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第6話・「ミスフィット」で祝杯を

ー無事仕事を辞めれたら「ミスフィット」に来なさい、私は夜十一時以降なら基本いつでもそこにいるわ。


職場に退職届を出した後、滞りなく会社から解放されたことが決定した。賭けの結果をランに報告しようと思ったが、肝心の連絡先を交換するのを忘れていた。会う方法がないと頭を抱えていたとき、私のポストに入っていたのが「ミスフィット」への招待メッセージカードだった。


こんな回りくどいことをするのは、ラン以外に検討が付かなかった。私は自分が賭けに負けたにも関わらず、「ミスフィット」を探すために飲食店が集まるビル群にやってきていた。ミスフィットはネットで名前を検索しても出てこなかったが、カードに書かれてあった住所を入力すればスマートフォンに入っているマップが案内してくれた。


しかし、ミスフィットが入っているビルを探すことに手こずってしまい、二回ほど該当ビルを通り過ぎてしまった。すでに十一時を過ぎていたが、私はビルのエレベーターに入って「ミスフィット」のある三階のボタンを押した。


ゆっくりとエレベーターは動き出し、今にも止まりそうな雰囲気も持っていたが何とかもう一度扉は開いてくれた。扉が開くとアンティークなドアが目の前にあり、私は大き目の取っ手を握る。ギイと音を立てながら開くと、目の前にはバーカウンターが見えた。客は少なく、カウンターに一人佇んでいるだけだった。その後ろ姿は間違いない、ランだ。マスターが軽くいらっしゃいと告げると、ランも私のほうを向いた。


「来たのね、サクラ」


私は彼女の出迎えに笑みで応え、マスターにシャンディガフを頼む。彼は私の依頼にこくりと頷き、グラスを用意し始めた。


「退職届を書いた日から二週間経ったけれど、結果は?」


ランが私に回答を求めると同時に、マスターがお酒を用意してくれた。私がグラスを持つと、彼女は自分の飲んでいた赤い色のお酒をもう一杯頼んだ。彼女がお代わりすることがわかっていたのか、マスターはすぐに新しいグラスを用意して差し出した。


「あなたの勝ちよ、ラン」


そう言いながら私たちはグラスをカツンと鳴らしあった。グビグビと喉を鳴らしながらビールを流し込み、バーらしくない品の無い飲み方をしてしまった。


「いい飲み方をするじゃない」


「こんなに美味しいお酒、本当に久しぶり」


「そう、それはよかったじゃない」


「これも賭けに負けたお陰ね」


「なに負けたことを誇っているの?」


「日本には『負けるが勝ち』って言葉もあるわ」


「日本のエゴイズムを体現したような言葉ね」


私たちは二人でふふっと笑いあった。あの日、私を自殺から助けようとして、私が殺そうとした女。そんな女と一緒に酒を飲んでいる。とてもじゃないが、こんな未来を私は想像できなかった。今、こうしてランと飲んでいると、なぜ彼女は殺されそうになっても私に興味を持ち続けたのか。もしかすると、こうした未来もランは覗いていたのではないだろうかと想像してしまった。


「それで、あんたわかってるの?」


「なによ」


「賭けに負けたんだから、ちゃんと約束は守るんでしょうね」


私は残っていたビールを飲み干して、マスターに新しくシェリー酒を頼んだ。


「当たり前でしょ。私は職なしの文無しなんだから。むしろ、ランに約束守ってもらわないと困るんだから」


「そう。でも、前にも言った通り、私はこの仕事を強要しないわよ。そんな仕事なのに、あなたはやってみるというのね?」


マスターが用意してくれたグラスで口を濡らし、言葉を滑らせていく。


「これはね、私の意思なの。あんたが私に退職届を出させたり妙な賭けをする意図を、私だって知りたいんだから。あんたばっか何でもお見通しな雰囲気されると、ちょっとシャクじゃない」


「あなた、口だけは本当に達者のようね」


ランはますます気に入ったと言わんばかりに、サクラの目を覗き込む。


「あなたは今までの中で、最高のパートナーになるかもしれないわ」


私は久々の美酒に酔いしれており、ランの言葉が耳に入っていなかった。しかし、私はランを知ることで自分のことも知れるような気がする。今までにない期待感で胸が膨れ、その勢いで空を飛びそうなほど目が回り始めていた。

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