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精霊騎士である為に  作者: 雪那 由多
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心の淵に立つ

ウェルキィが現れた事は瞬く間に国中に知れ渡った。

そして老いたレオンハルトの代わりにウェルキィが契約したのはまだ12歳の学院に通う子供だとも知れ渡った。

勿論学院の中では噂を確かめに授業と授業の間の休憩時間には廊下から教室の中を覗く生徒であふれかえっていた。

ランは少し居心地悪そうにテオ、ディック、フランの影に隠れていた。

クラスメイトも大半はランを哀れむも、やはり好意的にこの状況を眺めていた。

ランの実力をこの学校で誰よりも知るのはこのクラスメイトであり、勉学は勿論、体の鍛え方も次元が違うという事を身を持って知っていた。

訓練もいくら真剣になっても、むきになっても歯が立たなくそれどころか、遊ばれている。

こんな感覚さえ悔しい事に理解させられてしまうのだ。

ウェルキィの第一候補でもあったオリヴィアとの訓練を思い出せば、彼女はすぐに吹っ飛ばせるし、少し持久戦を持ちかければすぐに足元がおぼつかなくなるのだ。

誰もが考える。

オリヴィアを対峙するようにランは俺達と対峙しているのだろ。

それでもレベルが違い過ぎる。

格の違い。

あまりに圧倒的すぎる強さに、今では俺達を訓練に来る若手の軍隊の人達は一通り訓練を終わらせると、ランに訓練を乞う始末。

当然のように軽くあしらうランに今では若手軍隊の中に時折あまり若くない人達まで紛れ込む始末。

さすがにこれはアルトゥールの耳に入り厳重注意となったが、それでも隙をついて若手の中に紛れ込む猛者が今もいる。

そんなランに軍隊の方も好意的で、四公八家と言う政治体制の中でも四公が必要以上に権力を振るうこの国では、ここぞとばかりに面白おかしくこの小さな子供がウェルキィと契約した事を話をするのだ。

とはいえ、国の代表がいないと言う異常ともいえるこの国を長年に渡って導いてきたと言ってもいい四公としては面白くない。

それどころかオリヴィアはあれから学校に来なくなってしまった。

ウェルキィと契約するのではと一番可能性が高かった彼女はここぞとばかりにその家名の名が持つ力を振るってきたのだ。

時には長兄よりも貴族達に先に挨拶させたり、時には公の場で父よりも上位に立ち位置を求めたり。

時期にレオンハルト公として既に振舞って来たその仕返しと言うように家で孤立していると人伝えに聞いた。

人伝え、つまり、使用人達の口に戸を立てられなかったと言う話のひとつ。

家督はレオンハルト公の長男、つまり、オリヴィアの父に順序良く下り、どこか卑屈な新しいレオンハルト公は今まで見た事のないような威厳を振りまくっていた。

それはたくさんの使用人も顔を歪めるような、そしてもともと仲の良くないオリヴィアの母親も広大な庭にある別宅に逃げるように、そして、自分の跡を継ぐ事になるオリヴィアの兄をどこまでも甘やかせて、今ではレオンハルトの妖精と言われていたオリヴィアは居ない者とされる扱いだと言う。

もっとも、使用人達もいきなりのその仕打ちに見えない所でフォローはするものの、この巨大な屋敷では味方は祖父の元レオンハルト公のみの状態だ。

息子にオリヴィアへの仕打ちを窘めるも、返事だけは立派なもの。

それだけオリヴィアが父と兄にした仕打ちが心を傷つけてきたと言う物だった。

自分の身に返って来ただけとは言え、まだ少女と言う年齢にはその理不尽な仕打ちに涙を流すばかりで、理不尽にもこの原因を作ったランへの恨みは日々募るばかりだった。

そんな中、壊滅した親子関係はそんなオリヴィアを目に見えない存在とし、その行動も関与せずと13歳の少女の育児を放棄するのだった。

勿論四公と言う名前の手前学院には通わせる、定期的に採寸をせずにドレスを作らせる、茶会に顔を出させるなど最低限は義務としてさせていたが、学院には馬車だけを走らせて使用人の住まいの一角に隠れるなど、それを知ってて良しとしている始末にレオンハルトの屋敷が傾いて行くのを使用人達は肌で感じるようになっていた。

十数日目かにして暗い目をしたオリヴィアは馭者に指示をだしシェムエルの森にやって来ていた。

鞄の中から半身とも言うべき妖精を掴みあげて森に放り投げる。

初めてオリヴィアの前に姿を現した時の様な光沢さえあったその毛並みは何処かオリヴィアの瞳のように薄汚れ、躍動に満ちたその四肢は何処か病的な動きをするようなオリヴィアのように力なく、オリヴィアに睨まれた視線に怯えるしぐさはまるで家族に冷遇されている彼女の姿そのもの。

妖精は契約者の心を反映すると述べる学者もいるが、今のオリヴィアとフェイヘイの関係はその物だった。


「さあ、この森からあいつを探しなさい」


フェイヘイを取り出した袋とは別の袋から短剣を取出し、鞘を抜き捨てた。


「お嬢様、それはさすがに……」


幼い頃よりオリヴィア専属の馭者を務めていた男はそれはいけない事だと窘めるもオリヴィアはそのどこまでも昏い沼を映す瞳で馭者を見上げ


「大丈夫よ。

 誰もレオンハルトに剣を向ける事は出来ないわ。

 それにレオンハルトから剣を賜うのよ。

 首を差し出すのは当然でしょ?」


もう支離滅裂なオリヴィアの主張に馭者は言葉を失くし、それが返事だと機嫌をよくしたオリヴィアは鞘から抜き去った剣でフェイヘイに悪戯に切りかかる。


「さあ、その鼻であの憎きあいつを探しなさい!

 一度出会ってるから分かるでしょ!

 あいつを!

 あのラン・センを探し出すのよ!

 そして……


 この手でウェルキィを解放して私が相応しい事を思い知らせてあげるわ」


周囲の植物をその言葉が持つ毒で枯らしてしまうのではないかと言うくらいの昏い瞳の少女はそのまま足を進めるごとにフェイヘイに切りかかり、森の奥へ奥へと足を進めるのだった。

あまりの変わりぶりに腰を抜かして震えていた馭者はしばらくの後に馬車に乗り込みそのままレオンハルトの屋敷に戻ってそのいきさつを家令に伝えるも、運悪くそれを耳にしたオリヴィアの父はそれは嬉しそうにひとり言を漏らした。


「ああ、そのまま深きシェムエルの森の妖精に惑わせてもらえないだろうか」

「父上、シェムエルの森はノヴァエスの森です。

 ウェルキィの森の方がまだ探しようがありますよ」


ノヴァエスに知れたら彼なら見つかるまで探すだろう。

それだけの力もあるし、見つけ出せる優秀な人材もいる。

これがレオンハルトの出来事になれば再配するのは我々で……

昏い笑みを交わす新当主と次期当主の会話に家令は眩暈を覚え、この場から退出したのちにノヴァエスにこの事を知らせに馭者を走らせるのだった。

この家令が心の奥底で我が身に不幸な事故につながる事を危惧しながらもその嘆願は命と引き換えに聞き入られる事を誰もまだ気づいては居なかった。


馭者とオリヴィアが判れて数刻ほど経って、夕暮れのシェムエルの森でランとオリヴィアは出会ってしまった。

いつものテオ、ディック、フランに今はオリヴィアの取り巻き立った者達も一緒にいた。

他にもクラスメイトはもちろん他のクラスメイト達も一緒に妖精を求めにシェムエルの森に来ていた。

そんな大所帯の前にオリヴィアは血で汚れた剣を持ち、彼らの前に立ちふさがっていた。


「やっと見つけたわ。

 会いたかったわラン」


その変わり果てた様子に誰もがあのオリヴィアだとは判らずぽかんと眺めてしまう。

気品とプライドと言う装備があるなら、それを具現化して纏っていた彼女の面影は今はどこにもない。

やっとの事でランはその名前を呼ぶ。


「オリヴィア?

 どうしたの、その姿……

 その剣、血が……」


一歩踏み出した所で真っ白の毛並みだったはずのフェイヘイは至る所を血で染め上げ、オリヴィアに近づいてはいけないと言うようにランの前に立ちはだかれば、オリヴィアは躊躇いなくその手に持つ剣を振り下ろす。


キャウン!


悲痛な声と共にその衝撃に吹き飛ばされて近くの木に叩き付けられるも、なおオリヴィアを止めようとフェイヘイは立ちふさがる。

その姿に誰もがオリヴィアの狂気に気づかずにはいられなかった。


「どきなさい。私はランと話があるの。邪魔をするとどうなるか判ってるでしょ?」


怯えながらも震える足で立ちふさがるフェイヘイをランはゆっくりとした足取りでその小さな体を抱き上げる。


「用があるのは僕だろ?

 だったらこの子をこれ以上傷つけるな!」


そっとそーっとオリヴィアから距離を取るランだが、オリヴィアは何故とかわいらしく小首をかしげる。


「どうして?

 私はこれに命令をしたの。すぐにお前の許に連れていけと。

 なのに森の中だと言うのにこんなにも暗くなるまで時間をかかるんだもの。

 躾にはお仕置きって必要なの、判るでしょ?」


うっとりと血に染まった剣を抱きかかえて自分の正論を述べるオリヴィアに、背後で誰かの悲鳴がついに零れた。


「こんなに遅くなったらお父様に私が怒られてしまうわ。

 原因を作ったこれにも責任を取ってもらわなくちゃ。

 お前の責任なの。

 でも安心して。私にはすぐに新しい妖精がやって来るから」


抱きしめていた剣をヒタリとランの喉元に向けて何処か病的な笑みを浮かべる。


「私の元にすぐにウェルキィが来るから、安心して死になさい」


そのまま剣を振りかざして切り付けるも間髪ランはその軌道から何とか潜り抜けて背中を木に預ける。


「オリヴィア止めるんだ!」

「オリヴィア止めて!」

「オリヴィア様剣を捨ててください!」


誰もがその愚行に悲鳴を上げながら止めてくれと叫ぶ。


「止めてですって!」


ギラリと怒りに彩られた瞳がクラスメイト達を睨みつけるも、その両の瞳からは涙があふれ出していたのだ。


「兄がウェルキィに見放されてからオリヴィアがウェルキィの次の主になるんだとずっと周囲に言われ続けて育ってきたの!

 父も兄ももうだめだからお前しかいないんだ。次はお前の番なんだと言われて育ってきたの!

 この大切なお役の為にレオンハルトのすべてが下僕となる。

 その為にも立派な主になりなさいってずーっと、それだけ言われて育ってきたの!

 お茶会でみんなが持ってる人形だって我慢して、散々人を着飾らせるくせに私の好みなんて聞きもしないで相応しい服を着なさいって、リボンなんてついた服は相応しくないって、取り合ってももらえなかった!

 刺繍の話題も混ざれなかったし、流行のドレスも髪型だって知らないわ!

私に在ったのは領主としての自治の税収と警備と知識とウェルキィを使役するための知識そればかりなの!

 お菓子の名前さえ知らないし、私が知りたかった事は何も学ばせてもらえなかったのよ!」


悲痛な叫びを誰もが唖然として聞いていた。

蝶よ花よと育てられたと思っていたオリヴィアにあったのはウェルキィの契約者としての存在価値のみ。

あの屋敷で誰も彼女を1人の人間としてではなく、ウェルキィを繋ぐ鎖としての在り方のみ。


 「ランを殺して、それも殺して、私が次のレオンハルトになるのよ!

  そしてウェルキィは私の物になるのよ!!!」


涙をボロボロと流しながら剣を振りかざしてフェイヘイを抱くランに力のかぎり振り下ろす。

逃げようも後ろは木で塞がれてるから横に飛ぶしかない。

だけど根っこに足を取られて滑り転んでしまって逃げるチャンスを逃した。

反射的にフェイヘイをかばう為に体の下に隠して、やがて訪れる痛みと苦痛に強く瞼を閉じて耐えるように唇を強く感じてその瞬間を待っていた。




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