謎の解明より『歴史学会の思惑』が先行
なるほど、そんな事情があったのか。――
初めて聞く話に、紗耶香はショックを受けた。
「そういう戦後の歴史学会の裏事情が、邪馬台国論争にも影響しちょっとよね」
と、黒木敬太郎は言うのである。
有村雄治も、じゃっどじゃっど、と頷く。
ちなみに都城弁の「じゃっど」とは、おそらく古語の「左様であるぞ」が訛ったのだろう。そうだそうだ、という意味である。方言の意味は古語を紐解くと見えてくる。
「要するに、古代史の謎の解明より『歴史学会の思惑』が先行しちょるわけやな。そこを解っちょらんと、どんだけ邪馬台国本を読んでン意味がない」
「そうか。邪馬台国論争は所謂プロレスだから、字面を追っても勝敗の行方は分からない……ってことね。裏事情というか、興行主たる学会の思惑を読め、と」
「じゃっどじゃっど」
有村雄治の解説は、続く。
黒木敬太郎の言う「三つの可能性」のうち、二番目の、
「古代日本には大和朝廷以外にも大勢力が併存し、邪馬台国はそのうちの一つだったのではないか」
というのは、そもそも皇国史観にもそぐわないため、戦前から支持を得られていないらしい。また今日でも、それを後押しするような根拠が見当たらず、ほとんど考慮されていない。
「戦前は、『可能性その一』が主流やったとよ。つまり『邪馬台国イコール大和朝廷じゃった』っち説やね。『邪馬台』の読みも、当然『やまと』やろ……と」
なるほど。――
可能性その一であれば、「長く、栄えある皇国の歴史」との矛盾も生じない。
「しかし戦後は、それを否定したいっち思惑が生じたわけやね。だから『可能性その三』の『大和朝廷は邪馬台国後に誕生した』説が主流となった」
雄治に代わり黒木敬太郎がそう語りつつ、バッグから一冊の本を取り出した。
今や懐かしい、高校時代の日本史教科書である。
敬太郎はパラパラとページをめくり、
「ここに『女王卑弥呼』『邪馬台国連合』っち記述がある」
と三人に示す。まだほんの序盤、二一ページ目である。
「で、大和朝廷に関する記述は、その次のページにあるとよ……」
なるほど確かに彼の言うとおり、卑弥呼邪馬台国が先で、大和朝廷の記述が後になっている。それも「大和朝廷」ではなく「ヤマト政権」と表記されている。
「絶対おかしいじゃろ!?」
有村雄治が口を挟む。
「魏志倭人伝の記述は、三世紀前半から中盤の話ちハッキリ判っちょるとよ。じゃっどん大和朝廷の初代神武天皇は、紀元前の人やろ!? つまり教科書の記述は順番が間違うちょるとよ」
有村雄治の鼻息が、ビミョーに荒い。憤慨しているらしい。