彼と遭遇
「和モノ納涼企画」
今回はホラーテイストの無い納涼小説(?)を書いてみました。
楽しんで頂ければ幸いです。(=゜ω゜)ノ
―時は天下泰平…
―長く続いた戦乱は止み、
―代々、将軍と呼ばれる為政者による統治が行われるようになった時代…
―農民は田んぼや畑を耕して作物を収穫し、
―それらを年貢として納め平和を享受していた…
―そんな時代の中、少女は運命的な出会いを果たすのだった…
蝉の鳴き声が山々から響き渡る夏の頃。
町からは遠く離れた緑が生い茂る山奥の中。
1人の少女が、必死に自分の住む村に向けて道なき道を走っていた。
「はっ…!はっ…!はっ…!」
息を切らしながらも、少女は背後から迫る危機に対して決して足を止めようとしなかった。
「おい小娘!待ちやがれ!」
少女の背後からは、数人の薄汚れた身なりの男たちが追いかけて来ている。
先程から、少女を執拗に追いかけている男たち。
勿論、少女は何一つ追いかけられるような悪い行いなどはしてはいない。
男たちは、最近近くの村々で起きている人攫いや窃盗を行う盗賊の一味だった。
いくら天下泰平と言っても、決して治安が良いわけでは無かった。
「ちくしょうが!何でただの小娘が、こんなにはええんだよ!」
そう言って1人の男が悪態をつきながらも、普段は歩かないような山道を走るのだった。
自分たちはいつも通り、頭から指示された商人の襲撃や容姿の綺麗な娘を攫うだけの簡単な仕事をすれば良いはずだった。
それなのに、目の前を走る小娘の足に自分たちの足では追い付けない。
いや、自分たちが走っているこの山道のせいなのかもしれない。
そうだとしても、目の前の小娘がいとも簡単に走る様を見ると、あの小娘はこの道に慣れているのだろうと考えずにはいられなかった。
―畜生が!とっとと俺たちに捕まれよ、あの小娘!
―イライラすんだよな!こうなったら、捕まえてたっぷりと可愛がってやるぜ!
盗賊たちは自分たちが過去にしてきた悪行を悔いることもなく、目の前の少女に対して自分勝手な考えを胸に抱きながら追いかけるのだった。
そんな男たちから逃げる少女にも、体力の限界が近づきつつあった。
なぜならば、いくら普段から慣れ親しんだ道とはいえ、所詮は普通の少女の体力と同じだ。
男たちのより早く走れるわけでも、体力があるわけでもない。
そして、スピードが落ちてきた少女と男たちの距離が縮まるにつれて、男たちの目に欲望に満ちた光が増して行くのだった。
無情にも盗賊たちの手が少女に届こうとしたとき、不意に転機は訪れた。
「今日は晴れ渡るような良い天気ですね?」
ひどく場違いな透き通った声が、その場にいた全員の耳に届いた。
その声に対して、男たちだけではなく少女も思わず足を止めた。
何故ならば、つい先ほどまでその人物がいた場所には、確かに誰もいなかった。
彼女は必死に逃げながらも、男たちに先回りをされている可能性を考えて周囲の物陰にまで気を配っていた。
それなのに、その人物は先程からずっとその場所にいたかのように、息を切らした様子もなく立っていた。
何よりその人物は、非常に変わった風貌だった。
声は高かったが、背丈や髪を伸ばしていないことから恐らく男だろうと思われる。
しかし、肌は白粉を塗ったかのように白く綺麗で、日に焼けた様子も無かった。
また、顔は人形のように表情はないが、それでも美人と思えるほどに整っていた。
そして、瞳は青く、南蛮の者なのかとも思ったが、髪は黒く、髷を結ってはいなかった。
身に着けている服装も、旅人が付ける引廻し合羽にしては丈が長く、頭から足下まで全身を覆えるほどの長さだった。その合羽のようなものの下から覗く服装も、着物ではないように見えた。
さらに、旅人にしては手荷物を持っている様子はなく、腰の辺りに骨のようなお面がぶら下がっているだけだった。
「おいてめえは一体、何者だ!?」
急に現れた人物に対して、少女と同様に男たちも警戒を露わにするのだった。
「自然に声を掛けたつもりだったが、失敗だったのだろうか…?まあいい…ところで複数人で1人の少女を追いかけ回して、一体何をしようとしているのでしょうか?」
男の怒鳴り声に対して、気にした素振りも無くその人物は丁寧な口調で男たちに質問をするのだった。
「てめぇ…俺たちを馬鹿にしているのか!?」
「いえ、この時代には珍しいチンピラだとは思いましたが、馬鹿にしたつもりはありませんよ…?失礼があったのならば、あやまりますが…」
「ちんぴら…?てめえは、あの小娘の知り合いなのか?」
「いいえ、そこのお嬢さんと私は初対面のはずですよ?」
盗賊の男たちに対して、その人物はそう返すだけだった。
「何だコイツ、南蛮人はこんな奴らばかりなのかよ!?」
「南蛮…?いいえ、私はオランダ人ではないですよ?頭は大丈夫ですか?」
「うるせえ、見られちまったもんは仕方ねえ!こうなったら、てめえを殺して有り金も全部頂くぞ!」
「コミュニケーションが上手く成立していないのでしょうか?」
男たちが口々に怒鳴る様子に、その男は首を傾げつつもそう答えるのだった。
しかし、彼の返答も男たちには聞こえていないようだった。
男たちの目には、目の前の男は少女と同様に非力で自分たちが一方的に搾取しても良い存在にしか映っていなかった。
「この場合は、正当防衛になるのかな?」
盗賊たちがそれぞれの得物を手にしながら襲い掛かってくるのに対して、その男は呑気に奇妙な言葉を呟くのだった。
少女は、盗賊たちとその男のやり取りを黙って見ていることしか出来なかった。
既に息は切れ切れになっており、足にも力が入らない。
そのため、少女は盗賊とその男から少し離れた近く茂みに逃げ隠れるのが精一杯だった。
少女は、見ず知らずの旅人が自分の逃げる時間を稼ぐために、無謀にも盗賊たちと戦ってくれているのだと思った。
だからこそ、自分は彼の期待に答えるためにもすぐにこの場から逃げようとした。それなのに、自分は彼の期待に応えられず、動けずにいる。
一刻も早く息が整うように心を落ち着けようと必死になればなるほど、少女の呼吸は荒くなるのだった。
少女は悔しい気持ちで一杯になった。
私なんて見捨ててくれていれば彼も危ない目に遭わなくて済んだのに、少女は内心でそう思った。
そんな少女の葛藤が続く中、転機は直に訪れた。
「なんでこれだけいて、あいつに当たらねえんだよ!?」
声を上げたのは盗賊の男たちの内の1人からだった。
男たちはその男が逃げられないように、周囲を固めつつ襲い掛かった。
しかし、彼らの目の前では、信じられないことが起きていた。
その男の真後ろから盗賊の1人が刃物を振り下ろせば、まるでその動作が見えていたかのように避け、左右から挟み撃ちにしようとすれば、次の瞬間には既にその場所からは抜け出しており、一度として彼を自分の得物で捉えることは出来なかった。
「そろそろ、終わらせてもいいかな?」
その人物は男たちに聞こえるような声で言った。
「…っくそが!馬鹿にするなぁぁ!!」
その言葉を挑発と捉えた、盗賊たちは改めて一斉に襲い掛かるのだった。
「……ふっ!」
その男は、一瞬何かを持って周囲を薙ぎ払うような動作をした。
少なくとも少女には、その人物が何をしたのかは分からなかった。
仮に何か武器を使ったのなら、その武器は男たちと当たるはずの距離だが、その様子も無かったのだ。
だが、次の瞬間、盗賊たちは糸の切れた人形のように何の前触れもなく、襲い掛かろうとした姿勢のまま倒れ込むのだった。
「やれやれ…やはり数が多いとその分面倒だな…」
そう呟きながら、彼は特に表情を変えることなく少女に近づいてきた。
「一体、何が…?」
離れた場所から見ていた少女の目には、その人物が何気なく周囲を薙ぎ払った瞬間に男たちが突然倒れたようにしか見えなかった。
その異様な光景に少女は驚きつつも、少女は自分に近づいてくる男が自分を助けてくれたことを理解した。
「君は確か…ふむ、綺麗ですね…それに君はまだまだ先のようですね…」
少女に近づいて来た彼は、突然衝撃的な言葉を発した。
「えっ…旅人様、それはどういうことでしょうか?」
少女は、彼が発した『綺麗』という言葉に反応しながらもそう問いかけるのだった。
「…ん?そういえば、こういう時は名乗るべきなのでしょうか…ふむ…?」
「あの…旅人様、如何されましたか?」
突然考え込み始めた彼に対して、少女は少し不思議そうに尋ねるのだった。
「…泡沫…陽炎…これならば大丈夫かな?失礼しました、お嬢さん。私は旅人の陽炎と申す者です。お嬢さんのお名前は何と申すのですか?」
「あのっ…陽炎様と言うのですか?えっと、私はこの山を越えた村に住む、お鶴と申す者です。陽炎様、先程は助けて頂きありがとうございました!」
奇妙な言動をする陽炎という男に対して、件の少女-鶴-は精一杯のお礼の言葉を述べるのだった。
「それと1つ聞きたいのですが、彼らのような人たちはこの地域には多いのですか?」
「先程の襲ってきた人たちのような方ですか?はい、最近この地域に野党が出没するようになったと町の優しい商人様から聞いております」
「そうですか…ふむ、それが原因か?」
鶴から聞いた話を受けて、陽炎は再び黙り込むのだった。
「あの、陽炎様…?失礼ですが、本日の宿はもうお決めになられたのでしょうか?」
「特に泊まる場所は決めてはおりませんが?それはどうしてでしょうか?」
今度は陽炎が、不思議そうに鶴に尋ねるのだった。
「あの…よろしければ助けて頂きましたお礼に、私の住む村でしばらくお泊りになってはいかがでしょうか」
「…ふむ?成程、それでは1つお願いしてもよろしいでしょうか?」
「はいっ!」
鶴の問いかけに対して陽炎は、少しの間考えてからそう頼むのだった。
そして、返事を貰った鶴は花が咲くような笑顔で陽炎を自分の住む村へ案内するのだった。
オマケ
鶴「それでですね?陽炎様…」
陽炎(私も何か面白い話題を提供するべきだろうか…?)
鶴「…いかがされました、陽炎様?」
陽炎「…うん?…いや、それよりも月が綺麗ですね」
鶴「月ですか?…まだお昼時ですよ?」
陽炎(使い方を間違えたようだな…)