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第14話・人の「死ぬ気」ほど信用できないものは無い

ランは私に自殺ほう助によって生まれる遺体について話した後、無言でカフェに向かって車を走らせていた。その間、私はあの廃棄所で起こることを何度も訪ねようとしては、その度に真実を知るのが怖くてやめた。事実を知ってしまうと、私はタモツさんの自殺についても判断を誤ってしまう。そんな気がした。


目的地のカフェに着いた後も、私たちは機械的にお店に入り、メニューから適当に食事を選び、黙々とご飯を喉に流し込んだ。特においしいとか思うこともなく、周りでキャピキャピ言いながら楽しんでいるマダムや大学生、仕事終わりの女性社員たちの盛り上がりがウソのように見えてくる。


そこまで美味しくないのに「美味しい」を連呼することで、無理に自分たちが幸せであると自己暗示でも掛けているように見えてしまう。


ササッと食べ終わったパスタを店員に片付けてもらい、食後の飲み物を出してもらった。ランは熱い紅茶を頼み、私は抹茶ラテだった。ズズッと飲んでみるも、口が動きだす兆しがなく、今日あったことを何から手を付ければいいのかわからなかった。


「今は色々考えるのを止めなさい」


ぐるぐると今日の出来事が滑車のように巡っているとき、ランは私の頭の中を見透かしたように口火を切る。


「今話しても何も解決しないだろうし、どこで私たちのことがばれるかなんてわからないわ。話すならば、車の中か『ミスフィット』にしましょう。ま、ティータイムにふさわしい会話があれば、それはそれで歓迎するけど」


「ティータイムって……。なんか似合わない」


「失礼な人ね、あなたって本当に」


「じゃあ、失礼ついでに。ランと話したいことがあるわ」


私の言葉を挑発と知ってか何、とランは軽く応じてきた。


「私はランと死に関する話をしたいわ」


「『シ』ねえ……。私はネットに自分の日常や主張をつらつらと書くような趣味はないわよ」


「その詩じゃないわよ。私はあなたと哲学的な死の話をしたいの」


「それがティータイムにふさわしいなんて、あなたも大分すれた人間なのね」


ランは私の意図をくみ取ったのか、ティーポットの紅茶を組み直した。


「いいわ、お勉強の時間にしましょう。それで、あなたは死についてどんな話がしたいの?」


「まずは単純なこと。そもそも、人は本当に死にたいと思うのか?」


「そんなもの、人それぞれでしょ」


やっとランとくんずほぐれつの話し合いができると思ったのに、いきなり出鼻をくじかれる形となった。思わずテーブルに顔を打ちそうになるも、間髪入れずランが話し出す。


「そもそも、あなたの定義があいまいなのよ。死にたいと思うかなんて、それぞれ境遇や条件で変わってくるでしょ。それに、なんで自分が体験したことをわざわざ私に聞くのよ」


そうだ。すっかり忘れかけていたが、そもそも私は自殺未遂を経験した人間だった。確かに、今なら冷静にあの時の自分を俯瞰して分析できるかもしれない。


あのとき、私は何も考えることができなかった。ただその日を消費することが目標となり、何のために生きているのかわからなくなっていた。何のためかわからないのに、とにかく動いて動いて動いて、動かないと生きていけない日々が続いた。


何の目標もないのに働くのは砂の中を永遠に泳ぐようなもので、一向に進まないだけでなく、進むだけ砂に埋もれてしまい余計に光から遠ざかるような生活だった。私はそんな日々をくり返すことで泳ぎ疲れてしまい、そのまま溺れてしまいたいと思った。


だからあの日、私は電車に轢かれてでも、自分のスイッチを無理に切って終わらせようとしたんだと思う。


「その様子だと、ちょっとはまとまったようね」


「まあね。私みたいに考えることが機能停止していて、視野が狭くなっていると突発的に自殺を選ぼうとすると思うわ」


「そんなところでしょうね。あと、人間は余程の苦痛を極限まで感じ、死んでまで逃げたいと感じれば自殺を選ぶかもしれないわ。むしろ反対に、そうした状況でないと自殺なんて選ばないはず」


「でも、自ら死を選んでまで苦痛から逃れようとする強い意志なんて生まれるのかしら?」


「そんなあなたに、外国のお話をしましょうか」


「外国?」


「前にも話したけれど、自殺ほう助はスイスをはじめオランダやルクセンブルクでは合法となっているわ。じゃあ、実際にどれだけの人が自殺に成功したでしょうか?」


「どれだけの人って……。割合ってこと?」


「それがわかりやすいわね。たとえば十人の人が医療機関や自殺補助を行う団体に自殺を申請をしたとして、何人が実際に行動に移せたか」


「そうね……。四人ぐらいかしら」


「二人よ」


ランが言った数字に、私は何だかか拍子抜けした。合法になったところで、自殺に踏み切れる人間は二割程度。このパーセンテージが多いのか少ないのかもわからないけれど、私としては少ないと感じてしまった。


「たったそれだけの割合ならば、あんまり自殺ほう助って意味ないんじゃないの?」


「そう思うのも無理はないわ。でもね、自殺ほう助は本来人を殺すための法律なんかじゃないの」


「どういうこと?」


「自殺したいと思っている人が医療機関や団体に近づくでしょ? そこで適切な処置を受けることで、はじめて彼らは自分の死に向き合える。そこでいかに自分が愚かな選択をしていたか理解したり、本物の『死』を目の当たりにすることで、自殺する気なんて無くなるわけ。残念ながら、人間の『死ぬ気』という言葉ほど信頼できないものはないのよ」


ランの解説を聞いていると、どうして私とはじめて会った日にあんな態度を取ったのかわかる気がする。どうせ人は死ぬ気なんてもっていない。本当に死ぬ気ならば、それ相応の覚悟を持っているはずだ。やり方こそ荒々しいけれど、そのことをランはわかってやっていたのだろう。


「さて、ここまでお話すればちょっとは頭が柔らかくなったでしょう。続きは場所に移してしましょうか」


そう言いながら、ランはお会計を持って席を立った。

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