鵜戸神宮―宮崎神宮の延長線上に何があっとじゃろか
雄治が言うには、有名な青森県亀ヶ岡遺跡から出土した土面(粘土を焼いて作ったお面)には妙な模様が描かれているらしい。一見ただの模様にしか見えないが、ある研究家によるとそれが神代文字だという。阿比留草文字で、
「饗をばまつれ 吾をばまつれ」
と読めるのだとか。
「敬太郎が先日言うちょったやろ!? 昔の日本語は八母音やった、と。しかしそれより前から在る神代文字が、五母音五〇音ちゅ~のはおかしい。つまり後世作られた偽物や……と」
「なるほど」
「ところが、そン八母音説が最近になっせ『実は間違いやったんじゃねえか』っち見直されつつある。じゃったら神代文字偽物説も、見直されんにゃいかん」
「なるほど、そうだよね。……って言うかあたしは、高度な文化があったのに文字は存在しなかった、って考えは不自然だと思うんだけど」
その通り、と雄治は大きく頷く。
「縄文人が太平洋を横断し、中南米にまで渡っちょったっちゅ~ことは、長年天文観測やらやっちょったち証拠や。それには膨大な観測記録が必要な筈やろ!? そりゃもう、文字が無ければムリや」
「だよね~。あとさ、高度な測量技術も持ってたっぽいんでしょ!? それだってやっぱ文字あってこそ……なんじゃない?」
「じゃっど~」
展示室内にいる職員さんをつかまえて、文字の刻まれた土器の事を尋ねるが、職員さんは首をひねる。あたし達は土器を諦め、クルマに乗り込んだ。
車内は直射日光に熱せられ、サウナ状態である。一〇分程ふたりしてひいひい言っていたが、そのうちエアコンが効き涼しくなってきた。「知られざる名曲」ドヴォルザークの七番を聴きつつ、熊本方面へと向かう。
「先日紗耶香に、母智丘―霧島―桜島を結ぶ三角形の話をしたやろ!?」
「うん、覚えてるよ」
そうそう。あたしはあの時に、雄治にファーストキスを捧げちゃった(恥)
「あン後、さらに不思議な事に気付いたんや。ふと、桜島―母智丘ン延長線上に何があっじゃろか……っち気になっせ調べてみたら、何と宮崎神宮があった。しかもドンピシャ、本殿の真上やぞ」
「ウソ~!! マジ!?」
「マジやマジや。しかもそン途中、生目神社の参道入口付近をよぎっちょる。つまり桜島―母智丘―生目神社―宮崎神宮レイラインや」
「え~っ!? スゴい!!」
それって偶然出来たラインなの? いや、多分違うよね。……
「そイだけじゃねえ。まだあっど~」
雄治はコーラのボトルを手に取り、三分の一ほどを一気に飲み干す。
「宮崎神宮の参道は鵜戸神宮を向いちょることに気付いた。まあ若干の誤差はあっとやけどな。もしかすっと、どちらかが過去に、社殿建て替えか何かでわずかに場所移動したンかもしれん」
「へ~~~~」
「じゃったら鵜戸神宮―宮崎神宮の延長線上に何があっとやろか……ち調べてみたら、西都原古墳群を抜けて高千穂神社入り口に繋がった。つまり鵜戸神宮―宮崎神宮―西都原古墳群―高千穂神社レイラインがあった」
「うわ……。スゴい!! それって、やっぱ偶然じゃないよね。古い時代にかなりの測量技術があった筈だよね。で、何らかの意図があって、測量技術をフル活用してそれらを一直線上に築造した、と……」
「多分そうやろなあ」