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精霊騎士である為に  作者: 雪那 由多
22/29

戦いの結末

王冠は塔の中の在った場所に戻させ騎士団の隊舎に行く途中にある元老院へと一度戻る事になった。

塔の軌跡を見た元老院の議員達は目の前で見た事を見に行けなかった議員達に伝え、ランは改めて元老院の忠誠を貰いブレッドとアルトはこの場にアレグローザとマーダー、エンダース、イエンティを置いて赴く事にした。


「申し訳ないですがお三方にはこちらの防衛をお願いします。

「軍の方はイゾルデが何とかしてくれてるはずなのでそちらからの攻撃はないと思いますが、騎士団からの攻撃がないとは言えません」

「ああノヴァエス、我らの心配をしてくれるのだね?

 だが、これでも四公八家に名を連ねる者だ。案じてくれるだけで十分だ」

「それに何かあればアレグローザが何とかする。

 ヴィブレッドは知りたくもないだろうが、この優柔不断な男は剣を持たせれば国指折りの腕前はある。

 そこは信頼してくれ」

「優柔不断は余計だ」

「無事帰って来たら面白い話を一つしよう。

 この男を許せるくらいの面白い話だ」

「許すつもりも知りたくも聞きたくもないので別にしなくていいですよ」


けんもほろろな対応だが、肝心の当人よりも周囲でその話を聞いていた者達の方がそわそわとしている。

四公八家とは言えどもレオンハルトに真っ向から咬みつくのはアレグローザぐらいな物なので、そんな男の面白い話とやらは知りたくてうずうずしているようだ。

もっとも今のレオンハルトはアレグローザから見れば咬みつく価値すらないまま他界したが、その子供となればもう意識する存在ですらないのは当然。

伊達にガーランドとの一番の戦地となる領地の主をやってるわけではないのでその位の実力は聞くまでもない。


「とりあえず内側から閂を下ろして机でバリケードでもしておいてくれ。

 迎えに行くまで仕事でもしてれば時間の無駄にはならんだろ」

「ああ、終戦の処理に入ってガーランドからどれだけ搾り取ろうか計算しなくてわな」

「あとフリュゲール王の即位式の準備をしないとな。

 過去の資料があったはずだ。手の空いてる者は探し出せ!」

「他にも四公八家の継承問題があるぞ!」

「アレグローザの後継はヴィブレッドだから、まずはこいつが消したヴィブレッドの戸籍を復活させろ!」

「ほんとに徹底的に記録を消したのを見た時は大笑いしたぞ!」

「だからヴィブレッド、こうなったら諦めるしかないぞ」

「目立たないようにお願いします」

「むり!!!」

「ヴィブレッド、お前の父親にやられた屈辱の数々、盛大なお披露目と言う仕返しでド派手にしてやる!」

「ああ、私はなんてと良き友をもったのだろうか。

 是非とも誰もの記憶に残るお披露目となる事を願おう」

「頼むから止めてくれ……」 


項垂れるブレッドをフェルスが引きずってこの場を退場する。

なんだかんだ言ってこの元老院が一番強いのではないかと思いながらも騎士団の隊舎へと向かう。


国の中枢の元老院よりも段々と豪奢になっていく石畳を歩いて行けば、やがて輝かんばかりに磨き上げられた大理石の通路へと出た。

此の先にあるのは騎士団の隊舎で、この国で一番の金がかかっている施設だった。

ランは初めて訪れるこの場所を物珍しそうに見ながら、衛兵の何故ここにノヴァエスがブレッドが居るのか戸惑いながらもランを見て顔を引きつらせる。

この衛兵の反応こそがランを傷つける原因とは判っていてもいきなり喧嘩を売るわけにはいかない。


「開けろ」


アルトゥールに声に戸惑いながらも衛兵は扉を開け、広いホールとでも見間違えるようなその立派な玄関をランは口をぽかんと開けて見上げていた。


「キュプロクスは居るか」


広いホールを越えた先にあるどこのダンスホールかと言わんばかりのシャンデリアと大理石で飾る会議室の最奥に、神経質そうな男がいた。

鉤鼻の痩せこけた頬。

真っ白な髪を後ろに撫でつけ、赤の妖精騎士団の胸にはいくつもの役職を意味するバッジを重たそうに並べていた。


「これはノヴァエス。戦争の指揮を執っていたのでは?」


席を立ち、細身の剣を腰に差してわざわざとやって来た。


「情報はまだ届いてないのか?

 戦争はとっくに我らの勝利で終わっている」

「そんな情報はまだだな。

 なぜならお前が死ぬ事でこの戦争は終わるのだから」


この一声に、中で待機していた残りの騎士団隊員は剣を抜き、その音を聞いて満足げにキュプロクスも剣を抜く。


「戦争の責任、取ってもらうぞノヴァエス」


判っていた事だが、アルトゥールが死ぬまでが戦争なんだとブレッドは溜息を吐けば


「ああ、新アレグローザ公からもアレグローザの名を語る不届きものが妖精騎士団に居ると抗議があってな。

 即刻抹消しろとの通達だ。

 騎士団の隊服を着ていない通り、お前はただの一般人。

 ブレッド、四公の名を語る罪でお前も極刑だ。

 ああ、ついでも寂しいだろうからあのゴミも一緒に捨ててやる。

 妖精騎士団に蔓延るゴミは捨てて当然だからな。

 なぜ、あんなゴミが迷い込んだのかがそもそもの間違いだからな!」


誇り高き騎士団にあんなゴミがあると言うだけで汚れると言う。 

ジルを人と見ず、そして物として存在していると言うキュプロクスにこの場を初めて訪れたランは驚きを隠せず、アルトを見上げる。

振るえる拳がその怒り具合を語ってるが、それをキュプロクスに見せない様にブレッドは一歩前に出る。

そして、オリヴィアはキュプロクスの言葉に耳を疑うも、それはつい数日までオリヴィアも持っていた概念だった。

ノヴァエスの屋敷で同じ屋根の下で暮し、挨拶をし、一緒にテーブルを囲み、食事をし、時には勉強を教えてもらったり、剣の相手もしてもらったり、そして、たった一体の妖精との付き合い方を根気よく教えてくれた心根の優しい青年だと今では理解している。

周囲の言葉で固定概念化した無知だった自分を今ではどうしようもないほど恥ずかしく思っているくらいに尊敬に値する人物だった。


キュプロクスはつい先日までの自分だ。


嫌悪感に吐き気すら覚えるも、あの優しい人はこんな言葉の中で生きてきたのかと思えば涙が溢れそうになる。

そして


「オリヴィア、何でお前が生きている?!

 お前はそこのノヴァエスのゴミ達とまとめて死ぬ予定になってるんだぞ!!!」


この騒動にゆっくりと奥の部屋から現れたのはオリヴィアの兄のラフェール。

オリヴィアと同じ澄んだ若葉のような瞳は温度がなく、勝手に予定を変えるなとどこまでも冷たくオリヴィアを見下していた。

その視線に血の気がどんどん引いて行くも、ふいに右手が暖かくなり、目の前を見る事が出来なくなった視線がその手をみつけた。

自分よりも小さな手がいつの間にか繋がっていた。

その手を辿って行けば、炎の様に波打つ輝きの翼をもつランがオリヴィアを見て笑みを浮かべていた。

こんな時に笑えるなんてと驚いていれば


「勝者は僕達だ。俯く理由なんてない」


背中を押す言葉に握られた手を握り返す。

だけど今は一人では立っていられないから、もう少しだけ勇気を分けてもらいながら


「ラフェール兄様に申したい事があります」


手をつないだまま一歩前に出て


「レオンハルトは私が貰い受けます。

 兄様は以後レオンハルトを名乗る事を許しません。

 海の見える別宅に移り、敷地から出る事を一切許しません。

 婚姻も認めません。

 婚約者であるイングリト様には私の方からお断りの話させていただきます」

「ガキが何を言ってる!

 お、お前は次期レオンハルトに、この私に向かって何を言ってるか判ってるのっ!」


イライラとヒステリックに、周囲が剣を抜いて構えてるのを見て自らも剣を抜く。


「兄様、いえ、ラフェールこそ今この国の状況を全く理解してないようですね。

 簡単にですが説明させていただきます。

 このフリュゲール国は精霊フリューゲル様が率いるランセン・レッセラート・フリューゲル陛下がガーランド軍とあなた方のフリュゲール軍との戦争に勝利いたしました。

 敗戦国でもあるあなた方フリュゲール国は直ちに武器を放棄しなさい。

 元老院は既に敗戦を認めフリューゲル陛下に忠誠を誓い、敗戦処理を始め、同時に王位継承式典の準備を執り行っています。

 軍部も同様フリューゲル陛下に忠誠を誓い、怪我人の受け入れ態勢を整え戦争終了の準備を行っております。

 そして現レオンハルト公は戦場で没し、家督譲渡が前レオンハルト公に戻す事も現在は無理な状況なので、勝利国側のレオンハルトの私が継承させていただきます!」

「何を言っている!!」


父が死んだ事ぐらいは理解できただろうか。

あんな父でもたった一人の父だった。

遊んでもらった記憶も、会話すらした記憶もないが、貴族として傲慢に不遜に生きる程度の事は教えてもらった。

記憶から消したい過去だが、変わるにはそんな自分すら覚えて生きて行かないと何度だって間違いを起こすだろう。

そんな間違いだらけの過去から顔を上げ


「私も覚悟が出来ました。

 四公八家は奪い合う物だとも教えられました。

 それが正しいとは思いません。

 が、真実間違いではない事を今理解しました。

 ラフェール、貴方にレオンハルトを渡してはいけない。

 私はその為なら兄を弑してもレオンハルトを私の物にしましょう!」

「うるさいッ!

 みんなこの我が妹のふりをした女を殺せっ!

 人形みたいに遊びたいのならそれも構わんっ!

 とにかく私の目の前から消すんだっ!!!」


裏返った声の悲鳴に戸惑いながらも周囲の妖精騎士は剣を振り上げてオリヴィアに遅いかかる。

さすがにこの数も、殺し合いもした事のないオリヴィアは足がすくみ、棒立ちになってしまうも


「オリヴィアを守れっ!

 レオンハルトは貰うぞ!」


ブレッドの一声に理不尽な戦争から共にした妖精騎士団は迷いもなく、この歪な妖精騎士団の体制に向かって剣を抜き、小さな少女が赴く戦場の露払いをしていく。


「ありがとうございます。

 もう大丈夫です」


言って一つ息を大きく吸い込んでランの手を放し、オリヴィアも剣を抜く。


「フェイヘイ来て、今こそあなたの力を貸して」


小さな声と共に願ってしまう。

忌み嫌い、そばにも寄せ付けなかった妖精に今更願っても都合よく来てくれるとは思ってない。

だけど、オリヴィアがウェルキィにこだわった為に、フェイヘイにとっても不運なこの契約。

それでも願ってしまう。

微かな縁で結ばれたこの繋がりに勇気が欲しいと、兄を殺す罪人をその目で見ておくようにと呼んでしまう。

だけど都合よくは現れない。

当然だ。それだけの仕打ちをしてきた。

そんな私にラフェールは鼻で笑うも、この状況は自身で作り上げた現状だ。

判りきってるから絶望はない。

寧ろ、こんな時にあの真っ白な雪のような妖精を思い出す事が出来てほっとすれば、頭の中がすっきりとした。

私は何も持ってない。

だけど握ってくれた手があった。

間違いをやり直す機会がまだある事を知った!


「覚悟!」


誰に言った言葉だろうか。

ランに向けた時とは違い、絶対渡してはならない物、必ず奪わなくてはならない物、負ける事の出来ないこの命。


オリヴィアの小さな身長に合わせて作った剣はラフェールの剣より短く、間合いに飛び込む足もラフェールより遅く、力なく、容赦なく振り下ろされたラフェールの振るう剣が腕を傷つける。

痛みが全身に伝わるも、それは真の恐怖は痛みではない。

皮膚が裂け、盛大に血が噴き出し、血の匂いが充満するも、振り切った腕の内側に入れば今度は足が飛んでくる。

予想の内。

ノヴァエスの屋敷でラフェール対策として何度も実践を踏まえた練習でボールのように蹴飛ばされた。

成功するまで、そして今も成功できないその練習は体が記憶する程度には練習を重ねた。

今戦ってみて、練習はこの状況を映し出していた事に驚かずにはいられなかった。

そして、兄は思ったほどの実力者ではなく、数段上手の使い手の動きになれたこの目はラフェールの動きを完全に読む事が出来た。

記憶から次がどうなるか判りきったパターンだからこそ冷静に、次にどうすればいいか教えてもらった事を確実に、兄より短い剣だからできる事をする。

くるりと剣を反転してその足に剣を突き刺す。

骨を避け、肉に突き立てて、貫通する。


「っぐっ、ぎゃああああああああああああっっっ!!!」


痛みに持っていた剣を落して、剣で貫かれた足を思わず両手でかばう。

何故か両足が床に凍り付いて居た為によろけてしまえば、剣はオリヴィアがしっかりと握ったままで、それは無残にも自ら足の肉を切る行為になった。


「うああああああああああああああああああああっっっっっ!!!」


再度の悲鳴にまともな訓練を受けた事もなく、戦争にも一度も参加せず、家の力とコネだけで妖精騎士団となったラフェールの取り巻きは、その凄惨な姿のラフェールの悲鳴と血塗られたオリヴィアの姿を見て戦意喪失し、一人、二人と剣を手から手放し始めた。

だけど少人数だが剣を持ってオリヴィアを切りつけようとする姿があった。

溢れだした血に気後れしてる合間にその剣はオリヴィアのすぐそばまで襲い掛かって居た物の、赤い剣がそれを阻止してくれた。

血の赤から命の赤にゆっくりと視線が移っていくも、生き生きと命が躍る赤は躍動するようにいく筋もの剣をうちはらい、そして瞬く間に悪意の剣を押し返して屠っていく。

釣られるようにフリュゲール側の騎士も剣をふるうもランについてきた騎士がそれに応対する。

室内の剣技は混戦を極めたが、オリヴィアは自分より小さな子供の背中に守られるように後姿をただ眺める事しか出来なかった。


「全員確保だ!」


ブレッドの指示に逃げ惑うラフェール側の妖精騎士団を全員縄で縛り上げ、ブレッドは全員の隊服から役職のバッジを、騎士団の制服の生地事奪い取り牢屋へと放り込めと指示をする。

怪我をしたラフェールはこんな状態になっても屋敷にある魔法薬をもってこい!怪我が治ったら殺してやるとオリヴィアに向かって鬼のような形相を向けるのを邪魔するようにアルトは持っていた剣でもう片方の足の腱を切って、軍医に応急処置させろ。元通りにする必要はないと指示を出した。

これでは二度と歩く事は出来ないだろう。

オリヴィアは初めて剣で人を傷つけた事に放心していたが、床に残る氷に建物の中を見回す。

柱の奥の暗がりで、見覚えのある真っ白なしっぽが優雅に揺れていて、ふらつく足を叱咤しながら、その持ち主の元まで足を運び、小さなふわりとした毛をもつフェイヘイに許しを請うように初めて抱きしめ顔をうずめるのだった。


一方再度の絶叫が響き渡るその様子を青ざめた顔で眺めていたキュプロクスはガチガチと歯を鳴らすほど震えながら


「私はレオンハルトとリズルラントにそそのかされたんだ!

 言う事聞かなければ私は殺される所だったんだ!

 私は何も悪くない!

 私はただ国を思って……」


ぴたりと喉元にランが剣を突きつけた。


「いいわけは見苦しい。

 僕は貴方の事を何も知らないが、妖精達は貴方のしていた事を総て見て聞いて知っている。

 レオンハルトとリズルラントと共謀して騎士団と軍部も手に入れ、元老院から古株のアレグローザ、マーダー、エンダース、イエンティを陥れ、代変わりしたばかりの、いつもラフェールと見比べられるノヴァエスを戦争で亡き者にし、アレグローザの息子を傀儡として乗っ取ろうと企てた事ぐらい妖精達はみんな知っている!」

「うるさいっ!だまれっ!

 一体、な、なんだこの化け物は!

 だ、誰かっ!!!」

 誰かっ、この化け物を追い払え!

 退治しろっ!殺せっ!!!」


精霊騎士となったランが目の前に立てば、この世にこんな恐ろしい物がいるのかと言うような恐怖にゆがめた顔を隠さず腰を抜かして悲鳴を上げる。

ブレット達はそのランの背中を見る形となってしまったが、それでも正面からその言葉を背筋を伸ばして受け止める後姿にアルトも、その場にいた騎士団もキュプロクスを黙らさせそうと全員が思わずと言うように駆け出そうとすれば


「そんな事ぐらいとっくに知ってる」


思わず聞き逃そうな小さな声だったが、心を締め付けるような苦しい声の呟きはブレッド達から怒りを奪い取り、殺いでしまった。


「だけどこれは僕が望んだ事だ。

 貴方に今更言われなくても僕は僕が醜い化け物だって事ぐらい知っている!」


ランが一歩前に足を運べば、既に後ろに下がりようがないのにキュプロクスは壁に張り付く。


「そしてあなたも立派な権力に取りつかれた化け物だ。

 貴方が言うように化け物は退治しよう!」


その言葉が終わったと同時にランはフリューゲルと炎の中で分離すれば、まだあどけない小さな子供の姿にキュプロクスは壁を伝いながら立ちあがり、顔を歪めるほど狂ったように笑いだしたかと思えば手にしていた剣でいきなりランに切りかかった。


だけど、その前にぐらりと体が傾いて、剣を振り切った反動で身体の上半身が下半身の上から崩れ落ちた。


あまりの一瞬の出来事に床の上から下半身を見上げる事になった当人含めて誰もが理解をできずにその光景を眺めていれば、森の中で鉄を土塊のように切っていた深紅の剣の剣先から一滴の血が流れ落ちた。

刹那。

誰の目にも、切られた当人さえ気付かなかった意識でとらえる事の出来ない剣技。

強い事は誰もがなんとなく知っていた。

だけど、まさかこんな子供がそんな域まで達しているなんて誰が想像したか。

何人斬ればそこまでの剣技を手に入れる事が出来るだろうか。

どれだけ斬れば躊躇いもなく首を刎ねるのだろうか。

ランは自分を化け物と呼んだ。

どんな環境で弱冠12歳がそこまで心を殺せるのだろうか。

想像の追いつかないランの過去に誰もが言葉を失っていた。

ランは振り向かずに背中を向けたまま剣から血を払落し、そして何もない空間へと炎が消えるように剣は消えて行った。

今をもっても誰もが声を掛けられずにいた。

ランの足元にだけに静かに雨が降っていた。

顔を見られたくないと振り返らずにどこかへと足を運ぼうとしたのを見て、ブレッドはそれを止めるように今度こそ駆け出した。


「行くなっ!!!」


その足を一歩でも前に出さしてはいけない。

俺達の目の前から消えて、二度と現れる事のない決別の一歩だ。

ガーランドとの戦で矢の雨が襲い掛かる姿を眺める事しか出来なかった足に全力で走る事を命令して駆け出せばすぐ横にはアルトが一歩遅れてやって来た。

その後にはオリヴィアも、そしてここまで共に来た騎士団も全員走り出して、誰が一番にランを抱きしめたか判らないくらいその小さな体をどこにも行くなともみくちゃになりながら全員で抱きしめる。

俺達を守ると約束しただろ!

何度言えばわかる!俺達が家族を見捨てると思ってるのか!

お前は化け物なんかじゃない!俺達の英雄なんだ!

ランこそ俺達の王なんだ!

ランの居場所は俺達の中なんだ!

力の限り抱きあって、泣いて怒って説教して笑いあって。


「あーあ、また愛されちゃってまぁ……」


のんびりと事の顛末を黙って最後まで見ていたフェルスは、難を逃れるように肩に止まりにきたフリューゲルに笑いかける。


「当然の事だ。

 我々が愛した宝の末裔なのだ。

 精霊騎士としてはまだまだ未熟だが……

 あの哀れなただ生きていた子供がこうやって笑える事を覚えたんだ。

 成長の1つとして誉めてやろう」


そうですねと幾つもの血だまりのある部屋で笑いあう声を聞きながらこの喜ばしい顛末を早く同胞に報告しなくてはとそわそわしているフェルスにフリューゲルも楽しげに羽を一つ羽ばたかせて、誰もが知る小さな鳥へと姿を変えていった。





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