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精霊騎士である為に  作者: 雪那 由多
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王の証明

ウェルキィ≠フェルスの頭上に一人乗るランを追うようにフェルスよりも一回りもふたまわりも小さな馬ほどのサイズの対翼のウェルキィの背に跨りながらものすごいスピードで王都を目指していた。

最速の乗り物と言えば陸上では馬がこの世界の常識だ。

それよりも早く、ましてや空を飛ぶ騎乗は誰もが初めてで、反射的に馬に乗る様に誰もがウェルキィに跨っていた。

手綱はない。

鞍もない。

行先もすべてウェルキィが総てを握っている。

背に乗る者達の命さえもだ。

馬に乗るのは騎士団たる者の必須訓練として受けているのだが、さすがに裸馬の訓練は受けていない。

ウェルキィに必死に跨り、空から落とされてたまるかなんて言って必要以上の力でしがみつくしかない。

そんな中ブレッドは膝を抱えて座るランの姿が気にならずにはいられなかった。

前にフェルスに乗った時は両足をポンと放り投げて、心地よい風に髪をなびかせ空からの景色を楽しんでいたが、今はとてもそんな余裕の欠片も見えない。

ふむと一つ思考を巡らし、ヴィンシャーやティルシャルが撫でられると気持ちよさそうに目を細める場所へ手を伸ばしてそこを少し爪を立てるようにして撫でて


「ランと話がしたい。フェルスと並んで飛んでくれないか?」


言うもヴィンとティルルとは違い、ツンとした愛想のない顔が俺の言葉を聞いてはくれなかった。

だけど


『かまわん。ブレッド、俺に乗り移ってくれ』

「悪いな」


ブレッドを乗せたウェルキィはそのままフェルスの上に重なるように飛び、俺は乗り移れは飛び移れと言う意味だと理解して理解して、顔を青ざめながらその背からさらに顔をひきつらせて飛び移った。

飛び移ってすぐに、その毛皮を力の限り握りしめて、はあ、はあ、と無事移れた事をほっとしつつ、そのまま毛を掴みながら頭上のランの隣まで進めば、驚きに満ちた顔が見守る中その隣に座った。


「飛行中に飛び移るとは命知らずだな」

「シュネルか?そう言うなって、させたのはフェルスだぜ?

 って言うか、シュネルと直接しゃべるって言うのも新鮮だな」

「鳥の姿では声がお前達では聞き取れないから、この姿でないと話が出来ないからな。

 念話すら自由に出来んこの封印が忌々しい……」

「封印って、ランがといたんじゃ?」

「一部だけだ。

 私にかけられたすべての封印は地図に記された名を書き換えるまで総ては解き切れん」

「これって黙ってた方がいいよな?」

「そう願うが、それでもアウリール程度とは言わんがそこそこ力はある。

 ただし、ランの協力を得る事が必須だが」

「ひょっとして、精霊騎士って言うのはその力を使う為の定義とか?」

「欠片ぐらいはある。ただ、誰もが精霊騎士になれるわけではないから。

 妖精同様契約をし、さらにこの異形の姿を受け入れる器でなければ即死ぬ。

 かつて、私と盟約したレッセラートもラン同様我が精霊騎士としてその命を総て捧げてくれた」

「命を捧げるって……」

「なに、我が願いを聞き入れてくれて、後は天寿を全うした。

 気に病むような事は一つもない」

「じゃあランはシュネルとも盟約とやらを決めて、その問題を総てクリアしたと言う事か」

「総てではない。

 我の力は強すぎてランに負担ばかりを与えてる。

 幼いのも理由の一つかもしれんが、この姿でいるだけでも負担は増している。

 辛いかもしれんが、軍、騎士団、元老院総てを制圧するまで我慢してもらわないとな」

「シュネル、僕は大丈夫。大人しくしてるから問題ないよ」

「ああ、もう到着するからすぐに終わらせる。

 それよりも気を紛らわすつもりでブレッドと話でもしてた方がいいか?」


そう言って頭が一瞬かくんと傾いたと思ったらすぐに顔を上げた口からいきなり変わらないでよと文句を言うも、ランは俺をちらりと見ただけでまた膝を抱え直す。

これは、そうだ。


「落ち込んでるのか?」


聞けば、さらに強く膝を抱えた。

考えればわけもない。


「ガーラントの首を切ったのを後悔してるのか?」

「違う」


反射的に返答した声とは違う声が同じ口から溜息を吐いて


「これでも傷ついてるんだ。

 森で、この姿を見せた時、周囲から集めた視線がどういう物だったか想像できるか?」

「シュネルちょっと勝手に言わないでよ!」

「魔物を見る目と何ら変わらない拒絶の視線をだ。

 あの場に居た総て視線がランに集まったんだ。

 こうなっても仕方ないだろ?」

「そう言う事か」


言う事はそれだけか?と言うシュネルの視線に控えてろ、ランと変われと言って


「そりゃいきなりだったから確かに驚いたけど、こうやって見るといろいろかっこいいよな?」


ランの眉間が少しだけ寄る。


「かっこいい?」

「ああ、死ぬしかなかった俺達の目の前に現れて、助けてくれて、戦争を一日もせず終わらせて。

 物語に出てくる英雄だ。

 なのにすぐに駆けつけてやれなくってすまなかった」

「そんな……僕の方こそ僕の事を家族って言ってくれたブレッドの事何も知らなくって、苦しんでるのも知らなくって、なのに一番最初に来てくれて凄く嬉しかった」

「家族だろ?家族はいつも一緒だ」

「その割にはお父さんと上手くいってないんだって?」

「あれは赤の他人です」


言えばくすくすと笑いだしたランにようやくブレッドも安堵していつもみたいに肩を並べてその頭をわしゃわしゃと撫でてやる。


「所でこの翼って本物か?

 空飛べるのか?」

「わあ!」


翼を持ち上げて強制的に広げてみれば、バランスが崩れてランがひっくり返る。

ブレッドは面白くなり


「翼がある、飾り羽がある。

 ひょっとしてしっぽが……あるのか?!

 あるのかよ!あったよ!マジか!

 あ、シュネルにもあるから当然か」

「ちょっとまって!

 お願いだからズボンを下ろさないでよ!取らないでよ!」

「いや、この服もどうなってるか興味あるし!素材は何だ?!

 ってか、服の飾りってほんもんの宝石かよ。どうやって縫い付けてあるんだ?とりあえず脱げ」

「だからって止めてよ!」

「おお、帯紐一本で止めてるだけか。

 そうだ。この飾り羽どうなってんだ?

 どこから生えて……」

「ひゃああああうっ!!!」

「おおう、いきなり変な声っつーか、結構良い声してんな」

「飾り羽はやめてよ!

 感覚鋭いんだからくすぐったいって言うか、変な感じなんだから、これ以上触らないでよ!」


飾り羽を抱えてフェルスの耳元まで逃げてしまうランと、ズボンを奪われ長い裾の上着で足は隠れてるとは言えだ。


「お前は公衆の面前で一体何をやってる。

 こんな所でランを襲ってどうするつもりだって、さっきからフェルスが文句を言ってるぞ」

「アルトか。こっちに来いよ。

 精霊騎士様の服とか、この体の仕組みとか興味わかないのか?

 翼もしっぽもあるんだぞ?生えてる場所とか気になるだろ?」

「体の仕組みって……お前の純粋すぎる好奇心に文句は言わない。

 だけどな、犯罪は見過ごす事は出来ん」


よっ、と一声かけて飛び移ったアルトは奪い取られたズボンをランに渡し、すぐ着るように言う。

慌ててしっぽをしまうようにズボンをはけばやっと落ち着いたと言うように安堵の溜息を吐いてランの隣、ブレッドの反対側に座り


「ノヴァエスを助けてくれてありがとう。

 軍の部下もだ。

 誰も死なずに済んで助かった」


今度はブレッド同様アルトが並んだ肩を抱いてその頭をわしゃわしゃと撫でてやる。


「もう!二人して頭ぐしゃぐしゃにしないでよ!

 今は髪が長くて大変なんだから!」

「アルト、知ってるか?

 この飾り羽はどうやら感覚器官らしい」


そう言いながら一撫ですればうっひゃあああ!とランが啼く。

まだ12歳かつ男児なので色気も何もないしあっても困る。


「あー、確かに面白いかもしれんが、虐待は認めん」

「えー?遊んでやってるつもりなのに、つーか、こんな面白弱点晒す方が問題だろ」

「問題なのはお前らだ!

 弱点しかない体の癖に、私の飾り羽に容易く触りおって!」

「シュネルか。所で私はブレッドと違ってこれからの予定を王都まで到着する前に決めたいのだが?」

「自分だけ優等生になりやがって卑怯だー」

「お前と違ってやらなければならない事が山済みだからな。

 まず一番最初にアレグローザの継承式典だろ?

 新当主への挨拶だろ?

 祝いの品も選ばないといけない。

 ああ、せっかくだから衣装も繕ってやろう」

「それは二度とやってこない予定だ。忙しいんだから削除しろ」

「絶対ヤダ」


ニコリと笑いながら


「ブレッドの件は一番最後として、とりあえず俺の希望だが、まずは軍を制圧しよう。

 四公八家とは一番縁のない場所なだけに数は居るが簡単だろう。

 次に元老院の方を何とか説得して騎士団を封じ込めたい。

 問題はキュプロクスが見当たらない。

 レオンハルトのラフェールも居ないが元老院にはマーダーとエンダースがいる。

 話せばわかる二人だからその二人は問題ないとみている。

 信頼の厚いアレグローザ公に説得を頼めばいいが、となるとだ。

 二人は騎士団に居る。

 権力大好きのキュプロクスと生来傲慢なラフェールだ。

 何か起きるならここだな」

「だったらそこで起こそうか。希望としては演習所が良いのだが」

「被害が最小で納められそうだな」

「いや、それは無理だろう。

 アウリール達の戦い方を見れば最小限で済むはずはない」

「だったな……」


二人してはーと大きく溜息を吐く。

その間に居たランはブレッドにもたれてくうくうと寝息を零しながらいつの間にか眠っていた。


「ランの立ち位置どうしたら良いと思うか?」

「もう考えるのも面倒だから『王』でいいんじゃね?

 フリュゲールを討ったのだから新たな頭が必要だしよ。

 まぁ、フェルスもシュネルも文句はない所を見れば、寝てる間に俺達の中で意識を固めようか」

「了解。アレグローザ公達も、あの戦力を見れば納得するだろう」

「じゃないだろ。

 精霊とその下僕をランは連れて帰って来たんだ。

 そしてフリュゲールの国旗のこの姿。

 『王』の地位にでも収まってもらわないとそっちが納得しんだろ」

「あー、そっちに納得させるためね」


くつくつと笑いながら面倒くせーとランをそっと横たえて俺達も並んで寝転び空色一色の空を眺める。

こんな時だと言うのに平和だと笑ってしまう余裕に俺達も随分疲れているんだなと反省。

その寝顔を見守るも暫くもしないうちにフェルスの念話によってランは目を覚まさせられた。

仕方がない。

目の前に王都の塔が目の前に迫っているのだから。

だけど少し眠れて回復したのかさっきよりはましな顔色をしていた。

着陸態勢に入ったフェルス達は音もなく、砂埃ひとつ立てる事無く軍の広場に着陸した。

ただ運悪く待機部隊の演習時間でちょっと待った、そこじゃなく別の場所にと言う前にそこまで小回りは出来んと却下をさせられての着地だった。


「ノヴァエス!ブレッド!

 なんでお前達がこんな所に?!

 アレグローザ公も!

 それよりもこの両翼のウェルキィの数は一体……

 いや、お前達はガーランドとの戦の先方だっただろ……う……」


言いながらもよくぞ無事だったと涙をぽろぽろとこぼす女性にアルトは無表情のまま


「ようイゾルデ。そう言えばお前がいたな……

 じゃなくって、ひさしぶりだな。

 ちなみにガーランドとの戦争はとっくに終わり、ゼゼット総隊長がガーランドとの交渉に入ったぞ。聖獣クヴェルを連れてな」

「せ、聖獣?!」

「相変わらずお前の情報は古いな。

 だが心して聞け。

 その戦争でイゾルデ公が亡くなった」

「ち、父上が?」


演習の折りに持っていた木剣を手から落として呆然としていた。


「なぜ父が、いや、そもそも何で父がそんな最前線に……」

「判りきった事を聞くな。そしてこの場で言わせるな。

 そして軍部全員しかと聞け!

 この戦争ガーランドを打ち破り……」


うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!


空気を震わすほどの鬨の声を響かせるのをアルトが手を横に払うだけでそれは静まる。


「悲しい事だが、フリュゲールも我らが第三の戦力によって墜ちた」

「第三の勢力?ノヴァエスがか?」

「ちがう。

 このフリュゲールに1000年の時を経て王が帰還なされた。

 我々はランセン・レッセラート・フリューゲル王をこの国の王として開国する!」

「え、僕王様なの?」


アルトがこの場で開国を宣言するも、真っ先にその空気を壊したのは当の本人。

未だにフェルスの上で姿を隠すようにしていたが、思わず落とした声のせいで全員の注目を浴びてしまった。

驚きから驚愕に変る瞬間、ランは身をふるわせてフェルスの耳の影に隠れるが


「全員注目!」


ブレッドの声が広場広がる。

そしてその指を掲げられた国旗へと向ける。

そこには建物に直接掘り込んだその国旗には頭から鳥の翼をはやす精霊の姿、改め精霊騎士。


「我等が王は心優しき方。

 忠誠を尽くせば命までは奪わない」

「ちょっとアルト!

 僕そんな無暗に命奪わないよ!」

「んなの当たり前だ!」


ランはフェルスの頭の上から精いっぱいの声で抗議をするも、アルトも話の進まなさに大人げなく声を荒げる。


「しまらねぇ……」

「副隊長がいないのが辛い所ですね」

「なんで副隊長を隊長から離したんだよ。

 黙ってればかっこいい人なのに、制御役いねーってつれぇ」


背後にいる部下のボヤキに納得してしまう。

いや、そんな場合じゃなくて。

国旗の姿、そしてアルトとの締まりのないやり取り。

そしてランの声に聞き覚えがあるようで、その姿に驚くよりも誰もがアルトとのやり取りを和やかに見守る。


「所でこの茶番はいつまで続けるのだ?」


未だにぎゃんぎゃんと子供と言い合いをするアルトと言う珍しい姿を誰もが物珍しく眺めるもイゾルデの呟きでようやく我に返ったようで、ランよりも視線を集めているアルトはコホンと咳払いする。


「とりあえずイゾルデ、リズルラント公代理としてとしてランに忠誠を誓ってくれ。

 ランにはすでにレオンハルト代理オリヴィア、アレグローザ公、イエンティ卿、ノヴァエス卿の忠誠を得ている」

「それは構わんが、そうか……

 父は本当に死んだのだな……

 最近の父上は人が変わったようで娘としても心苦しかったが……」

「悲しむのは後回しにして、この場の制圧を頼む」

「制圧って……」

「この後元老院に行って騎士団も制圧するつもりだ」

「正気か?!」

「当然!」

「だから、ほらランもいつまでも隠れてないで行くぞ。フェルス、ランを下ろせ!」

「え?!やだ!フェルス止めてよ!」

「ああ、もう、ランも諦めろ。理由はお前が一番わかってるだろ?」

「うわあああぁ……」


泣き出して最後の抵抗をするランはついに広場に降ろされれば顔見知りが集まり怯えるランを囲む。

ブレッドとアルトはどうなるかと眺めていれば


「スゲーな、いつの間に頭から羽が生えたんだ?」

「それよりもちょっと合わない間に髪が随分伸びたのね。

 せっかくだから結んじゃおうか?」

「それよりもこの服素敵ぃ!」

「まるでランの為にあつらえられた物のようね」

「服もだけどいつも可愛いとは思っていたけど、この姿もすごくかわいい!

 ああん、この鳥さんの姿もすっごく可愛い!!」


女性兵士を中心に弄りに弄られ始める。


「回収所が判らん」

「イゾルデ頼む」

「仕方がない。お前達いい加減にし……」

「やーん!相変わらずほっぺぷにぷに!」

「あーん!髪がのびてる!基本はポニーテールよねー!ポニテ可愛い―!」

「きゃーん!ランにしっぽが!しっぽがあああああ!!!」

「はぁーん!下着はどうなってるの!!!」

「え?忠誠?そんなの私の命事持ってってぇ!」

「ギャー!誰!僕のズボン脱がそうとするのは!誰か助けてよ!」

「おい!お前らいい加減にしないか!」

「ブレッド回収に行くぞ!急げ!!」

「イゾルデ、お前らも陛下をお救いしろ!見てないで手伝え!

 陛下の許可済みで堂々と女の子触り放題だ!

 触るまでだぞ!木刀までなら使用許可する!

 反撃されても責任取らないからな!」

「陛下我ら一同最後まででこまでもついていきまあああああああああすっ!」

「来るなら来いやあああっ!!!!」


うおおおおおおおお!!!!!


男達の咆哮にさすがにランをかまい倒す手は止まりとたんに返り討ちにしてやると全力で広場は戦場と化する。


「悪いが後は頼む。行くぞ!」


阿鼻叫喚の地獄絵図を見ない振りしてブレッドはイゾルデの肩に手を置く。

男の職場に女が混ざればセクハラの百や二百のイベントが起きるのしょうがないと言う物だが、生憎ここにいる彼女らはそれをステイタスに変換出来るほどの鋼の心を持つ人達。

彼女らがその出来事を情報交換して対策を取るのも、その情報を見れば男共が泣いて不能になるしかない言葉が並んでいるのは絶対機密で、それを運悪く知ってしまっているブレッドはこの緊迫した空気の息抜きになればと放置を決定すれば、もみくちゃにされたランとズボンを回収してこの場を逃げるように走り去る。

パンツは守りきったようだった。


「ノヴァエス卿!ブレッド殿!それよりもランにズボンを!

 しっぽがぴょこぴょこして、その……」

「ヴィブレッド陛下に早くお召し物を!

 このままではお嫁にいけない風評が……」

「ランは嫁に行かせん!そして嫁も来させん!

 俺が全力で阻止する!」

「ブレッド落ち着け!

 お前妙な事口走ってるぞ!」

「ええと、あの、私は全く気にしません!」

「結婚前の淑女は少しは気にしなさい!」

「それよりも隊長、そろそろその俵担ぎだとラン殿の胃が……」

「ブレッド、僕、吐きそう……」


慌てて歩みを止め、降りた側ですぐ吐き出した。


「あーあ。とりあえずこっから先は歩くしかねーな」


フェルスがその背をさすって癒せばランの顔色も何とかなる。

フェルスの手に引っ張られて元老院へと行けば、開け放たれた扉の中では戦争の結果を知らない元老院はまだ戦争にかかる被害に右往左往と走り回っていたが


「ああ、エンダース公にマーダー卿。

 この騒ぎは一体?」


アレグローザが訳知り顔で声を掛ければ、部屋の奥の最奥で山ほどの資料と頭を抱えながらペンを滑らしていたが、掛けられた声の一行を見てその手を止める。


「アレグローザ、確かラインハルトと共に前線に……

 ノヴァエス!無事生きて……その者は?」

「ああ、マーダー、戦争の事よりも先に紹介させてくれ。

 この方はガーランドとフリュゲールを打ちし我らの新しき国、新しき王。

 ランセン・レッセラート・フリューゲル王だ。

 事を荒げたくない。

 黙って陛下に忠誠を」

「黙ってだなんて……」

「説明がなくてはどうも……」

「もっともだがエンダース、彼らには騎士団の制圧をしなくてはいけない。

 こんな所で時間を取らせるわけには行けない。

 忠誠を示してくれれば何度だって聞きたくなる説明をいくらでもしよう。

 それに忘れてはいけない。

 この国はすでに陛下の手で負けてしまっている。

 敗者なら敗者らしく潔く忠誠を誓え。

 それでも拒むと言うのならこの元老院に火を放つぞ」

「お前その何でも燃やせば解決する的な考え止めろ!」

「お前のせいで何度俺達は追試を受けさせられたか……

 夏季休暇も冬期休暇もお前のその悪戯のせいで青春のせの字どころか、何故か宿題も毎回紛失して毎日居残りでどれだけ四公八家の後継なのにその体たらくと言われたか」

「だったら何か起きる前に早く陛下に忠誠をしろ」

「判った!忠誠でも命でもなんでも捧げるから火を放つのも水浸しにするのも紙ふぶきにするのも畑の肥やしにするのもやめてくれ!」

「おかげで四公八家の名にふさわしい優秀な成績で卒業できたではないか。

 勉学熱心な友を持って私は幸せ者だよ」

「頼むから俺達に関らないでくれ!」


涙ながらにマーダー卿、エンダース公以下、この場に居た部下総てと共にランに忠誠を誓わせるアレグローザ公を俺達はどこまでも白い目で見る。


「ブレッド、どうやらお前の赤の他人の兄弟はちゃんと父親の背中を見て育ってたようだぞ?」

「ああ、今元凶をみつけてどうしてやろうかって本気で思っている」


剣を取り出して本気で襲おうとしているブレッドを部下達は全力で止める中


「所で陛下、我ら元老院は陛下をこの新しき国の王の下僕となる事を誓いました。

 とはいえ陛下には1つ我ら元老院に示さなければならない事があります」

「陛下が真のフリュゲールの地の主となられるのなら、塔に収められた王冠を受け取らなくてはいけません。

 かつて、この国の王達は代々塔に納められた王冠を受け取る事で精霊フリュゲールが選びし王の末裔として王位の継承を認めてきました。

 ですがある継承式の折りに塔に入る事が出来なくなり、その兄弟、血縁と試してみたものの誰も王冠を取りに行くどころか塔に拒絶され王族は消滅と言う事になりました。

 新しき国となり、新しき王が誕生したとはいえこの地で王を名乗る以上この試練に挑戦していただくてはなりません。

 そこは我ら元老院がどれだけ忠誠を誓おうとあなたをこのフリュゲールの地の王とは認める事が出来ません。

 どうかご了承ください」

「つまり、あの塔から王冠を取ってこればいいんだね?」


コテンと小首を傾げて訪ねればそうだけどと苦笑するエンダースは失せた血縁はもう取り戻せませんと困り顔で言うが


「だったら僕取りに行ってくるよ!

 そう言う事なら急げってね!」


フェルス場所教えてと誰もがあっけにとられる展開の中、走り去って行った二人を慌てて追いかける事になり、どんな展開になるのか、本物の王冠がどんなものか好奇心の塊りの元老院の議員達は誰もが好奇心に勝てずに着いて行けば、到着した塔の入り口を、一年を通して開きっぱなしの入り口にランは突っ込んでいく。

そのスピードで突っ込むと危ないぞと背後から声をかけるも何の問題もなくするりと入って行ってしまった。

誰もが足を止める。

塔は誰もが一度は自分が王の末裔ではないかと子供の頃に胸をときめかしながらも胸試しと言って試す場所だった。

そして見えない壁で拒絶されて自分のルーツを改めて理解するのだが、その壁をいともあっさりとすり抜けて行ったランに誰もが息を呑む。

息を呑むしか出来ない。

今、この瞬間に、目の前で起きた奇跡を認めざるを得ないのだから。


「俺達がこの1000年望み続けたレッセラートの子供だ。

 この国の誰よりも深い、森の(フリューゲル)の末裔だ」


ランを追いかけるように手を伸ばすもあるのは見えない壁だけで、拒絶されたまま掌を押し付けて何で入れないんだとふてくされていれば暫くしてドヤ顔で説明するフェルスの説明の間にも王冠を持って来たランはすごく綺麗なんだよと無造作にも掴んで俺達に見せてくれた。

黄金の冠にこんな大きな金剛石があるのかと思うくらいの石を中央にシュネルの赤によく似た石とこのフリュゲールの森のような緑の石が散りばめられた息を呑むほどの贅沢なまでに見事な王冠だった。

それをフェルスが受け取り、ランの頭に飾り


「よく似合ってる。これで王様らしくなったな」

「ほんと?ちゃんと王様らしく見える?」

「見える見える。こうやってるとレッセラートとほんと瓜二つだ。

 とはいっても、ランの方が何倍も可愛いけどな」

「えー?かっこいいにはならないの?」

「ちゃんと食べて運動して勉強して身長が伸びたらかっこいいに進化しよう」

「どうせまだチビだよ」

「大丈夫だって!人の子はすぐ大きくなる。

 俺達が保証する」

「絶対だね!

 伸びなかったらフェルスのせいだからね!」


何気なくあまり伸びの良くない身長がコンプレックスのようだが、それでも健やかに育てと言うフェルスの意見には賛成だ。


「元老院!

 王冠の証明はこれで充分だろ」


ブレッドが一同を見回して言えば、それよりも早く誰もが膝をつき、頭を下げて右手を胸に手を当て


「ご帰還をお祝い申し上げます我らが王」


エンダースを筆頭にさっきまでのふざけた形だけの忠誠とは違い、今回は思わず心に打たれるようなその忠誠ぶりに言葉を失う。

それぐらいの驚きの光景はアルト達が引きつれてきた騎士団さえ巻き込んでいて、その下僕、その姿だけでは納得しきれないと言う心の抵抗をついに打ち砕いた。




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