第23話・どちらも狂ってる
「まずいのラン! 私の友達が、もしかしたらー」
「なによ人の休暇中に。せっかく色々なことを忘れて休んでいたんだから」
「そんな場合じゃないのよ! 私の友達が、自殺するかもしれないの!」
急いで店を出てすぐランに電話していた。私の発言を受けるとランの声色はすぐに変わっていった。
「あなた、自殺友達でもいたの? 迷惑な話ね」
「いないわよ、そんなの。友達には今日久々に会ったんだけど、思った以上に追い詰められてるみたいで」
「それって前から?」
「私が前に勤めていた会社時代からずっと同じような愚痴をこぼしてて、今日もその話ばかり。それで、踏んじゃいけない地雷を踏んじゃったみたいで……」
「サクラはどこにいるの?」
「街中よ。今ミスフィットに向かってる」
「いいわ。ミスフィットにつながる路地の近くにコンビニがあるでしょ? その前で待ってて」
私はわかった、と言って電話を切った。アルコールで酔った足を引きずるようにコンビニまで走ると、すでにランがいた。私はラン、と思い切り叫びながら彼女に近づいた。
「早かったのね、近くにいたんだ」
「まあね。それより、ランこそ」
「私はミスフィットにいただけよ。それよりも、あなたの友人は?」
「私と口論になって、店の中なのに叫んで飛び出しちゃって……。行き先がわからなくて、ついあなたに電話しちゃって」
「なるほどね。店内にもかかわらず叫んだわけ」
「それに、彼女の様子って私に似てるのよ。思わず自殺しちゃう手前、みたいな。すごく心配なんだけどどこに行ったか分からないし、さっきから連絡しても出てくれないし」
ランはしばらく腕を組んだまま話を聞いてたが、手を口に当てて何か考え始める。私はすぐにでも動きたいが、やみくもに動くのは得策ではない。マユミのことをランは何も知らないが、何か解決の糸口を探してくれるのではないだろうか。私はそう思っていた。
「彼女、今日は飲んでいるのよね?」
「ええ」
「泊まる場所は?」
「私の部屋」
「だったら、そこに行きましょう」
「でも、鍵だってないし」
「鍵なんて無くても、今の彼女ならあなたに逆恨みして、部屋に入って自殺することだって考えられるわ」
そう言いながらランは急いで、と言いながら車を止めてある場所へ案内をはじめる。私はランの言葉を信じ、自宅へ帰ることに同意した。
***
自分の住んでいるアパートに車で五分も立たず到着した。酔った勢いで彼女が車で移動していなければ、先回りできているはずだ。私はアパート前に車を止めてもらい、急いで車を降りて階段をカンカンと鳴らしながら駆け上がる。すると、誰かが言い合いをしているような怒号が聞こえてくる。私が自分の住んでいる階層にたどり着くと、マユミが隣に住んでいる老人と言い争いをしていた。
「おまえ、いい加減静かにしろよ」
「うっさいわね! 私はこの部屋に入りたいだけなのよ」
「だったら鍵遣えばいいだろうが!」
「ないからこうして!」
ドン、と鉄製のドアを思い切りマユミが叩いた。
「壊してでも入ろうとしてるの」
「お前、狂ってるんじゃないのか」
「……あんたなんかに言われたくないわよ」
マユミはジリジリと老人ににじり寄っていく。その顔は先ほど飲み屋で見せた顔よりも冷酷で、まるで目の前の人間を肉塊としか見ていないような顔つきだった。
「あんたらみたいなクソな老人がいるから、私らは虐げられているんだよ。なんであんたらの生活のために、私らの生活が踏みにじられないといけないだよ。私たちの未来をそのヨボヨボの口で吸い込んでんじゃねえよ。ふざけんなよ、返せよ!」
異常性を感じた老人はすぐ部屋に戻ってしまう。再びマユミがドアを叩こうとするので、私は思い切り彼女の名前を叫ぶ。ぐるり、とまるで妖怪のように首を回して私の方を見る。
「なんだ、帰って来たのか」
「もう、止めてよこんなこと」
「うるさいわね。あんたみたいに仕事から逃げた人間なんて知らないわよ」
「別にいいじゃない、逃げたって。虐げられて殺されるぐらいなら、逃げたほうがいいじゃん」
「あんたみたいに背負うものがない人間はいいよ。私が仕事を辞めたらね、本当に町が動かなくなるのよ。私以外は先が無い人ばかりなんだから。私がいないと、あの町が終わるのよ。あんたにその意味がわかる? そんな環境で仕事を辞められる?」
ガタン、と急に音が鳴り響く。下からランがやってきたのかと思ったが、再び隣の老人が出てきた音だった。どうして出てきたの、なんて考える暇なんてなかった。彼の手には包丁が握られており、その刃先はマユミを捉えていた。




