赤い瞳の少年
転生したからって頑張るなんて無理!のフリュゲール組の話になります。
↑を読んでなくても問題あるかもしれないけど、単品としてもお楽しみください。
小さな少女が落ちていた。
落ちていたというのは不適切な表現だが、道の真ん中、埃まみれ、意識なく、転がっていた。
方や遠くまで広がる森林、方や切り立った崖、さらに言えば滑り落ちたと言っても間違いのない痕跡すらあるのだ。
「これを落ちていたと表現して何が悪い」
そんな正論を元同級生で今では同僚のアルトゥールに話せばとりあえず「バカだろ」と言われたのは腑に落ちない。
「でブレッド。なんでそんな子供をお前は連れてきた」
あれからどれだけか知らないが山道を背負って連れて帰ってきたと言うのだが
「見つけた以上ほかっておくのも夢見が悪くなるだろう」
「お前がそんな玉か?」
「一応お前の領地内の出来事だ。
哀れな旅人に一夜の宿を提供するぐらい困窮してないだろ?」
「別にそこまでうちは金には困ってない」
寧ろあふれているぐらいだろうと突っ込みたいのは我慢し、いまだ年季の入ったソファに寝転がされている子供のくせに整った顔を覗いていれば
「それで、アルトとブレッドはそんな子供のやり取りを何故私の家でしているのですか」
頭が痛いというようにこめかみを抑えた銀髪の男ジルベールは顔を曇らせる。
「それはジルが医者だからだろ?」
対照的なくすんだ金の髪のブレットはニヤリと意地悪そうに笑い、同じく元同級生かつ領主のアルトゥールはブレッドの意見に賛成だというように大きく頷く。
「うちの屋敷が広いとはいえどこの馬の骨かわからない輩を招くほど愚かではないが、とりあえず傷の手当ぐらいしてやれ。
治療費ぐらい盛大に支払ってやる」
顎で指図するさまが堂に入ってるアルトゥールにため息交じりの返事。
こうなる事はこの会話が始まる前よりどこか見えていた結果だけにダメージは少ないが
「傷の手当はもう終わりましたよ」
「さすがに手が早いな」
「誤解を招きそうな言い方やめてください」
泥で汚れた水を捨て、傷口を拭いた布を水を張ったバケツに入れ、使った器具を殺菌するために水ですすいだ後沸かしておいた鍋に放り込んで煮沸消毒をする。
テーブルでお茶を囲み手際がいいなと褒めたたえる二人を無視しながら鍵の掛けてある薬棚から気付け薬を取出し蓋を開けて眠りっぱなしの子供の鼻の先に近づけた。
少し離れている二人さえどこか顔をゆがめるほどの刺激臭に近くで嗅がされた子供はあまりのひどい匂いに子供らしい大きな瞳がぱちんと開いた。
鮮やかなまでの赤。
この場にいた三人はその紅玉と言うより命の炎と言うにふさわしい輝きを溜めたインパクトに息をのみ
「くっさーっ!!!何この匂い?!」
想像していた声よりも幾分低く、予想していた声色の質の違いに思わず頭の中が真っ白になった。
突然開かれた瞳の予想外の赤い色と髪はさらさらで柔らかく、ハーフパンツをはいているとはいえチュニックから覗く細い脚というか、子供らしい肉付き体型は眠ってる間は誰がどう見てもまごう事無く少女そのものだった。
が、
涙を溜めて匂いをまき散らすように手で空気を扇ぎながらむせ返るしぐさ、そしてその声は間違いもなく少年のそれだ。
「気が付いたかな?」
医者らしくジルベールが脈を図り、骨折がないか手足を見る間赤い瞳の少年はきょとんとしながらもされるがままにされた挙句自分の様子を見て自分が今置かれている状況を思い出して納得しているようだった。
傍観するようにテーブルからすでに冷え切ったカップに口をつけながらブレッドとアルトゥールは少年をじっと見ていた。
赤い瞳の少年はジルベールの診察に応えながらもきょろきょろと清潔ながらも小ざっぱりしすぎの室内を見回し、窓から遠くに見える街並みを眺めていた。
「で、名前を聞きたいのですがなんというお名前ですか?」
最後に訪ねた質問に少年はピンと背筋を伸ばし
「あ、えーと、ランです」
短い紹介だったが名前の前に”えーと”とついた。
つまり本名ではない。
もしくはこの名前が総てではないという事だとブレッドは空になったカップにおかわりが欲しいなとぼんやり考えながらアルトゥールを見れば彼も同じようにカップを持っておかわりが欲しいと俺を見ていた。
「ラン……ですか。あまり聞かない名前ですね」
この国の名前では最低でも彼より長いのが特徴だ。
ニックネームとして略すのは普通だが、こういった初対面の時はフルネームで名乗るのがマナーだと、どうでもいいことを心の中で突っ込んでみた。
「僕勉強をしにこのフリュゲール国に来ました」
言って持ち物のカバンの中の隠しポケットから一通の封筒を取出しジルベールに差し出した。
「フリュゲール王立学院の入学証明書ですか。これはこれは優秀ですね」
そこには『鸞旋』と何所かで見た事のある文字で書かれていて、これが名前なのだろうと彼が濁した意味を悟り、本人は誉められて素直に嬉しそうに笑う顔はまだあどけなさが残っていた。
王立学院に入るには条件がある。まず一つは中等学校レベルかつ優秀な成績の保持者である事。
中等学校卒業するには15歳という時間が必要となるが、どう見ても彼は15歳には見えなかった。
もっと幼く…10歳程度か?
10歳。そういえばその年に俺は王立学院卒業したなとぼんやりと仰々しい箔押しのされた紋章を眺める。
「僕の居た村はすごく田舎で子供でも働くって言うのが当たり前なくらいすごい貧困で、戦争もしょっちゅうだから何とかしたいってこの国に来たんだ」
窓から見える景色の中央には200年主を失った塔のような城がそびえ空席を領主が補う貴族主体の政治がひかれたせいか周囲は領主の力を誇示するようなきらびやかな街が発展していた。
俺達から見れば見慣れた景色だがランには目新しい景色だろう。
初めて見る異国の景色に興奮したかのように頬が赤く染まっているのは先ほどから隠しようがないのはご愛嬌だ。
「学問とかも凄く遅れていてないも同然で、文字を教えれる人もいなくて、たまたま僕の知人がいろいろ本をもってたりして教えてくれたからなんとか王立学院の選抜試験に合格する事が出来たんだ」
そりゃまたすごい幸運だなとおどろいて見せるも、どう考えても長いとは言えない準備期間でよくぞその年で選抜試験に合格したもんだと感心をした。
「それは立派な方ですね」
人当たりの良いジルベールはよかったですねと微笑みながらもどうとでもとれる無難な答えに肩をすくめる。
「じゃあ、この近辺にお住まいが?」
カルテを作っているのだから当たり前のように住所を聞けばさっきまではきはきとしていた答えていたランの顔が途端に曇る。
どうしたのかと思えば
「学院に寮があるからそこに入ればいいって教えてもらったんだけど」
つまりまだこの町での住所はまだないと言う。
だがそれ以上に困った事実を彼はまだ知らないようだった。
ジルベールは少しだけ言いにくそうにすればアルトゥールが俺同様空っぽになったカップを机に置き
「学院の寮は老朽化が激しいから昨年から修理の為に全面閉鎖されている」
もともとその老朽化のせいで入寮する人も少なく、揚句学院に入学するものは大半がこの国の住人だ。
ランのように他国からわざわざ来るような奴は金持ちばかりだから最初から寮なんぞ考えてもいないやつらばっかりだし、よほどの家庭の事情でない限り進んで入寮するものがいないのが俺達の一般常識だった。
その事を伝えればランは困った顔をしどうしようかと手を口に当ててうーんと悩み始めた。
その姿は少女なら思わず手を差し出してあげたい所だが困ったことにランは男だ。
そこらの美少女よりも様になるとはいえ男だ。
世の中違っていると漆喰を塗られた天井を睨めばアルトゥールが立ち上がった。
それからおもむろにジルベールのカルテを取り上げそこに何やら書き込んでいく。
「ちょ、なに書いてるんですか!」
澄ました顔で書き込んでいるカルテを覗き込めばランの現住所は見覚えのある住所。
そう、この診療所の住所。
続けざまに入学証明書に住所と保護責任者ジルベールとブレッドとの連名での名前を書き込み後継人の名前としてアルトゥールの名前を書き込んで最後に左の中指に収まる紋章が描かれた指輪をインクに押し当ててポンと押す。
「何してるんですかあああ!!!」
「おい…」
ジルベールとブレッドはそろって入学証明書に手を伸ばすもアルトゥールはひょいと躱し紋章印にふぅと息を吹き付け丁寧に封筒にしまいランに手渡す。
「とりあえずこの国での最低限の保証は俺達が何とかしてやる。真面目に学問に取り組むがいい」
「はぁ、ありがとうございます」
丁寧とは言い難い感謝だが状況が状況だ。仕方がない。
彼は俺達の顔を見ながら本当にいいのか?と視線で訴えるのだから。
こう見えても俺達だって自立した大人だ。
未来ある子供の一人の支援ぐらい大人三人でかかれば何とでもなる。
できない方が人間的にも不安だ。
「ただな」
ポツリとつぶやいて天井を見上げる。
何だ?と言うように三人の視線を集めてしまったブレッドは何でもないと苦笑。
言えるはずがない。
将来を見込んで自分の中でこんなにもドストライクな美少女に恩を売ってぜひとも仲良くなりたいなんて下心があったなんて。
何とも言えない微妙な残念な感じだけが俺の中に残ったが、この年で王立学院に入学する逸材だ。
「どうだ?」
と話を持ちかける。
キョトンとした顔で長いまつげを瞬かせながら俺を見上げる視線になんだか泣きたくなる。
男と分かってもかわいいものはかわいい。
自分に負けそうな瞬間だ。いや負けない。
「仕送りとかはどうせ期待できないのだろ?」
聞けば少しばつが悪そうな顔で頷き
「どこかで働き口を探しているなら俺の助手をしないか?」
「まってください!なんて過酷な仕事を斡旋するんですか!」
「そうだっ!児童虐待だぞ!」
提案した途端ジルベールとアルトゥールの必死な形相での苦情。
「お前ら、俺を何だと思ってる」
思わず頬が引きつるも二人して言った言葉は言葉通りだと真面目な顔でいう。
「うちには部屋もあるし、あの家を何とかしてくれるなら学生の間の生活の場ぐらい面倒見てやる」
「当然でしょう。拾ったのは貴方なのだから。ですが、あまりにむごすぎます」
ジルベールは濁りきった口調で言いながら茶葉を入れ替えて紅茶を淹れる。
「なら俺は学費の面倒を見てやろう。
なに、卒業後私の下で面倒を見た年数と金額分ほど働いて恩を返してくれればいい。留年だって歓迎するぞ」
ハシバミ色の前髪をいじりながらニヤリとアルトゥール。
「きっとすぐ、今でも既に困ってるでしょうから相談ならいつでも乗りますよ」
俺とアルトゥールの予想外の協力にジルベールはこれ見よがしに盛大な溜息をついてさっきまでの面白い顔はいつもの穏やかなものへと変わっていた。