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第1話・自殺からはじまる物語

冷たい雨が頬を伝い、肌と衣類の境界線はすでに消えていた。目を開けて辺りを見てみると、折れたクラブや扉のない収納器具が転がっていた。足を動かそうとするとガラガラと音を立て、ゴミが崩れ落ちる音がした。


その音は私の立ち上がり意欲をそぎ落とし、雨が当たる度に身体から体温まで無くなっていくのがわかった。このまま眠ってしまおう。そう思ったときに何かを握っていることに気が付いた。持ち上げようとすると、ずしりと重いものを感じた。


グッと力を入れて視界に入るように手を挙げてみると、握っていたのは銃だった。なぜ自分が銃を持っているかわからなかった。でも、今の自分にはちょうどいい代物で、シチュエーションもバッチリだ。まるで映画みたいね、なんて思いながら私は身体を起こした。


すでに身体の感覚も消えており、雨が麻酔代わりになったか、とそれらしいセリフをつぶやいた。ガラガラとゴミが崩れる音がしたかと思うと、暗黒の中でゆらりゆらりと影のようなものが揺らめいている。私にはすでに会いたい人もいない。


誰もいないけれど、影だけは私にいつも付きまとう。その影は分身でもするように私の周りを囲めるだけの数まで増え、私に言葉を掛けていく。

 

 相手のことを考えて話そう、


空気を読もう、


    一般的に考えよう、


 がんばればできるよ、


   休まずにやることも重要だよ


言葉と言っても慰めや死を悼むものではない。どこでも言われているような、何でもない言葉だ。何でもない言葉だから誰でも知っている。そんな何でもない言葉なのに、人の心を静かに殺すには十分な言葉だ。影たちは絶え間なくそんな言葉を私に語り続けた、まるで呪詛によって私を殺すかのうように。


希望に満ちた言葉を掛けられているはずなのに、その言葉を掛けられる度に自分の存在感が薄くなっていった。まさに自分の存在は今身体を支えているゴミと同じで、ゴミに自分が包まれていることにも納得できた。


私は自分よりも重さを感じる銃を握りしめ、頭に銃口をくっつけた。そして、この世に別れも告げずトリガーを引いた。


                   ***



バン、という音は耳の中で弾け飛び、代わりに踏切のカンカンカンカンという音が耳元で鳴り響く。知らない間にまた踏み切り前に来ていた。まるで夢遊病者のようだが、私には本当にここまで来た記憶がない。


仕事から帰るためには踏切を超えるのではなく、踏切の近くにある駅から電車に乗らないといけない。でも家に帰りたくない。家に帰ってもゴミだらけだし、寝る場所だって洗濯もので埋まっている。どうせベッドで横になっても仕事のことが目の裏に映し出され、ほんのりと空が青くなるまでノンストップだ。


仕事のことならまだいい、最近目の裏で再生されるのは上司からの罵詈雑言ばかりだ。



役立たず、女らしくしろ、この仕事に向いていないんじゃないか、俺の時代はー



知らんがな、お前の時代なんて。あんたにはあんたにはやり方があったかもしれないけれど、今はあんたが仕事していた時代から十年以上は経っているんだ。あんたがいつも指定するおつかい先のコンビニはとっくの昔につぶれてるし、今時飲み会でビールをしょっぱなから無理して飲まない。データで作る書類だってフォントもファイル形式も理解していない人から指図されて定時に完成するわけない。


外国人どころではなく、まるで種族や住んでいる星が違う人と会話している。そんな感じだ。再び踏切の遮断器が降りる音が聞こえてくる。


この踏切を超えたら、私は別の世界に行けるのだろうか。昔に何かの映画で見た記憶がある。たしかホラー映画だっただろうか、電車が通る間際の遮断機をくぐり抜けると、そこは別世界につながっていた話。私も目の前にある遮断器を超えたら、あのエイリアンみたいなオヤジのいない異世界に飛べるのだろうか。


そうだ、今は異世界転生みたいなのが確か流行っているんだよね。ノベルでもアニメでも異世界転生ものばかりだし、ここまで流行っていれば私だって飛べるんじゃないだろうか。そうだ、これは試されているんだ。ここで異世界に飛び込めるかどうか、どこかの誰かが私のことを見ているんだ。


ーカンカンカンカンー。


踏切の音に合わせて私の鼓動がさらに跳ね上がる。まるで音に誘われるように一歩、また一歩と私は線路に近づいていく。赤黒い警告ランプに合わせて、電車のランプが私の表情をぼうっと浮かび上がらせる。どんな顔しているんだろう、私。最後に誰も私の顔を見ていないなんて、


そう思うとちょっと泣きたくなってきた。しかし、私の足を止めるのにその程度の涙は役不足だった。私は自分で自分のスイッチさえ切ることもままならない、壊れたロボットみたいなものだ。自動で電源が切れる機械がある時代なのに、私はその程度のコントロールさえできない、欠陥品。


こんなおもちゃ、壊れたところで誰も気にしないよね。呪詛のような言葉が私の足を動かす。呼吸を少しずつ荒くしながら、私は遮断器をくぐり抜ける。地続きになっている線路から振動が伝わり、誰かが私の心臓を木槌で無理矢理叩くことで早鐘を打ちを始める。


いよいよ私は異世界に転生できる。今、私はどんな顔をしているんだろう。


カンカンカン……。


「あれ……」


私は線路から離れていく電車を見送っている。私を浮かび上がらせる光はすでに存在せず、暗うつな夜空が広がっていた。


「あんた、何してたの?」


声が発生した場所から、暗闇の一か所が裂け始める。そこに現れたのは、目だけ異様にぎらついてて、私の腕を握る指は凛とするほど冷たい女だった。


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