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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

私、お化けになりました!~幽体少女、異世界を行く~

作者: 龍凪風深

初の短編!

と、言う名の連載予備軍です。

息抜きに書いていたのを見直したので、投下して置きます。

R-15、残酷な描写のキーワードは連載予備軍故に設定しております

今回の序章短編には、必要なさそうなキーワードですが、お気になさらずに。


 まるでアニメの場面転換のように、一瞬で色を変えた世界に、私はただ目を白黒させた。


 「うん、これ何てラノベ? 何て二次元?」


 開口一番、呟いた言葉はそれだった。


 確か私は放課後、先生に頼まれて物置と空き教室の整理と言う名のお掃除を手伝っていた筈だ。

 外は日が暮れてきていて、空が茜色に染まっていたのを覚えている。

 それで、ゴミ捨てに行って、急な頭痛と目眩に襲われ、気が付いたらこの状態。


 いや、普通に有り得ないだろ、これ。


 視線の先、私の瞳が捉えるのは何とも可笑しな光景。

 私は私の周囲を行く、数多の通行人と街並みを呆然と見つめる。


 街道のど真ん中、きっと邪魔だろう位置に突っ立ったまま、私は動かず、ただ何とか現状を理解しようと、目と首を動かし、視覚的情報を忙しなく探す。

 目の前に広がる街並みは、石畳に赤みがかった橙色の屋根の家屋の並ぶ、所謂中世ヨーロッパ風で、私の周囲を行き交う通行人は、鎧を着た人やローブを着た人、ゲームの村人みたいな服の人、極め付けは二足歩行で歩く服着た虎や猫や狼(恐らく獣人って奴?)などなど。


 ここ何処だよ……!

 おまけに、剣とか槍とか杖とか、何なの。

 あれか、これが巷で有名な異世界トリップて奴?

 ……大切な事なので、もう一度言おう。

 これ、何て二次元?


 私は一人、頭を抱える。

 目眩と頭痛のダブルコンボで、気が付いたら異世界トリップ、てなんじゃそりゃ、意味分からん。


 「いや、まぁ、兎に角だ。こんな所で突っ立っててもッッ…………っっ?!!」


 あ、やっばい。

 ここが街道のど真ん中だって、忘れてた。


 随分と近くで車輪の音と、馬の蹄が地面に当たる音がする。

 音のする方──丁度真横に身体を向けると、こちらに向かってくる馬車が見えた。


 「っっ……?!!」


 反射的に飛び退けばまだ間に合う。

 そんな距離だったのに、私の身体は驚愕に硬直し、動かない。

 そして、馬車は間近に迫り、私は来たる衝撃を覚悟するように、きつく目を閉じた。


 トリップ早々、詰んだ。


 車輪の音。蹄の音。距離は──零。


 「?? ふぉ? え、あれ、私、死んだ? あれ? 痛くない。即死?」


 一向にくる気配のない痛みと衝撃に、私は恐る恐る目を開き、首を捻る。

 辺りを見渡せば、遠ざかる馬車の後ろ姿を発見。

 周囲には、当たり前のように変わらず多数の通行人が、こちらには目もくれずに歩いて行く。

 不思議と、悲鳴もない。


 ……死んだ、としても可笑しくない?

 今私がここで死んだんなら、誰かしらこっち向く筈で、悲鳴くらい上げそうなもので、そもそも痛みも衝撃もないのも可笑しい。

 そして、私と言う意識が平然とここに止まってるのも可笑しい。

 私の死体も見当たらないしね。


 「実は今の一瞬で馬車が私を避けたとか?」


 いや、普通に無理だろ。

 そんなことしたら別の通行人轢くわ!


 むむむ、と唸りながら、私は腕を組み、更に首を捻る。


 「すり抜けたとか……?」


 ないないない……ない、よね?


 「……」


 自分で言って置きながら、有り得ないような内容に、思わず口をつぐんだ。







 ◆


 現在地、何処だか知らない森の中。


 あの後、頭を捻りながら通行人に話し掛けまくったものの、総無視を喰らい、奇しくもその途中で人体をすり抜ける事件があり、自分が幽体である事が明確に発覚した。

 そして、霊体ならではの浮遊移動を会得した私は、浮遊中に目の合った兄妹を尾行中なのである。


 あれは絶対、私の事見えてたよ。

 めっちゃ、目が合ったもん。

 おまけに今現在進行形で、お兄さんの方がこっちにちらちらと視線寄越しているし、多分見えてる、うん。


 前方を行く美男美少女の兄妹を見つめながら、思考する。

 片や杖を背負う可憐で小さな橙髪の美少女、片や帯剣した人の良さそうな金髪の美青年。


 凄い絵になるんだけど、この二人。

 今更ながら、近寄りがたいような……。


 ふと、前方の二人が何かを発見したのか、立ち止まる。

 私は首を傾げつつ、二人に近付いた。


 「うぇあっ?!!」


 急に、青年が後ろを振り返る。

 それが丁度、私が二人の真後ろに行った時であり、私は思わず奇声を発して飛び退く。

 すると、青年は少々目を丸くした後、にこりと悪戯が成功した子供のように、笑って一言。


 「やぁ、こんにちは。幽霊さん?」


 わぁ……素敵な笑顔ですね、イケメン。

 じゃなくて……!

 やっぱり、私の事見えてらっしゃるじゃないですかー。


 「それで、何用かな? 幽霊のお嬢さん?」


 楽し気に私を見つめ、青年は言う。

 その隣で少女が、「ロー兄様、幽霊さんが居るの?」と青年基お兄さんの手を引き、問い掛けていた。

 どうやら、少女基妹さんの方は私を視認出来ていないらしい。

 私は逡巡と視線を彷徨わせる。


 どう切り出そう。


 「リィ、幽霊さんならそこに居るよ。よく目を凝らしてごらん」

 「? ……あ! 貴女が幽霊さん?」


 お兄さんは私から一時的に視線を外し、私の居る場所を指差して、妹さんに微笑み掛ける。


 人の事、指差さないでくれますかね。


 妹さんが、私の居る場所にじっと視線を向けると、徐々に見えるようになったらしく、私に笑い掛けてきた。


 わぁ、美少女が目の前で美少女美少女してる……。


 「あ、え、多分……?」


 きっと将来有望なんだろうな、と場違いな思考を繰り広げながら、私は首を傾げ、曖昧に告げる。


 「多分……? 幽霊さんは幽霊さんではないの?」

 「えーと、いや、気が付いたらこうなってたからよく分からないと言うか……」

 「そうなの。じゃあ、幽霊さんは何故そんな不思議な服を着てるの?」

 「え、これはただのセーラー服だよ? あー、あれあれ! 故郷の民族衣装的な?」

 「セーラー? そう、それは民族衣装なのね」


 いや、本当は違うけど、訂正出来る人なんてここに居ないと思うし、取り敢えずそれで。


 私は改めて自分の姿を見下ろしながら、思考する。


 うん、私の格好は至って普通のセーラー、学生服だね。


 「あ、こっちからも質問いいですかね?」

 「こちらが答えられる事であればね」


 私ははたと、当初の目的を思い出し、二人に問う。

 結果は、是。


 質問OK出ましたー!


 「先ず……ここは何処ですか?」

 「ここは比較的弱い魔物の生息するメイザの森だよ。因みに、さっき居た街はスターリス王国のプレッド街ね」

 「魔物、スターリス王国、プレッド街……あ、じゃあじゃあ、魔法は使えますか?」


 ほお、ザ・ファンタジーって感じ。

 これで現在地の名称は分かったから、次は魔法の有無だよね。


 「使えるよ? 僕は魔法剣士だし、リィは魔導師だからね」

 「私なんてまだまだロー兄様の足元にも及ばないけど、これでも魔導師なのよ?」


 にっこりと頬笑むお兄さんの隣で、えっへん、と言う風に妹さんが胸を張る。


 やっぱり、魔法は存在してるんだ。

 剣と魔法の世界、て奴だね。


 「魔法剣士に魔導師かぁ……あ、自己紹介まだでしたよね? 私の名前は詩音です。水無月詩音みなつきしおん、職業? は幽霊もどき」

 「僕はローワン・フォルセティ。冒険者ギルド所属、魔法剣士、ランクはSで、こっちが妹の……」

 「リリィ・フォルセティ。冒険者ギルド所属、魔導師、ランクはDよ」


 感嘆の声を零した後、思い出したように自己紹介し始める私。

 唐突な自己紹介に、特に嫌な顔したりもせずに、自らも名乗ってくれる青年基ローワンさんと妹さん基リリィちゃん。


 うぉ、冒険者ギルドもあるんだ!

 ……って、ちょっ! リリィちゃんがランクDなのはいいとして、ローワンさんランクSなのッ?!

 それって、ひょっとしなくても凄いんじゃないのッ?!

 美形で強いって何それ、ズルい!!


 「そうだね、ランクSは高いよ。一応、上にSSとSSSがあるけど。後、ありがとう?」

 「へ?」


 え? え? ローワンさん、読心術? 読心術っ?!


 「全部声に出てるよ、シオンさん」

 「マジですか……」

 「マジだねぇ」


 くつくつと喉を鳴らして、笑いながら指摘するローワンさんに、私は肩を落とす。

 リリィちゃんも同様に、「ふふ、幽霊さんはおっちょこちょいね」なんて笑っている。


 兄妹揃って酷いじゃないか。


 「こほんっ! ローワンさん、リリィちゃん、付かぬ事を伺いますが、もしかして私みたいなの見た事あるんです? 驚いてないみたいでしたけど」

 「幽霊みたいなものは見た事あるよ、魔物の類いとかでね。けど、人族の幽霊は初めてかなぁ」

 「これでも私達、驚いているわ」


 咳払いを一つし、新たに気になった事を問うてみる。

 二人は、顔を見合わせた後、そう至って平静に答えた。


 うん、うっそだぁ~!

 全然驚いてるように見えんよ?


 「…………」

 「あれ? 疑ってる?」

 「……いえ、別に」


 思わず無言で二人を見つめていると、ローワンさんににこりと微笑まれ、私はぎこちなく視線を逸らした。


 「それで、用件はもういいのかな?」

 「あー、えーと、はい、多分。ここが何処か分からなくて、現状把握の為に誰かに話を聞きたかっただけなんで……」


 問い掛けるローワンさんに、あははと苦笑する。

 お陰様で一応、目的は達成です。

 ぶっちゃけ、後は何聞いていいんだか纏まってないし、図書館探した方が手っ取り早い気がしてきたので、そっちを探します。

 私が見えて、話せる人が居るってのは分かったしね!


 「そうなの? じゃあ、幽霊さん……シオンさんはもう何処かへ行ってしまうの?」


 リリィちゃんが上目遣いで、小首を傾げる。

 きっと、この場にロリコンが居たならば、間違いなく誘拐しているレベルの可憐さで。


 「う……えーと、私、図書館に行きたいんです!」

 「図書館、かい?」

 「えーと、私、こんな風になる前までの記憶が飛んでいてですね……」

 「……シオンさんは幽霊さんになった事で記憶が失くなってしまったのね」


 目の前で、まるで捨てられた子犬のように、しょんぼりと肩を落とすリリィちゃん。

 隣で、顎に手を添え、考えるポーズのローワンさん。


 リリィちゃんの目に同情が見えるんだけど。

 あ、そっか。

 私、今幽霊って事は十中八九死んでるんだもんな。

 同情くらいするか……私、死んでないよね?

 本当は生きてるよね?

 何処だよッ、身体ッ?!!


 「その様子じゃ、図書館の場所知らないでしょ、シオンさん。僕等が案内しよっか?」

 「ううぇいッ……!」

 「ううぇ? それがいいわ、ロー兄様。ね、シオンさん、私達と一緒に行きましょ?」


 ローワンさんによる、唐突な提案に、脱線した思考に呑まれ掛けていた私は、口から変な声を出してしまう。

 若干、羊の鳴き声みたいだった気がする。


 ごめん、意識をトリップさせてた私が悪かったから、そんな純粋な目で私を見ないで、リリィちゃん。

 ううぇい、には何の意味もないの。

 お願いだから、奇声の事は忘れて。


 「いや、あの、そんな悪いです」

 「図書館への案内くらい苦でもないよ」

 「そうよ、シオンさん……一緒に行きましょ? 一人で四苦八苦するよりも私達が案内した方が安心安全に辿り着けるわ!」

 「う、うーん」


 ローワンさんに続き、リリィちゃんが追い討ちを掛けるように、ずいずいと攻めてくる。


 有り難い申し出なんだけど、なんか悪い気がする。


 「で、でも、ローワンさん達ってこの森に用事があって来たんですよね?」

 「まあ、そうだね」

 「じゃあ、やっぱり、自力で探そうかなぁと」

 「嫌よ。シオンさんと一緒がいいわ」


 えー、リリィちゃん、何故に私と一緒がいいんですかねぇ?

 お姉さん、懐かれる要素なんて何処にも……あ、幽霊故の物珍しさからか?


 唇を尖らせるリリィちゃんに、私は小さく苦笑する。


 「んー、シオンさんが良ればなんだけど、僕等の用事に付き合ってくれないかな? そして、僕等はそれの見返りに図書館に案内する、て事でどう?」

「私、別に役に立たないと思いますけど……それでもいいなら、お願いできますかね?」


 妥協案のように提示された提案に、私は頷く。

 見返りを求められる程、私が役に立つとは思えないけど、折角ローワンさんが成る可く負い目なく案内して貰える状況を作ってくれたのに、これ以上断るのは逆に失礼だろう。


 「こちらこそよろしくね」

 「よろしくお願いするわ」


 にこやかにそう告げた二人に、私は改めて頭を下げた。







 ◆



 あの後、二人の目的が迷宮ダンジョンの調査である事を聞いた私は、二人に連れられながら、件の迷宮ダンジョンへと向かった。


 その道中、ウルフに襲われたり、それをリリィちゃんが水魔法と雷魔法で撃退したり、私が見よう見真似で出来てしまった火魔法が、山火事ならぬ森火事を引き起こしかけて二人に怒られたり、無闇矢鱈と魔法を使わないよう忠告され、不足の事態でない限り、二人の許可なく制御の有無の分からない魔法は使わない、という所謂魔法禁止令が出たりと、大変であった。


 何故、私が魔法を使えるか疑問ではあったが、誰に聞く事も出来ずにスルーしたのだが。

 魔法の使える系お化け、てまるで何処ぞの魔物レイスみたいだが、そこは気にしちゃいけないと思うんだ。私の尊厳的に。

 本物のレイスはこんな真っ昼間から、活動出来ない筈だから、私はレイスじゃないと言い張りたい。


 そして、森の中、体感時間的に恐らく三十分程度、私達は奥へ奥へ進み、迷宮ダンジョンに到着した。


 「じゃあ、入るよ? 準備はいいかい、シオンさん?」

 「さー、いえっさー!」


 最終確認のように告げるローワンさんに、敬礼ポーズを取りながら、冗談めかして返事する。


 さあ、いざ、初迷宮(ダンジョン)へ!


 「ふふ、気合い十分ね? でも、魔法は禁止」

 「大丈夫大丈夫。もう、いきなりぶっ放したりしないよ」

 「二度目はない事を祈ってるよ」


 いい笑顔で言い切る私に、ローワンさんが苦笑した。

 そうして、私達は迷宮ダンジョン浅凪あさなぎの洞窟へ足を踏み入れた。


 迷宮ダンジョンの中は、まあ普通の洞窟だった。

 強いて言えば、外で見たより中が広い気がする。

 入口付近には見た感じ魔物も罠もなく、二人が中へと歩を進めるのに、私も付いて行く。


 「迷宮、浅凪の洞窟。名前の由来は中の構造が浅く、静かな魔物が多い為、と何とも安直な考えから付いたらしい」

 「確かに、安直ですねぇ」

 「分かり安いのはいい事だと思うわ」


 まあ、そうだね。


 ローワンさんの解説を聞きながら、迷宮内部を進んで行く。


 「あ! 魔物発見!」

 「プチスライムだね。こちらから攻撃しない限り襲ってこないよ。何せ、幼体だから弱いからね」


 前方に、ぽよぽよと柔らかそうな身体を揺らした、子犬程度の大きさで、透明感のある薄緑色の真ん丸い生物を発見。

 ローワンさん曰く、プチスライムらしい。

 不規則に身体を捩るその仕草には、何処か愛らしさがあり、私は浮遊してプチスライムに近付いた。


 ぽよぷに真ん丸ボディ!

 感触はやっぱり、我が世界産の無機物スライムと変わんないのかな?

 でも、異世界産のスライムって溶解特性とか酸とか持ってそう。


 ゼリーが揺れるように、身体を震わすプチスライムの前で地面に降り、しゃがみ込むと、好奇心から人差し指を伸ばす。


 「あー、ですよねぇー」


 差し出した指は何の感触もなく、プチスライムに突き刺さる。

 勿論、すり抜けているので、本当に突き刺さったりはしていない。


 そう言えば、基ゲームのスライムには目と口があるが、こいつの目と口って何処だ?


 「シオンさん、もしかしてスライムを見るのは初めてなの?」

 「あ、えーと、いや、見た事はあったけど、こんなに近付いたのは初めて的な……?」

 「そうなのかい?」


 首を傾げるリリィちゃんに、私は苦笑いしながら曖昧に答え、きょとんとしたローワンさんには数度小さく頷いて置く。


 多分、私の今の設定は死んだ影響で所々記憶の飛んだ魔法使える系お化けな筈だから、この返しで大丈夫な筈。恐らく。


 「あ、足止めしちゃってすいません」

 「別に大丈夫だよ」

 「ここは浅凪、階層の少ない迷宮だもの、少しくらい寄り道しても問題ないわ」


 何だか二人が、はしゃぐ子供を見守る親のような目をしているんだが……。

 私は何とも言えない面持ちで、突き刺したままだった指を、プチスライムから引き抜き、二人の元へ浮遊する。


 やばい、やばい。

 無駄に時間取らせちゃった。


 「満足したかい? なら行こうか」


 ローワンさんの問いに、小さく頷き、苦笑すると歩みが再開される。

 周囲を挙動不審気味に見渡すも、今の所は、プチスライムがちらほらと発見出来る程度で、他の魔物は見当たらない。


 S級魔法剣士が来る必要性あるの?

 この迷宮ダンジョン


 「階段発見だね」


 ローワンさんがこの階の中程まで来た所で、下へと続く階段を見付けた。

 階段より下は少し薄暗く、ローワンさんが光魔法ライトを唱え、私達の周囲を照らしつつ、ローワンさん、リリィちゃん、私の順で下りて行く。


 その少し長い階段を下ると、地下一階の階層に辿り着き、今度はその階層内を歩き始める。


 「あれ、また魔物居なくなりましたね? 迷宮ダンジョンで魔物が居なくなる、て事あるんです?」

 「いや、普通ならもう少し居る筈だよ」

 「単純に迷宮主ダンジョン・マスターの魔力が少ないんじゃないかしら?」


 辺りを見渡せど見渡せど、罠はおろか、魔物の姿も、気配もない。


 どういうこっちゃ。

 迷宮主ダンジョン・マスターやる気ない?

 リリィちゃんの言う通り単純に魔力が少ない、とかなの?


 「……あれ、これ」


 床に、魔法陣?


 新たな下り階段を求め、階層内を探し歩いていると、私はふと床に描かれた魔法陣を発見した。

 真っ白い文字で描かれた円形。

 大きさは人一人が立つ幅くらいのもの。


 魔法陣、魔法陣ねぇ。

 罠か、何かかな。


 「シオンさん! 触っちゃダメ!!」

 「ッひぎょわ?!!」


 リリィちゃんが目を見開いて叫ぶ。

 それに驚愕した私は、間抜けな悲鳴を上げ、あろう事か身体を前転させてしまい、魔法陣の中へ。


 え、これ、やばい?


 「シオンさん!」


 辛うじて浮遊してはいたが、それは意味がなかったようで、私が床に描かれた魔法陣の真上に来ると、魔法陣は青白く発光し始め、起動したようであった。


 何、何、何ッ?!


 パニックに陥り、身体を硬直させ、挙動不審になる私に、ローワンさんが慌てて、手を差し出す。

 けれど、それは透明な何かに邪魔され、私には届かない。

 魔法陣からは、抜け出せない。


 うえぇぇ?! 詰んだ?!

 この魔法陣、霊体消せたりする感じ?!


 慌てて透明な壁を両手で叩きつけるも、乾いた音が響くだけで何の意味もない。


 「お、お、おおお願いだから止まってえぇッ?!!!」


 私の無様な悲鳴と共に、青白い光は私を逃がさない、と言うように包み込んだ。

 眩しい。

 青白い光が目に痛くて、固く目を瞑る。

 それでも、瞼の隙間から、強い光が感じられた。

 周囲を何らかの力が取り巻く感覚。


 ちょ、眩しいってば!

 いい加減、光るのやめい!


 「早く治まれえぇッッ?!」


 無意味と知りながらも、半泣きになりながら、意思なき魔法陣に叫ぶ。


 「え、あ……お、おう……」


 いや、おい、マジか。

 止まりましたよ、はい、見事に。


 私を包んでいた青白い光は、私の叫びに反応するように、徐々にその強さを緩め、遂には治まった。

 が、ここで問題である。

 周囲に人の気配はない。

 ローワンさんも、リリィちゃんも、付近には見当たらない。


 そして、大事な事なのでもう一度言おう。

 “人間”の気配はない。


 「あ、あっはっはっ……人間以外の気配はばっちり。てか、諸大っきいの見えてるよ……」


 思わず、乾いた笑いが溢れ、口元が引き攣る。


 何てこった。


 遠くからでも確認出来る鋼鉄の肌。

 身長は五から六メートル程度だろうか。

 横幅も広く、分厚い体躯の人形ひとがた

 大きな拳と、身体を支える大きな足。

 顔の部分、目の位置は窪んでいて、赤い光が二つ灯っている。


 ああ、間違いない。


 「ゴーレムじゃない? それも、鋼鉄バージョンの」


 キュイン──そんな高い音を立てて、私の呟きに反応したように、ゴーレムがこちらに顔を向けた。


 鋼鉄のゴーレムとか、もしかして迷宮主ダンジョンマスター


 背筋を悪寒が走り、身体を震わす。


 え、ちょっ、待っ、あいつ、私の事ロックオンしてない?!

 あいつ、私の事見えてるの?!


 「ゴーレムってお化け攻撃出来たっけ?! 物理っ、物理だよね?! なら私には当たんない?!」


 一人でわたわたと慌て始め、挙動不審に辺りを見渡す。

 このフロアが広い為、ゴーレムとの距離は大分ある。

 けれど、如何せん、奴の歩幅は大きい。

 この距離を埋められるのは時間の問題だ。


 「ひぎゃっ、来たんだけどーっ?!」


 迫るゴーレムと、空中遊泳で逃げる私。

 何ともみっともない悲鳴を上げる私を嘲笑うように、ゴーレムは段々と距離を詰めてくる。


 恐らく、物体をすり抜ける私に物理攻撃は効かないだろう。

 けれど、絶対に効かない保証が何処にある。

 もしも攻撃が当たった私がどうなるか分からない以上、リスクは避けるべきだ。

 何より、痛いのは嫌だ。


 それに、あんな巨体に迫られて逃げるな、と言うのは無理な話だ。

 人間の本能が全力で逃げろ、て言ってる。


 私を追うゴーレムが、地に足を下ろす度に、心なしか地面が揺れてる気がするんだけど、この迷宮ダンジョン、大丈夫だよね?

 さ、流石に生き埋めはないか。

 てか、ゴーレムが暴れて壊れる迷宮ダンジョンなら、きっともうとっくに壊れてる筈だ。多分。


 「あ!」


 ふと、空中浮遊で逃走する私の目に、出口らしき、上り階段のある空間が映り、声を上げる。

 階段のある空間は天井は低くないものの、小部屋程度の大きさで、恐らくこの巨体は入れない。

 故に、彼処まで行けば追っては来れない。と、思いたい。


 さ、流石に迷宮ダンジョン破壊しながら追い掛けてこない……よね?


 一抹の不安を抱きながらも、ラストスパートを掛けるように、人魚の如きフォームで、速度を上げて宙を泳ぐ。

 激しい風圧で、私の肩程度の短い髪が散らばるが、気にせずにそのまま速度を落とさずに階段へ。


 「うっそぉ……?!」


 私の驚愕の悲鳴が響く。

 空間の一歩手前、本能的に何かが引っ掛り、私は速度を緩めた。

 そして、階段のある空間へと空中浮遊した。否、しようとした。

 けれど、それは見えない壁のようなものに阻まれ、叶わなかった。


 閉じ込められた?


 透明な壁に弾かれた衝撃で地面に座り込み、じんじんと痛むぶつけた頭を撫で擦りながら、涙目で階段とゴーレムを交互に見つめる。


 あいつか! あいつが、何かしたのか!

 本当、何なの? 何で痛いの?

 何で霊体なのにダメージ受けてるの?!


 混乱する私を他所に、ゴーレムは歩を緩めずに、迫る。


 ああ、もう、どうすりゃいいの?

 逃げられないなら、応戦? 応戦すればいい?


 ゴーレムが間近に迫り、私はそいつを見上げるしか出来ない。

 弾かれた衝撃のせいか、身体が痺れ、動けないのだ。

 ゴーレムはそんな私に情けを掛ける事もなく、目の前まで来ると、その手を握り込み、振り上げた。


 「っ……バリアー!」


 反射的に両手を前に突き出して叫ぶ。

 手先へ熱が集まるのを感じながら、

普通は防げないであろうゴーレムの重たい一撃を、奇跡的に防げればいいなと言う願望を混ぜ込み、両手へと意識を集中。

 脳内で力を注ぐイメージをする。


 力が両手に集まるのは何となく分かるけれど、私の想像通りにバリアが形成されるかどうかなど分からず、衝撃に備えるように目は固く閉じた。


 ひぃ、恐い恐い恐い!


 内心で悲鳴を上げる私の耳に、高いような鈍いような、重たいものを弾く音が届く。


 「お、おー?! バ、バリアだ、バリア。バリア、出た! お化け系魔法少女爆誕?!」


 私を覆うように出現した半透明なドーム。

 それは、見事にゴーレムの攻撃を弾き、防いだらしかった。

 件の火魔法に引き続き、あっさりと成功した魔法に、妙に気分を向上させながら、興奮したように声を上げる。


 て、ふざけてる場合か、私!


 私の目の前、バリアを睨むように見つめながら、ゴーレムが再び拳を握る。


 「ひっ、ちょっ、やめっ、ぎゃっ、やばっ?! ひ、ひ、ひび入ってるってえぇッ?!」


 ガン、ガン、ガン──私を守る唯一の砦たる、半透明なドームが何度も繰り返し殴られる。


 私は拳とバリアが触れる度、床とバリアから振動が伝わる度、短く悲鳴を上げた。

 それに混じり、徐々にバリアから嫌な音が響き、ゴーレムに殴られた箇所に、目に見えて亀裂が走る。

 バリアを破壊されるのは、もう時間の問題であった。


 どうする? どうする? どうするッ?!


 混乱し始めた頭が、同じ事を繰り返し自問する。


 「っウインドカッター!」


 小気味いい音が辺りに響き、私を守る防壁は破壊され、パラパラと光の破片となって、床に散らばり、消えてゆく。

 それを横目に、瞬時に座り込んでいた身体を浮かせ、ゴーレムに手を翳し、魔法を唱えながら、その真横を通過する。


 バリアと同様に、ウインドカッターもしっかりと発動し、無数の風の刃がゴーレムに向かう。

 見た所、一切ダメージにはなっていないが、ウインドカッターを煩わしそうに、両手で払っていた為に出来た隙で、難なく真横を通過出来たから、よしとしようと思う。


 ……で、この先どうする?


 「…………案がない」


 逃走、以外の選択肢がないんだが。

 

 逃走するにしてもだ、出入り口はバリア擬きで塞がれて出られないし、このフロアは広いとは言え、円状になっており、同じ場所をくるくる回るより他にない。


 お化けの私に体力ってあるの?

 あったら、確実にこいつより先になくなる自信あるんだけど。


 「っウインドカッター! ファイアーボール! えーと、ウォーターボール! サンダー! アイスウォール! ストーンブラスト!」


 浮遊して距離を取る私に、ウインドカッターから立ち直ったゴーレムが再び迫る。

 私はいい解決方法など思い付かず、手当たり次第、思い付いた魔法を相手にぶつける、と言う何とも無策な行動に出た。


 魔法禁止令はどうしたって?

 今が不足の事態でしょ! 


 内心で自問自答しつつ、現状を見据える。


 始めに、再び風の刃がゴーレムに向かい、続いてバスケットボール大の火の玉に、水の玉。

 そして、一筋の雷撃が落ちて、巨大な氷の壁が地面から迫り上がり、ゴーレムの巨体を浮かせ、そこに無数の石つぶてが襲い掛かった。


 結果──無傷。

 ゴーレムさん、完勝!

 うん、知ってた。


 下手な鉄砲数打ちゃ当たる?

 塵も積もれば山となる?


 いやいやいや、いくら攻撃力の低い魔法ぶつけても意味ないから。

 現に足止め程度しか出来てないから。

 私に勝機なくね?


 これぞ正に、レベル1の勇者が棒切れ片手に魔王の腹心に挑む感じだよ。多分。

 魔法初心者お化けVS恐らく迷宮主ダンジョンマスターなゴーレムとか、どっちが勝つか丸分かりじゃないか!


 「うぉう! もう立ち直って……! あ、れ?」


 私の低攻撃力魔法の連打から、もう早立ち直ったゴーレムが、再び私を視界に捉える。

 私は慌てて、逃走しようと空中浮遊した。

 否、しようとした。

 けれど、それは叶わず、動作を停止する。


 何で、どうして?

 意味、分かんない。

 何で、急にこんな……?


 「何これ、力入んない。何これ、嘘っ……」


 訳も分からず、地面にへたり込む。

 何故か、全身を酷い倦怠感が襲い、身体に力が入らなくなったのだ。


 魔法、連発したせい?


 「あ、あはは……絶体絶命?」


 口からは乾いた笑いが零れ落ちる。

 ゴーレムはその重量を知らしめるかの如く、地を揺らし、近付く。

 そして、その大きな鋼鉄の拳が振り上げられ──。


 「っっ……?!!」


 衝撃に備えるように、先程と同じように固く目を閉ざす。

 ただ、先程と一つ違うのは、私にバリアを張る余裕がなかった事。


 そして、何の抵抗も出来ない私に、ゴーレムの拳が振り下ろされた。

 風を切る音がやけに鮮明に耳に届く。


 「やっぱり……痛く、ない」


 閉じていた、目を開く。

 私に“当たった筈”の拳は、ゆっくりと遠ざかる。

 街での出来事と同じく、ゴーレムの拳は私に触れる事なくすり抜けたのだ。

 よって、私は無傷。


 妙に呼吸が荒く、冷や汗が額を、背筋を伝い流れ落ちていく。

 「はははっ……」と乾いた笑いが口から零れ、ふっと全身から力が抜ける。


 やっぱり、私に物理は効かない。

 逃走して損した。

 あれ、でも、じゃあ、さっきの透明な壁は……?

 魔法? マジで、レイスみたいに魔法だけは効きます、的なあれ?


 「黒猫円舞キャットワルツ!」


 地面に座り込んだまま、呆ける私の耳に、空気を切り裂くような鋭い男の声が響く。

 つい先程、聞き知った声が。


 ローワンさん?


 ふ、と視線を向けた先、それは一瞬の内に起こった。

 今だ動けない私を他所に、ゴーレムが恐らく振り下ろされた剣撃により、沈められた。

 一撃、そう、一撃でだ。


 いやいやいやいや、ちょ、待って、何これ。

 嘘だぁ。何でこんな、え? 一撃?


 ゴーレム、てこんなに弱かったっけ。

 剣でこんな、あっさり倒せるもの? 違うよね?

 私の魔法効かなかったもんね?

 あ、そっか。ローワンさんが強過ぎたのか。


 至極あっさりと仕留められた巨体の、赤く灯る瞳から光が消え、機能は停止。

 こうべを垂れ、地に膝を付き、もう動く事のなくなったゴーレムは、恐らく討伐完了なのだろう。


 ゴーレムの横を、息は乱さずも焦ったようなローワンさんと、息の切れたリリィちゃんが此方へ駆けて来る。

 私は視線だけをそちらに向け、安堵の息を洩らし──そして、至極あっさりと意識を手放した。



 こうして私の、幽体での異世界冒険は幕を開けたのである。




.

凄く軽い話が書きたくなりました。

結果がこれです。

多分、この主人公が私が書く中で一番お馬鹿です。

頭の良いお馬鹿として書いてたんですが、短編では頭の良い要素が出ずに終わってしまいました(笑)

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