百四話 VS『キシ』のファン
突然の質問に、キシは答えあぐねる。
そうして黙っていると、灰色の機体から女性の声の外部音声がまた出てきた。
『あの挙動、絶対にAIなんかにはできないと思うんです! だから、その布魔に乗っているのは、『キシ』さん本人なんですよね。そうですよね!』
ぐいぐいと来る様子に、キシは思わず苦笑いするそして、どう返答するべきかも決まった。
キシは布魔の外部音声を入れる。
『悪いが、俺は君が言う『キシ』本人じゃない。コピー品だよ』
端的に告げると、相手は逆にムッとした声を返してきた。
『絶対に人間が動かしてます。そうじゃなきゃ、あんな巧みな攻防は出来ないはずですから! なんで嘘をつくんですか、キシさん!』
『本当に、俺はキシ本人じゃない。ウソだと思うのなら、この後で連絡を取ってみるといい。日本の第一号店で働いているはずだから』
『いま、日本は早朝ですよ。なのに、お店で働いているんですか?』
『あー。その時間なら、家にまだいるかも』
流石に見知らぬ相手に携帯の番号を教えるわけにもいかないので、キシはどうしたものかと頭を悩ませてしまう。
すると、灰色機体のプレイヤーから、勝ち誇ったような声がやってきた。
『その反応の仕方、やっぱり人間っぽい! 本当にキシさんでしょ!』
『いや、本人じゃなく、コピー品なことは本当なんだよ。証明は難しいけどさ』
『あくまでシラを切る気ですね! でも、そう言わなきゃいけない理由があると理解しました!』
それだけ言うと、灰色機体が身構える。アサルトライフルを両手に構え、両足を軽く曲げて全方向へ移動しやすいような体勢だ。
『私、二年前の世界大会で、キシさんの活躍を見て、このゲームを始めたんです。キシさんのような戦闘センスはないから、基本に忠実な戦法で、地方大会の常連になりました!』
『それは光栄だけど――つまり、一手指南してくれ、ってことかな?』
『指南じゃなく、全力でかかってきてください! 私に、キシさんの凄さを間近で見させてください!』
『そこまで言われたのなら、本気の全力で相手させてもらおうかな』
キシは布魔に、深緑色の機体から奪った盾を右手に、アサルトライフルを左手に構えさせる。
キシがやる気になったと分かったのだろう、灰色の機体も油断なく身構え直した。
『私は『アッピシア』で、この子は『ブルラーマ』。お相手、よろしくお願いします!』
『俺はキシのコピーで、操る機体は布魔だ。お互いに良い戦いをしよう』
お互いに自己紹介を終えた瞬間、両者とも相手へと接近する。
そして、アサルトライフルの射程距離に入った瞬間に、同時に射撃した。
アッピシアと名乗った女性が操る、機体名ブルラーマの挙動を見て、キシは感心する。
機体を右に左にと揺らしながらも、射撃の狙いは的確で、回避行動をとっている布魔が構える盾に弾丸を命中させてきている。
奇をてらわずに基本に忠実ながら、その技量は確かに、地方大会上位入賞者を思わせるものだった。
(けれど、基本に忠実なら、次の動きが読みやすいんだよね)
キシは布魔に盾を保持させつつ、左手のアサルトライフルで三点射の射撃。
ブルラーマの回避先に牽制射、再び牽制――行動範囲を絞った後で、直撃弾を放つ。
銃弾が胴体に命中したブルラーマが揺れる。そして仕切り直すために、距離を空けようとする。布魔に追撃されないよう、手榴弾を二つ足元に撒きながら後退。
しかし、このメタリック・マニューバーズの基本に忠実な選択は、キシに読まれていた。
布魔は接近するために突撃し、盾で地面に転がった手榴弾を、ブルラーマへとすくい投げる。
浮きあがった手榴弾たちは、布魔とブルラーマの間――ややブルラーマよりの空中で爆発。爆炎と破片を周囲にまき散らす。
ブルラーマは飛んできた破片が当たり、機体各所に火花が生まれる。
一方で布魔は、掲げている盾で破片を防ぎながら、発生している爆炎の中を突っ切った。
手榴弾の煙を抜けた先、ブルラーマとの距離は、肉薄と呼べるもの。
キシは布魔を盾の内側に隠すように身構えさせつつ、ブルラーマに突進させた。
両者が激突し、激しい音が滑走路に発生した。
『うきゃっー!』
アッピシアの余り可愛らしくない悲鳴を聞きながら、キシは布魔に盾を肩で相手に押し付けるようにさせて、右手を盾から放す。そして開いた右手で背中にある刀を引き抜かせると、刃を盾の裏から刺して貫通させてブルラーマに突き入れた。
布魔の腕からキシがいるコックピットへ伝わってくる振動は、刃が盾、そして相手の機体を貫いたと知らせてくる。
しかしキシは、布魔に盾を蹴りつけさせて前へ追いやらせると、その反動を利用して刀を盾から引き抜いた。続けて、回避行動で後ろに下がる。
盾の側面から回り込むように伸びていた、ブルラーマが持つアサルトライフルの銃口から銃撃――布魔がいた空間を弾丸が貫いて地面に突き刺さった。
支える者がいなくなり、地面に倒れる盾。
その向こう側にあったのは、機体の腹部から火花を散らしているブルラーマの姿。その傷口は、キシが狙ったコックピットの横にあった。
『機体をずらして避けたわけか』
『えへへっ。このギリギリの回避法と油断に漬け込む射撃の仕方は、あの世界大会でキシさんがやっていましたからね』
『真似してくれて光栄――って賛辞を送っておくよ』
キシはアサルトライフルを撃とうとして、ブルラーマが回避行動に入らないことに違和感を覚え、すぐに布魔を操って横へと跳んだ。
直後に後ろに爆発が起こる。布魔が立っていた背後に、いつの間にか手榴弾が落ちていたのだ。
その手榴弾が誰のものかは、考えるまでもない。
『盾を回り込んでの銃撃を陰にして、本命の手榴弾を投げてあったってわけか』
『ちぇ。やっぱり本家本元には通じないかあ』
アッピシアは作戦失敗を悟って、ブルラーマに射撃させようとする。
それより先に、回避行動に入っていた布魔が射撃を始めていて、ブルラーマの胴体に複数の穴をあけた。
その銃弾の一発が良いところに入ったようで、ブルラーマは下半身の力を失ったように尻餅をつく。
『うわたた。これはもう、戦闘不能ですね』
『……そう言えば、俺が近づくと思ったら大間違いだぞ。その機体、まだ腕は動くし、バーニアも作動できるだろ』
『やっぱり、やられたフリもバレますかー。ちぇ、少しはいい線いくとおもったんだけどな。キシさんとの腕前にはまだまだだったかー』
残念そうに告げてから、アッピシアはブルラーマは砂地に上半身を倒れ込ませながら、アサルトライフルを撃つ。
キシはその行動を予想済みで、射線の先からすでに布魔は退避してあり、射撃を返す。
今度の射撃は、間違いなくブルラーマのコックピットに命中し、戦闘不能に陥らせた。
しかしキシはこれで安心せずに、ダメ押しにブルラーマの頭部に弾丸を撃ち込んで破壊する。 もしも自分自身が相手なら、ここまでやらないと逆転されかねないと考えての行動だった。
『念を入れすぎて死体撃ちになっちゃうから、対戦相手からは嫌われちゃうんだけどね』
キシは呟きつつ、布魔に戦闘中に手放した盾を拾わせた。
上から真ん中にかけて真っ直ぐに、そして真ん中よりやや下に、斬りつけた刀の痕ができている。
キシは防御性能は十分残っていると判断して、布魔に右手に装備させた。
そして、サブモニターに布魔の状態を見るための概要図を呼び出す。
(素人修理した左手の調子は、あれだけ狙いが外れたことを考えるに、予想以上に悪いみたいだな。あと、さっきの手榴弾の爆発で、バーニアに稼働に支障がない程度の軽い損傷がみられるな。けど、こちらも修理せずに使い続ければ、いつか決定的な破損に繋がる可能性がある)
ここ数戦で損傷具合が酷くなってきた布魔に、キシは頭を抱えたくなった。
(さっきのプレイヤー、日本は早朝って言ってたよな。となると、午後と夜の部が確実に残っていることになるから、あと少なくても二回バトルロイヤルをしなきゃいけないわけだよな。これはキツイ)
布魔に損傷が増えれば、その分だけ敵を倒すのに苦労することになってしまう。
かといって、安全に戦って勝てるかというと、ここ数戦の感覚からは難しいと判断できる。
『懸念はあるけど、今回の戦いにおける、最後のプレイヤーと戦わなないとな』
キシがうっかり外部音声を入れたまま呟くと、その声に反応したように発着場の建物を回り込んできた機体が現れた。
金属の鱗の装甲を持つ、蜥蜴人間のような姿のザウルス系の機体だ。
『キイィィィシヤアアアアアアアアアアア!』
ザウルス系の機体を操るプレイヤーは自身の戦闘意欲の高さを示すように、警笛にあたる鳴き声を機体から出させて、対峙する布魔へと浴びせかけたのだった。