百二話 四機の挑戦者
キシは、発着場に流れたアナウンスで起こされた。
『八戦目が開始されます。布魔のパイロットは、機体に搭乗してください』
「ぬぐぐっ。機体修理で寝るのが遅かったんだから、もうっちょっと寝かせてくれよ……」
五月蠅いアナウンスに歯噛みしながら、キシはベッドから起き上がる。その手は洗っても落ちなかった機械油で薄汚れていた。
キシは眠気が残ったぼんやりとした意識で虚空を眺めていたが、頬を両手で叩いて意識を無理やりに覚醒させる。
「よしっ。それじゃあ、行くとしますか」
缶詰とレトルトパウチで食事を取り、水を飲んでから部屋を出て、布魔のコックピットへ。サブモニターに機体のコンディションを呼び出すと、キシが昨日修理し続けた左腕は、コンディションイエロー、つまり完全には修復出来ていないことを表していた。
「素人修理で、動くようになっただけでも十分、十分」
キシは自分自身で納得させつつ、飛来した飛行機の格納庫を検める。あったのは、多段式ミサイルポッド射出機と、専用のミサイルの束。
「七戦目で壊れた刀は前の飛行機にあったものに変えてあるし、アサルトライフルの弾は余っているけど。射程が短いこんな武器をバトルロイヤルで使えって、無茶を言うなぁ……」
キシはコックピットの中で腕組みして考えると、壁の上に持って行くのではなく、発着場の建物の横に解体した飛行機の資材で覆って隠しておくことにした。
そう準備を整えている間に、壁の外から戦闘音がやってくる。
しかしその音の具合を聞いても、キシは急がない。
「四方向とも、音がかなり遠いな。交戦可能地域に入ってすぐのところで戦闘しているんだろうな」
壁に到達する機体が現れるまで時間があると確信して、キシは戦場を整えることを優先する。
準備が整ってから壁の上へと飛び乗ると、戦場はキシが予想した通りに、交戦可能地域に入ってすぐのところで行われていた。
四方の戦場を四機の人型機械が、それぞれ支配している様子だった。
「高速機二機と中速度帯機体二機か。高速機は当然として、中速度帯機体たちの近くにサンドボードが落ちているのを見ると、あれで交戦可能地域に早めに入って後続を待ち構えたんだな」
キシはここまでの戦闘の流れを予想しながら、前後左右の戦場の戦況をさらに深く観察していく。
布魔が立つ壁の前方に位置する戦場では、真っ赤な色の高速機が二丁の大型自動拳銃で戦場を渡り歩いている。その射撃の腕は正確無比で、一発につき一つの人型機械の頭部が破壊していた。両方の拳銃を撃ち切ると、それらを腰の収納部に収めてから、また別の二丁の銃を後ろ腰から引き抜いて使用する。収めた銃の弾倉は、収納部に増設された機構によって自動的に新しいものに取り換えられている。
「四つの拳銃のみが武器で、目立ちたがり屋を表す真っ赤な機体の肩に星条旗。アクション映画のシーンのような挙動をする拳銃の殺陣。東アメリカ代表になったことがある『グリンプ』が脳波コントロール式で操る、『ガンマン・ザ・グローリィ』だな」
キシが正体を見破っている間にも、『ガンマン』は素早い射撃と高速機特有の瞬発的な加速で、周囲を翻弄していく。
周囲の機体が反撃で銃口を向けようとするが、すでにその場には存在してなく、逆に頭を拳銃弾で打ち抜かれる有り様を晒している。
あまりの手際の良さに、見る見るうちに戦闘不能となった機体が地面に倒れていく。
やがて高速機と中速度帯機体を倒しきると、後続である重装甲機と砲撃機を、胸の前で拳銃を持った腕を交差する姿で待ち構え始めた。
キシはガンマンを操るグリンプの自己顕示欲の強さに苦笑いしながら、右側の戦場に目を向ける。
そこでは、別の高速機が堅実な戦い方で、周囲の人型機械を屠っている。
「基礎色の灰色の機体。武器はアサルトライフル、ナイフ、手榴弾、予備武器の拳銃と基本的。戦い方も地味ながら着実だ。けど、俺の知っている中に当てはまる人はいないな」
キシは正体は分からなかったものの、その灰色機体が見せる身動きに感心していた。
基礎を積みに積み上げていった果ての、とても効率的な戦闘方法だからだ。
「世界大会出場者レベルとまではいかないけど、国別大会で上位に食い込む実力者だろうな。あと、挙動が操縦桿式っぽいから、その点でも好感が持てるね」
キシは灰色機体が一機ずつ着実に時間をかけても安全に倒していく姿を、微笑ましそうに見つめた。
その後で、左側の戦場に視線を変えた。
そこでは、中速度帯機体が面白い戦い方をしていた。
「分厚い盾を装備しつつ武器は大型チェーンソーか。増加装甲を付けた深緑色の機体、背中には大型バーニア、地形を無視できるホバー脚。機体コンセプト的には、ファウンダー・エクスリッチを接近戦仕様にしたものと同じだな」
こちらの機体についても、キシの記憶にはなかった。
「これだけ見た目が面白い機体なら、噂に聞いてもいい気がするけど」
キシは首を傾げかけて、世界中でメタリック・マニューバーズが愛好されている事実を思い出す。
キシが知っているプレイヤーは、せいぜい世界に名が知れた人物たちだけだ。国の代表になれず、特定の大会でも入賞がない人に限った場合、キシが知っているプレイヤーは日本にいる人だけ。
そう考えると、キシが世界のどこかの国の強豪を知らないことは、当然あり得る話だ。
「大人数を相手にするなら、剣よりも耐久度があるチェーンソーが有効だけどさ。分厚い盾で敵からの弾を防ぎつつ接近、チェーンソーで両断って、面白い戦い方だよな。一度ぐらいは、真似してみたくなるな」
この緑色の機体は、愚直なまでにそれだけを実行している。
けれど、それ一つの戦法でどうにかなってしまっているのは、全員が敵のバトルロイヤルだからだと、キシは見抜いた。
「敵対した相手を素早く倒すことで、周りに付け入る隙を与えていないわけだ。これがもし団体戦や仲間がいる相手だったら、一機が押さえて他が攻撃すれば、楽に倒せるんだろうなぁ」
キシは緑色の機体の評価をつけ終えると、最後に後ろの戦場に目を向ける。
ちょうどそのとき、壁の高さが一段階低くなった。
後ろの壁に遮られていた戦場が、それで少しは見えるようになった。
「戦っているのは中速度帯機体――いや、武器内蔵型のザウルス系か」
その機体は、大きな顎が突き出た頭部、丸まった背中、全長の三分の二はある長い腕、鱗鎧のように茶色い金属の小片を素体に何重にも張り付けた装甲、お尻の先から伸びる尻尾と、金属で作った蜥蜴人間のような姿をしていた。
他の人型機械とは見た目も違えば、その戦い方も違う。
五指の先には、それぞれ小型のナイフのような刃が伸びていて、それらで他の機体を斬り割く。尻尾が翻り、近づこうとした敵機のコックピットを叩き潰す。頭部の口を開け、その中に内蔵されていた大砲を撃つ。敵からの銃弾は、機体にある鱗のような小片装甲と機体の丸みで弾き飛ばし、耐え切れなさそうなものは近くにいた機体を長い腕で掴んで引き寄せて盾にして防ぐ。
その戦場を闊歩しながら攻撃する姿は、メタリック・マニューバーズの世界観からは少し浮いていて、怪獣映画での地球側の秘密兵器や、SF映画の宇宙からの侵略兵器のように見えなくもない。
「これはまた、アクの強い機体が出てきたな。ザウルス系は見た目に違いが少なくて見分けが難しいけど――あの多人数でも負けない機体強度と操縦の強さからすると『れぷたいる☆LOVE』さんだろうな」
『れぷたいる☆LOVE』とは日本の中だけで有名なプレイヤーで、ザウルス系の機体をこよなく愛するナイスガイの名前である。ちなみにリアルのお姿は、スキンヘッドの巨漢という噂がある。
彼もまた動画投稿者であり、メタリック・マニューバーズでザウルス系を愛する者を増やそうという活動している。
キシも、操る側ではなく撃ち倒す側の参考としてではあったが、ザウルス系の理解を深めるために動画をよく拝見していた。
「どうやら、俺が注目した四機が、他の機体を倒し尽くして、この発着場まで来そうだな。俺は四機だけ相手すればいいので、楽は楽だけど……」
どれもこれも手ごわそうだとため息をついた瞬間、再び壁の高さが一段階下がった。
予想以上に決着が早まるかもしれないと、キシは気持ちを入れ替えて、戦場の流れを追い続けることにしたのだった。