百話 高位ランカー
七戦目が始まった。
連続して七日間戦う羽目になっているキシは、自身の体に疲労がまとわりついていることを感じていた。
「ゲームだと思っていた頃は、連続で何回出撃しても疲れたりなんてしなかったのに――って、当たり前か。地球にある体は一切動いてないけど、この世界の体は動いているんだから」
キシは疲労感からボヤキながら布魔に乗り込むと、流れ作業のように、着陸した飛行機の中身を確かめる。
「今回は、狙撃用電磁射出機か。これは威力は絶大だけど、施条銃身がないから、弾道がブレるんだよな。あと、電気のチャージが遅いから、連射できないんだよな。でもその不確定さと、遠距離でも重装甲機の胴体を抜ける威力は魅力的なんだよなぁ」
クセが強い武器だが、キシにとっては使って楽しい部類の武器だ。
布魔に電磁射出機と専用弾が詰まった弾薬箱を装備させると、他の物資を漁る。
「他は、アサルトライフルの弾が大量と、手榴弾数個と壁に刀が一本か。食料品の箱もあるな。けど、どれもまだ一杯あるから、ここに置いたままでいいかな」
キシは布魔を建物の外へと歩かせ、そして壁の上へと飛び上がらせた。そして布魔の目と武器にあるスコープからの映像で、発着場に近寄ろうとしている人型機械たちの状況を確認していく。
「高速機の数が減った。その分、砲撃機が多くなったな。壁の中を爆撃して、地雷とか隠し武器を破壊する気だな。でもそれじゃあ、バトルロイヤルは生き残れないと思うんだけど?」
キシが不思議に思うのも無理はない。
砲撃機に乗るプレイヤーの多くの目的は、壁の中の脅威的な物品を砲撃で破壊することで、中速度帯機体や重装甲機に乗る友達や仲間のアシストをすること。つまりは、バトルロイヤルを生き残ろうとは考えていないのだ。
そんな手強いNPCを倒すためにネット上で談合した彼らの事情を知らないため、キシの目で見ると彼らの行動は奇異にしか映らない。
「なんにせよ、高速機が少ないことはいいことだな。この武器だと、素早い相手に当てるのは難しいし」
キシは分からないものは分からないと割り切り、座席の背もたれに体重を預けて、少しの間だけ楽な態勢で戦況を観察する。
人型機械の群れが接近し、数少ない高速機が交戦可能地域に入った。その機体たちの行動は二極化している。壁に向かうか、後から来る機体と対峙するために反転するかだ。
キシは布魔を壁の上で走らせて、各高速機の行動を把握していく。
「こちらに来る機体は五機、反転したのは二機か――って、あれ? 反転して構える機体の一つに、見覚えが……」
キシは近づいてくる方の高速機の一機を、電磁射出機の高速弾で狙撃しながら、気になった機体をよく観察する。
装甲どころか風防すらなく、シリンダーやケーブルにフレームが剥き出しの手足。体の前面にあるのは、剣道の胴鎧のような大きくて丸い形状の一体型の装甲。背中のバーニアは、放射状に六方向に延びる超大型のもの。そして機体の左右の肩、左右の腰のそれぞれに一本ずつ刀があり、背中のバーニアに干渉しない位置に大刀、両太腿の外側にナイフが装備されている。
まるで刃物を展示するためのマネキンのような有様だが、その異様な風体にキシは見覚えがあった。
「前に動画で見たときと素地機体が変わっているけど、あの刃物大好きそうな見た目の機体は、プロプレイヤーの『ファントジャクス』の『ツジギリ』だよな」
キシが思い出した、ファントジャクスとはプロとして各種ゲームタイトルで活躍しつつ、超絶技巧のゲームプレイ動画を投稿してもいる、欧米系のプレイヤーだった。
ファントジャクスはメタリック・マニューバーズの世界大会に出られるほどではないが、国代表レベルの腕前はあると言われている。
どうしてそんな評価なのかというと、ファントジャクスがメタリック・マニューバーズでやっているプレイスタイルが、動画映えを意識しているものだからだ。
「大人数戦に登場して、実剣のみで敵機をバッタバッタと倒していくんだよな。動画を見ている方は、相手の射撃を紙一重で避けつつ攻撃する戦闘シーンは、迫力があって楽しいんだよな」
無茶なプレイスタイルであるため、ちょっとした操作ミスで撃ち倒されることがしばしばある。そのため、腕はいいのに世界大会に出られないという評価を受けているわけである。
「嫌な相手が来ちゃったもんだな。試しにちょっと狙ってみるか」
ちょうど近寄りつつあった高速機を排除し終わったので、キシは電磁射出機をツジギリに向け、発砲した。
電磁射出機の発射機構が電磁を帯びて輝き、専用弾を超高速で射出する。
しかしその瞬間、ツジギリは背中の六本のバーニアをフル稼働させて、横に瞬間的に移動した。
それから半秒後、電磁射出機からの弾丸がツジギリがいた空間を通過して、その先にあった砂の大地に突き刺さって埋まった。
見事なまでに避けられてしまったことに、キシは口笛を吹いて感嘆する。
「ぴゅ~♪ これが初顔合わせだけど、やるもんだ。もう一撃入れてみようかな」
どこまで避けられるかとキシが狙うが、弾丸が射出されるまえにツジギリが動きを見せた。片腕を上げて、五本指を違う形になるように、手を開閉させる。
それがどんな意味か、キシは知っていた。
「『お前の相手は後で』か。ふーん、なんとなくファントジャクスがこの戦いで何をしようとしているのか、分かっちゃったかな」
キシは理由を察して、ツジギリを狙うことを止めた。なぜなら、その方が面白いと思ったからだった。
狙う相手がいなくなったため、キシは布魔を壁の上を走らせて移動させていく。向かう先は、ツジギリに乗るファントジャクスがいる方面とは、建物を挟んで真反対の側。
「邪魔な機体を撃破し尽してから、俺に戦いを挑むようだし。それなら任せてあげなきゃだよね」
ツジギリが本当に生き残り、布魔との一騎打ちを実現させるか、キシはそれも楽しみに感じながら、交戦可能地域に入ってきた中速度帯機体を狙って、電磁射出機を撃つ。楽しみなことができたからか、体に感じていた疲労感はすっかりどこかに行ってしまっていた。
世界大会二部門優勝の実力を持つキシと、人気ゲームプレイ動画配信者のファントジャクスによって、戦場にいる人型機械たちは蹂躙されていく。
キシの電磁射出機による狙撃で、一機、また一機と、着実に数を減らされる。
ファントジャクスのツジギリが操る刀によって、胴を、頭を、正中線を断たれた機体が、地面に転がっていく。
数秒で一機が潰れていく戦場に、キシとファントジャクス以外のプレイヤーが、外部音声で悲鳴を上げる。
『こっち側でつぶし合っていられる状況じゃねえぞ! まずは、壁にたどり着くことを考えるべきだ!』
主張を吠えたそのプレイヤーは、キシの狙撃によって頭を吹っ飛ばされて、この戦場で次の句を注げないようにさせられた。
しかし、この一言が戦場の流れを変える。
キシの狙撃にしり込みしていたプレイヤーたちは、自分たちの数の力を活かすように、集団で発着場の壁へ向かって走り出したのだ。
この思い切った行動に、キシは驚きで目を丸くする。
「それが一番、『誰か』が生き残る確率は高いよな。けど、『自分』が生き残る確率が上がる方法じゃいんだよな」
バトルロイヤルでは、最後に生き残っていたプレイヤーが勝者だ。
そのルールに照らすと、彼らの行動は自分の勝利を放棄したに等しい暴挙だった。
「ここは先行する人を囮に使って、俺のような狙撃手から狙われないように、こそこそと移動することが鉄板だぞ――っと」
キシは電磁射出機を再度撃ち、また人型機械に命中させる。今度は首の下に当たって風穴を開け、首から上が衝撃で後ろへと吹っ飛んでいく。
「どこでも一発当てれば、中速度帯機体なら行動不能にできるっていうのは、電磁射出機の強みだよな――それ」
また一機、今度は腰に弾が当たってコックピットまで亀裂が通り、それがコックピット破壊判定となってプログラムにより戦闘停止に。
次弾で、さらに一機――貫通した弾が後続の機体に命中――二機が大破する。
キシが着実に一つ一つ機体を屠っていっていると、重装甲機と砲撃機が交戦可能地域に入ってきた。
彼らは先行する中速度帯機体たちを援護しようというのか、壁の上にいる布魔に向かって銃撃と砲撃を与え始める。
しかし撃ち下ろしと打ち上げでは、到達できる距離に差が出てしまう。
壁の上の布魔からの弾丸が当たったとしても、地上にいる重装甲機と砲撃機からの攻撃は重力に負けて壁に当たってしまう始末となる。
「砲撃が当たりはしないけど、爆発で布魔の目が眩んじゃってはいるんだよな。それと――変に立ち止まっていると、狙撃で狙われちゃうし」
言葉を区切った場面で布魔に回避行動をさせながら、キシは狙撃銃持ちの機体を狙撃仕返した。
その一機が地面に倒れたところで、参加プレイヤーの撃破数に連動した、壁の高さの変化が始まった。
壁の高さが減じたことで、砲撃機の榴弾が布魔に届き易くなる。
しかしキシは、関係ないとばかりに、中速度帯機体たちの狙撃を続けていった。
キシの戦場がわかりやすい様相である一方で、ファントジャクスが暴れている戦場は混沌としていた。
『ハッハッハー! 斬り捨て、ゴメンダヨー!』
外部音声で、野太く男らしい笑い声を上げながら、ツジギリが刀で敵機体の胴を水平に両断した。
切り離されたその機体の上半身を、ツジギリは肩で体当たりして押し、別の敵機へと弾き飛ばす。
飛んできた金属の塊に当たった機体がよろめくと、その隙を逃さんとばかりに、ツジギリは刀をコックピット目掛けて突き込む。
『ツキイイイエエエエイ! ハッハー、さあ、ドンドンと掛かってくるといい!』
ファントジャクスからの挑発に、近くにいたプレイヤーが乗ってしまう。
『近接武器だけの、ヘンタイ武装が!』
『ヘンタイ! そうですね、私はヘンタイでーす! ただし――』
母国語ではない言葉を使うと、変に言語変換されてしまう仕様上、日本の侍かぶれのファントジャクスの発言は頓珍漢に聞こえてしまう。
しかし口調とは裏腹に、振るう刃は冴えに冴え得ていた。
フルオートで弾丸をばら撒いてくる機体に、ファントジャクスは自分から突っ込む。そして銃口の先に刃の先が刺さるような軌道で、ツジギリに刀を突き出させた。
銃口から飛んだ弾は、刀の先端に当たって斬られたり、鎬の部分に当たって逸れたり、そもそも誰もいない空間を通過したりして、ツジギリに有効打を与えられないまま通り過ぎていく。
そして接近を果たしたツジギリは、突き込んだ勢いのまま敵の銃を斬り壊すと、返す刀で首を両断する。
『ゴメンダヨー! もっともっと、ゴメンダヨー!』
ファントジャクスは次の機体を狙い、ツジギリが背中のバーニアを輝かせながら砂の大地を走る。
あっという間に近づかれて、標的にされた機体が背中から斜めに斬り下ろされて戦闘不能となった。
圧倒的な捕食者を前に、他のプレイヤーたちから悲鳴が上がった。
『まともに相手にするな! 散れ、散って逃げろ!』
『距離さえ離すことができたら、銃撃で餌食にできる! 距離を取れ!』
適格な指示ではあるが、そんな行動をとってくる相手との戦闘経験を、ファントジャクスはツジギリを使い続けるうちに沢山得ていた。
『ハッハー、逃がしませんよ。そして倒された機体は、ツジギリの盾になるのデース!』
バーニアの推進力を生かした突撃と、その速さを乗せた斬撃で、逃げる機体をバッサリと斬り捨てていく。
もちろん、振るっているのは実物の金属であるため、使い続ければ刃こぼれするし、切れ味も悪くなり、やがて折れてしまう。
例え、刀をとても上手に扱うファントジャクスとツジギリであっても、それは逃れられない武器の運命だ。
『うっかり刀が折れってしまった。これは、いけないいけない』
銃弾を刃で斬ったり、鎬で防いだりしていたことで、ツジギリの刀は先から三分の一ほどが欠けてしまった。
追い立てられていたプレイヤーたちは、武器の破損を見て、反撃のチャンスだと思う。
しかしその考えは、欠けた刀を投げて一機屠ってみせたツジギリの姿に、すぐに霧散してしまった。
『ハッハッハー。オカワリは、まだまだあるぞ。腹いっぱい食べるといいデース!』
右肩の上にある収納部から新たな刀を引き抜き、ツジギリはまた別の機体へと斬りかかる。
そうして、一方的に多くの中速度帯機体を屠ったところで、横やりが入った。重装甲機と砲撃機からの攻撃だ。
遠距離攻撃の手段がないツジギリに、これは手痛い打撃――と思いきや、ファントジャクスの声は喜ばしそうだった。
『ハッハー! 自分から倒される相手に名乗りを上げるとは、感心しました。カイシャク、してやるデース!』
ツジギリは中速度帯機体をもう一機斬り倒してから、遠くから攻撃してくる重装甲機と砲撃機に向かって進出した。
超大型のバーニアによる暴力的な推進力と、限界まで軽量化した機体によって、その速度は目を見張るものがある。そして迫りくる銃弾と榴弾に対しては、キシも行っていた『幻影舞踏』という回避法で避けていく。
そうして、中速度帯機体を相手にしていたときと大して間を置かずに、ツジギリは刀の間合いに重装甲機の一機を捕らえた。
『ハッハッハー。蹂躙開始デース!』
銃弾を弾く重装甲であろうと、それを斬り割くために生まれた実体の剣の威力の前には無力だ。一刀の下に斜めに斬り捨てられてしまう。
両断された機体の上半分を盾に使い、ツジギリはまた別の重装甲機へ突っ込み、両断。同じ要領で、他の重装甲機と砲撃機を刀の刃で斬りつけていく。
もともと、距離を取って戦うことが主な重装甲機と砲撃機では、超近距離専門のツジギリの相手は務まらず、次から次へと地面の上に屍を晒す結果になる。
そうして、まさに蹂躙という言葉がふさわしい光景を披露した後で、ツジギリは逃していた中速度帯機体を追いかけ始める。
この時点で、キシとファントジャクスの暴威の前に、ミッション参加者が次々と倒されているため、発着場を囲む壁の高さはかなり低くなってしまていた。