第10話・それでも、前向きに
ランとはじめて昼食を一緒にした次の日、二日酔いも頭痛もなく七時に起床できた。私はベッドから起き上がってキッチンに向かい昨晩にタイマー設定しておいた炊飯器を開けた。
炊き上がったご飯の匂いを思い切り吸い込みながら、しゃもじでご飯を適度にむらし、そこに「ゆかり」のふりかけを入れていく。ゆかりとご飯を混ぜ合わせると、独特な酸味のある香りが漂い始め、朝からお腹がキュルキュルと鳴り始めた。
私は炊飯器から窯を取り出し、キッチンに皿と塩を用意する。ゆかりとご飯が混ざったのを確認してから、電気ケトルに水を入れて水を沸かし始める。その間、私は手に水と塩をたっぷりつけて、熱々のご飯に苦戦しながら一つ一つおにぎりにしていく。
おにぎりを八個ほど作ったとき、ちょうどお湯が沸いたので私はお椀にインスタみそ汁を入れてお湯を注いでいく。キッチンには座れる場所がないので、私は作ったおにぎり三個とみそ汁を持って自室に戻る。テレビもスマートフォンも付けず、私は黙々とおにぎりをほおばり、適度にみそ汁をすする。
ペロリと食べ終わった私は、またおにぎりを二個取ってきて、簡単にお腹の中へと消えていく。私がゆっくり食事をしていると、カーテンの隙間から入ってくる光量が少し増えていた。誘われるように開くと、まぶしいほどの光が目に入ってくる。
朝からご飯を食べたことなんてここ数年なかった。昨日にランとご飯を食べた後、その日から急にちゃんとご飯を食べようと思ったのだ。こと会社に勤めていたときなんて食事は基本一人だったし、出来合いのものやコンビニ弁当をサッと食べることが大半だった。
それは仕事をしてお金を稼ぐためなら仕方ないことだと割り切っていた。だけど、それは結局問題を先延ばしにしているだけで、何の解決にもなっていない。
結局は仕事を変えないと生活は変わらないし、コンビニ弁当を食べ続けても私の生活はよくならない。便利さをお金で買っているかもしれないけれど、それ以上に大事なものを浪費している。今思えば、私はそんな生活をしていたのかもしれない。
食後休憩を取った後、私は丁寧に洗顔をしてから薄く化粧を施す。部屋に戻り、新しく買った衣類の入った袋を開け、どんどんタグを取っていく。ランから仕事に適した衣類は聞いていたので、とりあえず三日分着まわせるものを購入しておいた。私はこれからはじまる生活に向けて、衣類に袖を通していく。
***
「決心は着いたみたいね」
車で迎えに来てくれたランは、私の姿を見てそう言ってくれた。私はブラウン色に白いブラウスシャツを羽織り、肩よりも長い髪は髪留めでキレイにまとめ上げた。
「あなた、割とかわいい顔しているのね」
「うっるさいわね。褒めても何もでないわよ」
車に乗り込もうとする私を見て、ランはふふっと挑発するように笑みを浮かべる。私はその声を打ち消すようにドアを閉めた。
「もう、覚悟は問わないわよ」
「いいわ、どうせ今は他に行くあてもないし。それにね」
「それに?」
「今日久々に自炊してて思ったんだ」
私の言葉に対して、ランは丁寧になに、と聞き返してきた。
「今日ご飯を食べられるのは、ちゃんと私が生きることを選択したからなんだって。ほんと久々だったんだよね、ちゃんと寝て、起きて、自分で作ったご飯を食べておいしいって思えたの。でも、自殺しようと思ってたときは、こうした生活のあらゆることがどうでもよくて、こんな気持ちに絶対気付かなかった……。
だからね、今の私なら、両方の気持ちがちょっとはわかると思うの。これから私が出会うであろう人たちの気持ち、少しでも理解した上で仕事ができるかもって思ってる。まだ、見学しただけだからわかんないけど……」
恥ずかしい話よね、と付け加えるもランは笑わなかった。彼女はまっすぐ目的地に視線を移し、シフトレバーを動かしてペダルを踏み込んだ。




