高千穂ち名の付く場所が二ヶ所ある
大学生になり、時間的自由度が増えた。好きなことをやれる時間を得た。
良い仲間を得た。念願の彼氏も出来た。初めてお父さんと真剣に議論し、バイトしてもいいって許可を得た。金銭的自由を得た。
漸く自分の意思で大学生らしく行動出来る、条件を整えた。すっごく嬉しい。――
その日あたしと雄治は、夜明け前に近所の母校前で待ち合わせた。クルマに乗り込むと、北へ向かう。
ラッシュ前の国道一〇号線は、日中と打って変わってガラガラ状態。雄治はシルビアS14を滑るように走らせる。あっという間に市街地を抜け、県央をひた走る。
カーオーディオはドヴォルザークの一番を静かに奏でていた。今週の雄治はドヴォルザーク・ウィークらしい。
比較的マイナーな曲で、あたしも初めて聴くんだけど、すっごく良い感じ。重量級で、味がある。でもノリノリの曲。快晴のきらびやかな日向灘を右手に眺めつつ、良い気分で助手席に身を委ねる。
ドヴォルザークの一番から旋律の綺麗な二番に変わる頃、日向市の市街地を抜けた。延岡市街地手前で国道二一八号線に乗り、高千穂を目指す。
雄治は約三時間、休憩無しノンストップで走り続けた。高千穂町「天岩戸神社」に到着したのは、午前中の九時頃である。駐車場にクルマを停め、ふたりは趣のある西宮社殿を横目に、天安河原へと歩く。
ただの河原である。そのほとりに、そこそこの大きさの洞窟がある。
「こイが天岩戸らしいけどな。まあ、後から作られた話やろなあ」
と、雄治は言う。
まあ確かに、この辺りが高天原とは思えないよね。単なる田舎の渓谷に過ぎない。んでもってこの洞窟が、天岩戸!? な~んか違和感ありアリ。直感に過ぎないけど、何か色々と「違う」気がする。
ざっと眺めた後クルマに戻り、今度は天岩戸神社の東宮に回る。
あまり知られていないと思うんだけど、天岩戸神社って西宮と東宮があるの。有名なのは西宮の方ね。川を挟んで対岸の高い所に、東宮がある。クルマを停めると、あたし達は長い階段をひいひい言いながら登り、鄙びた東宮に辿り着いた。良い雰囲気ではあるが、ごくごくフツーの神社である。
階段を下りてクルマに戻ると、今度は数km離れた高千穂神社を目指した。
これまたそれなりの雰囲気のある神社だけど、特にピンと来るものが無いんだよなあ。あたしの直感が何ら反応しない。しかし次に向かった高千穂峡は、何かが違った。自然に出来た渓谷だって話なんだけど、全然そんな感じがしないのね。まるで大型重機で開削した運河みたい。
クルマに戻ると、あたしはPCを起動し、Webマップツールで航空写真を確認。しかしこの周辺の写真はほとんど真っ暗で、上空からの様子が全く判らない。自然の川なのか、それとも人工的に手を加えられた運河なのか、調べてみたいんだけどなあ。車で渓谷沿いを走れるようにも見えないし、舟を借りて直接川下りするしか調べようが無さそう。今回はちょっと無理か。――
「県南には高千穂峰があっじゃろ!? で、ここが高千穂町。高千穂ち名の付く場所が、宮崎には二ヶ所ある」
「うん」
「古事記ン記述から想像すっと、天孫降臨の地は県南高千穂……ちうか韓国岳じゃろな。で、ニニギ御一行様は高原(町)を抜けっせ、宮崎市に下りてきた」
「そんな感じがするね、地名とかから察するに……。ご先祖様イザナギゆかりの地『宮崎市』を目指したっぽい気がするよ」
「おう。で、孫のウガヤフキアエズの代で、多分この辺に高千穂宮を造営したっじゃろな。高天原に似せて高千穂宮を作った、っち書いてある」