百一話 VSツジギリ
死屍累々と化した発着場とその周辺に、二機のみ人型機械が立っていた。
一つは、キシが乗る布魔。
もう一つは、ファントジャクスのツジギリ。
二機は示し合わせたように、発着場にある長い滑走路に移動して向かい合い、お互いに刀を構えた。布魔は刀一本を正眼に、ツジギリは右手の刀を肩に担ぐように。
そこで両機は停止する。
相手の隙を伺うための行動だが、ツジギリに乗るファントジャクスには別の思惑もあった。
『やあ、世界大会出場者レベルのAIくん。それとも元となったプレイヤーにちなんで、『コピーのキシ』と呼んだほうがいいかね?』
外部音声での問いかけに、キシは返事をするか迷った。
しかしファントジャクスは返答を期待していたわけではなかったようで、勝手に続きを喋り始める。
『君は知っているかな。現実のキシが投稿した、コピーキシが戦う姿の映像は凄い人気でね。あっという間に、こちらの最新映像の再生数を超えてしまっているんだよ』
配信動画で見せる調子者とは違った、静かで思慮深い印象の物言い。
キシは、こちらの方が彼の素であると悟る。
その感想を挟もうとするが、ファントジャクスの語りが続いていく。
『悔しかった。ポッと出のAIなんかに、長年プロゲーマ―として暮らした年月を無に帰されたような思いがしてね。これは一度、この手で倒して、その姿を動画にして投稿してやらないとと思っていたんだよ。だけど――』
ファントジャクスは少し言葉を切ると、そこから先は口調に楽しげな言葉の響きが混ざっていく。
『――いまはそんなことはどうでも良くなったよ。ここまでの戦闘を見て、君はAIとはいえ、確実に高位ランクのプレイヤーと同等の手腕を持っていると確信した。それこそ、世界大会出場者レベルと言っていいぐらいに。そして、そんな相手と直に戦える経験は、滅多にできるものじゃない』
ファントジャクスはツジギリに体勢を低くなるように構え直させながら、続きの言葉を吐く。
『長々と話して済まなかった。突き詰めると、言いたいことは一つだけだった。君と戦って勝つ。斬り捨て、ゴメンダヨ-!』
最後の最後で変な言葉を使い、ツジギリは背中の超大型バーニアを噴射させて突っ込んできた。
キシは突然の突進にも慌てずに布魔を操ると、斬りかかってきたツジギリの刀を横に避け、少し距離を置きながら構え直す。そして、外部音声のスイッチを入れた。
『この滑走路上に、地雷はないよ。思う存分、突っかかってきなよ』
キシの言葉に、ファントジャクスから笑い声がやってきた。
『ハッハッハー。わざわざ自分が不利になるようなことを言うなんて、AIのクセに律義者だな。それでも、斬り捨てゴメンヨー!』
ツジギリが再度バーニアを噴射させながら突っ込んでくる。
キシは同じよに避けようとして、寸前で刀で受ける方針に転換した。
なぜかというと、ツジギリの身動きが途中から直線的なものではなく、円舞のような曲線的なものに変化したからだ。
キシはきっちりと防御しながら、相手の斬撃をいなして逸らし、少し距離を空けて構え直す。
『『幻影舞踏』に斬撃に組み込んだ、『幻惑剣』か』
『ハッハー! AIのクセに勉強しているな。いや、AIだからこそか!』
ツジギリが躍るように横に回転しながら、背中のバーニアの噴射光を纏って、水平に斬り込んでくる。
キシは二度三度と防御していくが、攻撃を防ぐ度に、ツジギリの移動と斬撃の速度が上がっていく。
『『幻惑剣』をさらに進化させた、一対一での必殺剣『ベーゴマ殺法』だ! 受け続けることができるかな――ゴメンヨー!』
ファントジャクスが言い放ったように、コマやベーゴマのようにツジギリは回転しながら攻撃をしかけ、布魔へとぶつかった直後に弾かれたように離れて行く。そして離れた分の距離を加速して戻ってきて、再び攻撃してくる。
並みのプレイヤーなら対応に苦慮して、一撃を貰ってしまいかねない連続攻撃。
しかしキシには、対応可能な戦法だった。
なぜかというと、キシにも同じことができるため、狙われる位置が瞬間的に理解できるためだ。
それでもキシは、ファントジャクスの幻影舞踏の腕前に舌を巻いていた。幻影舞踏が花開いていた昔ならいざ知らず、廃れた今日にこれほどの使い手がいるとは思っていなかったのだ。
『でも、まだまだ挙動が甘いな。『幻影舞踏』を使った斬撃は、こうやるんだって見本を見せてあげるよ』
キシはツジギリが攻撃して離れたタイミングで、布魔のバーニアを噴射させて横回転を始めさせる。そして、突っ込んできたツジギリの攻撃を刀で防ぐと、弾かれたように距離を空ける。そして、『幻影舞踏』の回転を続けながら、今度は逆に布魔が八相の構えで斬り込んでいった。
その姿を見て、ファントジャクスは楽しそうな笑い声を上げる。
『ハッハッハー! 『ベーゴマ殺法』を真似するとは、いい度胸です。斬り捨て、ゴメンヨー!』
ツジギリのバーニアの噴射光が高まり、回転速度が上がる。そして自分から打ち掛かるように、布魔へと突っ込んでいく。
喧嘩ゴマのように、回転する二機の人型機械がぶつかった。
両者の刀が衝突し、片方の刀が折れ飛んだ。
その刀を持っていたのは、ツジギリだった。
『なぜ!? 回転数は、こちらの方が上だった!?』
ファントジャクスの理解し難いという叫びに、キシは次の攻撃のモーションに入りながら返答する。
『衝突する瞬間、回転しながら刀を上から下に振り下ろすことで、水平に振るわれるツジギリの刀を側面から斬ったんだよ。こんな風に!』
布魔が追撃する。
ファントジャクスは回転を止めながら、両足のそれぞれにつけていたナイフを左右の手で引き抜き、二本の刃を交差するようにして斬撃を受け止めた。
金属が擦れ合う音と火花を散らしながら、布魔の斬撃は通り過ぎた。
しかしこれで気は抜けない。その場で回転している布魔の動きは、次の攻撃のモーションに繋がっているからだ。
『よいせ!』
キシの間の抜けた掛け声と共に、今度は斜め下から斬り上げる形で、布魔の刀が振るわれた。
ツジギリは再びナイフで受けようとするが、対応が少し遅れて、片方のナイフで防ぐので手一杯だった。
刀とナイフが衝突。
激しい衝撃によってツジギリの手の機能不全が瞬間的に起こり、ナイフが手の内から弾き飛ばされてしまう。
『くっ。まさか『ベーゴマ殺法』が敗れるなんて』
ファントジャクスは口惜しそうに呟きながら、残ったナイフを盾にしながら距離を空ける。それと同時に、機能が回復した手で腰にある刀を抜く。
未だツジギリの体勢が整っていないが、キシは見逃すつもりはなかった。
『幻影舞踏』を利用した斬撃で、最初にツジギリのナイフを弾き飛ばし、続く連続攻撃で刀を破壊する。
布魔の回転の勢いは止まらず、三度斬撃が放たれた。
ツジギリは破壊された刀で防ごうとしながら、上半身を仰け反らせる。この回避が功を奏し、壊れた刀で止められなかった布魔の斬撃は、ツジギリの胴鎧だけを両断しながら通り過ぎていった。
攻撃をやり過ごしたツジギリは、距離を空けながら、腰に残っている方の刀と背中の大刀を引き抜く。そして役に立たなくなった胴鎧を、撃発ボルトを作動させてパージする。
唯一装甲といえた部分を排除したツジギリの姿は、内部機構が丸出しで、まるで金属で作られた骨の怪物――スケルトンのようだ。
その機体のコックピットから、ファントジャクスは大声を放つ。
『なるほど。こちらより、そちらの方が剣の経験は上らしい。だが、この超必殺剣技『グラインダー・メッポー』を超えられるかな。斬り捨て、ゴメンヨー!!』
キシは『滅法』という言葉を戦う技術に使うことに違和感を覚えたが、誤訳の類だと気にすることを止め、相手が何をしてくる気なのか見定めることにした。
ツジギリは右手に大刀を左手に刀を持つと横に広げ、再び横回転を始める。大刀と刀が空気を斬り割く音が連続して鳴り、さらに回転が高まっていく。
『行くぞ、『グラインダー・メッポー』!』
宣言と共に、ツジギリが回転しながら布魔に近づいてくる。左右の手にある武器の比重が違うからか、回転が収まりかけているコマのように、中心軸がブレた回転をしている。そのブレは振るわれる大刀と刀に伝わり、刃先が描く軌道が上下に振れていた。
その姿を見て、キシは少し厄介さを感じていた。
水平に刀を振るう『ベーゴマ殺法』は、どれだけ回転数を上げようと、刃の軌道は一定で読みやすかった。
しかし『グラインダー滅法』は、キシの『幻影舞踏』剣技のように斜めに振るう軌道である。しかも、操縦者が意図していない、機体のブレを利用した技法だ。斬撃が来る先が読み切れない。加えて、左右の二枚刃であるため、片方の刃を防いだ直後にもう一つの刃が飛来してくる。
名前の研削盤の通りに、相手が防ぎ続けようと、やがては二枚刃で『削り殺す』という戦い方だ。
キシは、この戦法を使う相手に楽に勝つには、二つの手段があると考えた。
一つは、遠距離からの銃撃。ツジギリは高速回転しているため周囲の視認が難しいため、銃弾を避けることも困難だ。
もう一つは、手榴弾などによる爆撃。範囲攻撃で回転を止めさせて、そこに斬り込めば勝つことは容易い。
しかしキシは、どちらも使う気にはならなかった。
斬り合いを申し込んでいる相手に、刃以外での手段で勝つことは、人型機械の操縦だけなら世界一を自負しているキシのプライドが許さない。そして、刃だけの勝負でも勝てる公算が立っていることも理由だ。
『さて、腹を括りますか』
キシは唇を一舐めすると、布魔のバーニアを最大噴射させた。
一気に布魔と回転するツジギリの距離が近づき、刃が交差する距離に入る。
先に斬撃が届いたのは、刀よりも大きな大刀を持つツジギリの方だった。
『ゴメンダヨー!』
ファントジャクスの掛け声と共に、布魔に斬撃が迫る。
キシは冷静に刀を立てて構え、大刀を上から抑え込むように振るった。
激しい衝突の音の後で、耐久限界を超えた金属が割れる音が響く。破断したのは、布魔の刀だった。
ファントジャクスはそれを見て、勝ったと確信し、直後に大刀が奏でた音で顔色が変わる。
元々上へ下へとブレていた軌道が、布魔が大刀を上から叩いたことで軌道が大きく曲がり、大刀の先が滑走路の表面に当たってしまったのだ。
時間にしたら、ほんの一瞬だけのブレーキがかかる。
回転速度が緩み、二枚目の刃である刀が布魔に到来する時間が延びる。
その一瞬の中で、布魔のバーニアは稼働を続けており、ツジギリに肉薄する距離に機体を運ぶ役割を果たしていた。
回転する刃の内側――ツジギリの腕の中に飛び込んだ布魔の手には、破断はしていても、半分ほどは刃が残っている刀が握られている。
『負けたか――』
ファントジャクスがポツリと呟きながら、最後の悪あがきで操縦桿をひと動作する。その直後に、コックピットに布魔の破断した刀の刃が叩き込まれた。そしてツジギリの回転に巻き込まれた布魔は、両機とも回転しながら滑走路の上に倒れ込んだ。
これで勝負は決着した。
その証拠を表すように、発着場の周囲にある壁が元の高さへと戻っていく。
キシは停止したツジギリから脱出するように、布魔を操縦し、不必要となった外部音声のスイッチを切った。
「ふいー。危険な方法だったけど、勝てた」
自分の腕前に自信を深めるキシだったが、全周モニターに映った布魔の左腕を見て、逆に自信を喪失してしまう。
ツジギリが握っていた刀が、左肘の部分に突き入れられていたのだ。
「最後の最後で、左腕に刀を突きさされてたか」
キシはまずサブモニターでチェックし、機体概要図の左肘の部分に不良を表す赤色が塗られているのを見て、続けて操縦桿を操作して左腕の動作確認をする。
完全に回路が断線しているようで、肘から先が全く動かなくなってしまっていた。
「あと、二戦か三戦しなきゃいけないのに、これはまずい。『知恵の月』のみんなに残してもらった手引書に、機体の修復法があったよな、たしか」
キシは自分のプライドを優先した結果の失態に頭を掻きながら、コックピットのハッチを開放してから、布魔をバッテリーの節約のために停止させた。
そして電気が消えて暗くなったコックピットの中、キシは座席裏に隠していた携帯端末を取り出すと、人型機械の修理についての項目を呼び出して、左肘をどうやって直したらいいかを調べ始めたのだった。