なんだろう、この違和感……
いや、根拠らしきものがもう一つ見つかった。「奴国」である。
学者先生方はこれを「なこく」と読んだ。
つまり、現在の福岡市である。彼の地は昔から「儺県」と呼ばれ、かつ「那の津」や「那珂」といった地名も残っている。博多湾志賀島からは有名な「漢委奴国王」印まで出土している。だからいにしえの「奴国」に違いない……というのである。
しかもそれは、「怡土」の東隣にあたる。
おまけに、福岡市のさらに東隣には、「不弥国」を連想させる「宇美」という地名が残るのである。
伊都国、奴国、不弥国……と見事に三つワンセットではないか。まさに魏志倭人伝の記述通りだ。あっさり解明めでたしメデタシ。――
という論法らしい。
(つまり、一つ一つに関しては脆弱な根拠でしかないが、三つワンセットで相互補完される……と)
なるほど、と智美は納得した。一応、筋は通っている。
しかし、智美の頭のどこかで警戒音が鳴っているのである。
(なんだろう、この違和感……)
五分ばかし首を捻り、やっとその理由に気付いた。
「奴」という字は、果たして「な」と読むのか!? 「奴隷」の「ど」、「奴婢」の「ぬ」ではないのか?
智美はすぐ、ノートPCのキーボードを叩き、漢和辞書サイトで「奴」の文字を検索する。
(ほ~ら。やっぱりね)
漢音で「ど」、呉音で「ぬ」らしい。「な」という発音は記載がない。
つまり金印出土の事実と、「な」という古い地名の存在から、曲解してしまったということではないか!?――
しかし金印はモノなので、どこからか持ち込まれた可能性もある。太古よりずっとその地に存在した、という確証はない。
また地名だって、その時々の都合で比較的容易に変更されるものである。紀元前より「な」の地名、国名が存在したという証拠がない以上、根拠としては弱いと言わざるを得ない。おまけに「奴」を「な」と読むなんて、牽強付会ではないか。
智美は愕然とした。
あたし達は今まで、それがあたかも解明済みの事実であるかのように、教わってきた。いや、よくよく読めば「仮説」に過ぎないと判るのだが、
「まあ、十中八九間違いないだろう」
といったニュアンスで教わってきた。
「試験に出る。大学入試に出題される」
というので、正解として丸暗記を強いられてきた。結果として、所詮仮説に過ぎないものを事実同然に「刷り込まれて」きた。当然、
「仮説である」
と注意喚起されたこともない。
しかし一つ一つ丁寧にウラを取ると、まるで根拠がないではないか。――
(結局、『学説』って……何なの!?)
智美は頭を抱え込んだ。