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精霊騎士である為に  作者: 雪那 由多
11/29

東の四公 レオンハルト

おひさしぶりです。

ちゃんと続きました。


ジルの病院は深い森の中にある。

病院の裏手は切り立った崖となり、遠くに一望するフリュゲールの都のシンボルとも言うべき主を失った塔が高くまっすぐそびえていた。

病院まで行くには獣道で出来た一本道がたどり着くための唯一の道。

何でそんな辺鄙な所に住んでいるのかと問われれば、ジルは親兄弟と険悪な仲だからの一言。

しかもわりと似てる双子の弟とはそれはもう最悪で、もう何年も顔を合わせてないと言う。

一度だけ見た事あるが、何年も長い事家に帰ってないジルとの育ちの差で何か似ているかもと言うくらいの人相の違いに、兄弟とは誰も気付かないだろうそんな家庭環境にジルは家に来てほしくなさからこんな辺鄙な所に住む事にしたと言う。

ちなみにこんなとこでも立派にノヴァエスの屋敷の敷地内で元は小さな山小屋だった。

勝手にやって来たらそれで十分捕縛の理由にもなるし、ジルも捕縛する側の人間だ。

容赦なく捕縛して軍に突き出した数は両手では足りない。

そんな家族関係なので既にお互い干渉する事もなく今に至るのだが、それでも時々軍の隊舎の方に顔の知らない妹や弟が来ては金の無心にやってくる。

曰く、今更母親や父親が違う兄弟が1人2人増えた所でおかしなことはありませんよと笑うジルの言う貧困層の環境はどうなっているのか不安を覚えるのだが、容赦なくそんな兄弟を追い返すのは彼の正当理由としか思えない。

そんなジルの病院にランとヴィンシャーを迎えに行けば、ランの笑い声が聞こえてきた。


「ああ、ほら。怪我が治ったからってはしゃいじゃだめだよ。くすぐったいよぉ~」


バウ、ワウと野太いヴィンシャーの声が聞えてほっとしたかのようにアルトは溜息を吐くが


「いいかい?むしりとられた羽根は生え変わる季節までそのままなんだから、今ある羽根を大切にしなくちゃいけないんだよ。

 これじゃ空も満足に飛べないんだから気をつけなきゃね。

 足のハゲた所も毛が生え変わるまで我慢だ。

 これに懲りたらお母さんの所からこっそり抜け出しちゃだめだよ。

 人間の世界は怖い所でもあるんだからね」


小さなウェルキィを抱え、血のりを落とすようにその辺に干してあった雑巾でウェルキィを綺麗にしていく。

あれは窓を拭いていた雑巾だよなと乏しい記憶の中から思いだしている間、アルトはラン、ヴィンシャーと声をかけてから姿を現した。


「アルト!ブレッド!

 お疲れ様!」


小さなウェルキィはランの腕からぴょんと飛び降り、その背後に隠れてしまう。


「あ、こら。助けてくれた人達には感謝だろ?」


ランはウェルキィを抱き上げ俺達の前に突き出せば、視線を合わさない小さなウェルキィはそれでもしばらくの後に仕方がないと言うようにすんと一度だけ鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。


「あー、こら。約束しただろ!」


ランは子供を躾けるように怒るもウェルキィは身をよじらせてランの腕から脱出してしまい森の中に逃げようとするも、珍しい事にそこに人影があり、その人影にウェルキィは捕まってしまった。

しまったと思った時にはもう遅く、ひょいと抱え上げられたウェルキィはまずいと言う顔で逃げようとするも、ウェルキィを捕まえた男は容赦なくしっぽを握って暴れても問題ないと言うように笑っていた。


「悪いな。面倒掛けた」


真っ白な長髪のガタイのいい若者が立っていた。

若者と言ってもアルトと同年齢か少し上ぐらい。

陽気な笑顔だが、どこか野性味にあふれた歩き方や仕種に思わず剣に手を伸ばしてしまう。

だけど男はそんな俺達を見て


「あー、警戒させたのなら謝る。

 と言うか、うちのちびが迷惑かけた。ほんとすまん」


言いながらも未だ逃げようとするウェルキィのしっぽを掴んでぐるんぐるんと回し、目が回った所で彼の懐に入れてしまった。

と言うか、扱いなれてるなと言うのが正直な感想だが


「フェルスも久しぶり。ようやくこっちに来れたんだ」

「アウリールもこっちに来てるぞ。近いうち顔を出すそうだ」


ランがやったぁと笑顔で抱きついていた。


「あー、知り合い?」


思わずと言うようにアルトが聞くが


「時々遊んでくれた人なんだ。あれ、遊ばれた?

 どっちでもいいや。

 シュネルのお友達なんだ」


言えばランの頭の上でおとなしく寝ていたと思われたシュネルがしっぽを立てて怒り出した。

お友達と言うのとはちょっと違うらしい。

そんな様子に笑うフェルスだが


「まぁ、そんなわけでこいつは急いで母親の元に返さなきゃならん。

 悪いが今日は帰らせてもらうぜ?」

「うん。お母さんにもう目を放しちゃだめだよって伝えてよ」

「そこから逃げたくなるのが子供の性だが、こんな大怪我を起こしちゃそうは言わせんさ」


じゃあな、またすぐに会いに行くなと手を振って森の中に消えた姿に母親の元にとかどう言う事かと質問しようと慌てて追いかけるもすでに姿はなかった。


「ラン、彼は一体なんなんだ?」


何処か不思議な人物を訊ねるも、ランは首をかしげるだけで


「フェルスはフェルスだよ。それ以外何者でもないよ」


そんな返答にアルトは眉間に皺を深めるだけで答えになってないと呻く。


「仕方がない、これ以上聞いても訳が分からないならレオンハルトに向かおう。

 悪いがランも着いて来い」

「レオンハルトってオリヴィアのお家?」

「そうだ。その家になる。

 今の一件ももう一度説明してもらう事になるぞ」

「あー、上手く説明できるかなあ」


苦手なんだよなと少しだけ自信のなさ気な顔で俺達は再度獣道を通る事になった。

と言うか、もう少し道幅を広げないとなと、ちょうどヴィンシャーと同サイズのティルシャルが通るに丁度良い獣道は人一人通る分申し訳ないほどの道幅だ。

と言うか、絶対ティルシャルが作った獣道だよなと考えずにはいられない。


「いつも思うのだがこれは何とかならんのか」

「ジルも休暇にここで診療所開く程度だから構わんだと」

「もう少し俗世にあいつは興味持たんか」

「ジルの人間不信は筋金入りだからな」


言葉に絶しがたい幼少体験、そして学院での陰湿ないじめ、軍でも心もとない言葉の数々。

本人は慣れっ子だと言うが、人当たり良さ気な笑みを浮かべた仮面の下は感情に乏しい死人の様な面立ちで、休日はここに籠って総てと断ち切って心の平和を保っているのが俺達の見解だ。

俺も大概だが、ジルの人生も相当だと溜息を零さずにはいられない。

もっとも貴族と言う醜くくも狭い社会で八家ノヴァエスの当主に着いた目の前を歩くこいつの幼少期も壮絶な体験をしている。

何せ異母兄弟で殺し合ったと言うのだから、女ったらしの顔の中身はずいぶんとすさんでいる揚句、実の両親をノヴァエス領の最奥に建てた別荘に今も監禁しているのだから随分と良い性格をしている。

それでも母親とは良好な親子関係を気づいていると言うのだから世の中不思議な事だらけだ。

ぼんやりとそんな事を思いながらも前を歩くアルトとこの森の草花や時折姿を現す妖精にはしゃぐランはアルトに説明を求め答えているあたりアルトも随分と丸くなった物だと思わずにはいられない。


やがて森を抜けてシェムエル村へと出た。

グラナダ隊が拠点とした公民館の前は相変わらず騒然としていて、ブレッド達の姿が見えた途端賑やかになった。


「アクセルおまえなんで、って、ノヴァエスも一緒、院生も……

 一体森で何があった?!」


最悪を予想してがグラナダ隊長が顔を真っ青にして公民館の中に俺達を招くも


「ガーランドの奴らがウェルキィの子供をおとりにウェルキィを捕まえようとした。

 子供のウェルキィも保護したし、ガーランドの奴らも捕まえた。

 あとはこの一件をレオンハルトに報告すれば終わりだ」


簡単に説明すればどこからともなく張りつめた空気が消え、誰ともなく良かったと肩を抱き合ってわずか数時間もかからなかった諍いはこうして終了を迎えた。


「とりあえず団長が解散を宣言するまではこの拠点を維持。

 撤退準備に向けて片づけに入ってもらっても構わない。

 それと馬を借りたい。

 レオンハルト公を待たせるとまたうるさい奴らが湧いて出るだろうから」


ブレッドの指示に一般兵が馬を二匹連れて来てくれた。

俺とアルトはすぐそれにまたがり、ランは俺と一緒にタンデムしてもらう事になった。


「その院生も連れてくんですか?」


一般兵のどこか理不尽な視線に


「こいつが立役者だ。説明もしてもらわないけないしな。

 と言うか、ラン。さっきのフェイヘイが何でここにいる……」

「んー?よくわかんないけど、ここに着いたら森の中から出てきて、肩によじ登って来たんだ」


マフラーのようにくるりと首元を飾っているが、夏を迎えようとするこの季節、正直暑苦しいスタイルである。

そんな事さえお構いなくどこか剣呑な雰囲気を覚えるも、俺とアルトは無視して四公の一人、東のレオンハルトの地へと向かうのだった。




レオンハルトは東側に海をもつ穏やかな気候の土地。

ノヴァエスのシェムエルの森から続く、レオンハルトが代々契約しているウェルキィが住まうウェルキィの森を管理する一族。

今ではこの国の守護精霊フリュゲールが去って、代わりにウェルキィが守ってくれているが、既に数年ほどもう誰も姿を見ていない。

もともと、今の代になってから数年に一度しか見せてないのに、記録ではこの十数年は片手で足りるほどしか出没の記録しか残ってない。


馬を走らせながら森を抜ければ小高い丘にレオンハルトの屋敷が見えてきた。

白い壁に青い屋根の大きな屋敷。

アルトの屋敷もでかいが、四公八家の筆頭と自らが言うのだ。

アルトの家よりも荘厳と言う言葉が似合う歴史を持つ屋敷はそれでも美しく綺麗に整理された庭が広がっていた。

俺達が来るのを待っていたのかレオンハルトの警備兵はすぐにレオンハルト公の元へ行くようにと俺達を通してくれた。

並足で敷き詰められたレンガの道を通り、屋敷の前に待機している軍隊と合流する。


「二人とも大丈夫だったか!

 ああ、ランも……

 隊長から聞いた時は驚いたぞ。

 一人で無茶したんだってな?!」


怪我はないかと体を軽く叩きながら様子を見る姿に俺達も周囲も意外という視線で見守る。


「アリシア先生、俺達とランの扱いの差が酷くないですか?」


聞かずにはいられない。


「当たり前だろ。院生と大人を一緒に出来るか」


にべもない答えだったがなんとなく納得はできない。

理不尽だと思いながらもランがアリシアにくすぐったそうに構い倒されるのを眺めていればやがてジル達がガーランド兵を縛り上げてやって来た。


「二人とも随分と早いお越しですね」

「シェムエル村で馬を借りたからな。

 そう言うお前らも捕虜がいるのに随分早かった……わけだな」

「はい。捕虜を連れてぞろぞろ何て歩いちゃいられませんから」

「ああ、だけど、だな。

 捕虜の取り扱いって言う項目、知らないわけないよな?」

「大丈夫です。馬に引きずられた程度で死ぬわけないし、こう見えても私は医師ですよ?

 何度も休憩を入れてちゃんと怪我の様子を見てあげてます」


ジルと一緒にやって来た下級兵士は今も捕虜を見ないようにそっと視線を反らせている。

そして捕虜は全員が泥まるけで鎧をどこかで落としたような身なりだったり、所々擦過傷を負っている。


「駆け足程度で進んだだけなので、それほど被害はないですよ」

「駆け足って、人の駆け足だよな?馬の駆け足じゃないよな?」

「嫌な事言いますねえブレッドは。

 人の駆け足に決まっているでしょう。

 なんで捕虜に高価な薬を使わなくてはいけない状況を作らなくてはいけないんですか。

 それに彼らに走ってもらわないと馬に負担をかけてしまうでしょ?」


馬が可愛そうですと言い切ったジルにアルトは部下達にお前達も良く着いてきてくれたとお褒めの言葉を与える。

この際それはこの無謀と言うべき行程か、ジルの人望についてかは詮索しないし答えは求めたくもない。


「とりあえずこの捕虜の扱いはどうしましょうか?」

「王都に帰るまでレオンハルトに預かってもらえ。

 後、簡単に傷口の処理だけしてやれ」

「お優しい事で」


医者の言葉じゃねえなとブレッドは心の中で毒ずくも、ランを連れてアルトと一緒に屋敷の方へと向かう。

入口のホールだけでもダンスホールが開催できそうな広さを誇るレオンハルト家の屋敷の規模のでかさに思わず頭上のシャンデリアをぽかんと口を開けてランは見上げていたが


「なんであなたがここにいるのです」


鈴を転がすような愛らしい声がホールに響いた。

誰ともなく優雅な弧を描く階段から下りてきたピンクの可愛らしいドレスに身を包んだ少女に視線を向ける。

はちみつを垂らしたような淡い金の髪は複雑にでも美しく結い上げられ、明るい赤い宝石の髪飾りが飾られている。

階段を降りる際にちょこんと見えるつま先はピンクのドレスに合わせた可愛らしいピンク色の靴で、信じられない事に靴にも髪飾りと同じ赤い石が飾ってあった。


「やあオリヴィア、こんにちは」


が、ランはそれを一言も褒める事無くごく学校での生活の延長のように片手を上げて挨拶をしていた。

そのドレスをどう誉めようかと考えていただろうアルトの横顔を見ながら素晴らしいスルー能力だと心の中で誉め立てておく。


「こんにちはじゃなくて、見てわかるでしょ?

 今うちは大変な事になってるのよ」

「ああ、その事についてだが、ランも関係者なんだ。

 それよりも当主にはまだ会えないのか?」


アルトが口を出せば、妖精騎士としてではなく、八家ノヴァエス当主と見て、ドレスをチョンとつまみ、さらりと淑女の礼をこなして頭を上げる。


「当主レオンハルトはただいま身支度を整えております。

 少々体調を崩しておりましたのでしばらくお待ちを」


背後に従える侍女が恙無く応え、もうしばらく待ってほしいと言う。


「それよりも一体何があったの?

 お父様も何もおっしゃらないし」

「簡単に言えばガーランドからの奇襲があって子供のウェルキィをおとりにウェルキィの捕獲を企んでたみたい」


オリヴィアの質問にランがあっさりと答えを言ってしまってアルトでなくともしまったと顔を覆う。


「あのな、ラン。これはとても大事な事件なんだ。

 あっさりと口に出さないでくれ」

「えー?オリヴィアだって当事者だろ?」

「残念だが、まだ外部の人間だ。黙っているのが筋だ」

「ふーん」

「申し訳ありません」


オリヴィアは自分の行為が越権行為だと理解してアルトに頭を下げる。

一応八家当主の一人だからだろう。

だけど、その関係もすぐ変わると侍女を引き連れて当主がいるだろう部屋へと足を向けるが


「所で、その首に巻いてるのは一体なんです?」


胡散臭げに、でも興味深げに首を傾げてランの首元を見る。

オリヴィアと目が合ってランの首を一度だけくるりと回ってまた最初の位置に戻る姿に目を回すも


「フェイヘイって言うんだって。

 ガーランドの方の標高の高い所に住んでるらしいんだけど、シェムエルの森で何か懐かれちゃったんだ」

「貴方シュネルがいるのでしょ?」

「この子はただくっついてるだけだよ。その内どこか行くよ」


言うも、ずっといると言うようにランの頬をぺろりと舐める。


「か、可愛いですわね」


首筋に頭を擦り付けるしぐさに思わず場が和んでしまい、オリヴィアがそっと手を伸ばすも、その長いしっぽで触るなと叩き落とす。

誰ともなく見ないふりをしてしまうも、気位の高いオリヴィア様はそんな事は気にもしない。


「まぁ、貴方にはお似合いの妖精ですわ」


ウェルキィを契約することが前提になっているオリヴィアとしてはウェルキィより格下のフェイヘイは目ではないようだ。


失礼いたしますわとこの場を去って行ったオリヴィアを見送って、それから少し待たされた後、やっとレオンハルトの当主の待つ部屋へと案内される事になった。

見晴らしのいい大きな窓を開け広げて雄大なウェルキィの森を遠くに見える庭に面した部屋のベットで体を起こした状態で俺達を迎え入れてくれた。

老体のレオンハルト当主の背後にはレオンハルトの家族がそろっていて、手前には騎士団長のゼゼットがいた。

一応レオンハルト側の人間だが、今日は騎士団の人間としてこの場にいるらしい。

それがこの立ち位置に現れているようだが、どう見てもレオンハルトの警備にあたってる人にしか見えない。

とりあえずアルトは俺とランを引き連れて子ウェルキィの話を当主の前でする事になった。

当然他の隊の隊長もいる前でランはさらし者になる。

一人少しだけ開けた場に出されたランをレオンハルトは手招きし、招かれるままとことことベットの側までランは歩いて行く。

当然頭の上にはシュネル、首にはフェイヘイを連れて。

ランとレオンハルトの戦いが静かに幕を開けた。

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