第19話・タモツさんの本意
ランの言葉に私が言い返そうとすると、峠を登り切ったところで車を止める。
「とりあえず外でゆっくり食べない? このままだと車に匂いが付いてしまいそうだし」
そう言いながら外に出て、彼女は思い切り背伸びをする。まるで猫でも誘うように手でおいでおいで、と私に合図を送ってくる。ランと外で話す気分でもなかったけれど、私は仕方なくハンバーガーの入った袋を持って外に出た。
「やっと出てきた。あのまま籠城されると、私の今晩のご飯が無くなるかと思った」
「……置いてきて、車の中ハンバーガーの臭いまみれにしてもいいだけど」
「それでもやらないところが、あなたのいいところだよね」
私は自分の甘さに反吐が出ながら、ランに二個目のハンバーガーを手渡す。彼女は待ってましたと言わんばかりに袋を開け、私たちの住む町の夜景を見ながらほおばっていく。
「ここ、夜景で有名な場所よね? ラン知ってたんだ」
「一応ね」
「ランにもそういうところ、あるんだ」
「ほんとさ、あなたってたまに私を人間だと思っていない発言をするよね?」
「あれ? ランって人間だったっけ?」
言い過ぎたかな、と思ってランの方を見る。しかし、彼女をニヤニヤしながら私のほうを見つめていた。
「ほんと、サクラってたまに面白いこというわね。私に対してここまで言う人間、今までいなかったわ」
「そ、そう」
「大概の人は私の発言に引いて距離を取るか、攻撃してこようとするか、もしくは」
そこで言葉を切り、まるで口をふさぐように私の持っていた袋からポテトを取り出し、口に放り投げていく。
「ちょっと! 私の分までポテト食べないでよ」
「いいでしょ、あともう一袋あるんだから」
あと一袋、まだ私には次がある。でも、私たちのクライアントはその「次」が無い人ばかり。私はランによって「次」の日が守られた。
なのに、どうして彼女はタモツさんには「次」がないと判断するのだろうか。それは年齢的なことなのだろうか。それとも病気を考慮してのことなのだろうか。私には、ランの考える「次」の基準がわからなかった。
「……ねえ、サクラ」
「な、なに?」
「あんたはさ、自分で自分のことをちゃんとコントロールできてるって思う?」
意図がまったく読めない質問をされたのは、これで何度目だろうか。私は全然、と短く答えた。
「そうね。サクラって感情をダイレクトに行動へ移す猛牛そのものよね」
「誰が猛牛よ!」
「私はね、それが羨ましいの」
うらやましい、ランは確かにそういった。でも、その言葉が素直なものなのか皮肉でしかないのか定かではなかった。
「私はあなたが見てきた通り、先を見据えてその目標のためなら、冷酷でどんな手段を使ってでも完遂しようとする。だから、サクラみたいに目の前のことにフォーカスして熱くなんてなれないの。自分にできないことは、なんだって羨ましいものでしょ?」
「ま、まあそうかもしれないけれど。そんなこと言われたことないから、ちょっと意外というか、なんというか」
「そう。だったらサクラの周りは残念ながらロクな人がいなかったのか、あなたの長所をひがんで黙っていた人たちばかりだったんでしょうね」
「……かもね」
「タモツさんはどうだったんでしょうね」
「どうって、どういうこと?」
「人間関係よ。私たちに会うまで、自分が大変な目になったときに支えてくる人間がいなかったわけでしょ? 彼は自分の血を持つ娘にお金を振り込む余裕はあっても、病気になった際に世話をしてくれる知人は誰もいなかった。お金が無いのと孤独なの、どちらが不幸なのかしらね」
そうだ、タモツさんは少なくともケイコさんにお金を渡したり、ランに依頼するぐらいにお金は所持している。でも、彼の周りには誰もいない。別に現代ならばお金を払うことで友人になってくれる人もいるだろう。
でも、お金が無くなった時点で終わってしまうような人間しか周りにいないのは、いつまでもお金に引きずられて流される根無し草と変わらない気がする。タモツさんがどんな生き方をしてきたのかはわからない。だけど、少なくともタモツさんの生死を分けているのはお金ではない。たぶんだけど、彼が最後まで気にしているのはきっと……。
「サクラ、私はケイコさんとやり取りしたことをタモツさんに話すつもり」
「通帳のことは?」
「存在については話す。その話をした上で彼が自殺を希望したときは、あなたに最期を看取って欲しいと思っている」
「私が、彼の最期を……」
「この仕事を続ける、続けないは別にして。関わっている限り一度は経験しておいてほしいことなの。それに、あなたならタモツさんの気持ちを汲めると私は信じてる」
ランはまっすぐ私の目を見ながら語りかけてくる。
私は大きく息を吸い込み、ゆっくりと頷いて見せた。




