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精霊騎士である為に  作者: 雪那 由多
28/29

西へ

地面にうずくまるようにして眠りに就いてしまった泥だらけの顔からそっと涙の痕を消せばやがて瞳が開くも、その視線はランの意志を感じる事は全くなかった。

立ち上がり一同を見回せば、優雅に腰を折ったアリシアは人懐っこいどこか道化じみた姿勢を正し


「これでは朝まで起きないわ」

「まぁ、その方がましだろ。この惨状を見れば」

「にしてもだ。初めて魔法を使ってこのざまか。

 精霊フリューゲルの力とは言えここまで力を使うとは」

「前精霊騎士さえこんなにも魔法を展開できなかったけどぉ、これって才能?」

「ただの暴走だ」

「それよりもよぉ。フリューゲルもいい加減それ解除しろよ。ややこしくてしょうがねーよ」

『さっきから解除しようとしてるのだが別れないのだ……

 離れない……』


ランの体を操るシュネルは困りきった顔で一同を眺めれば同じように困った顔が並ぶのを見返し溜息を吐く。


「当面このままで居るしかないな」


再度全員で溜息を吐いた。


「朝になったがいつまでもここに居てもしょうがない。

 魔物も集まってくるだろうし麓の集落まで行くか」

「さっき様子見たけど、あそこもなーんもだーれも居ないわよ?」

「ここよりましって言う程度には何かあるだろ?」

『麓の方はどうなってる?』

「建物半壊、人間全滅した程度には」


それを大丈夫と言うのかはわからないが麓まで降りてくれば納得した。

既に女子供はさらわれた後で人っ子一人もおらず、主だった場所は既に焼き払われた後だった。

残り火がくすぶっていたが、ランが呼び寄せた雷雲がもたらしたのは雷だけではなく雨も呼び寄せていて、すでに火災は鎮火へと向かっていた。

それが半壊の理由だろう。


「なーんもなくなっちゃったわねぇ」


夜が明けて目を覚ましだしたランはその言葉にピクリと体を震わせた。

気にすることないわよと優しくその肩に手をまわしても、目を伏せ、言葉を失くしたように黙り込んだままのランは体を固くするだけで、背後でフェルスがアリシアの代りと言うように溜息を吐いた。

アリシアがぐるりと見回しても何もなく、そして誰もいないと思ったら突如地面がぼこぼこと波打ちだした。

何だと思うもそこから扉が開き、女子供が這い出てきた。

警戒するように周囲を伺う中、女子供と目が合えば案の定大騒ぎをした。

だけど、外の様子を伺うように這い出た老婆が俺達の、ランを見て悲鳴を上げる。


「ラン!一体その体はどうしたんだい!」


慌てて飛び出して来れば俺達からランを奪い羽の生えた頭に首筋の飾り羽をみるように体を手をぐるぐると外に異常がないか動かし続ける。

異形の姿となったのがランと分かれば娼館で働いていた女子供はランと聞いて安心して顔をのぞかせて遠巻きに様子を見守っていた。


「僕が、怖くないの?」


震える声で、やっとと言うように涙ぐむのを堪えて絞り出したランの声を老婆は鼻で笑い


「こんな綺麗な羽根を持ってる子を何で怖がらないといけないんだい?

 わしらはそれよりももっと怖い人間の皮をかぶった人間の様な者と商売してるんだ。

 どこに怖がる必要があるんだい?」


これはランにとって救いの一言だった。

もう、人としてもランと言う一人の人間としても生きていく事を許されない事をしたのに、そう言ってくれる人がいて、また名前を呼んでくれる人がいた。

それだけでもう十分だと思えた。

昨晩あれだけ泣いたのにもかかわらずまた泣き出したランを老いてしぼんだ胸であやし、そして男の子が泣くんじゃないと抱き上げようとした所でしっぽまで見つけた老婆はランからズボンを奪い取ってまだ警戒して様子を見てるだけの女子供に可愛いぞと見せるのだった。

かつての娼婦の手腕は今も健在だった。

だけどさすがにおしり丸出しは恥ずかしくてズボンを取り返そうと必死に飛び回るランの様子に怯えるのもばかばかしくなってか姿を現して、残り物の食材を見つけてきた女達はランのこの様子の話を、シュネル達の事から鉱山の出来事まで、人を殺してしまった全ての話し聞きながら共に食事を摂るのだった。

しかし女達は怯える事もなくあっけらかんとした口調で


「話には聞いた事があるよ。

 西の大陸では今でも魔法使いが居るって」

「私も聞いた事ある。

 此処よりも魔物がいっぱいいるんだよね!」


アリシア達はまた姿を変えてくらましてしまうも気配がすぐそばにある事は契約の効果でどこにいるか手に取るようにわかっていたが側に居てほしいと心細いまま女達の話しにランは少し距離を置いた場所で話しを聞いていた。


「僕、西の大陸に行ってみたいな……」


話しを聞いてそこならこんな姿が紛れ込んでも生きて行けるだろうかと考えれば、思わずと言うように言ってしまっていた。


「おや、そうなると船に乗る事になるね」


女達は一人離れていたランの言葉を聞き逃すことなく、ランを焚火のそばに引っ張ってきて老婆はランを傍らに抱き寄せるようにして話し始める。


「大陸と大陸を隔てる船に何日も何十日も乗って西に渡るんだ。

 昔船乗りだった男から聞いた事があるんだけどね、大きな帆と言う布で風を受けて船は海を進むそうだ。 

 海にも魔物もいるし、海は山よりも厳しいと言う。

 だから陸に上がった時は生き延びたと羽目を外したくなるんだけど、それも飽きればまた海に戻りたくなるそうだ。

 事故が起きれば死ぬしかないし、海賊が出ればすべて奪われて船を沈められて死んでしまう。

 どこよりも厳しいから、生きてるって実感するって言ってまた海に戻って行ったよ」


老いた老女の話しに誰もが海に憧れているのを見て


「ここではもう商売上がったりだ。

 いっその事海辺の方に行ってみないかい?

 海沿いに出て南へ向かおう。

 暖かくてここよりは生きるには優しいさ」


老女の話しに女子供達は顔を見合わせるも、ここではもう商売にはならなく、来るのは山賊か死体を啄みに来る魔物のどちらか。

ひょっとしたら敵兵がまたやってくるかもしれない。


「そうだね。客が来ないんじゃここに居てもしょうがない。

 次の仕事を見つけに移動するか。

 またあいつらが来るかもしれない。食事が終わったら火の始末して、目ぼしい荷物を持って一刻したらここに集合」


生き延びた顔ぶれの中で一番の稼ぎ頭の女が言えば、老女も子供も女達も頷いてあっという間に旅に必要な目ぼしい物を探しに行ってしまった。

逞しい彼女達に取り残されたランはいつの間にか目の前に立っていた稼ぎ頭の女から一本の剣を手渡された。

血のりの付いた粗悪品の剣だが、それでも女はランに押し付けて


「男ならこの剣で私達を守ってごらん?

 力がうまく使えないって言うなら使えるように訓練すればいいさ。

 それだけの事だろ?」


挑発気な笑みを浮かべ、


「アンタの初めての相手は見る目があったと証明してごらん。

 今度こそ守りたい人を守れるようになりな」


と、稼ぎ頭の女も自分の着替えなどを探しに焼け跡の中に消える後姿を眺めながら、初めて娼館に放り込まれた先で出会った女だった事を思い出した。


「シュネル……」


昨日も呼んだ名前なのに久々に名前を呼んだ気がした。


『なんだ?』


すぐに返事があった事に安心した。


「シュネルは剣を使える?」

『残念だが私は剣は得意ではない。

 アリシアやアウリールが得意だったはずだ』

「剣を使えるようになりたい。

 あんな失敗しない様に練習したい。

 魔法は……怖いけど、あんなふうに殺しちゃわないように練習したい。

 海までみんなを守れるようなりたい……

 もっとたくさんの事を僕は知らなくちゃいけない。

 もっとたくさんの事を僕は知りたいんだ」 


小さな変化だった。

物を考えるのが苦手な子供が失敗からたくさんの物を得た。

出会った頃の温度のない深淵の淵を覗くような暗い瞳は仕事が楽しく輝いていた物へと変わり、今はまた何かを守りたいと言う覚悟の瞳へと変わったていた。

きっとこれを成長と言うのだろう。

ほんのわずかな成長だがシュネルにはどこか微笑ましく、誇らしく思え、この時体が別々なら小さな羽根でも抱きしめてあげれたのにと思えば不意に視界が歪んだ。

赤茶けた柔らかな何かの上にシュネルは居た。

暖かくてよく知ったこのフィット感。

何だったかと思えば


「ラン、もう鳥さんの姿はやめたの?」


目の前を横切った少女に言われて初めて気が付いた。


「あれ?」


首を傾げながら頭に伸ばした手の先にはシュネルがいて、両手ですくい上げれば分離した小さな赤い鳥が手の中に納まっていた。

お互いぱちくりと見合っていれば


「かわいい鳥さん。

 ひょっとしてこの鳥さんがさっきの原因?」


凄い鳥さんだねと言って少女は笑いながらまた物をあさりにどこかへと行ってしまった。


『女と言う生き物は凄いな。

 これだけの事があったと言うのに自分達が生きる事を優先できるのだから』

「そりゃ、お母さんになる人達だもの。

 誰よりも強くないとね」


たとえ父親のわからない子供を産む事になっても、望まずに子供を産む事になっても、この女達ならなんて事なく子供を産んで育てていくのだろう。


「シュネル、僕たくさん物を知りたい。

 何がいけなくて、何が良くって、どうすればいいのか知りたいんだ」

『剣と魔法も覚えたりして覚える事がたくさんだな』

「うん。きっと今まで何も考えてこなかったツケなんだよ」

「だったらフリュゲールに行きましょうよぉ!

 海を渡って西の大陸に行くのなら、フリュゲールが一番よ!

 剣術と学問の国なのよぉ!」

「フリュゲール?フリューゲル?」


シュネルと僕のフリューゲルって名前に似てるねと言えば


「フリュゲールは我らフリューゲルの国だ。

 名前を間違われてフリュゲールなんて名前にフリューゲルのすべてを封印させられた因縁の地」

『ランと初めて会った頃の矮小な私だった総ての原因だ』


よくわからないと言うランにシュネルは尚も続ける。


『精霊騎士として盟約した時私の願いをランは叶えると約束したはずだ』


言われて確かにと頷く。


『ここに西の大陸の大陸地図がある』


何もない空間から一枚の羊皮紙が空中に広げられた。


『これは西の大陸では国が国である為の証明の地図。

 精霊と精霊から加護を得た土地の区分け、国としての証の為の物』

「綺麗だね」

『ああ、精霊王が作られた物だ。国ごとに証明としてこの地図が一枚ある。

 正しくは精霊地図と言う』


ランは触ってもいい事を許可を得て地図に手を伸ばす。

アリシアが大陸の南東にある山と海に囲まれた場所には宝石が嵌めてあり、そのすぐ下に書かれた文字をなぞって


「この文字はフリュゲールと書かれているの」


なるほどとランは初めて見る異国の文字を覚えるようになぞるも


『ここに書かれた文字をフリュゲールからフリューゲルに正しく書き直して欲しい。

 ランが名前をくれたからこの封印は少し解けた物の、総ては解けていない。

 私が私である為にこの封印を解いて、正しく私の名前を地図に書いて私であることを証明してほしい。

 私の唯一の願いだ』


ランは地図を手にしたままアリシアの肩に止まっているシュネルに視線を合わせ


「僕は約束を守るよ。

 シュネルはもう約束を叶えてくれたんだ。

 僕は失敗しちゃったけど、だけど!

 シュネルがシュネルである為に僕はシュネルの精霊騎士としてその願いを叶えて見せる」


ボロボロの剣を抱えての誓いはまるでその名の通り忠誠を誓う騎士の姿。

愚かだった子供が少し成長した逞しい姿にアリシアでなくても笑みを浮かべたくなり


『我が精霊騎士としてランの望む事は私と下僕達が叶えよう。

 手と足、そして精霊騎士の力として我らを従えればいい。

 精霊騎士として相応しくある為にも我が地へと向かうまで勉学に励むと良い』

「うん。

 アウリール、アリシア、フェルス、そしてシュネル。

 よろしくお願いします」


ぺこりと頭を下げてこれで正式に弟子入りだなと笑うフェルスに照れた顔を見せるランだが


「おらおら、そこの鳥頭一族!

 早く準備させないとランは着替えも食べ物も持たずに旅に出る事になるよ!」


酷い語弊が生まれている事に愕然とする一同だが、ランは旅の準備と言う言葉に何を持っていけばいいかわからず女達にあわてて混ざって必要な物を探しに行くのだった。


「鳥頭って……ちょっとひどくなぁい?」

「まー、フェルスは鳥だけどよ」

「我々も鳥頭の仲間か……」

『栄えあるドラゴンの長が何と情けない事を言うのだ』


人間の発想の豊かさに呆れるも一刻もする頃準備の出来た女達に混ざるようにしてわずかな着替えと運よく見つけたお金と食料を手に入れて準備を終えたランの頭や肩、腕に巻きついたり、護衛と言うように犬のサイズになって隣を歩くフェルスを連れて女達と共に海に向かう旅が始まったのだった。




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