人間の友達だってできるんです!
予約投稿になります。
初夏の爽やかな風はあっという間に駆け抜けいつの間にか夏本番に近い暑さがやってきた。
高地育ちのランにとればこの暑さは初めての体験で、毎日滝のような汗を流しながら勉学に励んでいる。
夏季休暇を前に試験がある。
試験の結果次第では夏期休暇中も学院で遅れた分を取り戻す時間に費やし、折角の森での妖精との出会いの時間を潰されてしまうのだ。
学院の授業が始まって以来ランは休日には学友のテオとディックとフランと一緒に森に出掛ける。
時々別のクラスメイトが一緒だったりするが、大概はこの三人と森に出かけて初めて見る妖精と日長遊んで過した。
テオ達が妖精の信頼を勝ち取ろうとしている横で。
「なんかあれ酷くない?」
「ああ、俺もそう思う」
「だが、ランを囮に妖精に近づく俺達もかなり酷くないか?」
「それは言わない約束よ」
ウェルキィの住む森の近くは妖精の種類も数も豊富な為格好の出会いの場となるが、ウェルキィの森はレオンハルト家の直轄領地の為許可がないと入る事は出来ない。
柵で仕切ってるわけでは無いが、レオンハルト家の衛兵が警備で回っているのだ。
もし見付かったら厳しい調査と刑罰が待っている。
栄えある学院に入学できたのに人生ここで終わらせたくないと、学院生でなくても守るレオンハルト領のルールだ。
だが、そのすぐ隣のウェルキィの森から続くシェムエルの森は精霊の恩恵を浴び、シェムブレイバーのようなレア種さえ望まなければ有能な妖精は沢山居る。
だからシェムエルの森に来たのだが・・・
「なかなか思ったとおり行かないなぁ」
妖精に花輪を作ってもらいそれを頭に飾るランを眺めながら周囲で混ざりたくても混ざれない妖精相手に遊んでいる。
大分心も開いてくれて膝の上に乗るリスにも似た妖精が座ってくれている。
実際のリスなら簡単に人の膝の上には座らない。
いかに妖精が人になれやすい種族と言うのがよく判る。
「この子達も十分可愛いんだけどね。いざとなったら戦場に連れて行くのに、こんな可愛らしい子じゃかわいそうだもの」
「確かに」
テオの頭の上にも蝶の様な妖精がちょこんと乗っかっている。
何所にでも見かけるやつだが、誰が見ても戦場向けの妖精でない事だけは姿どおりの実力しかないのは皆が知ってることだからだ。
人懐っこいいい子なんだけどねと何故か妖精が集まるテオの頭に苦笑を隠せないけど、テオの寛容な心は頭上の妖精を驚かせないようにそっと動く優しいものだ。
「それよりもランは試験勉強してるか?」
視線だけ少し離れたランに向ければ、彼は妖精達を引き連れてすぐ側まで来てくれた。
「一応ね。ジル先生に対策とかコツとか教えてもらってるけど、フリュゲールの歴史や地理とかはさっぱりだからね。大変だよ」
苦笑して言うもその実力はこの国に住んでいるはずのテオよりも遥かに上だ。
中等レベルの知識は完全にあるんじゃないかしらと、授業の受け答えを見てもそれぐらいは理解できる。
「テオは夏期休暇しっかり補習だな」
「私は乗り切る自信あるけどね」
言えば一人だけ取り残されているテオはえ?え??と周囲を見回していた。
「補習だけど、どうやらオリヴィアも実技で補習受けるらしいわよ」
最初の基礎訓練が終わり剣技や弓術、体術に移る頃には男女分かれて受けるようになった。
そうなってからはお互いの授業内容はさっぱり判らなくなっていたが
「そんなにも酷いの?」
他の課目ではどれもトップクラスの成績を残しているだけに実技の時の打ち砕かれたプライドの顔は見るのも辛かった。
「基礎訓練の時でも判ったと思うけど、体力の絶対値が足りないのよ」
運動着に着替えた時に見える彼女の手折れそうなまでの細い四肢は見た目どおりの能力しか持っていない。
「最近やっと休みなしで素振りが出来るようになったし、持久走後もへたり込まなくなったし」
「飛び級も大変だな」
「こっちはこっちで驚かされっぱなしだけどな」
テオとディックがランを見る。
本人は何が?と言う顔だが
「まさかこんなちみっ子があんなにも剣を扱えるなんて思わなかったぞ?」
「って言うか、こんなほそっこい体の癖に無駄に鍛えてるのな?」
「そうかな?まぁ、坑道で金を掘っていたからそこそこ腕には自信あったけどね」
時折聞くランの故国での話しは想像を絶する話を幾つも聞いた。
ランの年齢で一日12時間以上働くのは当り前だし、食事は二食あればましだし、家だって坑道で掘られた場所にレンガを敷き詰めただけの床に雪が入ってこないようにレンガで塞いだだけの壁と、隙間だらけの木の扉があるだけのいつ崩れてもおかしくない洞穴生活だったのだ。
それが一般的だと言うのだから、いかにフリュゲールが精霊のおかげで潤っているかを知る事が出来た。
「それよりもランって剣扱えたんだ」
使えたのはつるはしだけかと思ったがこれは聞かない方が良かった。
「戦争の続いている国だからね。自衛で物心付いた歳には皆剣を握ってるよ」
尤も刃こぼれして血糊がついて錆びたボロボロの戦場に落ちていたものだけどねと言う。
「ひょっとして……」
人を切った事があるのかと聞こうとしたが、恐ろしくって声にならなかった。
自分とはまったく違う世界で生きていたんだと痛感せずには居られない言葉にフランは唇を噛む。
いずれは自分もそうなるのだろうが、まだ心が前まえは出来ていない。
本当に出来るのだろうかと考えずには居られないが、既に選んだ道は容易く放り投げるほど軽くはない。
「そう言えば、フランは何で学院に入ったの?」
ランの何気ない質問は誰にでも聞かれる当り前の質問だった。
だがその質問に一瞬思考が止まり不自然なまでに緊張してしまった。
「あ、こいつ?ほら、フランは両親居なくてさ、大変だろ?
妖精使いとしての素質は人よりも良いんだからガッツリ稼ぐ事を考えたらこの仕事が一番なんだ」
「え?そうだったんだ。変な事聞いちゃってごめん」
テオの説明で慌てるランに
「何言ってるのよ。それを言ったらランもでしょ?
私の場合は国の為とか言っちゃってるけど、本当は生活の為なんてとてもじゃないけど言えないからこれは内緒よ?」
ウインクと共に秘密ねといえば焦ったかのようにコクコクと頷くランに笑って見せるも上手く笑えたかなんて自信がない。
私とディックとテオが住んでいるのは北公アレグローサの最北の街カルンと言う小さな街だった。
ガーランドとの戦争が始まると真っ先に被害を被る街だが、貿易上欠かすことの出来ない重要拠点だ。
潰されては建て直し、潰されては建て直しと増改築が繰り返された街だった。
北の入り口としての活気は賑やかなもだが、戦争が始まるのを流通の流れを見て一番に皆逃げ出すという技を身につけていた。
事件が起きたのは4年前だった。
数年ほどガーランドとの戦争はなく、商人の話しで随分と食料や木材の切り出しをしていると言う事を聞いて春と同時に戦争が始まるだろうと避難を始めようとした時だった。
それは突然だった。
前触れもなく、拠点となる砦も見かける事無く攻めてきたのだ。
日が沈むと同時に襲ってきたガーラントの特攻隊はあっという間にフリュゲール軍駐屯所を襲い一夜にして占領下に置かれてしまった。
そして街はそのまま拠点と化し、フリュゲール軍に奪還してもらうまで暴虐の限りを受けた。
ガーランド軍曰く、
『カルンとの戦いで俺達は勝ち、戦利品の扱いは俺達の自由だ』 と。
街は元々拠点とする予定だったせいか被害は少なかったものの、人々に植え付けた恐怖は恐ろしいものだった。
捕らえられた男達はいずれ来るフリュゲール軍との戦いの為の砦作りに休みなく石垣を作らされたり、女たちはガーランド軍の世話をしたり、年頃の娘は慰め者になったり、子供達は役に立たないからと明かりのない倉の中に押し込められ、いずれガーランド連れて帰り奴隷にすると言っていた。
もちろん子供の中から将来性のある子供は間引かれ、狂った兵士のおもちゃとされていた。
その中に私はいた。
何があったのかは今もよく夢で魘される忘れたくても忘れられない出来事。
当時11歳だった私でも判るくらい家畜同然の扱いに幸せになる方法を選べなくなった出来事は、救出された後は暫らく口も聞けず膝を抱えたまま眠る事もできなかった。
それから夏を迎える前にフリュゲール軍はカルンとガーランドへの街道の封鎖が功を為し、物資の供給を止め街の奪還に成功した。わずか三ヶ月ほどの短い戦争だったがその間に街の人口は半分以下になり、植えつけられた恐怖に誰もが立ち直る事に時間を費やし街は砦のみ残し閉鎖された。
孤児となった子供達はアレグローサの王都に近い孤児院へ移さることとなり、カルンを去る私を最後まで声を掛けて心配そうに見送ってくれたテオとリックの存在だけが虚ろだった私の思い出として支えてくれた。
だからある日二人が突然孤児院にやって来て王立学院に入るぞと言われた時は彼らと再会したとき以上に驚いた。
そして彼らは働きながら貯めたお金と毎晩遅くまで勉強したと言う努力で見事入学を認められ、下町の古く狭いアパートに二人で暮らしている。
そんな二人の励まし方に私は今も支えられて、このフリュゲールで総ての子が私のような目にあわないようにと私は前に進む事を決意したのだ。
「今日は良い妖精に出会えたか?」
過去の記憶に耽っている間に不意に投げられた声に反射的に振り返った。
私と皆一緒に振り向けばそこには1人の男性。
一瞬緊張してしまうも
「ブレッドも来ていたの?!」
やあと手を軽く上げての挨拶に、散々怖い思いをしておきながらも、憧れの人物の笑顔に心臓が跳ね上がり心地良い緊張に体温が上昇する。
「ああ、折角の陽気だからな。たまには里帰りしないとな」
本人はこんな私達の気持ちなんてまったく知らない顔だが、どこからともなくブレッドの可愛らしい妖精達が現れた。
アウアー、チェルニ、ルクス、プリムも街中で見かけるよりものびのびしているように飛び回り、実をつけている気に向って飛んでいったかと思えばおもむろに食べ始めた。
「実はアレが好物なんだ」
こっそりと言うように言えば彼らはもうこっちに見向きもせず夢中で黒いまでに熟れた木の実を黙々と食べだしていた。
「あの、こんにちは!」
ディックの緊張する声に私まで
「こんにちはブレッド博士!」
まだ何処か馴染まない騎士の挨拶の型を取れば少しだけ困った顔。
「任務中じゃないんだからそんな型っ苦しくすんなって」
苦笑紛れの顔に私もディックも思わず真っ赤になってしまうも
「今日はフィールドワークの日だっけ?」
「ん?ああ、今日は仕事が一通り目途が付いたからな。こいつらを連れてきてやりたかったのもあるし、他のシェムブレイバーにあってみたかったんだけど・・・」
「その様子じゃまだ会ってない様だね」
「元々縄張り意識が強いし、警戒心強くて人前には出て来ない上にすばしっこいからな」
何時もはふわふわとただよっているが本気になったら彼らの動きを目で追うのは至難の業だ。
「ま、だからこいつらを連れて歩いて縄張りを荒らしておびき出してるんだが」
「簡単には現れないんだね」
「大好物のリコの実の群生地の場所なら縄張りにしてると思ったんだが・・・」
「ゴメン。僕達が居るから警戒して逃げちゃったかもね」
「いいさ。群生地はこの森の中いくらでもあるんだから」
言って森の奥の方へと視線を向ける。
「向こうにも群生地があるから足を運んでみようと思うんだが・・・」
「向こうってここからどれぐらいの所?」
遠くを眺める視線に
「ここから1日ほど歩いて行った所」
にっこりと爽やかな顔でブレッド博士は眩しいくらいなまでの笑顔を見せるが
「明日はアルトの助手で王都まで行くんだったよね?」
ランも負けじと可愛らしい笑顔をブレッドに向ける。
お互い暫らくの間ニコニコと笑顔を向けながら
「帰ったらアルトに明日はついて……」
「ついていかないなんてもちろん言わないよね!」
珍しくランが強気で会話が終わらないうちに被せる様に言う。
「ダメ?」
「当り前でしょ?!なんか研究の申請らしいけどブレッドの説明が必要なんだって?
アルトはただの書類の申請で、明日の申請の為に何か仕事を断わっていたみたいなんだよ」
早口で捲くし立てるランに
「わ、わかってる。ただ折角ここまで来たからもうちょっと行きたいなって思ったぐらいだろ?」
「ほんとに?」
「たぶん」
ブレッド博士の庇護下に居るとは聞いていたが、まさかここまで仲良くなっているとは知らなかった。
っていうか、入学前に聴講したブレッド博士の講義からは想像できないような気さくさと言うか、ラフさに親しみが湧く。と言うより
「なんかイメージが……」
崇拝するように崇めていたリックは口を半開きのまま茫然としていた。
まあ、気持ちはたぶん私も同じだと思う。
「じゃあ、もう少ししたら帰るから一緒に帰ろうね」
「……はい」
あからさまに意気消沈といった背中が悲しそうだったがランがたいした事では無いと言うように話しを変える。