実はこれまでに、他の遺跡でも……
翌朝、ホテルを八時半にチェックアウトした。向かった先は、佐賀県の吉野ケ里遺跡である。
鳥栖市からすぐの場所である。九時ジャストに、駐車場にクルマを停め、吉野ケ里公園開園と同時に入場した。
あたし達が生まれる十数年前、ここに大規模な環濠集落跡がある……とセンセーショナルに発表されたらしい。新聞やテレビが、
「邪馬台国跡ではないか」
と大騒ぎした。
まあ、それは絶対違うと思うんだけどね。卑弥呼様情報でも、ここは伊都国近辺ってことになるらしいし。しかし大規模環濠集落跡発見当時、マスコミが大袈裟に話を盛り、邪馬台国を意識させつつ世間に吹聴した。
そういうのって、あまりよろしい事ではないだろうけれど、しかし良い面もあったと雄治は言う。
一つは、割とすんなり国史跡指定を受け、広大なエリアの調査と保存が決まったらしい。
そして二つ目が、
「物見櫓跡が見つかった……っち学者がすんなり認めたことや」
と雄治は言うのである。
雄治が過去に読んだ本によると、それまでにも全国各地で、高層建築物跡らしきモノが多数見つかっていたらしい。しかし学者達は何故かそれを素直に認めず、事実上隠蔽し続けてきた。
ところが大規模環濠集落発見のセンセーショナルなニュースが流れ、世間に大きく注目されたため、学者達は物見櫓跡の発見を素直に認めざるを得なくなった。そこで、
「実はこれまでに、他の遺跡でも……」
と、過去の高層建築物発見に関しても次々と公表することになったんだとか。
「つまり、学者達は隠しておきたかったっじゃろなあ。弥生人に高層建築物なんぞ作れた筈が無え、弥生人なんざ原始人同然や……的なイメージを維持したかったんやろ」
それはちょっと言い過ぎなんじゃない!?、とあたしは思うんだけど、雄治の読んだ本はその露骨な隠蔽体質について、結構バッサリと大胆にぶった切っていたらしい。
「隠蔽体質っちゅ~か、古代史ン過小評価姿勢っちゅうのは、ここでもハッキリ判る」
朝から蒸し暑い曇り空の下、ふたりは遺跡公園内をゆっくりと歩く。
V字形の環壕(空堀)があり、木の柵が巡らされている。その中に多数の復元住居。それから高床式倉庫や、一際高い物見櫓。……
それらを眺めつつ、あたしには雄治の言いたい事が、直ぐに解った。だってあたしはセクシー系天才美女ですからね♪ 大事なところなので何度も強調しておくけどさ(笑)
「復元された建築物が、ショボ過ぎるってことでしょ!? 前に雄治が、飲みながらアツく語ってたもんねえ……」
「じゃっどじゃっど~」
雄治は、我が意を得たりとばかり、大きく頷く。




