集いし聖獣
目の覚めるような青空が目の前にあって思わず呟いてしまった。
よくよく見ればそれはランが初めて見たドラゴンで、御伽噺の中の生き物だったが、実際いる事を旅の行商から何度も聞いていた。
膜を張ったような翼と、漆黒の鬣。
隆々とした筋肉を包む鱗は鏡のような艶を持ち、地面に食い込む爪一本でランは容易く串刺しにされてしまうのだろう。
畏怖と恐怖、恐ろしいまでに美しく、そして神々しいそんな存在があるんだと息を呑んで見上げていれば、手の隙間から顔を出したシュネルがぴゅるると一声鳴いた。
一瞬息をするのを忘れた。
このような相手にここに何かいる事を教えたら殺されると本能で察したランはシュネルを手の中に包み込んで岩陰の奥へと逃げる。
だけど、その前に視界が急に明るくなった。
恐る恐ると上を見上げればドラゴンが岩をその手で持ち上げ岩の隙間を覗き込んでいたのだ。
目が合った。
恐怖と同時にどこまでも澄みきった、空の向こう側さえ映し出すその瞳に映った自分の姿に岩場の隙間にぺたりと座り込んで、手の中に閉じ込めて隠していたシュネルを最後の力で放り出した。
「逃げて!」
涙ながらの悲鳴と共にシュネルを手放すも、シュネルは放り投げた側からその翼でランとドラゴンの間の岩に止まり、ぴゅるると囀る。
「あああ……」
その小さな体で守ろうとするように見えた姿はまさに家族を守る姿。
あんな約束をしなければよかった。
奴隷の身分で家族が欲しいなんて不相応な願いだったと後悔した。
家族を守るつもりが、逆に守られて、それがこれほどまで苦しい物とは思いもしなかった。
次に何が起きるかを想像してランは自分を食べられる姿と、小さすぎるシュネルはいたずらにただ殺されると言う未来。
自分だけならこんなにも苦しい思いをするはずがなかった。
自分だけならこんな喪失と言う恐怖を知る事などなかった。
終わりを迎えた未来にぽろぽろと涙を、こんなまともに水も飲んでいない身体からどこから溢れるのだろう涙を落していれば
『その姿は首が疲れる。少し小さくなれ』
シュネルが憮然とした声でドラゴンへと話しかけた。
ぽろぽろと未だに涙をこぼしていたランはそのシュネルの後姿に勇敢さを覚えるも、ドラゴンは突然光に溶けて、大人ほどの大きさの男の姿になった。
床に着くのではないかと言う長い髪と、鮮やかなまでに美しい空を模した彩の、見た事もない意匠で幾重にもたくさん生地を使った贅沢な服を身に纏っていた。その姿はまるで物語から出てきたような異国の出で立ちにさっきまでの恐怖は不思議ともうない。
シュネルはその男の肩に止まり
『ラン、紹介しよう。これは……』
「アウリールだ」
シュネルの言葉にランの声が被さった。
髪の長い男は首を傾げながらも
「アウリールとは?」
硬質な声だが、低く響く声はドラゴンの姿から想像もつかないほど人間らしい声だった。
「アウリールって言うのは朝を運ぶ鳥の話しに出てくる空の守護者なんだ。
朝を運ぶシュネルの旅路に雲が覆ったり雷が降ったりしてもアウリールがそれらを追い払って、シュネルが飛ぶ空から邪魔をする奴らを消して、シュネルを守る空の守護者の名前なんだ」
「それは、良い名だ」
ランの説明も物足りないが、アウリールと呼ばれたドラゴンも言葉少なく、アウリールと言う名を誉めてくれた。
『ラン、改めてだがこれはクヴェルと言う名を持つ先ほどのドラゴンだ。
私の……そうだな。古くからの友人だ』
「友人……」
シュネルの説明に男は訝しげに眉をひそめるも、自分の胸ほどもない子供に説明するには正しい関係は理解できないだろうと納得するも
「そしてクヴェル、彼はラン。私を世界に繋げてくれた恩人だ」
「恩人……」
この小さな人間にどこにそんな力があるのだろうとドラゴンの瞳は小さな体からかけらも感じない魔力の子供を訝しげに眺めていれば
『私は私の持ち得る力を総てを持ってこの子を守ると契約した』
その言葉に愕然とシュネルを見る。
「正気か?」
見開いた目にシュネルは笑い
『ランのおかげでまた世界と繋がる事が出来た。
その力を持ってお前も私を探し出せた。
ああ、あの二人もここへと向かってきてるな。
判るだろ?
この子は私と、お前達の恩人でもある。
私はこの子の望みなら何でも叶えてあげたい。
それがたとえ世界を滅ぼす事になってもだ』
そんな事この子は望まないがなと笑うシュネルにクヴェルは少しだけ考える。
そしてランを見て
「アウリールとは私の事でいいのだな?」
突如振られた言葉にランはこくこくと首を縦に振れば、クヴェルは越しを少し屈め
「その名前貰っても構わないだろうか?」
再びの質問に同じ世に首をこくこくと縦に振る。
シュネルは本当にわかってるのだろうかと心配げにランを眺めていれば、少しだけ逡巡としたクヴェルはランの額に自分の額をこつんとぶつけ
「この空の下、地の底まで主となるランの行く先に立ちはだかる者、困難、総てを切り開く剣となり、ランの進むべく道を守るべく盾となろう。
クヴェルの名の下、アウリールの契約とする」
おでこが少し熱かった。
だけど、離れようとする前にアウリールから離れ、目の前に在った人ならざる瞳はあっという間に離れて行った。
何が起きたのかわからないランだが、シュネルは物好きめと苦笑していた。
シュネルが笑ってる、悪い事ではないのだろう。
二人が笑っているのだからランの何か少し暖かくなり、それが何か判らないけど幸せそうに笑う二人を見守る。
『さて、アウリールとも合流できたことだし、水汲みに行こうか』
「うん。また魔物が出る前に水場に行かないとね」
そう言ってシュネルはランの一度も櫛を通した事のない頭の上にチョンと座り桶を持って荒野を歩きだした二人の背中を眺めて首をかしげる。
「所でラン、一体これから何をしに?」
「水場に水を汲みに行くんだよ。
僕のお仕事なんだ。
水を汲んでこないと今日のご飯を貰えないからね」
さも当然と言う顔で説明するランにアウリールはさすがにおかしいのではと首をかしげる。
それから黙って二人の後を着いて行けば、1時間ほどの所にその水場はあった。
地面から湧き出た浅い水たまりの様な泥を含んだ水場。
小さな先客が居たが、ラン達の姿を見て何処かへと走り去って行ってしまった。
誰か姿を見たらその場を譲る、暗黙のルールのように誰もがこの水場を独占することなく譲り合っていた。
先客が去り、ランは水溜りから直接口を付けてのどを潤し、顔と体を洗いそして少し水源に近付いた所で桶に水を汲んでいく。
浅い為に手を使って満杯近く時間をかけて汲むのを不思議そうな顔でアウリールは眺めていた。
桶の底には一緒に救ってしまった土が薄っすらと紛れ込んでしまうも、ランは今日も仕事を完了したと言うように満足げに桶を持ち上げてきた道を戻る。
歩くたびにちゃぽちゃぽと水を零し、ズボンの裾を、穴の開いた靴を濡らしていく。
ランの靴が泥だらけなのはこれだけが理由ではないが、こうなるわけだと納得しながらも後ろをついて歩く。
ランはアウリールにシュネルとの関係を話しながら念話でシュネルとこの子供について話し合っていた。
もうすぐ奴隷として鉱山に送られる事。
本人はそれをこの飼育場の様な集落から売られていく事に疑問を持ってない事。
鉱山に行けばご飯が今までよりも食べられて楽しみにしていると言う事。
もうすぐ迎えるその日を楽しみにしている事を。
眩暈を起こしそうな話に、実際眩暈を起こしていたのかもしれない。
少しだけ遅れたアウリールにどうしたのと言うように足を止めたランに、大丈夫だと慌てて足並みをそろえ帰り道に戻る。
『この子は本当に何も知らない子だ。
世界はこんな場所ばかりではないと、何時かあの緑の国に連れて行ってあげたい』
「確かに。
この子はもっと世界を知るべきだ」
そんな話をしながら、アウリールはシュネルを見習ってトカゲ位まで小さくなり、ランの食事を分けてもらって驚愕する。
麦と野菜のベトベトとした食事を一握り隠し持ち、少しの乾燥した木の実を女達からもらってランの穴倉で分け与えられたのだ。
トカゲの姿のまま一口食べるも何の味もなく、そして何を食べているの変わらない物体をランと同じようにシュネルは腹を満たすように食べる姿に眩暈を起こしながら黙って眺めていた。
数十年前。
一瞬のわずかな隙に主と離れて以来その姿を探し世界中彷徨って再会した変わり果てた姿にこれから同じように合流する主の下僕達に何と説明すればいいか途方に暮れる間にシュネルがその味のない料理を食べ終わるのを待ったかのように女達からランだけもらえた木の実を指先で小さく割ってシュネルとアウリールにも分け与えられる。
「これは、もうすぐ鉱山に行くから栄養をつけるようにって食べさせてもらえる特別の木の実なんだ」
ちょっとコクがあって噛んでると甘くなるんだと言って長い事噛んでいるランを見習って噛めば確かに甘みが出てきた……かもしれない。
シュネルはこの姿では食べにくいからランがいっぱい食べるようにと遠慮するのを見習って、アウリールもランがいっぱい食べるようにと言う。
少しだけ困った顔をするも、それでもあれっぽっちの食事では満たされない腹にランは木の実をゆっくりと食べ、相変わらず隙間風に凍える穴倉に小さくなって眠るランにアウリールは慌てて魔法をかける。
隙間風が入らないように、そしてこの穴倉の中で凍えない様に温めて。
シュネル同様いつ洗ったのかわからない服の隙間に入れられたアウリールのそんな優しさにシュネルは二人に気づかれないように笑いながら、その日ランはここに来て以来初めて震える事無く朝まで眠るのだった。
次の朝、ランはまた片道二時間ほどの道のりを歩いて水を汲みに行く。
今日も一人水を汲みに行く中、集落が見えなくなった所でランは服の隙間からシュネルとアウリールを自由にさせた。
シュネルは少し羽を伸ばすように飛び回った後ランの頭にちょこんと座り、アウリールも肩に止まってシュネルとランの会話に混ざるのだった。
主に聞き役に徹していたが。
そんな中懐かしい気配が二つ近づいてきた。
『来たか』
「やっとか」
二人の言葉にランはきょとんとしているも、やがて砂埃を上げてやって来た巨大生命体にシュネルとアウリールを握りしめてきょろきょろと周囲を見回し、狭い地面の亀裂の様な割れ目の中へと飛び込んで姿を隠すのだった。
二人とも最初は驚いたものの、その割れ目の突き出た岩には外から見えない割れ目があって、その隙間へとランはもぐりこんでいく。
真っ暗の中だが、やがて広い空間にシュネルもアウリールも驚かずにはいられなかったが、頭上では巨大生命体が右往左往としているのが手に取るようにわかる。
念話で
『確かに気配はここに在るのに何で姿がないのよ!』
『ひょっとして高位体に変化したとか?!』
『今のフリューゲル一人ならあり得るかもしれないけどクヴェルも一緒なのよ!
そんな事あるわけない!』
混乱している二人の会話にシュネルも苦笑する中、ランは魔物だと思っている巨大生命体に震えながら岩の隙間で我々を守ってるつもりのようだ。
あまりにもいじらしい姿にシュネルがランと声をかけ、
『怯えさせてすまない。
実は先ほどのあれらは私の古い友なのだ。
せっかく姿を隠してくれたが、二人に会いたい。
上へと連れて行ってくれないだろうか?』
そう説明すれば、ランは本当に大丈夫と何度も確認してから身軽にひょいひょいと崖を上って行った。
身体能力の高さにアウリールは感心する中、ランは地面の割れ目から外の様子をうかがっていた。
一体は蛇のような長い体のドラゴン。
首元には膜の様な鮮やかなエメラルドグリーンの膜が美しく波を打つように輝いていた。
そしてもう一体は鳥なのか虎なのか狼なのか、よくわからないが翼をもつ四足の獣が居た。
鋼色の硬質の毛並みと長いしっぽ。
固そうなイメージだが、
『お前の足が遅いから気配が分からなくなっただろ!』
『俺のせいかよ!』
『迷子にならない様にゆっくり飛んでたのが判らなかったの?!』
蛇のようなドラゴンの長いしっぽで四足の獣はしばかれて地面を転がされていた。
あんな巨体がのた打ち回ってたら隠れていた地面の隠れ家が今頃どうなってるのかわからないと身をふるわせていたランだったが、そんなやり取りの二体を暫くの間見つめて、いまだ手の中に居る我々に質問してきた。
「アリシアとフェルスみたいだね」
くすくすと笑いながら語りかけていた。
『アリシアとフェルスと言うのは?』
「シュネルの問いにランは朝を運ぶ鳥の物語に出てくるんだ。
アウリールに守られてシュネルは朝を運ぶ。
その後を追いかけるようにアリシアは従者のように着いて行くのだが、行く先々でシュネルに着いて行った出来事を教え、広め、知識を与える導く者、賢者なんだ。
フェルスと言うのは終わらない旅をする彼らの一番最後に着いて行く弟子みたいな者で、彼の通った後は荒れた大地さえ草原になるって言う育む者って意味なんだ。
だって見ろよ。
あの硬い荒れ地が彼が転げるとみんな砕けて畑が耕されたみたいになってる」
地面を蹴れば、岩のように長い間風や雪に削られて種さえ根付く事のないつるつるになった大地が砕けて粉々になって居る。
これならやがて種は根付き草が生えて草原になるだろう。
草原が広がれば獣がやって来てその体を休め、命を育み、そして豊かな大地に色々な命が集まるのだろう。
今もアリシアに転がされたフェルスの体の重みで植物さえ息づくできない地面がひび割れめくれ上がる。
この土地だから許される事なのだが、豊かな土地ならば畑は荒らされ森はつぶれ、歓迎されないのだろう。
だがふと思う。
精霊界に住む彼らは荒れ果てた岩場を好み暮す者。
ランの言う事に妙な納得を覚えながら
『二人ともいい加減にしないか。
私の小さき家族が怯えてこの隙間から出られないではないか』
シュネルが二人に話しかけた念話でやっとその喧嘩は終了し、アウリール同様光に溶けたかと思えば、エメラルドグリーンと言う派手な髪の短い細身の男と、背中まで伸ばした、その鋼の様な長い髪の男が走る寄って来た。
割れ目の隙間からアウリールとシュネルを握りしめているランの状態に髪の短い男は悲鳴を上げて地面に這うようにして顔を近づけるも顔は真っ青だ。
「お願い!
その手を放して!
やっと会えたアタシのご主人様なの!
なんでも言う事を聞くわ!
服を脱いで股を広げろなんて言われたっていいわ!
この男をペットにも家畜にしてもいい!
お願いだからアタシのご主人様に傷つけないでぇ!!!
ほら、アンタもお願いしなさい!
何の為に無駄に立派な毛皮があると思ってるのよ!」
「お、おう……
悪いが、その赤い精霊……と言うか、鳥と言った方が分かりやすいか?
鳥を自由にしてくれるのなら私はお前の下僕にでもなんでもなる。
頼むから手を放してくれ」
「そんな程度の取引で成立するほどアタシ達のご主人様は軽くはないわよ!」
言って繰り出されたパンチに鋼のような髪の男はぶっ飛ばされていた。
さすがに子供で知識の少ないランでも「シュネルどうしたらいい?!」と、その涙ながらの懇願には引いていた。
シュネルでさえ頼む。今のこいつに私を渡さないでくれと言う困惑ぶりにランの手からするりと抜け出たアウリールはそのまま地面に立ち、光が溶けるようにして地面にまで髪が届くのではないかと言うような男の姿になった。
「お前達は少しは落ち着かないか」
言えば、地面から顔を上げたエメラルドグリーンの髪の男はクヴェルと抱き着こうとするもさっと避けて、未だあまりかかわりたくないと言うランを抱き上げてその腕に座らせていた。
「一体お前達の目は何を映している。
私の主がフリューゲルを食べようとしているように見えるのか?」
実際は食べ損なったものの、一度は口に入れた事をランは言えないままで居たが、アウリールのその言葉に二人は顔を青くする。
「主って、フリューゲルとの盟約は……」
震える口調で尋ねるエメラルドグリーンの男に
「私はこの子供に素晴らしい力を持つ名前を頂いた。
フリューゲルへの盟約はそのままに、新たにこの小さな主とも新たな名の下契約を果たした。
新たな主、ランへの危害を起こすのなら私は私の持てる力のすべてを持ってお前達を排除しよう」
未だに地面に座ってぽかんと見上げる銀髪の男はその意味を飲み込めない様に呆けているが
「ちょっとまってよ!クヴェルの力ってそれってアタシも含まれるんでしょ?!
だったらアタシにも名前をちょーだいよ!
大体あんた達だけでちょっと数十年くらい会わなかっただけでなに超仲良しってやってんのよ!
アタシも混ぜなさい!」
怒涛の言葉にランはアリシア怖いとアウリールの首に抱き着いていた。
大きな声は叱られ叩かれるがセットのランの反射にエメラルドグリーンの男は鼻白むも
「いい加減にしろ。
主が怯えてるだろ」
「そんなの見りゃわかってるわよ。
大体これぐらいでビビってんじゃないわよ」
呆れてそう言うが
『その程度が恐ろしく感じるようにこの子は育てられたのだ。
少しはおとなしく黙って居ろ』
シュネルが念話でエメラルドグリーンの男と銀髪の男を黙らせた。
『アリシアとフェルス何て名前立派過ぎて与える必要ない。
それよりもラン。こんな所で時間を食ってる暇はない。水を汲みに行こう』
「ちょっとまって!
アリシアって何?!アタシの事?!アタシが世界一カワイイって思ってる名前じゃないの!
アタシにピッタリじゃない!」
『そこか』
「えー?だってぇ、アタシも自分で付けた名前じゃなくって新しい名前ほしぃしー!」
『名前の意味わかってるのか?』
「そんなの後で聞くわよ!
さあ、私とも契約するわよ!
アリシアの名の下にランを全力で愛してあげるわ!」
「え?あ、ありがとう?」
『いや、そこは拒否する所だぞラン』
「となると俺の新しい名前はフェルスの方か?」
「お前には初めての名前だな。名を持つと言う事がどういう意味かよくわかるだろう」
「ああ、なんだか力が湧く。世界により密接になったと言うか、視界が開けたと言うか」
「育む者だそうだ。命を育てる森の王にはちょうどいい名前だ」
「ランだったな。俺の持ち得る総ての力を持ってお前の生きる未来が明るい物になるように共に歩もう」
「ありがとう!じゃあ、早速水場まで歩こうか!」
微妙に意味がずれた。
だけど契約は確かにかわされた。
魔力を持たない子供の瞳に映る事のない魔力の世界の契約。
確かにランの体に刻み込まれた不可視の証を眺めてにんまりと笑う。
左手に絡まる一軒蛇のように見える証はアリシアの本性でもある滄海の王リヴァイアサンの姿。
そして右肩には蒼穹の王バハムートの証が刻み込まれている。
更に額にはシュネルこと精霊フリューゲルの証でもある飾り羽が刻み込まれていた。
右足には森の王のフェルスの証でもあるその模様が証として刻み込まれている。
契約した分だけその証を体に刻み込まれているのだが、こんなにも色んな契約をした人物はあまり心当たりがないとアウリールは心の中で考えていた。
「契約しておいて言うのもなんだけど、あんな子供のどこに契約する価値があったのかしら」
酷い言いぐさだったがそれはアウリールの考えるところでもあった。
「確かに魔力もなく、ひ弱なただの子供だ。
無知で言葉もあまり知らず、おろかと言うにふさわしい存在だ」
「そんなの少し見りゃわかるわよ」
アタシ達を従えて置きながら水を汲みに行くって考えられないしと少し前を歩くランとシュネルに聞こえないように喚くも
「まあまあ、名前貰って俺は悪くないと思ってるし。
人間なんてすぐ死ぬし」
「たしかにね、100年も生きれない人間に気まぐれで付き合うぐらい分けないわぁ。
だけどアタシが言ってるのはそう言う事じゃないの。
契約する価値なんて名前以外何もないのに、何で契約をしてしまったって言う事実よ!」
「勢いとノリじゃね?」
その途端理不尽なまでにフェルスは吹き飛んでいた。
アウリールはそれを見ないふり素ながら歩き続け
「名前とは呪文だ。
だけどランの口からその名前を聞かされて、あがらえない欲求にお前達もかられたはずだ」
アリシアも、打ち所が悪かったのか頭から血を流すフェルスも認めるのが悔しそうにでも素直に頷く。
「それはまるでもともと自分を表す言葉が音を得た。そんな自然に必要な名前だったと感じたはずだ。
私にもクヴェルと言う名を既に持ってはいたが、アリウールの方がより密接に世界と交わる事が出来る。
名前は呪文だ。
契約した時ほどそれを実感した事はなかった」
確かにと頷く二人を眺める。
意味を知らなくてもその名前を欲しがったアリシアと初めて名を持った事でその力をクリアに実感したフェルスもそれを認めるしかなかった。
「ええ、理由なんてわからないけど、私達はあの子の為にここに集まったのよ。
あの子供とフリューゲルが出会ったのも必然だったのよ」
そう話しながらシュネルの囀る歌に合わせてランの鼻歌を聞きながら水場に到着して水をくむ姿を眺めながら
「所で私達のご主人様は一体どう言った事をなさってる方なのかしら?」
遠い目をしながら懸命に桶に水を集める様子を黙って見守る二人にアウリールは途方にくれながら教えた。
「我らが主はもうすぐ鉱山に売られる奴隷だ。
鉱山に行けば今よりもましな食事が貰えるとわくわくして夜を数える……無知で愚かな方だ」
「あー……」
「ねえ、それってどんな冗談?」
「冗談ならこんなにも悩む必要ないのだが……」
その真実にアリシアもフェルスもアウリール同様途方に暮れる。
「とりあえず、売られる先に先回りして少しでも環境を整えよう」
「クヴェル、悪いがその整える環境って何だか教えてもらえるだろうか」
「さあ、さすがに私も鉱山奴隷の様子は知らないからな」
「しばらくは様子見ね……」
「私も昨日フリューゲルと合流したばかりだから、まだ彼の事はさっぱり……
ああ、言い忘れたがな二人とも覚悟しろ」
「何を?」
「フリューゲルも暫くお会いしないうちに色々と……そうだな。
逞しくなられた。心配するには及ばぬ」
「なぁ、その言い方だと不安しかねーんだけど!」
「たぶん大丈夫だ。新しい主同様フリューゲルも強くなられた」
「アタシの知ってるフリューゲルは最高位に位置する精霊なんだけどそう意味じゃないのよね?!
どう逞しく強くなったか聞かない方がいい良い方に聞こえてしょうがないから聞かないであげるけどね!」
「何はともあれ、黙ってその目で確かめろ」
そう言って帰路へと着くランの後ろをついて歩き、お互い顔を合わせなかった時の様子だったり、今の新しい主の話しだったり情報交換して親睦を深めるのだった。
その夜、早速アウリールの言った意味を理解したアリシアとフェルスは驚きを沈黙を持って視線でアウリールにこれは至急この状況を改善しなくてはと言う視線で訴えるのだった。