九話 大会の準備中
受領したハンディーはトラックの横で、メカニック二人によって整備が施されることになった。
「あるもんはちゃんと整備されておるが、必要最低限しか機構がないな」
「お爺ちゃん。配線に問題はないよ。キシさん、操縦桿とペダルの固さ、どんな感じがいいかなー?」
「こだわりはないから。平均でいいよ」
「りょーかい。じゃあ今のから、ちょい固めにセットするねー」
「キシよ。手足の反応を早めるか? それとも遅くするか?」
「摩耗軽減と耐久重視のセッティングでいいですよ」
「ふむっ。それでは、こちらが整備しやすい値にしておくぞ」
メカニックたちの質問にキシが応答している横では、ティシリアが情報収集から戻ってきたアンリズから報告を受けていた。
「これが手に入れた、大会出場者のリストです。評判が高いところは、丸印を入れてあります」
「出場チームは三十。うち、丸が五つだけなのはどうして?」
「大会常連と、景品狙いが、その五つだからです。残りは、初参加やにぎやかしとして認識されている者たちです」
「にぎやかしは兎も角、初参加組に注意が必要なところはないの?」
「使用機体を見てきましたが、大幅な改造機は見受けられませんでしたので、注意は必要ないと判断しました」
「ふーん。でもねキシ、侮っちゃだめだからね」
盗み聞きしているとバレたキシは、忠告してきたティシリアに振り返った。
「やるからには全力をだすさ。でも、大会のルールって教えてもらってないんだけど?」
「あ、いけない。そうだったわね」
ティシリアの目配せを受けて、アンリズが携帯端末を操作してから見せてきた。
「これがルールの一覧です」
開かれたページを見て、そこに書かれてある地球にない文字を、キシは読めてしまうことに驚いた。
「今更だけど、文字もそうだけど、君らと喋れているのも不思議なんだよな」
「不思議って何。大陸中、この言葉と文字を使っているわ」
「いや。俺が住んでいたとこは、日本語っていう言語を――」
キシはどんな文字か見せるために、日本語を岩の破片を使って書こうとして、全く書けないことに気付いた。
ひらがな、カタカナ、漢字。そういう知識はあるのだが、それがどういう文字だったかを思い出せないのだ。
よくよく思い返してみれば、人型機械のディスプレイに現れた警告は日本語ではなく、アンリズが端末に表示させている文字であった。
そんな事実をいまさらながらに自覚し、キシは愕然とする。
同時に、こんな現象が起きている理由を、元の世界の比野の知識と人格を、現在の体にインストールする際に、文字と言語情報はこの世界の物に置換されたのだと直感した。
「ってことは、俺は完璧に『比野』の複製ってことかよ……」
いやな事実に気付いたものの、SF映画にありがちな、自分が複製体と知った瞬間に自我が崩壊するようなことはなかった。
むしろ、その事実が腑に落ち、よりこのメタリック・マニューバーズの世界に適合できた感じすらしている。
「まあ、俺は俺ってこったな」
「なにを長々と独り言を言っているんです。さっさ読んで理解してください」
「了解。さて、ハンディーの大会のルールはっと」
キシは自身が複製という悩みを放り投げると、アンリズから端末を手渡してもらい、内容を見ていく。
細かい機体セッティングのレギュレーションはあったものの、それはメカニックの領分だからと、キシは読み飛ばしていく。
そしてパイロットに関係する部分だけを、じっくりと読み込んでいく。
書かれているルールを要略すると、このような感じになる。
一、大会では、ハンディーは一対一で殴る、蹴る、体当たりに関節技や投げ技を使用した肉弾戦を行う。
一、決着は、ハンディーが行動不能、パイロットが気絶、反則行為による失格にて、付けられるものとする。
一、ハンディーが倒れた際、十秒以内に立ち上がれない場合も負けとする。
一、対戦時、ハンディーの手足に武器を装備させてはならない。ただし、胴体に防具を増設するのは許可される。
一、故意にパイロットを殺す行動をした場合、失格とする。
以上のルールを守り、楽しく対戦を楽しみましょう。
キシは内容を把握したあと、頭の中でハンディー同士がルールに則って取っ組み合う様を想像する。
「ぶつかり合いが主な戦法になりそうだから、作業機械でやる相撲の様な者って考えればいいか」
キシはルールを単純化させて理解しなおすと、端末をアンリズへ返した。
「もう良いのですか?」
「大体把握できたよ。それでハンディーに慣れるために実機訓練――」
キシは言いかけて、ハンディーの調整をしているメカニック二人の姿が目に入る。
「――といきたいとこだけど、整備が終わってないから、エア操縦でイメージトレーニングするよ」
「エア操縦とは?」
「機体に乗った気になって、架空の操縦桿やペダルを動かすんだ」
こんな風にと、キシは腰を掛けるにちょうどいい岩に座ると、ハンディーの運転席に座ったときと同じ格好をとる。
現実にレバーやペダルがあれば様になるのだろうが、なにもないところに手足を浮かせているので、傍からは間抜けに見える。
そのうえ、キシが手足を動かしてハンディーを操っている気になると、より一層珍妙さが増した。
「こうして、こうこうで、ぐいーーんとなるから、こーやれば勝つ。んで、こうしてきたら、こうなってキワキワに躱して、そうしたらこうしてくるはずだから――」
「……変な踊りをしているわけが分かりませんが、レティシアと『知恵の月』に貢献できるよう、頑張ってください。対戦の組み合わせが決まったら、対戦相手の情報も伝えますから参考にしてください」
「わかった。それまでには、イメージトレーニングを万全に済ませて、ヤシュリとタミルが許してくれたら実機の感触も多少でも得ておくとするよ」
「期待してます。頑張ってください」
応援されたことに、キシは意外だという表情を返す。すると、アンリズが不機嫌そうに唇を歪める。
「なんですか、その腹が立つ顔は」
「いや、素直に応援されるとは思わなくて」
「言葉一つで、キシにやる気が出るのなら、安いものじゃないですか。だから、応援したのです」
つっけんどんに言っているものの、その態度の端々から、アンリズの心優しさが透けて見えている。
キシは揶揄する笑みを浮かべようとして、アンリズの顔がより不機嫌になったのを見て、態度を真面目なものに改めた。
「任せておいて。同種の機体なら、俺は負ける気がしないからさ」
「それが今日初めて使った機体でもですか? それと相手がハンディーを改造してあってもですか?」
「多少の改造なら、俺が腕でカバーするよ。出力が倍も違ったら、ちょっと怪しいけどね」
「優勝できる自信があるのかないのか、ハッキリしてほしい」
「じゃあ、自信アリってことで」
「その自信のほど、二日後の大会本番で見せてくれることを期待する」
キシの軽い口調での返しに、アンリズは期待していないという態度で頑張れと身振りする。その直後、ティシリアから出場者の印象を聞きたいと呼ばれたため、アンリズはそちらへと歩いていき、キシはエア操縦に力を入れることにしたのだった。
活動報告にもかいてましたが。
本日の昼頃、東京都大田区産業ホールPIOにて、『近しき親交のための同人誌好事会(通称:近親同好会)』という同人誌即売会に参加します。
お時間に都合がつく方、ぜひお越しくださいませ。