第7話・秘密の仕事
泥酔して家に帰り、不安を抱くことなく眠りについたのは久々だった。心地よい朝を迎える予定だったが、二日酔いの頭痛を増長するようなノックで朝を迎えることになった。
「早く起きなさい、仕事に行くわよ!」
その声は間違いなくランだった。私はのっそりと起きてから、玄関ドアを開けてみる。すると、そこにはやはりランがいた。
「何してるの、まさか昨日ちょっと飲んだぐらいで二日酔いになったんじゃないでしょうね?」
「テキーラのショットグラスをアホみたいに飲んで、なんであなたはそんなに元気なわけ?」
「仕事があるからに決まってるでしょ。ほら、そんなみっともない姿で初仕事連れていけないわよ。早く準備して」
ランは私を部屋に押し返し、まるで母親のようにタオルを持たせて洗面台に立たせた。鏡を見ると寝ぐせはもちろん、よほど気持ちよく眠っていたのか口にはよだれ後まで付いていた。自分のひどい顔を見てハッと我に返った私は、蛇口をいっぱいにひねって水でバシャバシャと顔を洗い始めた。顔を洗った後はドタドタと部屋に戻り、簡単に化粧をしてオフィスカジュアルな服装に着替えた。
「すごいわね、完璧な姿まで約五分」
「ブラック会社で得た、唯一便利なスキルかしら」
自慢げな態度にランも笑みを見せ、私たちは部屋を後にして車に乗り込んだ。
「ねぇ、仕事内容について当日まで秘密ってことになったけど。いい加減教えてくれてもいいんじゃない?」
「そうね」
アパートから出発して大きな交差点につかまった際、私は仕事について聞いてみた。しかし、これから現場に向かうというのに、未だに詳細を語ろうとしなかった。
「ラン、ここまで来ておいて何だけど。このまま私を簀巻きにしてどこかに埋めようなんてしないでしょうね」
「アンタを埋めて、私に何の特があるっていうのよ」
「そりゃそうだけど」
「そもそも、人を殺すってリスクばかりで本当は何の特もないのよ。だから映画やドラマみたいに殺し屋スナイパーなんて、余程のことでもない限り選ぶ仕事じゃないし、絶対数も少ないのよ」
「へぇ~ 妙なこと知ってるのね」
ランのウンチクに関心しているとすでに市街地から離れており、周りには田んぼが見えるようになっていた。
「でもね、人の死ってのはビジネスになっちゃうのよ」
「……どういうこと?」
「わかりやすいのは葬儀屋。典型例じゃない」
確かに、言われなくても想像すれば簡単に思いつく仕事だった。たしか日本だと葬儀に二百万円以上かかることがあって、人間一人の死に使うお金としてはちょっと想像がつかない金額だと聞いた時にも思った。
「ここまで私が仕事の内容について話さなかったのは、そんな人の死に関することを仕事をしているからよ」
車はすでに田舎道を走っていたが、大きな国道から住居が立ち並ぶ小道に入っていく。しばらく走っていくと木造の平屋が見えてきて、ランはその家がある敷地内に車を止めた。
「さあ、この家に入るわよ」
ランから詳しい話を聞くこともできず、私は仕事現場にやってきてしまったようだ。言われるままに降りると、ランは車のトランクから仕事道具を取り出しはじめる。私もすぐに近づいて手伝うと、トランクには四角形の大きめなバッグが敷き詰められており、その一つを持って運ぶように頼まれた。持ってみると意外と軽く、何が入っているのか想像できなかった。
「今日は基本的に見ているだけでいいわ。たぶん、いきなりこの仕事はできないから」
それだけ言うと、ランは私とはじめて会ったときの顔に変わっていた。私はつい気を引き締めてはい、と返事をした。その返事を聞いたランは微笑み、一緒に平屋へ入っていった。玄関から入ると短い廊下があり、すぐ目の前にリビングが見える形になっていた。
その左手前には家族が集まる居間があり、右手にも襖で閉じられているが部屋があるのがわかった。ランは右手の広間に向かったので、私のその後を付いていった。
「……タイチさん、開けるわよ」
ランは人の名前を呼んでから襖を開けた。すると、そこには布団を敷いて眠っている男性がいた。しかし、ただ眠っている訳ではなかった。身体は無数のチューブにつながれ、タイチと呼ばれた男性は「生」という言葉とは無縁だった。