第9話・自殺ほう助
私は気が付くと、朝乗っていた車の助手席に座っていた。さきほど平屋の中でみた光景が目に焼き付き、どれだけ振り払ってもフラッシュバックする。すでに生きていると言えない状態とはいえ、おそらく彼がランに依頼していることは。そして、ランの仕事っていうのは……。
私はあの場所で交わされた契約内容を想像するだけで、震えが止まらなかった。ガタン、とドアが開いてランが乗り込んでくる。あらゆる感覚が完全にシャットアウトされていたこともあり、私は必要以上に驚いてしまった。ランは何も言わず、とりあえず車を走らせ始めた。
「あの後、どうするの?」
色々とランに聞かなければいけないことがある。しかし、それよりもタイチと呼ばれる人がどのような最後を迎えることになったのか。そっちのほうが気がかりで仕方なくて、私は彼の今後について聞いていた。
「残念だけど、土葬も火葬も難しいから。私のやり方で遺体は処理させてもらうわ。この点についても、彼にはちゃんと了承をもらってる」
「それはそうかもだけど。……ねぇ、ラン。やっぱり、その」
「自殺ほう助」
私が言葉を付けたそうとしたき、釘をさすように聞きなれない言葉を発した。
「聞いたことない? 自殺をしたいけれどできない人の助けをすること。スイスやオランダ、ベルギーだと合法になってて、基本的には今日のタイチさんみたいに、今後回復の見込みがない人にしか許されない権利よ。日本だと、もちろん自殺ほう助は許されていなくて、殺人扱いになっているわ」
「当たり前じゃない!」
思わず大きな声で否定してしまう。立ち上がりそうになる気持ちを抑えようとすると、ベルトがシワシワになるほど握りしめていた。
「……ごめん」
「謝る必要なんてないわ」
「えっ?」
「私はいけないことをしてお金を稼いでいる。この国で許されないことをしている、だって犯罪者なんだから。でも、治る可能性もないのに人を薬付けにする挙句、お金だけ巻き上げる人たちのほうが許せないの。別に自分を聖人だと思ったり、革命をしているなんて思っていない。
ただ、私の考えるサービスを欲している人がいて、私もそれで生計を立てている。ただ、それだけよ。だから別に、今回の見学を通してこの仕事に理解や共感してもらいわけじゃない。学生の就活じゃないんだから、
あんたから『いい仕事ですね』とか『やりがいがありますね』とか、『人のためになってますね』みたいな、そんなくだらないおべっかなんて聞きたくない訳。あんたが目の前で苦しんでいる人を見て、私の仕事を知って、今後どうするのかちゃんと考えて欲しかった。それだけよ」
ランはいつになく自分のことをたっぷりと話す。すでに私たちは市街地まで戻ってきていたが、この後に行く場所が決まっているわけではなかった。ランは違法的な仕事をしており、私は明日をどうやって生きるかすら決められない人間。まるで西部劇の放浪者みたいだね、と昨日までなら軽口で言い合えただろうと思った。
「ねぇ、サクラ」
サクラ、とランに呼ばれたのは初めてのような気がした。少しだけ照れ臭さを覚えながらなに、と短く答えた。
「私たちは、生きてるよね?」
「なに当たり前なこと言ってんのよ」
「わかんなくなるのよ、今日みたいな現場ばかり経験していると。彼らは自分で死を選択することで、最後に生を実感している。でも、毎日同じことばかり繰り返すことを望むこの世界で、私たちはどうすれば生きることを実感できるのかしら」
ランは珍しく、弱音に近い質問をぶつけてくる。その答えを私が持っている訳がない先日まで死ぬことばかり考え、ロクに会社から逃げようとしていなかった私が、生きることなんて考えているはずもないのに。それなのに、どうしてランは私に問いかけてきたのだろうか。
「……わからないけれど、でもね。少なくとも、私はランに会って生きることを実感し始めてると思う。ランに会うまでそんな感覚が全くなかったから、余計だと思う。こんなのまったく回答になってないけど。……ごめん、今はこれが精いっぱい」
何を作ればいいのかわからないまま、粘度をこねた結果生まれた言葉。だけど、私は吐き出さずにはいられなかった。こんな回答で納得してもらえるとは思わなかったが、どうしても話しておかないといけない。そんな気分だった。
「どうする?」
「え?」
「とりあえず、ご飯でも食べない?」
「……よく食べれるね」
「食べないと生きていけないわ」
私はランらしい回答だな、と思った。どこに行く、と言いながらサイドポケットに入ってあった情報雑誌を手に取ってお店を探し始めた。