一人での戦い
ガーランド接触予定地に到着すれば既にそこにはガーランドが待ち構えていた。
遠方には野営地も既に設置されており、余裕を持って待ち構えていた事を理解する。
「もっとこっちがゆっくり来ればあいつら食料どうするつもりだったんだ?」
と言うブレッドの呆れた声に
「その辺の村から強奪するつもりだったのでしょう」
とジルは当然と言う顔で言うも
「この辺に村なんてあったか?」
小首かしげるアルトに
「ガーランド側に小さな村があるのはご存知ですか?」
「ああ、ここからの出撃を目的にした村だろ?
農村らしいが、この岩盤の岩場で農作物が育つと思ってるのか?
って言うか地産地消かよ」
「畑があるように見せかけた荒れ地でしすよ」
「よくもまあ、それを農村なんて言うよな」
「時折こっちに来て森を荒らしていくから注意はしていたんだが」
「見回りご苦労」
「だからと言って森で五日も六日も過ごす理由ではなりませんよ」
ノヴァエス軍の後方では学生達が今頃野営地の準備をしているだろう。
既に後手後手のこの状況に嵌められた以外考える事が出来なく、王都を出て丸三日をかけて辿り着いたこの地が死に場になるのかとしみじみと考えてしまう。
アレグローザとイエンティからも応援が駆けつけてくれる予定になるが、既に崖の上から俺達を見下ろしているガーランド軍に待ったはなしのようだ。
と言うかだ。
「なぁ、ブレッド。
俺の記憶が正しければ、向こうの大将の顔ってガーランド王のような気がするんだが」
「ああ、気づいたか。俺も王家の旗がはためいてるしまさかなと思ったが、気のせいじゃなかったんだな」
「向こうはやる気ですねえ」
「暇してるんだな」
「確かその隣にいるのがガーランド王の第一王子ですかね?」
「確実に勝てる戦で第一王子の地位を確固たるものとしてのお披露目ですかね」
「なんか俄然やる気が出たな」
「被害最小限で撤退作戦は脆くも崩れたな」
あははははと緊張が走る戦場で場違いな明るい笑い声を零す三人に背後にたたずむ兵達は極度に神経をとがらしていて、そんな様子を顔を真っ赤にしても怒りをあらわにしている。
負け戦なのはざっと見の相手の規模を考えても誰もがどう見ても決まっていて、今からお前らの一言で死ななければいけないと言うのになぜ笑っていられると言いたげだった。
「そう言えば、昨日アレグローザの早馬で今日の昼には援軍が間に合うと言っていたが?」
「ならその前に決着をつけよう。
アレグローザの兵力を判りきってる負け戦で使うわけにはいかない」
「おや?あなたがアレグローザのご心配ですか?」
「なわけない。今のレオンハルトとリズルラントの相手の反撃を考えない作戦しか考えれない馬鹿どもに本気のガーランドに勝てるわけない。
温厚な西側連中じゃ戦争にもならないだろうから、フリュゲールを蹂躙されないためにもアレグローザには温存しておいてもらわなくてはならない」
判りきった事を聞くなとブレッドが言えば
「なら、なおの事我々が頑張るしかないですね」
「ほんとは頑張らずに撤退してアレグローザと合流して適当に年月を重ねて消耗戦をして戦場を荒らして撤退で終了が望ましかったのだが、そうはさせてもらえないか」
ぼんやりと地形的にも川を挟んだ向こうがわは広がる砂地と小高い崖があり、その上から俺達を見下ろす形となっている。
とは言え、この川は幅が広く、それなりの水量を持っているのでその姿は目を凝らさなくては見えないのだが。
だけど、向こうの準備万端の所をみると、川の上流側のガーランドに戦船がいつでもこちら側に突撃できる体勢になっているのだろう。
水の流れの勢いにそのまま船でフリュゲール側に上陸し、船の中に詰め込んだ兵士を吐き出してそれを拠点に攻撃を仕掛けてくるお決まりのガーランドの作戦だ。
雪解け水も豊富な為にこの作戦はガーランド側が有利でもあり、フリュゲールでは頭の痛い戦闘スタイルなのだが
「ブレッド、お前はどうすればいいと思うか?」
「船が乗り込んで来たらまず船を燃やそう。火薬を仕掛けてる暇がなかったのが悔しいな。
弓部隊に出てくる奴ら全部仕留めさせるぐらいしか初動はない。
運良く抜け出てきた奴らを潰していくんだが、問題は相手の数」
「無駄に気合い入ってますからねぇ」
「何万だ?」
「20万ぐらいは軽くいそうですね」
「偵察より伝令です!
敵!数!およそ35万!」
偵察がアルトが騎乗する馬の横に駆け付けて息を切らせながらの必死の報告。
御苦労。後衛で待機と命令を下した後
「うわー、知りたくなかった数だな」
「金額にしたら一晩で飲み空かせる金額ぐらいか?いや、足りないか」
「これだから金持ちの金銭感覚って理解できませんね」
「俺、こないだの飲み会の会費は3500ギラだったな」
「私は先日部下達と2800ギラの会費で行ってきました。いいとこ行ってきましたね」
「ああ、酒代より食費重視だったから」
「さすが若者達のボスは上手く胃袋を掴んでますね」
「語弊を生む発言はやめてくれ。食欲に忠実なチョイスしただけだろ」
「そう言ってどさくさに紛れてご実家の食堂に誘導した癖に」
「後からおふくろに金額以上に喰う奴ら連れてくるなって言われてよ」
「親切心が裏目に出ましたか。ちなみに我々も同じところチョイスしましたが……」
「くそっ!あのババア人の足元みやがって!」
「その怒りはガーランドで晴らせ。
そろそろガーランド戦争名物宣戦布告の時間が終わるぞ」
「毎度毎度一刻も宣戦布告を朗々としてくれる事は、準備不足の今回に限りありがたいのだが……」
「この距離で本当に聞こえていると思ってるのでしょうかねぇ」
「それを毎度毎度待つ俺らもどうかと思うが……」
「今回に限りありがたいですねぇ」
「ノヴァエス卿!
全員配置につきました!」
「開戦まで待機」
各軍の隊長の代表の報告を聞きながらアルトは気持ちよくスピーチをするガーランド王がついに乗り込む予備動作をしているのを見て、隣で待機するジルにフリュゲールの鳥の頭を持つ人型の精霊の国旗とノヴァエスの家紋旗を掲げるように命じる。
何でも昔話ではこの姿こそこの国を守護する精霊フリュゲールの姿だとか。
そして初代フリュゲール王の兄弟でもある四公とその子供達四人で八つに分けた領土を分け与え国が始まったとは言うが、いまだかつてその姿をした精霊どころか類似する妖精は見た事はない。
まさに伝説の生き物だなと溜息を零しながら国旗を見上げる。
やがて両軍からの今にも弾けるのではないかと言う殺気の中、ついに開戦の合図、ガーランドの銅鑼の音が響き渡り、鬨の声が響き渡る。
ドドドドド……
地響きが響き渡り長い年月の間に削り取られた崖の斜面を騎馬隊が駆け下りてくる光景は毎度ながら圧巻で、新兵はまずこの光景に圧倒されて怯えて見せる。
だが、ベテランはそこから先にある川に半分流され少なくなりながら必死でやってくるガーランド兵を生暖かい目で切り付けて行くのだ。
まぁ、そこがガーランド側から人を馬鹿にした目でと嫌われる理由の一つなのだが、こちらは何代にもわたり地味に護岸工事を続けて二メートルほど石を積み上げていて、いくら馬に乗ってるとは言えなかなか岸には上がっては来れないように対策をしている。
とは言え沈む仲間を足場によじ登ってくる猛者もいる。
今回のこの戦争の定番としている作戦上、人海戦術はまさに王道で、豊富な人材は地図にも記載されてない周辺小国の末裔なのだろう。
今も残る身分制度に哀れだなと思うもフリュゲール国もかつては小さな国の集合体だったと書物に残されている。
そして今はフリュゲール国となってそんな小さなこだわりは捨てて一つの国となったのだが、いまだにバラバラのガーランドで捨て駒になっている兵士達を哀れと思うも
「全軍出撃!
この後戦船が乗り込んでくる!
あまり川に近づくな!
弓部隊は川から上がるガーランド兵を照準……」
打てーっ!
とブレッドの声が響き渡る瞬間、その声は息を呑む様にして消されてしまった。
川に流されながらも必死で馬で川を渡ろうとする兵士も、上空をから落ちた影に魔物の襲来かと、あわてて川を渡るのを止めて自国の岸へと這い上がる。
空を旋回する姿にブレッドを始めジルも、その姿を知る者達は唖然と、やがて地に降り立った姿に誰もが目を疑った。
馬ほどの大きさの両翼のウェルキィから飛び降りた一本の純白の棍を持つ少年は毅然と顔を上げる。
「両軍に告ぐ!」
凛とした声が周囲に響く。
もう一度聞く事が出来た。
そんな喜びよりも何でそんな所にいると胸の内側をかきむしりたくなる衝動に逃げろと叫ぶ事に思考は一杯のはずなのに、驚きのあまりに声が出ない代わりに涙があふれた。
「ガーランド軍は武力を持ってこの精霊フリューゲルの地に入る事、一切を許さない!
そしてフリュゲール軍!
ガーランドと戦う事、精霊フリューゲルの名の下一切を許さず!
両軍とも軍を引けっ!」
張り裂けんばかりの声で喉を嗄らしながら吠え叫べばガーランド王の低い笑い声が響き、それに次いでガーランド兵も笑いだす。
「突然現れて何を言いだすと思えば小童いい度胸だ!
だがこれは国と国の問題だ!
小童が出しゃばる場所じゃあない。
その度胸に免じて見逃してやろう。
さあ、去るがいい!」
笑いながら言うガーランド王だが
「ならば言おう!
その武力を下げれば今回は我々も見逃そう!」
きっと頬を引き攣らせて怒り心頭となってるだろうガーランド王にアルトはジルに命じる。
「早くランを下がらせろ!このままだと餌食になる!」
「判ってますが、ティルルが、ヴィンも揃って命令を聞かないのですよ。
他の妖精達も戸惑ってるようで、我々の命令を一切聞いてないようです」
「馬鹿な!戦場でそんな事があってもいいのかと思うのか!」
すぐ傍らにいるヴィンシャーにランを回収に行けとアルトゥールが命令しても、戸惑うように視線を反らせる。
それを見て軍にも動揺が走る様子に息を呑む。
このままではあの小さな体が無体なまでの姿になると誰もが息を呑みながらランとガーランド王のやり取りを眺めていれば、ロングボウで放たれた矢の雨がランに向かって降り注いだ。
危ないと駆け出しそうになったブレッドをティルシャルとヴィンシャーが圧し掛かってそれを阻止すればブレッドの逃げろとの懇願が悲鳴となって戦場に響き渡る。
が、ランの周囲に届いた時点でその矢の雨は燃え尽き、灰も届かぬ前に川の水の流れに乗って流されていった。
「あれは!」
ウェルキィ救出の時に見たあの現象と同じだった。
あれから幾度とどう言う事かと聞くも上手くはぐらかされたが、それと同じ事が今目の前で起っていた。
「魔術師か?!」
動揺する声がガーランド側から聞こえる。
いくら魔法や魔術に疎いフリュゲールやガーランドとは言えども、魔法が発言する時には魔法陣が浮かび上がる、もしくは魔法道具が魔力に反応すると言う現象がみられるはずだが、それが一切ない。
一体どう言う事だと思う中
「武力を持ってフリューゲルの地を荒らす事許さないと僕は言った!」
弓を下げろと言うがたった一人の子供に王が率先する軍隊が引くわけもない。
気の短い王がこの光景に目元を引き攣らせているのが容易に想像が出来て、次は何をするのかとブレッドはガーランド側の戦略を計算していれば、大きな銅鑼が響き渡った。
「まずい、戦船が来るぞ」
騎馬戦で混乱している所に突っ込んでくる戦船が予定が違うとはいえ、この川の流れにもう止める事も出来ずにやってくるのだろう。
「ラン!逃げろ!
戦船がやってくる!」
思わず叫ぶもランは振り向きもせずガーランドを見上げ
「ガーランド王に告ぐ!
武力を持ってこの精霊フリューゲルの地に侵入すると言うのなら……
僕は僕の持つすべての力を使い、僕と敵対する総てを殲滅する!」
何ともまた勇ましい宣言だろうか。
横暴ともいえるまでの宣言にブレッドは悲鳴と言うより鬨の声を上げる。
「あああっ!
お前はどこまで馬鹿だっ!
これだけの戦力差で勝つ見込みはないに決まってるだろ!
しかもたった一人で何ガーランドと戦おうとしてる!
それに俺達とも、フリュゲール軍とも戦うつもりかっ?!」
大きな声に驚いたティルルとヴィンが力が抜けた瞬間力任せにその拘束から抜けて足を滑らしてみっともなくも転びながらも立ち上がり、泥だらけの無様な姿となってランの元へと駆けつける。
「ブレッド……」
「ああ、もう、男前発言はこの状況を見ろ!」
「状況って、敵対する僕の所にブレッドがやって来たって相当まずいんじゃ……」
こんな時だと言うのに冷静にランに突っ込まれるもブレッドはその優秀な頭をかきむしり、泥だらけの隊服を脱ぎ捨てた。
それは騎士団脱退の意志。
誰もがそんな暴挙に驚いている中
「いいかっ!よく聞けっ!
俺が弟として、そして家族としたランをどうして見捨てる事が出来るんだ!
こうなったら命の限りランを守ってやる!
何としてもランを生き残してやる!」
誰もが息を飲んだ。
あのブレッド・アクセルにそう言わせる存在があるのかと驚きは隠せなく、それが動揺となって広がった。
当の本人はぶつぶつと川の流れや先ほどのガーランドの攻撃から計算して、最悪フリュゲール側からの攻撃もあるかもしれないと、このフェルスではない馬ほどの大きさしかないウェルキィを使って逃げ道を探しながら、逃走先を考えるなか
「それを言われると私もそっちに行かなくてはいけないじゃないですか。
アルトゥール様、申し訳ありませんが借金の支払いは滞りますが、これにてノヴァエスの私兵を辞させてもらいます」
ティルルも別に付き合う事ありませんよと言い残して足取り軽くブレッドとランの元へと歩き出せば慌ててティルルも連れそう様に足並みを並べた。
「お前ら馬鹿だろ!そして俺も馬鹿だ!」
ノヴァエスの家紋が描かれた旗を腰にぶら下げた剣で折り、馬から降りて急ぎ足でジルと並んでアルトは歩き、ヴィンシャーも慌てて着いて来た。
「大体昔から思ってたんだが俺が当主ってガラか?似合ってなかったよな!」
「そうですか?結構似合ってましたよ」
「上手く誤魔化せたって事か……まあ、いい。
軍部指揮隊長!後は頼んだ!
全力で逃げてくれ!」
ええ?!
ちょっと待ってください!
フリュゲール軍を裏切るのですか?!
ノヴァエスの当主をみすみす殺させられるわけないでしょ!
長い付き合いの我々よりもその子供に何の価値があるのですか!
動揺する声が追いかけてくるも、妖精騎士団の上着を脱ぎ捨てて権力も捨てた身軽になった体で、間抜け面で俺達を見上げていたランは目も見開いたままぽかんと口まで開けていた。
「ま、いつも通りのメンツがそろったってわけか」
「お前らまで俺の真似する必要ないだろ」
「貴方の真似をしたわけではありませんよ。ランの側に居てあげたいと思っただけです。
みてください。まだこんなにもまだ小さいのですよ」
緊張の真っただ中にいたのか、ふいに途切れたた緊張にぼろぼろと涙を流し始めたランは袖で涙を拭いながら
「絶対、僕、みんなの事守るから」
普段ならすぐにしがみついてわあわあと泣きだすと言うのに、少し成長したのか両足で踏ん張って俺達を見上げるその小さな頭をぐりぐりと撫でまわせば
「茶番は終わりか?
なら遠慮はいらないな」
川沿いに来る事でガーランド王のくぐもった声が先ほどの場所よりは鮮明に聞こえるようになった。
そして近づいてくる銅鑼の音と崖の高低差を利用した弓の攻撃と弩による護岸から放す攻撃が始まる物の、弓はともかく弩までは灰にするには時間が掛かり、対岸まで届き始めた攻撃に
「アウリール!あの弓がじゃまだ!
多少地形を変えても、山を吹き飛ばしても構わない!」
「承知。今より攻撃に入る」
どこからか落ち着いた、でも怒りのこもった声が聞こえた。
誰だ?と、周囲をきょきょろ見回していればランの影から光を纏う影が伸び、それは一人の人物になった。
長い髪と裾の長いこの辺りでは見る事のない衣装。
かつての衣類の資料でしか見ない見本を纏う長身の男はランの頭を一撫でしてからその影から出て、軽く地を蹴った。
それから着地することなく男はまた光に溶けて、一体の巨大な竜の姿になった。
「なっ!」
「あれはっ?!」
「ラン!あれは一体なんなんだ!」
両軍の間で悠然と翼を広げ美しいどこまでも澄んだ青空を切りぬいたかのような色をもつドラゴンに驚きは悲鳴すら忘れさせ、意識さえも奪う。
大きく旋回したドラゴンは大きく息を吸うように、口元に光が集まるその動作にブレッドはこれが本に書いてあったドラゴンブレスの初動かと慌ててランの手を引いて地面に伏せさせ、その小さな体を自分の体で覆う。
そんなブレッドの姿にアルト達も地に這って何が起きるのかと耐えていれば、その口から光線が放たれたと同時に爆音が響き、大量の土塊が対岸に居ても襲い掛かって来た。
それに続いて崖が崩れる音が響き、ガーランド側からうごめくような悲鳴が響いてきた。
土煙が収まる頃には目の前の崖は抉られ、崖の向こう側に在ったはずの山が消えていた。
いったい何が起きたのかとブレッドは自分の下にかばっているランを見れば、這い出した子供は空を舞うドラゴンに向かって叫んでいた。
「ちゃんとガーランド王は生かしているよね?!
ガーランド王は生け捕りにしなくちゃいけないんだからね!」
両腕を上げて怒るランにアウリールと呼ばれたドラゴンになった男は、近くの岩場に着地し
『大丈夫だ。今足元に息子共々捕まえた』
ばさりと翼を一つ羽ばたかせただけで土煙と辛うじて生き残っていた兵士が飛ばされていた。
あまりの圧倒的な戦力差に思考は完全に停止してる中
「なら次は川からやってくるガーランド軍」
ぽつりとランの零した一言に、もう止まる事の出来ない戦船はすぐそこまで来ていて
「アリシア、川からやって来る奴らを殲滅して。
船も使えない様に壊して、そして二度と船で川を下れない様にしてほしい」
誰に言っているのかと、また影の中から出てくるのかと足元を眺めていれば
「りょーかい!
それにしてもずーっと待ってたのよぉー?
いつになったら私に命令をしてくれるのかって」
森に隠れているフリュゲール軍の方からその声は聞こえた。
どよめく軍隊の群れを割ってフルフェイスの兜を脱ぎながら現れた面はおなじみの
「アリシア先生?」
「アリシア隊長?」
「なんでこんな所に?」
「って言うか、どうして軍の中に紛れてるんですか?」
ブレッドでなくても誰もが疑問に思うのは仕方がない。
というか、ランもその顔を見て小首をかしげている。なんで?って……
アリシア・ガーネット
妖精騎士団の隊員でもあり王立学院に置いては運動実技基礎を教える教師でもある。
騎士団の大半がその年齢不詳な姿の下で鍛えられた覚えのある細マッチョと言われる凄腕の教師だったのだが……
「どうしてって、可愛いランが一人で戦争しかけるって言うから情報調達や内部の様子を伺ってたに決まってるでしょ?
ああ、そういえばこの姿で居るのはランには教えてなかったわね」
よいしょよいしょと鎧を脱ぎながら、並ぶ隊の前に出た所でくるりと振り向く。
「貴方達ももしよかったらアタシと一緒にいらっしゃい!
学院の子達も、アルト達の部下もよぉ!
これが最後の警告になるから、生き残りたかったらいらっしゃい!
アタシが貴方達位守ってあげるわよぉ」
「その前に何でオカマ口調なんですかアリシア先生……」
ランとはまた違う場違いな口調にアリシアは可愛らしく口元に人差し指を添えて
「ブレッドごめんねぇ。
アタシこっちの方が素なのよぉ」
イヤンと体をくねらせるアリシアにアルト側に移ろうとしたノヴァエス兵達の足が一瞬止まる。
仕方がない。
こんな場所でまさかのカミングアウト。
知りたくなかったと旧知の間柄は項垂れていた中、この微妙な空気を打破する勇者が現れた。
「あの、私も連れて行ってください!」
まだ鎧の支給もなく、胸あてとひじやひざあてしか与えられない学院性が何人か現れた。
それはオリヴィアを筆頭にランと一緒によく顔を合わせていた院生とオリヴィアの従者の達。
同じクラスの三人に、オリヴィアとの森での一件に居合わせた者達。
駆け足でアリシアにしがみつくように駆け寄れば、その勇気を誉めるようにオリヴィアの蜂蜜のような髪を撫でて
「いらっしゃい。
聖獣ヴェラートの名のもとに貴方達を加護するわぁ」
パチンとウインクの後に
「ほら、貴方達もいらっしゃい。
イっちゃうわよ」
体をくねらしながら子供達の手を引きながら離れていく姿は異様だ。
異様だとは言え、このどうしようもない場の空気はこの場に居る者達の緊張をすでに崩壊させていて
「待ってください!
ノヴァエス様!私達をお連れ下さい!」
「ブレッド隊長!俺はこいつらを引いて行けるだけの腕がまだありやせん!
お、俺も連れて行ってください!」
「うわあああ!アルトゥール隊長!お慕いしております!私もぜひご一緒に!」
「アルト隊長愛してます!」
「隊長!変態が行きました!逃げてください!」
うおおおおおお!と野太い悲鳴を零しながら駆け寄って来た群れにアルトは頬を引き攣らずにはいられない。
慕われているとは思ってたもののこういう慕われ方は嫌だと腰が逃げているも
「みなさん全力で嫌がらせに来てますね」
「ああ、見捨てられた事相当恨んでるな」
訳知り顔でジルとブレッドは遠い目をしてどう言う事と見上げるランの瞳に、まだ知らなくていい世界があるんだよと視線だけで訴えてその癖のある髪を優しくなでつけるのだった。