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精霊騎士である為に  作者: 雪那 由多
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ヴィブレッド・アレグローザ 後編

戦争が終わり、精神を病んだ俺は半年ほどベットの上で丸まって怯える日々に誰もが俺を使い物にならないと決めつけた。

母親にさえもうこのやせ細った姿は見せられないとノヴァエスの別宅の1つに幽閉と言う形になったが、それでもアルトとジルだけは俺を見捨てないでいた。

だけど半年と言う時間は二人が待つには随分と長い時間だったようだ。

命を取り留めても、緩やかに死へと向かう俺にアルトはついに別宅から俺を連れ出し、また別の屋敷へと連れてきた。


「お前の事は気の毒だと思う!

 しかしだ!

 10にも満たないガキが何を思って学院の扉を叩いたのか俺は知らん!

 10になったばかりのガキが何を考えて妖精騎士と言う栄誉を手にしたか俺には想像がつかん!

 それだけの決意があったはずなのに今のその姿は何だ!

 お前にそんな生き方をさせる為にあの隊の奴らは犠牲になったのか?!

 背中に矢を受け、刀傷を受け、槍に刺されながらもその身を炎で焼いて、爆発に千切れて、それでも守ろうとした命をお前が殺すのか!」


どれだけの間陽に焼けなければそれだけ色白になるのだろうと言うくらいの病的な白い顔に向かってアルトは牙を向ける。


「眠るのが怖いだ?!

 だったら眠らなければいい!

 幸いここにはそんなお前に付き合えるだけの本がある!

 物言わぬ、お前に語りもかけぬ、そして慰めも、励ましもしない、温もりもないこの空間で少しは命ある人間として、守られた体で生きて見ろ」


口を開けて、言葉を忘れたかのように口を開くも反論どころか音を出す事は出来ない俺にアルトは背中を向けた。

そうやってブレッドを残してアルトはジルを引き連れて壁一面本だらけの屋敷から去って行った。

俺は長い事その扉を眺めていたが、どこからか紛れ込んだ四体の妖精が俺の眼の前に現れた。

随分久しぶりに会った気がした。

目と目が合えば嬉しそうに体にまとわりついてきた。

本当に久しぶりの触れ合いだった。

とりあえず俺は導かれるままソファに座らされて、目の前にあった果物に妖精達は集まっていた。

食べたいと言うのだろうか。

だけど側に置いてあったナイフを見て冷や汗が流れ落ちた。

掌ほどの小さなナイフにさえ恐怖を覚えた俺はそれに手を伸ばす事が出来なく、体を抱きすくめて叫びながら恐怖に耐えた。

だけど妖精達はこんな俺をお構いなしに果物を要求して来て、俺は怯えながらナイフに振れないように果物に手を伸ばし、齧り取ったものを妖精達に与えた。

妖精達には大きすぎて齧る事も出来なかった物だったが、俺が齧り取ったものでも美味しそうに彼らは頬張った。

もっと、もっとと言うように要求されれば応えるように齧りとり渡たす。

四体分せっせと齧っては渡せばやがて満足したのか思い思いの場所でくつろぎ始めた。

俺同様この屋敷に閉じ込められた妖精達には俺がいないと食事もできないようで、冗談じゃないと怒りがわき上がった。

大切な家族をこんな形で奪われてたまるか!

冷静に考えればただの奴当たりである。

が、久し振りに生きる原動力が湧き上がり、息を切らせながら屋敷の中を歩き回り、台所を発見した。

面白そうに妖精達も着いて来て、皿を落としては割れた音に驚きながらも面白そうにまた皿を落とす。

瞬く間に妖精達の遊び場になってしまった。

ぐるりと見回せば食料はちゃんとそろっていた。

簡単に調理もできる場所も整っている。

だけどどうすればいいかわからなくて、そのまま食べられるものを抱えて最初の部屋に戻り、妖精に与え、残りを俺が食べた。

そんな生活が何日か続けばやがて血もめぐり、視界が広がる。

俺がいた部屋は眠るのがもったいないくらいの本が、天井までびっしり壁一面の本棚に詰まっていた。

『妖精の都』と言われる事もあるフリュゲールだが、時にはこんなふうに言われたりする事もある。

『知の国・フリュゲール』と。

魔物が他国より圧倒的に少ない分、文化水準が発達した国の1つ。

紙作りも他国に比べれば圧倒的に質も良く、そして気候の良さから古くから学者達が腰を据えて研究に就くにも選ばれてきた国だ。

とは言え、本が貴重な事には変わらないが、それでも隣国よりはなじみがある物だ。

その気になれば庶民でさえ娯楽に本を選ぶ事も出来、恋人に手紙を送ったりと言った教養が必要になる文化もある。

顔を上げればその本が四方の壁にびっしりと並んでいる。

綺麗な布を貼った表紙の本は金糸で縫われた番号が順に並んであったり、図書館でも閲覧禁止の本が俺以外誰も居ない部屋で無防備にも置かれていた。

妖精騎士団になって初めて訪れる事が出来た図書室に在った本でも騎士団長の許可が無くては読めない本が当たり前のようにずらりと並び、歴代のノヴァエスの日記だろうか。ノヴァエスの歴史さえそこに無造作に置かれてあった。

顎が外れるのではないかと言うくらいの驚愕の中、俺は再度周囲を見回して本を手に取ろうと伸ばせば、妖精達も俺を見習って本を棚から取ろうとする。

ただし、台所での惨状を模写するように落として遊ぼうとする動作だったため慌てて声を荒げる。


「アウアー!プリム!本を乱暴に扱うな!」


俺の声にびくりと体を震わしてゆっくりと俺を見る。


「本に触るな!」


もう一度強く言えばしゅんとした二体と、これから同じように遊ぼうとしたチェルニーとルクスも本からそーっと離れる。

四体は俺の前に並び、ごめんなさいと言うようにしおらしかったが


「本に悪戯は絶対してはいけない。

 ここにある知識は俺達の物ではないのだから。

 たくさんの人に受け継がれていく大切な宝だ。

 多少の悪戯は大目には見るが、この部屋の中の物は絶対に遊んではいけないものだ」


言い聞かせればわかったと言うように四体は手を上げる。

会話の成立しない彼らとの意思の疎通としてゼスチャーを取り入れ、彼らが了解した事を表すゼスチャーだった。

それでも泣きそうなくらい落ち込んだ彼らに、今までダメな事はダメと教えてこなかった俺にも責任があり、とりあえず今にも本の虫になってかじりついて読み尽くしたい欲求をぐっと抑え込み、台所へと移動する。

そこは荒れに荒れた場所に変わり果てていた。

カップも皿もほとんどが割れており、アルトの家の物だから相当な物だろうと推測するも壊れた物は仕方がないと、いずれ要求されるだろう金額に頭を痛めながら


「物を落として壊すのはいけない事だ」


妖精に教えながらとりあえず通り道を作る為にゴミとなった物を部屋の一角に押し寄せた。

その間妖精達は物を落とさないし、俺を真似て片付けの手伝いもする。

動線が確保できた台所にはよく見れば乾燥した果物や棚の中にはチーズもある。

茶葉も発見して温かな紅茶を淹れた。

その中に乾燥した果物を入れて大き目のティーポットを抱えながら、チーズの隣に在った固パンを加えながらまた本の部屋へと戻った。

ソファもあったが、部屋の最奥に置かれてあった机にそれをならべ、暫くして取り出した紅茶の水分を含んだ果物を取り出して妖精達に与える。


「言う事聞けたからご褒美な」


本を落として遊ぼうとしたものの、怒られてそれを止め、その様子を見て学習した妖精達に小さな褒美を与える。

与えるまでもないのだろうが、こうやって小さな事から教え込まなくては自由な妖精達には理解してもらえない。

してはだめだ。すれば怒られる。守れば褒められる。

単純な学習で彼らと意思の疎通をはかって行かなくてはならない。

彼らには子供が学校に通う程度の知能はある。

それを俺がどう使いこなせるかが課題で、だけどそんな事はお構いなく彼らと仲良くしたいと出会った頃の思いを思い出し、小さくちぎった果物を小さくちぎった固パンの上に置いた物を並べてから俺は脚立を使って一番縁の一番高い所にある本を手に取った。

それから数日後。

ノヴァエスの家令バレットが数人のメイドを引き連れてやって来た。

玄関は屋敷の主が通る為の物なので、裏口から入って来たバレットはドアを開けた瞬間何が起きたかと、俺の知る限り初めて動揺を隠せない姿で本の部屋にやって来た。


「アクセル様!」

「バレット、珍しいなお前が走ってるなんて」


勢いよく開かれた扉の音に俺は本から視線をずらせた。

だけど、扉を開けたまま呆然としているバレットに俺は首を傾げながらも


「悪いが何かこいつらに食べ物を貰えるか?」

「は?あ、騒がしく失礼いたしました。

 いつも通りの物で?」

「すまんが後風呂の準備と着替えも出してくれると助かる」


適当にやるだろうからと付け加えるも、バレットはそれを背後に続いたメイドに指示するだけで、ドアの前から動けずにいた。


「どうした?」


バレットの主ではないが食客として俺を扱ってくれてきたアルトの家と同じようにくつろいでいる俺がバレットに口をきいている事が不愉快なのだろうかと思ったが、今更だと否定した。


「台所は、お聞きしても?」

「ああ、悪い。あいつらが面白がって壊してしまった」

「でしたら安心しました。盗人が来たのかと思いまして」

「悪い。俺が注意するのが遅れた。弁償は、気長に待ってくれると助かるんだが……」

「それには及びません」

「アルトに悪かったと伝えておいてくれ」

「承知しました」


と言ってもそれから扉の前を動かないバレットに


「まだ何かあったか?」


再度聞く。

出来ればせっかくの希少な本を集中して読みたいと言えば


「私からの提案ですが、お食事と身の回りのお世話に数名のメイドを置こうかと思っております」

「あいつらの食事を準備してくれるのは助かる」

「後他にも欲しい物があればその都度メイド達に命じてくれればご用意いたします」

「助かる。出来れば今すぐ紙とペンが欲しいのだが……」

「それはこの屋敷にもありますのですぐにお持ちいたしましょう」

「重ね重ね悪い」


言いながらも視線はもう本に戻っていたが、ふいに一つ思い出して


「そう言えば、ここは何所だ?」


聞けば、少しだけ呆れた顔のバレットがご案内しますと俺を連れて屋敷を案内してくれた。


「あまり必要のない知識かもしれませんが、このお部屋の廊下の反対側にはサロンがあり、そこからは王都の塔が見えます」

「あー、そう言えばまだ台所とあの部屋しか行き来したことなかったな」


便所が近くて助かったと言えば、あそこは使用人用なのでこちらをお使いくださいと別のトイレを教えてもらった。

確かに家人用で大理石張りの美しく清潔な物だが、あの部屋から遠いからたぶん使わないだろうと頭の中でこの家の地図を作り始める。


「そして二階にまいりましょう。

 こちらはアクセル様にお使いいただくように用意させた寝室で、窓からはシェムエルの森が一望できます」

「ああ……」


言葉がなかった。

風景からどのあたりかは判ったが、遠くに見えるノヴァエスの屋敷にあまり遠くない場所にいる事を知った。

まだ守られてる。

まだ見捨てられてない。

まだ一人じゃない。

どれだけの言葉が脳裏をよぎったか思わず口をぎゅっと強く閉ざしてしまう。


「なぁバレット」


声を掛ければ背後に控えていたバレットが俺に視線を向けたのに気付き


「アルトに感謝を。

 そして暫くここに居させてほしいと頼んでもらえないだろうか」

「承りまして」

「後、時々ヴィンとティルルを貸してほしい」

「ウェルキィだけで?」

「ああ、あいつらの遊び相手に森に連れて行ってくれると助かる」


目新しさに屋敷の中をうろうろと飛んでる妖精は今もシャンデリアを壊しそうな勢いで遊ぶ姿にバレットも納得する。


「早急に要望を出しましょう」

「俺は今はまだ二人に会う勇気がない。

 悪いが頼む。」


そう残して俺はまた本の部屋へと戻った。

その時には既に机の上に紙とペン、そしてインク壺が置かれているのを見てその前に俺は座る。

それから俺の二年の戦いが始まった。

この部屋のソファを寝床とし、紙の束が部屋を占領する頃にはメイドもこの部屋に入れなくなっていた。

仕方がないので台所に食事を食べに行くようになれば、その頃には呆れかえったメイドが俺の食事とこの二年ついぞ使われる事のなかった他の部屋の掃除のみと言う、やりがいもない生活にバレットに配置換えを訴える始末。

結局、子供が生まれたばかりで休みをもらっていたメイドに一日一度の作り置きの食事の用意と、身の回りの掃除と洗濯、紙とインクを運ぶだけの簡単な仕事として復職をしてもらうと言うメイドにとってはお小遣い稼ぎに丁度良いと張り切ってもらう事になった。


そして二年後。


アルトはジルとバレットを伴ってこの屋敷の正面から堂々とやって来た。

そして扉を大きく開けて一言。


「これは何だ」


扉を開けた途端新鮮な空気が床一面に置かれた紙の束の一番上を揺らす。

思わずバレットは慌てて扉を閉めるも、足の置き場のない位床の上に置かれた紙の束を見てほっと溜息を落としたのだった。

そんなノヴァエスの屋敷にしては珍しい光景にアルトはゆっくりと視線を巡らせながら、床の上はもちろん階段の段にも紙が山積みを眺め愕然としていれば


「どうやら元気だったようですね」


のほほんとしたジルの声にアルトはこめかみに血管を浮き上がらせるも、床に置かれた紙の束をものともせず足を進め、報告に受けている通り本が置かれている部屋へとアルトは向かった。


「久しぶり……」


言いかけて絶句。


ロビーも階段も廊下も紙の束で埋め尽くされていが、拠点となるこの部屋はまた別世界だった。


「なんなんだこれは……」


床の上から置かれた紙の束が塔を生す室内に、最奥の机でふんぞり返っている男が顔をやっとあげた。


「来たか。待ってた……」

「人を二年ぶりに呼び寄せておいて言う事はそれか」

「ああ、少し頼みたい事があるんだが……」


よいしょと腰を上げるのをジルは眺めながらもアルトから距離を取ればバレットもジルに付いてきた。


「お前の家の物をあいつらがいろいろ壊してしまったから、本部に在った途中半端になっていた研究を進めてみたからこれで弁償代わりにしてほしい」

「つまり、この研究で軍や騎士団から報奨金を貰えという事ですね?」


いつの間にかジルがバレットを連れてドアの側で待機していたのをブレッドは遠巻きに眺めながらそうだと頷く。


「さらに、この部屋にもあったお前の研究も仕上げておいた。

 連名でサインを入れておいたからお前の所で処理してもらって構わん」

「ああ、学生時代に止めてしまわれた研究ですね」


バレットが思い出して言葉にするもすぐに口を閉ざし


「あと、俺もいろいろここで本を読んでいたら試してみたくなって、とりあえず20本ぐらい研究論文を纏めてみたんだ。

 だが、お前の論文もあるからな。許可を貰おうかと……」

「そんな事の為にこの俺をわざわざ呼びつけたのかーっ!!!」


机越しにブレットを掴んだアルトはたぶん今まで出した事もない位の大きな声で、屋敷中に響き渡るのではないかと言うような怒号が響き渡り、別の部屋にいた妖精達も、いつの間にか部屋の外に脱出していたジルとバレットもそーっとドアの隙間から伺い、そっとドアを閉めた。


「やれやれ、とりあえず元気そうで何よりです」

「はい。最初はどうなるかと思いましたが……

 随分やんちゃに育たれましたな」

「アルトは人の使い方が上手ですからねえ」

「はい。私を含めた屋敷の人間も生き生きと仕事ができますから」


そんな風に話をしていればさらにアルトの怒号が飛び、思わず肩を竦めればバレットが台所に行きましょうと、場所を移動して妖精とお茶をしている姿が彼らに発見されるまで延々とアルトの怒号が屋敷中に響き渡り、こうしてブレッドのひきこもり生活は幕を閉じたのだった。


ブレッドの沈黙の二年でした。

この間アルトとジルに会う事もなく、時々妖精を連れてシェムエルの森でキャンプしたり、小遣い稼ぎのメイドと悪い事をしたりと、年相応にエンジョイしたりしてました。

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