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精霊騎士である為に  作者: 雪那 由多
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ヴィブレッド・アレグローザ 前編

ブレッドの騎士団に入りたての頃の話になります。

本編にちらりちらりと触りだけ書いたので、もう少し書いてみました。

ブレッドは戦争が起きるたびに脳裏に思い浮かべる事があった。

12歳の時の初陣の惨敗の経験。

身体も小さいし、周囲もそれほど期待はしてなく、それでもフリュゲール史上初となるだろう複数の妖精を従える妖精使いとして妖精騎士としての席も与えられていた。

とは言えやはりそのなりに後方支援の指揮を任される程度の役職しか与えられなかった。

軍の連中には舐められ、イスに座ってお茶でもすすってろと言うのがブレッドの仕事で、初の戦争に何か期待してるわけでもないが高ぶっていた神経はもうどこにもなくなっていた。

イエンティとアレグローザの境にある町から前線に物資を送るのが仕事だったが、ブレッドの仕事は定期的に集められた物資を送り届ける数を確認するだけの仕事だった。

戦争のどこか殺気立つ空気も、息を呑む緊迫感はどこにもなく、最前線の様子さえ聞こえては来ない状況にまだ真の恐怖を知らない幼い心はふてくされていた。


「まぁ、それだけ平和でいいじゃないか」


ブレッドにあてがわれた軍隊の隊長はそう言いながらブレッドの頭をぐりぐりとかき混ぜながら


「お前みたいな子供が戦争に駆り出される時代なんだ。後方の平和を楽しもうじゃないか」


拠点とする村の村長の子供を失くした妻が昼食の差し入れを持ってきてくれた。

大きな鍋一つから分け与える軍の昼食ではなく、ふわふわのパンと肉料理と暖かなスープの付いた、この場で唯一の妖精騎士にあつらえた昼食をブレッドは砂をかむような顔でありがたく頂戴していた。

いくらなんでもその顔はないだろ。

隊長はそう窘めるもブレッドはただ一言「成長期なので」とわけのわからない嫌味でやたらと俺をかまう村長の妻から解放される為にも食事を早々に終わらせる事が日課だった。

戦争はもう冬を挟んで二年目に突入していた。

去年までは研修と言って騎士団の本部で資料整理をさせられていたが、その仕事もなくなりどうしたものかと今年この地に赴任と言う形になったのだが、本部より暇なこの地でブレッドの妖精も近場の森で遊ぶばかり。

平和と退屈はワンセットだと欠伸をかみ殺しながらも、そこに到着した物資を見て眠くなる頭を叩き起こし、隊長と仕分けをしながら準備出来次第下っ端の兵隊に送り込ませるのだった。

そんなある日、風向きがどうも怪しくなって、拠点とする村を放棄してもっとアレグローザ側に移動する事が決まった。

村の住人もすでに移動を始め、ブレッドを息子のようにかわいがってくれていた村長の妻も最後にブレッドを抱きしめて、最終便の馬車に乗ってイエンティの方へと向かうのだった。

それを隊長と見送りながら次々に移動させていた物資の最終便の馬車に乗り移動となる。

どこか心の奥底で待ち望んでいた戦争の空気なのだがブレッドの心の中はどこまでも重しが詰まったようにどんよりとしていた。


「騎士様よぉ、待ちに待った初陣だって言うのに面白くなさそうだな」

「行先がアレグローザってのが気に入らないだけだ」

「なんでまた?

 戦争被害が一番多い所だが、貿易の街として珍しい物も食い物も山ほどある。

 観光するなら南のリズルラントと北のアレグローザとはよくいった物だろ?」

「アレグローザは気に入らん奴がいる所なんだ。

 そんな所に何で喜んで行かないといけないんだ?」

「うわぁ、お前にそう言わせる人物がいるとは……

 人間の友達もいたんだな」

「友達じゃねえよ」


ふてくされた顔でそっぽを向くブレッドに隊長はなんとなく察した。

ブレッドがどこぞの貴族の愛人の息子と言うのは騎士団、軍部、学院でも有名な話なのだがついぞ父親の存在までは誰も辿り着く事が出来なかった。

ノヴァエスに住んでいるとはいえまさかアレグローザに父親がいたんじゃ早々に辿り着く事は出来ないだろうと納得をする。


「まぁ、そう言う難しいお年頃だろうからいいけどよ」

「難しいお年頃なんです。なのでほっといてください」


そんな気さくで気軽なやり取りをしていて半日が過ぎた頃、状況は急変した。

連なって馬車を走らせていたが、突如森の中から飛び出した集団に馬車の隊列は崩され、瞬く間に馭者は殺されてしまった。

揚句に馬車を乗っ取り持ち去ってしまう始末。

残りの武器をとりもどし、負傷した兵士を助けに降りた兵士が次々に殺されるのを見て、自由に身動きの取れない森の中で待ち伏せされたのを嫌でも思い知らされた。


「くそっ!武器を奪われるな!この武器でフリュゲールを傷つけさせるくらいなら!」


一人、また一人と部下が殺される圧倒的な不利を見て隊長は俺の顔を見て泣きながらどこまでも優しい顔を最後にと向けてきた。


「馬車に火をつけろ!」


その声と同時に兵隊の一人が馬車へと持っていた松明を投げつけた。

爆薬を積んだその馬車に火が付いた途端とてつもない破壊力と爆音が周囲の馬車を巻き込みながら燃え盛っていく。

強奪に来たのはたぶんでもなくガーランドの連中。

一緒に巻き込まれながら吹き飛ぶ中、その爆発は運悪くなぎ倒された馬車によってブレッド達の逃げ道を塞いでしまった。

次々に連鎖爆発を起こす火薬に誰もが生を諦める中、隊長は爆発によって抉られた地面にブレッドを突き落した。

更にと言うように既に事切れた遺体をブレッドの上に次々と放り込んでいく。


「何すんだ隊長!」


いきなりの事と、これからしようとする事にブレッドは顔を青ざめながら想像して抗議をする。


「お前はまだ子供だ!生き残る事を考えるんだ!」


言いながら火薬を扱う為に火が移りにくい素材の幌をはぎ取ってブレッドの上に乗せていく。

その意図を察した兵達もブレッドを生き残らせるために協力を始める。


「止めろ!こんな事してる間にも逃げるんだ!


ブレッドが叫ぶも深い怪我をして生き残る確率が難しい兵隊が自らこの穴の中に飛び込んで幌でブレッドをくるんで抱きしめる中、次々にブレッドに重しにならないように、でも迫りくる炎の壁になるように少しでも火の進行を妨げるようにとわずかな水の詰まった樽を抱え込んで飛び込んでくる者もいる。


「お前ら!」


ブレッドはやめろと言うように叫ぶも断熱、防火も兼ねた魔物の皮で出来た幌でブレッドを隊長は抱きすくめるように再度包み、その上から囁いた。


「俺の家にはお前ぐらいの息子がいる。

 この戦争に巻き込まれて死んでしまったが、何もお前も死ぬ事はない」


初めて聞く言葉だった。


「後方支援なんてしけた仕事にふてくされてた俺達だが、妖精騎士と一緒に仕事が出来て息子に自慢話が出来る」

「止めろ……止めてくれ……」

「声を出すな。フリュゲール軍が見つけてくれるまでみんなの中でじっとしてるんだ。

 死んだふりしておけばガーランドの奴らの目ぐらいくらませる。

 幌の中に一緒に携帯食を入れた。数日は生きる事が出来る。

 無事生き延びてくれ……

 俺達の分も、たのむ。生きてくれ……」

「止めてくれ、頼むから……俺と一緒に生きてくれよ……」


叫ぶももう返事もない。

それでどころか続く爆音に、外の様子も判らない。

上手く隙間を作ってくれた場所に収まったが、折り重なった人の重みに身動きが出来ず、やがて肺を焼くのではないかと言うような強烈な熱は鳴りを潜め、雨が降ってるのだろうかむせ返るような大地と水の匂いが火薬の匂いの中に混ざってきた。

真っ暗な幌の中では時間がわからない。

昼なのか、夜なのかさえもわからない。

夏のせいか遺体が腐乱していくのが早かった。

水に浸かってるのも、雨が降ったのもそれを手助けをする事になった。

俺を守る為に命を懸けてくれた人から発する臭いに包まれ、うぞうぞと蛆虫の動く音を布越しに聞く。

発狂して叫びたくなる心を、隊長の最後の言葉が俺に理性を与える。

枷と言うより呪いの言葉だと恨みながらも涙を落とす。

恐怖に眠る事さえできなくなっていた。

食料もとてもじゃないが口にはできなかった。

やがて体の水分が抜けきったかのように涙さえ出なくなり、暗闇の恐怖に負けて声が零れ落ちそうになるも、それより先に割れた唇から血の匂いを思い出した。

まだ体の中に流れる物があるんだ。

途端に正気に戻されたとたん、暗闇とぐずぐずに崩れていく仲間の体とさらに増えた蛆虫が俺を食べていく感覚に絶叫するも、乾いたからだからもう声も出ない。

こうやって俺は死んでいくんだと簡単に死なせてもらえない恐ろしく緩やかな終焉にもうここがどこだか、どうしてこうなったのか、何で生きているのかさえどうでもよくなった。

早く死なせてくれ。

あれから何日経ったか知らないが周囲を死で固められた空間の中、俺は正気を手放していた。


光が射した。

大きな声が何かを叫んでいた。

見覚えのある顔が、聞き覚えのある音を叫んでいた。

身体の一部を引っ張られた。

そのまま千切れると思ったが、意外に体は頑丈に出来てるらしい。

身体を揺す振らされて誰かが覗きこんでいるが、それが誰だか思い出せなかった。

ただ、空気が変わった気がした。

それから雨が降った。

バケツをひっくり返した雨に体がある事を思い出させた。

それからまた暗い世界に連れて行かれた。

だけどそこはさっきまでの闇ではなく、どこか暖かい光が溢れていた。

身体にまとわりつく何かをはぎ取られて、長い事水に浸かっていた体が改めて寒い事を訴えてきた。

反射的に体を丸めてしまえば、何かが口の中に、苦い何かを口に流し込まれるも、それを飲み込める事が出来ずに口の端から零れ落ちた。

だけど何かは諦めず、それをゆっくりと長い時間をかけて拒む口に入れては零れ落ちると言う動作を繰り返す、もう拷問だな。

やがて、喉の奥にまでたどり着いた何かによって身体の内側ら体が裂けていくのを感じながら意識が途絶えた。

ほどなくしてまた意識が取り戻せた。

身体の至る所で針で刺す痛みに意識を取り戻したと言ってもいい。

緩慢な動きで何が起きているのか首を傾ければ


「気づきました?

 申し訳ありません。既に麻酔が切れてしまって、麻酔なしで除去しなくてはいけなくなってしまいました」


男はピンセットで体から何かを取り出していた。

時々小さなナイフで皮膚を開き、そこにうごめく白い何かを慎重に取り出していた。


「ああ、せっかく目が覚めたのなら薬を飲んでください。

 今、酷い熱が出ています。

 苦いのですが、ウィスタリアから取り寄せた貴重な薬なので吐きそうになっても飲み込んでください」


小さな粒をすりつぶした物を口の奥に入れるように、そして生ぬるい水で飲み込みさせられた。

何度も吐きそうになるも薬を飲ませた男が口を手で押さえてそれを許さず、悶える俺を押さえつけていれば、どっと体力が削られた。

だけどかわりに身体がふわっと楽になり、再度すすめられた生ぬるい水を今までの苦労が嘘のようにゆっくりとだが飲む事が出来た。


「さすがウィスタリアの魔法薬です。

 傷口が見る間に塞がって行きますし、おや、体の中の蛆虫が強制的に押し出されましたか。

 私の今までの努力は一体……

 熱まではまだ治まりませんが、肉体的にはとりあえずこれで大丈夫でしょう」


何が?と聞きたかったが、がんばりましたねと俺の頭を撫でてくれた男の名前をようやく思い出した。


「ジル……」

「はい。やっと私を見てくれましたね?」


ホッとしたと言うように笑みを浮かべた男の笑顔を初めて見た事に気づいて体を起こそうとするも力が何もなく持ち上げる事さえできなかった。


「無理をしてはいけません。

 ウィスタリアの魔法薬は生命力と引き換えに怪我を治す治癒魔法の薬です。

 今はたぶんギリギリの所で貴方は命を繋げてます。

 食事をして体力をつけてからもう一度薬を飲んで、それから少しずつ回復していきましょう。

 貴方の居場所をルクス達が教えてくれました。後で感謝を」


そう言って毛布を掛けてくれた所で俺が一糸まとわぬ姿で治療を受けていた事を知った。

別に恥ずかしいわけではないが、みっともないなと少しだけ回復した知能がそう感じさせる。

そんな中賑やかな馬の足音と幾人もの大声の会話が近づいてきた。

ぼんやりとする意識の中で一人の男を周囲が押しとどめるのを無視してこの場に飛び込んできたのを見て、ここが馬車の中だという事を初めて知った。


「ヴィブレッド、よく生きてくれた……」


男は俺の手を、涙を流して祈るように握った手を俺は反射的に振りほどく。


「触るな!」


激怒だけが俺を正常にさせた。

男は涙を流しながらも驚きに目を開き


「お前の顔は見たくないと言っただろう!」

「こんな事になっても、まだ父を拒むのか……」

「俺はどんな時だってあんたの子になったつもりはない!」

「ヴィブレッド!」

「その名を呼ぶな!出て行ってくれ!」


感情に任せて枯れた喉から擦れながらも声を絞りだし、ギリギリの体力で力の限りの拒否をすればクラリと視界が回る。

慌てて手を伸ばしてくれたジルがベットから落ちそうになる俺を助けて、そっとベットに横たえさせてくれた。

背中を向ける事も出来ない俺はただ目を閉じてまだ何か言いたげな男を視界から消し去る。

やがて無言が続けば遠ざかっていく一人の足音と、幌が閉ざされる音をにまたゆっくりと目を開いて行けば、困ったかのようにジルが溜息を零していた。


「アレグローザ公がこの貴重な薬を取り寄せてくれたのですよ。

 それはもう取り乱して、貴方が発見されてから三日間寝ずに看病されたのに……

 あの方が父親だったのですね」

「俺に父親なんていない」


こんな話を聞いてもなお否定する存在に肩を竦めるしかないジルだったが、入るぞと一言断っては言って来たアルトが俺を見てため息を落とす。


「ヴィブレッド・アレグローザ。

 これがお前の本名だったとは、よくぞだましてくれたな」

「言わなかっただけだ」


俺の減らず口にアルトは笑いながら近くの椅子を引き寄せて座り


「アレグローザ公と話をした。

 お前はうちで預かる事になったよ」

「今までとどう違うんだ?」

「軍の方の席が俺の部下になっただけ。

 後は、まぁ、変らんな。

 というか、改めてお前に関する書類を見たが、よくもまあアレグローザの名前を消し去ったな」

「俺を本部なんぞで遊ばせた結果だ。

 それと、もう少し事務方は疑う事を覚えた方がいい」

「おやおや、少し体力が戻れば減らず口まで復活しましたか」

「俺はブレッド・アクセルだ」

「だとしたら、唯一の生還者の為に貴重な薬を取り寄せてくれたアレグローザ公に感謝してください。一粒金貨10枚なんてふっかけられた薬を10粒用意してくれたのですからね」

「その内いつか」

「それで十分だ」


やれやれとアルトもジルも苦笑する中、ふわふわとする意識がまた急激に眠りを欲求しだす。


「眠たいのなら寝てください。

 戦争は終わりました。もう大丈夫です。

 今はゆっくりと休んでください」


ジルの穏やかな声に瞼は重くなるが、これから俺は恐怖の日々を過ごす事になる。

眠ればこの出来事を思い出して絶叫と恐怖に夢と現実の狭間を行き来する。

疲れ果てて眠ってもすぐに飛び起きなくてはいけない悪夢の日々。

クスリに頼っても強制的に眠らされた世界でもゆっくりと死に蝕まれる記憶と言う夢に寝る事さえもう恐怖と言う、狂気の日々が幕を開けた。


続きます。

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