手のプレイヤーが『なりきり型』だと理解する。
このなりきり型とは、自分が独自に設定した機体の背景に沿って、その機体のパイロットを演じるプレイヤーたちのこと。
キシが戦った中では、休憩所を襲撃してきた勇者型機体のパイロットがその一種である。
そうと分かったところで、キシは相手の設定に付き合う決定を下す。その方が、思考や操縦を誘導しやすいからだ。
『サウリシアンか、良い名前だな。だが、そんな機体で俺を倒せるかな?』
『カッカッカ。舐メルナヨ、人間風情ガ』
突っ込んできたサウリシアンを見て、キシは布魔を後ろに下がらせながら『人間と敵対する種族ってわけか』と、相手プレイヤーの設定をさらに理解する。
差し詰め、地球に侵略してきたトカゲ兵器と、それを防衛しようとするニンジャ機体――もしくは他星に侵略してきた人間と自分の星を守るトカゲ戦士というわけだ。
分かりやすい設定なので、キシは調子よく合わせていく。
『トカゲなんて、霊長類である人間よりも劣った存在。人間を模したこの兵器でお前を撃ち倒して、それを証明してあげるよ』
『カッカッカ。人間ナド、爪モ牙モ尻尾モ無イ、劣等種族。我ガ肉体ト同ジ、『サウリシアン』デ、ソレヲ教エテヤル!』
接近してきたサウリシアンが、右の腕を伸ばして爪で斬りつけてきた。
キシが盾で防ぐと、ガリガリと引っかかれる音がして、五筋の線が盾の表面に刻まれる。
反撃に左手にあるアサルトライフルを射撃しようとするが、サウリシアンの左腕が迫ってきているうえに、その大顎を開けて内蔵武器を向けられてしまっていて、それどころではなかった。
布魔が掲げた盾に、引っかかれる音と、着弾した衝撃が生まれた。
キシが刀で開けた穴に爪の先が入り込んだようで、かなりの深さまで傷跡が入る。そして顎の中から放たれた大砲の弾によって、大きなへこみが盾に生まれた。
連続攻撃に、キシは距離を離すべくバーニアを噴射して後方へ跳ぶ。
その瞬間、サウリシアンが体ごと回転して尻尾を翻し、振るわれた勢いが伝播した尻尾の先が一時的に音速を超え、盾に衝突した。
布魔は衝撃で弾き飛ばされるように飛ばされ、転倒することなく地面に着地する。
盾を見れば、真ん中からくの字に曲がってしまっていた。それほどに、尻尾の一撃は驚異的であり、機体に愛ければ一発大破の可能性があった。
それでキシは、布魔にボロボロになりつつある盾を構えさせつつ、左手でアサルトライフルを射撃する。
サウリシアンは、ボクシングでいうところのピーカブースタイルの構えを取る。その長い腕で上半身の前面を丸々覆い隠している。
アサルトライフルから放たれた弾丸は、サウリシアンの構えた両腕に当たる。しかし、腕にもある鱗状の装甲に弾き飛ばされて、火花を発生させた以外には、ダメージらしいダメージを与えられなかった。
キシは弾かれた弾の軌道を見て、どうしてダメージが与えられなかったのかを理解した。
『機体を覆う鱗の一枚一枚を歪曲させて、被弾傾斜を強めているのか』
『カッカッカ。見抜イタコトハ褒メテヤロウ。ダガ、ソレヲ知ッタトコロデ、ソッチノ弾デ傷ツクヨウニハナラナイ!』
サウリシアンはピーカブースタイルのまま背中のバーニアを噴射させて、布魔に突っ込んできた。
相手が近づいてくればその加速分だけ、そして距離が縮まれば大気摩擦による減衰が少なくなる分だけ、アサルトライフルからの弾丸は威力を増す。
しかし、布魔が後退しながら三点射で四回射撃するも、その全ての弾丸はサウリシアンの構えた両腕に当たって、あらぬ方向へ散ってしまう。
『鱗の傾斜に加えて、腕自体にも丸みがあるから!』
被弾傾斜がさらに強まるため、刃が届く距離にも拘らず、弾丸の威力が逸らされてしまっていた。
そしてこの間合いは、サウリシアンの必殺の距離である。
『カッカッカ。死ネエ!』
サウリシアンの右手が伸ばされる。爪を突き込むように突き出す、ストレートだ。
キシは操縦桿を操り、盾の中央でその突きを受け止める。
突撃の勢いと突き出す速さを乗せたサウリシアンの爪は、盾の装甲を貫通し、その裏側まで先端を届かせた。そして布魔から奪うように、右手が振るわれる。
無理に保持すると、手指の関節や腕自体に損傷が発生する可能性がある。
キシはすぐに盾を持ち続けることを諦め、布魔に取っ手を手放させた。
しかし、やられっぱなしではいられない。
サウリシアンは盾を奪うために右手を使用している。その右腕の分だけ、防御力が低下している。
キシは素早く布魔にサウリシアンの頭に照準を向けさせると、ためらうことなく弾倉にある弾全てを射出した。
あわよくば頭部破壊、そうでなくても感覚器を破壊で斬ればいいという決断だった。
しかし相手も、百機の人型機械の中から勝ち上がってきた精鋭だ。対処が素早かった。
布魔の狙いが顔に向けられていると知るや、左手の甲をアサルトライフルの銃口の前へ移動させて、発射された弾の盾にする。
着弾の衝撃で左手が揺れるが、その都度左手の位置を修正して、全弾を防ぎ切ってみせた。
『チッ。いい反応しているよ、まったく』
キシが舌打ちしながら布魔を下がらせ、アサルトライフルの弾倉を交換する作業に入る。
サウリシアンは右手の爪に絡みつく盾を振り払って取り除くと、盾を失った布魔に向かって大口を開けた。顎の中に内蔵されている大砲を、撃つために。
『サアサア、ドンドン不利ニナッテイクゾ!』
嘲笑の言葉と共に、サウリシアンの口から大砲の弾が放たれた。
キシは間一髪で回避しながら、大砲の発砲炎のなさから火薬式ではなく、電磁式のコイルガンやレールガンの類だと考えた。そして砲身の短さから射程距離が短く、弾数も内蔵されている分だけで多くはないと判断した。
(あの大砲は威力は高そうだけど、口を開けなきゃいけないって動作がある分、こちらに回避する余裕ができる。となると、相手プレイヤーに威力を見せつけて、精神的な重圧を与えることが第一義な装備だろうな)
キシは考えの中で、サウリシアンが頼りにしている武器は大砲ではなく、両腕と尻尾だと判断を下す。
ここでようやく、布魔のアサルトライフルの弾倉の交換が終了した。
キシはサウリシアンに銃口を向け、単発で射撃する。
最初は先ほどまでと同じく顔やコックピット部分を狙って銃撃していき、やがて膝や指、足首などの関節があって、装甲が弱くなりがちな部分を狙っていく。
飛んでいった弾丸は、ほとんどが装甲に阻まれてしまうが、脚の関節を撃たれた衝撃によって、サウリシアンの体が少しだけふらついた。
『狙イハ正シイガ、ソノ程度デハ傷ナドツカン!』
『そんなことは分かっているさ。でも、追ってくる足を遅らせられると分かれば、それで十分だ!』
キシはサウリシアンの左膝だけを狙って、アサルトライフルを三点射で三回攻撃した。
飛来した合計九発の弾丸の内、七発が命中。
サウリシアンの左足の位置が後ろに引っ張られたようにズレて、地面に手を突かざるを得ないほど体勢が崩れてしまう。
『ナンダト!?』
驚愕するサウリシアンからの言葉を聞きつつ、キシはさらに攻撃を加える。サウリシアンが前傾姿勢になっているため少しだけ見える、背中にあるバーニアを狙って銃弾を放った。
飛んでいった弾丸は狙い通りに、サウリシアンのバーニアの一つに損傷を与える。
しかし、動作を停止させるほどのものではなく、多少推進力が落ちる程度のものに留まってしまった。
ここでサウリシアンの体勢が戻り、布魔のアサルトライフルも弾倉が必要だったため、バーニアを再度狙うことはできなくなってしまう。
『カッカッカ。残念ダッタナ、千載一遇ノ好機ヲ、オマエハ逃シタゾ!』
勝ち誇るサウリシアンの追撃。
布魔は後ろ向きに走りつつも、右に左にと蛇行して、迫る両腕の爪と尻尾の攻撃を寸前のところで避け続ける。
最初は避けられなかったものがこうして躱せるのは、先ほどの銃撃でサウリシアンのバーニアの噴射力が落ちたためである。それだけでも、先ほどの攻撃は無駄ではないという証明になっていた。
しかし、キシが先ほどバーニアを狙ったのは、避ける猶予を生み出すためだけではなかった。
ここで、布魔の弾倉交換が終わる。
キシは操縦桿を操作して、左手のアサルトライフルをサウリシアンに向ける。
サウリシアンは銃撃が来ると反応して、ピーカブースタイルで防御の構えになった。
キシはさらに布魔を操縦して、右手を回して機体の背中にある手榴弾を二発握らせると、ピンも抜かないままにサウリシアンへと投げつける。
空中を移動する二つの手榴弾。それらに銃口の狙いを変えて、キシはアサルトライフルを単射で射撃した。
弾丸が中心に突き刺さった手榴弾が勢いを増してサウリシアンに近づき、そして爆発。
爆炎がサウリシアンの表面を炙り、破裂した破片によって鱗の装甲が火花を散らす。そして爆発の衝撃によって布魔を追う足も止められてしまう。
しかし、サウリシアンに乗るプレイヤーは余裕の態度だった。
『カッカッカ。手榴弾ノ直撃ナラマダシモ、爆炎ト破片デハ、コノ装甲ハ破レシナイゾ』
サウリシアンは追走を再開し、ピーカブースタイルのまま爆発で生まれた黒煙を突っ切った。
煙を突き抜ければ射撃が来るかと思いきや、何の反応もない。
サウリシアンのプレイヤーが不思議に思っていると、滑走路を離れて建物の陰に逃げ込もうとしている布魔の姿を捉えた。
『コレハ『バトルロイヤル』ダゾ。ドコニ逃ゲヨウトイウンダ』
サウリシアンは布魔の万策が尽きたと感じて、余裕に満ち溢れた態度で、滑走路を外れて追いかける。
建物の横に回ると、そこには飛行機の装甲が重なっている場所があり、その後ろに布魔が隠れるようにして蹲っていた。
『カッカッカ。ソンナ装甲ヲ、失ッタ盾ノ代ワリニ使オウトシテイルノカ』
嘲笑しながら、サウリシアンは大口を開けて、大砲を射出した。飛来した砲弾は飛行機の装甲に着弾して、四方八方へと散らしてしまう。
これで隠れる場所も、盾にする資材もなくなった。
そう考えていたサウリシアンのプレイヤーだったが、布魔の姿を見て、考え違いをしていたことに気付く。
布魔は先ほどまで持っていなかった、多段式のミサイルポッドを構えていたのだ。
『マサカ、アノ装甲ノ内側ニ隠シテイタノカ!?』
『銃弾が効かないのなら、ミサイルの直撃ならどうかな?』
キシは言い放ちつつ、ミサイルポッドを起動させて、全弾を発射した。
ドリンク缶のような形をした多数のミサイルが射出され、サウリシアンに殺到する。
『グウウウアアアアアア!』
一発一発は手榴弾よりも弱い威力しかないミサイルたちだが、誘導性能が高く、ピーカブースタイルのサウリシアンに全弾命中する。
何十発もの爆発の衝撃と煙がやがて晴れると、サウリシアンの姿はヘビー級ボクサーにしこたま殴られたような、ボコボコな有り様と化していた。
しかし、戦闘不能までには陥っていない。
『タ、耐エキッタゾ!』
喜ぶサウリシアンのプレイヤーだが、布魔は使い切ったミサイルポットに、予備に置いていたミサイルの再装填を終えたところだった。
『お代わりを食らえ!』
『グウウオオオオオオオオオ!』
再びの全ミサイルの掃射を受けて、サウリシアンはさらにボロボロにされてしまった。
どうにか頭部とコックピットは死守したものの、盾に使っていた両手は酷い破損で上がらなくなり、両足も膝が壊れて立つことができない。
顎を開けて大砲を射出することは可能だが、もしそれをやれば、布魔に顎の内側を銃撃されて敗北が決定してしまう。
手札がほとんど尽きてしまった状況に、サウリシアンのプレイヤーは悔しそうな声を漏らす。
『グヌヌヌ。アト一歩デ勝テタモノヲ……』
『これで勝負は決着ってことでいいよな?』
キシの問いかけに、サウリシアンからは笑い声が上がった。
『カッカッカ。頭部ト『コックピット』ノ装甲ハ、両腕ニ負ケズ劣ラズノ厚サガアルゾ。『ミサイル』ヲ失ッタオマエ二、撃チ貫クコトガデキルカナ?』
キシは挑発に乗って、アサルトライフルを撃った。
サウリシアンの頭、そしてコックピットに、それぞれ弾倉一つ分の弾丸を叩き込む。
しかし、サウリシアンは健在だった。
『チッ。面倒だな』
キシはアサルトライフルの弾倉が、自機に残り少ないことを懸念して、右手で背中にある刀を引き抜いた。重装甲機ですら斬り捨てる刃で、勝負を決めに行こうとする。
だがサウリシアンのプレイヤーは、キシが近接戦を挑んでくるのを、動けない機体中で待っていた。
布魔とサウリシアンの間の距離が、刀の刃先が届くまで縮まる。
その瞬間、サウリシアンは動いた。
『ソノ油断ガ、命取リヨ!』
健全を保っていた尻尾が翻って地面を強打。サウリシアンの全体が前転するように前へ倒れ込む。地面を打った反動で跳ね上がった尻尾が、近づいてきていた布魔に向かって上から下へ振るわれた。
命中すれば、一発大逆転の一手だ。
勢い良く振り抜かれた尻尾は、しっかりと物を打った衝撃を、コックピットまで伝えてきた。
その手応え――尻尾応えに、サウリシアンのプレイヤーは攻撃を失敗したことを悟る。
なにせ、人型機械に打ち付けた衝撃とは違う、砂の地面に尻尾が当たったときに感じる感触だったからだ。
ひっくり返った状態で地面に倒れるサウリシアンの頭部からの映像に、布魔が空を背景に現れる。
『その狙いは読めてたよ。尻尾が無事だってわかっていたからね』
『カッカッカ。欺ケナカッタカ』
諦めるような口調で言いつつ、最後の悪あがきにサウリシアンは大口を開けて大砲を射出しようとする。
しかし砲身から弾が出る前に、布魔が付き込んできた刀の切っ先が、口の中を通って頭部を貫く方が早かった。
『カッカッカ。今回ハ我ノ負ケダ。シカシ、我ガ倒レヨウト、第二、第三ノ『ザウルス』ガ、オマエヲ倒シニ来ルゾ』
最後までなりきりをやめなかったプレイヤーは、そう言い残してゲームオーバーとなった。
キシは刀を引き戻しつつ、こちらも最後に乗ってあげるべきだと考えた。
『サウリシアン、恐ろしい相手だった。しかし何度ザウルス系の機体が来ようと、この布魔は負けたりしない――なんてね』
途中から恥ずかしくなってしまったキシは、誤魔化すように呟くと、布魔の状態をチェックする。
素人修理で酷使していた左腕の状態表示が、黄色と赤に点滅している。これは壊れて動かなくなる寸前を意味している。
『今日も、左手の修理に明け暮れるのかー。いっそ、左腕は動かないものとして諦めちゃった方が楽かもなー』
そうは言いつつも、今日の相手は左手が動かなかったらやられていたかもしれない相手が四機も現れている。
あと二戦か三戦する間に、彼らよりも手ごわいプレイヤーが現れないとも限らない。
そう考えると、多少なりともちゃんと動くように修理しないわけにはいかなかった。
『人型機械が、片腕を引っこ抜いてくっつけるだけ動くような、ジョイントキャップ付きのプラモデルのような仕組みだったら楽なのに』
ゲームシステム上ではボタン操作でアセンブリが簡単にできるものの、それはカーゴの中に自動で動くハンガーが存在するからできる芸当だ。
改造の才能がなく、機械工学にも疎い人物が真似できるようなものではないことに、キシは大きなため息をつく。
そんな心情を悟ってか、それとも無視したのか、発着場を囲む壁は元の高さとなり、人型機械のリアクターを停止させる謎の空間が作動したのだった。