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其之一 あなたに微笑む

どうもこんにちは。明日ヒロとは別の試みとして友人から設定を借りて長編を書くことになりました。人様の世界を借りるという緊張でどうなるか不安ですが、どうぞこっちもご覧ください。

未来への桜歌(おうか)其之一です。

闇に悲鳴が響く。

「どうして、どうしてなんだ!」

 声の主は空気が抜けたようになっている女を抱え、夜空を睨んだ。

「これが俺達の運命なのか?」

「ええ、そうよ」

 誰かに呼びかけるまでもなく発した声。それに予想外の返答。声の主はぎょっとした。

「なんだ、何だお前は」

「私は運命の神様。決まった名前は持たないわ。でも学の深い貴方にわかりやすいように云えばウルドって云えばよいかしら?」

「ウルド……過去の運命をつかさどる神。なあ教えてくれ、お前が本当にウルドなら……どうして折れれはこうなってしまった」

「さっき答えたでしょう? これが貴方の運命」

 笑うように云う声に絶叫が返ってくる。

「ふざけるな! だとしたら俺は運命を、世界を、貴様を恨む! 俺が――」

「落ち着きなさい、話はまだ終わってない」ウルドはわざとらしく溜めてから問いかけた。


 ――運命を、やり直してみない?


                         ◆

 桜の舞う季節。光も風に舞う。春だ。俺、春野冬馬は自分の頭上へ直角に交わる太陽光を感じながらまるで映画のワンシーンみたいに桜の花びらが踊る中を歩いていた。

「全く、新学期早々遅刻するなんて冬馬はドジっこなのです」

 俺の隣を「浮遊」するのは細雪のように白い髪を対照的な紅い大きなリボンで結び、巫女服に祖側で乳白色の肌を落とし込んだ、俺より少し年下くらいの印象を受ける少女だった。名は華華。この町に住む神様だという。そうは思えないほど無邪気な性格で威厳がないのだけれど。俺の家は神社なのだがどうやらその辺に住み着いているらしく俺に付きまとっている。俺は、こちらを見ながら浮遊していたあまり傍にあった木の幹に激突した「神様」を見て苦笑しながら言い返した。

「ドジっこはお前だろ」

「ひどいです。そういうことばかり云うから冬馬には友達がいないのです!」

「はあああ? お前なに云ってるの?」

「知ってますよう。冬馬が所属している『せーとかい』以外に学校でろくに人付き合いしてないことくらい! ボク、姿消せるんですからね。神様ですから」

「あーはいはい。そういうの良いから」

 俺はイヤホンを取り出し耳にさす。華華は神社じゃなくて俺に憑いているんじゃないかともう程しつこい。こうでもして時々声を遮らないと俺の精神が持たない。俺はスタスタと歩みを速め自分の通う柏井学園と急いだ。

                    ◆

「で、結局友達は出来なかったんだね」

 柏井学園生徒会室。俺にかけられたのは無慈悲な言葉だった。言葉を放ったのは今年で柏井学園高等部三年生(ここは中高一貫)になる葉月唯先輩だった。頭からアンテナの如く一本だけ伸びた毛が特徴の穏やかで優しい青年だが毒舌だ。それも悪気なく無邪気に放つのでたちが悪い。

「ぷっ、冬馬って本当に私たちしかいないんだね」

 そう云ったのは赤い髪が特徴の少女、十文字杏珠だった。今年で中等部二年になる。三年になる俺の後輩のはずだが敬意を「ソーシャルゲームのガチャに置けるレア的中率」よりも感じない。俺は杏珠を軽く睨んで舌打つ。

「調子乗るなよ。もう翼さんはいないんだからな」

「お兄ちゃんがいなくても冬馬くらいには勝てるから」

 翼さん。十文字翼は去年までここで生徒会長をやっていた杏珠の兄だ。十文字家という目池も生まれで容姿端麗、頭の回転が速く運動神経もあると完璧超人み見える。実際他の生徒からは、すごすぎて近寄り難い人と思われている、がその実態はただのシスターコンプレックスだ。妹を溺愛し、妹に近寄るものがあろうことなら軍隊さえも起動しかねない。とんでもない人だ。

 そんな翼さんは卒業し大学に行ってしまった。ここから一番近い大学に。理由はとっても簡単。

「杏珠から遠ざかりたくないから」

 いや、同じ家に住んでるだろお前ら。と思ったが翼さんがそうしたかったならそうすれば、と思ったので俺は黙っていた。

 兎にも角にも生意気な後輩を溺愛する翼さんはいない。つまり俺も云われっぱなしではなくて済むのだ。俺は咳払いをし杏珠を睨みつけた。

「杏珠。良いか俺は先輩だ。今までは翼さんに免じ自由にさせてやってたがこれからは層は行かない。俺に敬意を持って――」

 俺がそこまで云ったときだった。俺の背後からバタンと大きな音がした。俺が振り返るとそこには生徒会室で使っている掃除ロッカーがありそこに杏珠と同じ色の赤い髪をした美青年が微えみながらスッポリとはまっていた。彼は空が歌いだしたような爽やかな声で云った。

「トーマ君、杏珠をいじめるなよ?」

「なんでアンタそこにいるんすか……翼さん」

                      ◆

「いやー、大学って速く終わるんだよ。だから生徒会室で待っていようと思ったんだけどただ待っているだけじゃ面白くないだろ?  だから掃除ロッカーに隠れて待っていたら……トーマ君、君は俺の目を盗んで杏珠をいじめるような奴だったのか。心底失望したよ」

「いや俺こそアンタが掃除ロッカーに隠れてみてるような奴で心底失望したんですけど」

 自分の変体行為を棚に上げる元生徒会長を俺は冷めた目で見た。翼さんは肩をすくめる。

「トーマ君。君は杏珠に敬意敬意と云っているが俺に対して敬意足りなくない? ねえ唯君」

 翼さんは資料を整理している唯先輩に問いかける。唯先輩は笑顔で即答する。

「妥当だと思います」

「……水藍ちゃん」

 翼さんが続けて助けを求めたのは部屋の隅でずっと本を読んでいた海堂水藍先輩、現生徒会長に声をかける。彼女は少し青のかかった美しい長髪を払いながら答えた。

「『お客様』……。うちのメンバーに妙な絡みをするのは止して下さいません?」

「お客様って」

「そうでしょう? 翼さんはもう卒業しうちには関係ないのですから」

「ひっでぇ、ひっでぇよ水藍ちゃん。そりゃねえぜ」

 翼さんが思わず立ち上がった。水藍はため息をついて本を閉じた。

「翼さん貴方少し常識を持ってください。貴方は仮にも元生徒会長。柏井や生徒会の悪いイメージを広げないでください。貴方がそんなんだから冬馬君にも友達が出来ないんでしょう?」

 なぜ俺に矛先が向けられたのか判らないがまあこの部屋ではよくあることなので良いとして、水藍に冷徹な返しをされた翼さんは灰になっていた。水藍はそれを一瞥だけして立ち上がりそのまま生徒会室を後にした。唯先輩が翼さんに声をかける。

「ごめんなさいお兄さん。水藍、生徒会長任されてあせってるんです。それで翼さんにもあんな冷たい……」

「はは、判ってるよ。大丈夫、そうだよなぁ。俺が部外者なのに遊びに来るのが悪かったんだよな!」

 声を張り上げてそのままプイとそっぽを向いてしまう。

 ――うわあ面倒くさい

 失礼だがそう思った。さらに翼さんは呪文のようにボソボソと続ける。

「俺が生徒会のイメージ下げるとか水藍そういう風に思ってたのあんまりだよだいたいアイツ俺のこと先輩って慕ってたじゃん一ヶ月前は確かになのに実はいつもそんなこと思ってたのもういいよ俺部外者だもんねそれどころかイーメジさげる邪魔者だもんね知ってる知ってるお前らだって本当はそう思ってるんだろ唯も冬馬もさそうだろそうだろ」

「そ、そんなことないと思いますよ」

 俺は必死で搾り出して答えた。翼さんはゆっくり俺の方を向いた。

「本当か?」

「えは、はい。当然です」

「それなら水藍ちゃんが云っていた。俺がイメージ下げてないって証明してくれるよな? それが証明されれば俺生徒会室に遊びに来て良いよな?」

 俺は頷いた。それからしまったと思った。しかし翼さんは目を輝かせて俺の手をとる。

「さすがトーマ君、俺の後輩! よしじゃあ早速……友達を作るんだ! 俺たち以外で!」

 ああ、面倒なことになった。

                           ◆ 

 翌日、俺は自分のクラス、三年五組の教室の机に座ってグルりと見回した。新クラス二日目とはいえ三年生だ。当然もうグループなんて出来ている。初日ならチャンスがあったかもしれないが俺は遅刻してしまった。正直友達を作るなんて難しい。気の合いそうなグループを探すが俺は大人数で集まって楽しむ「リア充系」でも気の合う少人数の仲間と盛り上がる「オタク系」でもない。正直生徒会の皆がいるし、別に嫌われているわけではない、行事などでは皆とそれなりに盛り上がるし打ち上げにも誘われれば行く。支障はない。だが意識してみると友達と呼べる存在は確かにいない。そしてそれを作らないと翼さんの地位が危ないと来た。あの人の地位など正直どうでも良いのだが皆が仲良くしていないのは快くない。ある理由からだが。

 兎に角、水藍先輩と翼さんが険悪にならないためにも俺は友達を作らなくてはいけないのだ。とはいえ俺は自分から話しかけるのは苦手だ。とりあえず次の授業は移動教室だったはず。考えるのはそれからにしよう。

                       ◆

 化学の先生の話はつまらない。加えて何を言っているか判らないので俺は先生が咳払いをした回数を数えていた。

「えーマイナスイオンとねぇゲホンプラスイオンがね、ゲホン合わさってゲホン」

 適当に聞き流していたがあまりにもつまらない。時計を見るとまだ三十分もある。おかしい体感二回分くらいの授業は受けた気がするのに。俺が面倒になって机に伏したときだった。机の引き出しの中に何かが入っていた。取り出してみるとノートだった。綺麗な丸い字で「内藤笑太」と書いてある。前の授業の奴の忘れ物か……三年四組って隣のクラスだし届けてやるか。俺はそんなことを思いながら再び咳払いを数え始めた。


 授業後俺が教室を出たときだった。次は昼休みだから授業がないはずなのに一人の男子生徒が教室の前で立っていた。誰かを待っているのだろうか、と思ったが直ぐに一つ可能性が思い浮かび俺は彼に話しかけた。

「若しかして内藤笑太君?」

 彼は頷いた。


 校庭にある大きな木の下のベンチで俺は内藤笑太と向かい合っていた。

「ボクのノート見つけてくれて有り難うね。えっと」

「春野、春野冬馬だ」

「そっか、ありがと春野君」彼は名前に相応しく微笑んでそれから慌てて聞いてきた。「そうだ、あの、ノートの中身見てないよね」

「ああ、勿論」

 俺は頷いた。内藤はパーマがかかった栗毛を揺らして安堵した。

「よかったー。見られたら恥ずかしかったんだ」

「まあそういうノートはあるよな」

 俺は苦笑する。内藤は夜空のような目を輝かせ身を乗り出してきた。

「え、あるの!」

「ああ、そうだな。俺も昔書いた『デーモンノート』っていう恥ずかしいノートがあるんだ。表紙を真っ黒に塗って、修正ペンで骸骨や剣の絵を描いてあるの」

「あはは、それは恥ずかしいなぁ」

 内藤はケラケラと笑う。俺は悪態をつく。

「ったく、お前は現役でそういうノート持ってるんだろうが」

「ちがうよ春野君。ボクのはそういうのじゃなくて……うーん、人には言えないかな。でも兎に角ありがと。お礼させてよ。ノート見せる以外で」

「ええ? そうだなじゃあ」

 俺は少し上手くいきすぎかもしれないと心の中で微笑んでから言った。

「俺と友達になってくれない?」

                        ◆

「なんと、もう友達を作ったのか!」

 家に帰ってから電話で翼さんに報告すると彼は声を弾ませた。俺は苦笑する。

「ええ、四組の内藤笑太ってやつです」

「へえ、冬馬君の友達になってくれるなんて変わり者だね」

 時々俺はこの人を殴りたくなる。

「とにかくこれで水藍先輩に顔が立ちますね。今度部室に不法侵入するときは俺に云ってください」

「君は俺の味方と敵どっちなんだい?」

 受話器越しにもしゅんとしたのを伝えてくる大学生に俺は呆れながら

「俺は生徒会の味方です」

 と云って電話を切った。

                     ◆

 内藤と知り合って一週間。内藤と俺は校庭で昼食を一緒にとっていた。とはいえ内藤は何も口にせず俺が食べるのを見ているだけだった、どうやら財布を忘れてしまったらしい。俺が金を貸すと云っても断られてしまった。

「少食だから」

「へえそうなのか」

「それにボク友達出来るの初めてで、それだけで嬉しいんだ!」

「そっか、俺も特に友達と呼べる人間はいなかったよ」

「へえじゃあボクら似たもの同士だね! ボクはね、ずっと弄られていたんだ名前で」

「名前? いい名前じゃん。よく笑うお前らしいし」

 俺が答えると内藤はまた笑った。

「ありがと。でもさ、内藤ってよくある苗字じゃん」俺は頷く「だからクラスでだいたい内藤が二人いるんだよ。すると名簿とかに『内藤(笑)』って書かれちゃうの」

 俺は思わず噴出してしまった。内藤も怒らないで笑っている。俺は笑いを抑えて、パンを口に運びながら何気なく云う。

「まこれからもっと友達作っていこうぜ。内藤の性格なら作れるべ」

「これから、か」

 突然、明るい内藤の顔が曇ったように思えた、しかしそれから直ぐにいつもの表情に戻ってしまった。普通の人間なら見逃してしまうと思う。でも、俺は少しだけ違った。ああいう顔をする連中を見たことがある。何度も。


 放課後。俺は生徒会室に足を踏み入れた、部屋の中には紅茶の入ったカップを口に運ぶ水藍先輩だけがいた。俺は挨拶をしてから問いかけた。

「先輩」

「なに?」

「内藤笑太って知ってますか」

 先輩の手が止まった。カップを皿に置く音が嫌に響く。それから先輩は答える。

「当然でしょ、生徒会長だもの」

 脳内で翼さんが泣いた。

「当然知ってる。でもなんでその名前を出したの?」

「……いいから知ってることを教えてください」

 水藍先輩はため息をついて、それから答えた。

「内藤笑太は二月に亡くなっているわ」 

                     ◆

 

 俺には見得る。

 と云ったら笑われるだろう。だが実際俺には見得る。家系の影響だという。爺さんは俺の家である神社の神主だ。そして神社には麗華桜と呼ばれる桜の木がある。他の桜より赤に近い花を咲かせるぶっとい木。強い妖力を持っていて霊界とこっちをつなぐ目印だとか云われている。

 そして麗華桜はこの辺一体の霊を管理していると爺さんに云われた。

 身内を亡くしたことのある人なら知っているだろうけれど、四九日という言葉がある。人が死んでから転生するまでの期間のことだ。その間親族は「死ね」や「殺す」などの命を粗末にする言葉を使ってはいけないとされている。あの四九日には諸説あるが爺さん曰く、死んだ魂がこの世に残って未練を果たす最後の機会だという。

 四九日の間に未練を果たせれば無事成仏でき、転生できる。しかし果たせなかった場合未練が暴走し悪霊になってしまうことがある。それを麗華桜に封印するのが神主である爺さんの仕事の一つでもある。

 つまり簡単に言うと内藤は幽霊だ。未練を果たすために残っている四九日中の幽霊。この一週間違和感はあった。内藤は周りの人間と話さない。俺と教室では会おうとしない。そして食事もとらなかった。俺の中で少しずつ疑問はわいていたが、「時間がない」とあの表情で確信を持った。あれは何度も見てきた未練を果たせそうになく、悪霊化を恐れている人の顔だ。

                           ◆

 翌日

「なるほどそれは不味いですね」

 麗華桜の下、俺の話を聞いた華華は唸った。俺も頷く。

「ああ、内藤を悪霊にするわけにはいかない」

「じゃあ内藤君の未練を冬馬が晴らしてあげましょう!」

「それが判れば苦労しねぇよ」

 俺は不機嫌に叫んだ。華華の顔は麗華桜から指す木漏れ日で紅く染まってなんだか不気味だった。俺は少しドキっとしていると華華は微笑んだ。

「まあボクも協力しますよ」

「ああ、助かる」

「で、内藤君の期限はいつなのです?」

「あいつが死んだのは二月の二〇日だから四九日は四月一七」

 華華が固まる。俺は携帯電話のホーム画面を華華に突きつけた。そこに踊るのは「4月17日」の文字。俺は泣きそうになるのを堪えて無理に笑った。

「あいつの期限は今日だ」

                      ◆

 俺と華華は考えるより速く自転車に乗り込み全力で学校へと向かう。自転車登校は禁止だ、だけど今日は休日だから大丈夫。多分。

 華華が俺に浮遊しながら追いついてきて叫ぶ。

「どうするんですか冬馬!」

「知るか! だがアイツの未練に関して手がかりならある! 俺とアイツが出会ったときあいつはノートを持っていた!」

「霊が触れられるって事は彼に関連が深い道具ってことなのです」

「ああ、そしてアイツはそのノートを見られたくないらしい」

「じゃあ見るのです」

 躊躇なく云う華華。俺は気が引けたが友達が悪霊になって人を襲い最終的に自分の祖父に明快送りにされるなどごめんだ。

「ああ、もうクッソ!」

 俺は自分の額を殴りながら学校へとペダルを早めた。その時だった進行方向、つまり学校から柏井学園の生徒が叫びながら逃げてきたのだ。野球部だ。俺は自転車を止めて声をかける。

「井出!」

 逃げる集団の中にいた一人が足を止め、こちらを見る。

「春野?」

 彼は井出。俺のクラスメートだ。何度か話したことがある。俺は井出に叫ぶ。

「どうした、何があったんだ!」

「そ、そうだ春野ならなんとかしてくれるよな! こ、校庭に悪霊が出たんだ!」

 ドキン、心臓が跳ね上がった音がした。別の悪霊か、と思ったがそんな偶然ありえない。だとしたら、どうして……俺の頭が冷たくなっていく最中華華が震える声で告げた。

「冬馬、ボクらとんでもないことを失念していたのです。今年は……うるう年なのです」

 ダイヤモンドの弾丸で心臓を貫かれたような気がした。声が出ない。自分でも顔が茶色になっていくような気がしてきた。そうだ、今年はうるう年。「二月が一日多い日」つまり……内藤の四九日は、昨日で終わったのだ。

                       ◆ 

 

 俺と華華が校庭に行くとそこには黒い塊がいた。まるで毛玉のような黒い塊。そこから太kのような足が無数に生えているのだ。俺には判った、あれは内藤だ。面影などないけれど、あれは内藤。内藤は俺めがけて触手のような足を伸ばしてきた。俺は自転車から飛び降りて回避する。触手足が自転車を貫いて木っ端微塵にする。畜生、あれ高かったのに。

 心で泣きながら俺は内藤を見つめる。

「クッソ、今助けるぞ!」

 爺さんが来れば内藤は麗華桜のなかに送られる。そんなの俺は、嫌だ。俺は校庭に転がっていたバットを拾い上げる。

「借りますよ。……華華!」

 俺の呼びかけに華華は頷いて、バットに触れる。するとバットが桃色に発光しだした。俺は華華に礼を云ってバットを内藤に向けた。

「安心しろ俺が、お前を成仏させてやる! 桜花刀発動!」

 俺の言葉に応じるようにバットの光が輝きを増し、そして紅い布が巻かれた木のバットへと姿を変えた。俺は叫びながらバットを構えて内藤めがけて突っ込んでいった。

                     ◆

 悪霊が出たときの対処法は二つ。一つは春野家党首が受け継ぐ。つまり今は俺の爺さんが持っている『送る』力で悪霊を霊界に送ってしまうことだ。だがこれは悪霊を救えない、俺は不満を唱えたが爺さんは「悪霊に情けをかけるな」と一笑した。 

 だがもう一つの方法は違った『桜花刀』と呼ばれる麗華桜から生まれた武器で悪霊の核を斬ることで浄化できるのだ。この桜花刀は長年春野家も求めていたが入手法がわからなかった。それも当然だろう。桜花刀とは刀ではなかったのだから。桜花刀に実体はない。存在しないのだ。そしてこの世にある物質に触れることで桜花刀の力を付与できるのが俺に憑きまとっている神様、華華なのだ。今は俺の持っているバットが桜花刀だ。これで内藤の核を叩けば浄化できる。だが少しだけ問題がある。俺は絶望的に運動神経がないのだ。

                     ◆

 黒い触手が襲い掛かる俺は一歩下がりそれを回避する。が着地に失敗し転んだ。容赦なく触手が襲い掛かる。俺は必死で体を捻って地面を転がり触手を回避した。がその地点にも触手が伸びてきていて俺を捕らえ締め上げた。内藤は触手で俺を締め付けながら持ち上げる。全方向から凄まじい圧がかかって骨が折れそうになる。悲鳴を上げそうになる。だが落ち着け、落ち着けば桜花刀で核を叩くチャンスが生まれる……俺がそう思ったときだった。とんでもないものが目に入った。

 丁度そこから見得る位置にある窓から二人の女生徒とが泣きながら手を振っている。逃げ遅れたのだろう。そしてそれは良く知っている顔だった。そう、水藍先輩と杏珠だ。

「ど、どうして……二人が」

 俺が呻いたのを見て、内藤は笑った気がした。そして俺に見せ付けるように触手をピンとはり、鞭のように唸らせながら窓際の二人めがけて伸ばした。

「やめてください!」

 華華が飛ぼうとするが間に合わない、俺は身動きさえ取れない。触手が容赦なく二人に襲い掛かろうとした、その直前。触手はまるで胡瓜のようにみじん切りになった。

「グロオオオオオオオオオオルウウウウウウウウウウ?」

 内藤がこの世のものとは思えない悲鳴を上げる。俺ははっとして地面に目をやった。そこには包丁をもった男が立っていた。赤い髪に笑顔を貼り付けている。がその笑顔は恐怖を感じさせる笑顔だった。

「やあタコ野郎。今お前、杏珠に危害加えようとしたよね?」

 全く、どうしてこの人はいつもこう格好をつけて登場するのだろうか。十文字翼は。

 翼さんは手に持っていたナイフを一閃する。空にめがけて放たれたはずのそれは俺を捕らえていた触手を一刀両断した。俺は落下し、地面に投げ出された。痛むがそれを堪え翼さんのところに駆け寄る。その間にも俺めがけて内藤が触手をめぐらすが翼さんはそれを全てナイフで裁いてゆく。そして俺が翼さんの元にたどり着いたときには内藤の触手は一本も残っていなかった。そして近くで見ると翼さんの持っているナイフには「家庭科室②」と書いてあった。

「さて、トーマ君。今から俺は俺の可愛い妹、そして大事な後輩を傷つけたタコをぶっ叩くわけだが、手伝ってくれるかい?」

「はい」

 俺は頷いて、桜花刀を構えた。翼さんがナイフを揺らした。内藤の体が揺らぐ。そして核が見えた。内藤の体の中央で炎のように踊っている。翼さんが連続でナイフをめぐらす俺はその中を走りぬけ、そして連続斬りつけでむき出しになった核めがけて思い切り桜花刀を振りかぶりたたきつけた。あたりがまばゆい光の中に落ちる。風が吹いて光を揺らす。桜が舞った。

                       ◆

 校庭の真ん中で内藤は光に包まれながらポロポロと空中に霧散してゆく。あっという間に内藤は消えてしまった。これで、内藤は浄化できた。未練を果たしてあげることは、出来なかったけれど。最後に内藤のいた場所にトスンとノートが一冊落ちた。俺はそれを手にとって、開かずに鞄へしまった。

「見ないんですか?」

 華華が首をかしげる。

「ああ、内藤が見て欲しくなかったらしいからな」

 俺が答えた時昇降口から紅いミサイルが翼さんに抱きついた。

「お兄ちゃん! 助けてくれてありがと!」

「杏珠、当然だろう」

 妹を抱き上げながら翼さんは微笑む。そしてそれから水藍先輩に気が付き叫ぶ。

「水藍ちゃん。冬馬君に友達が出来たんだ! これで俺がイメージを下げてるわけじゃないって証明されただろ? さ、冬馬君。君の友達を――」

「いません」

「ほえ?」

 翼さんが間抜けな声を出した。俺は云う。

「俺、そいつの友達の資格ないっすから。アイツが最もして欲しいこと、判らなかった」

「……ちょっとどういうことか判らないんですけど」

 翼さんが首をかしげる。すると華華は腰に手を当てて仰け反った。

「そんなことないのです。笑太は冬馬の友達なのです」

「うるせえ」

 俺が叫ぶように言い返すと華華は母親のように微笑んだ。

「麗華桜に使える神だからこそわかります。笑太の望は判らないけど。でも、笑太は最後に冬馬と友達になれてよかった。有り難うって云っています。冬馬の存在がなかったら笑太はもっと凶悪な悪霊になっていました。そしてなにより、自分からお願いしたのでしょ? だったら冬馬は笑太の友達です」

 そうか、俺はつぶやいた。華華は平気で嘘をつく。だけどこういうことに関して嘘はつかない。だから内藤は本当に俺のお陰で少し救われたのだ。だったら

「すいません前言撤回、やっぱり友達はいます。でも……連れては来れないです」

 翼さんは泣きそうになりながら水藍先輩を見る。そのときだった。昇降口から出てくる影があった。

「みらーん」

 間延びした穏やかな声。唯先輩だ。翼さんはぎょっとした。

「唯君校内にいたの?」

「はい。なんか外がうるさかったけど」

 図太い人だ。そして図太い唯先輩は水藍先輩にささやく。水藍先輩はため息をついて、それから頭を下げる。

「ごめんなさい翼さん!」

「ん?」

 翼さんが首をかしげる。

「杏珠から聞きました。翼さん、全校生徒の名前とか校則とか全部覚えていたんですね」

「あ、そういえばそうだね。全然使う機会なかったけど」

 けろっという翼さん。ちなみにこの人、暗記は苦手だ。

「それでも、すごいです。まだ私生徒会長としての器量、全然足りてないです」

「それで学校に残って生徒の名前や校則覚えてたんですか」

 俺の問いに先輩は頷く。杏珠が微笑む。

「私と唯先輩はそれの付き添い」

 翼さんは、すこし恥ずかしそうに顔を背けて唸った。

「いや、そんなねえ?」

「謙遜しないでください。私翼さんを軽く見ていました。あんなこと云ってしまったのも申し訳ないです。それにあの時、私達を守ってくれたし……だから、その、これからも来て下さいね」

 翼さんはいまいちよく判らずポカンと聞いていたが最後の言葉を聞いた瞬間歓喜の声をあげて小躍りをはじめた。俺は思い切り笑った。

 俺の初めての友達がしていたみたいに。

                       ◆

 夜

 俺が自室に帰ると黒いゴスロリに身を包んだ。金髪の少女がいた。人形のように整った顔をしている。俺は特に驚くこともなく云った。

「なんで俺の家にいる、ルナ」

 彼女、ルナは微笑んだ。

「別にいいじゃない?」

「よくねえ」

 コイツは一応柏井学園の理事長だ。こんな格好だけど。ルナは俺の肩に手を置いて微笑んだ。

「良かったね、冬馬。翼と水藍が喧嘩しなくて」

 そうだな、と俺は頷いた。ルナは無邪気に微笑む。

「俺はあの人たちに幸せであって欲しい。あの人たちが歩んだ、あの人たちさえ忘れている絶望の運命を俺が、俺と華華だけが知っているから」

「そうね」

 運命を操る神、幾つかの名を持ちその中の一つにウルドを持つ女神。そして翼さん杏珠、水藍先輩、唯先輩の運命を変えた女神は悪戯に微笑んだ。

                        ◆

                   

 闇で声がささやく。

 ――運命を、やり直してみない?

 ウルドの問いに男は答える。

「やり直せるのか、運命?」

「ええ、今命を落としてしまった貴方の妹。杏珠。不幸な運命に切裂かれた貴方と杏珠の人生を平和な生活を送らせてあげることだって出来るわ」

「それだ、頼むウルドかなえてくれ! 俺は杏珠と学校に通って友達を作る。ちょっとハプニングがあっても良い。そんな生活を送りたいんだ!」

 その声に呼応するように彼の前へゲートが現れた。

「さあ、貴方の新しい運命が始まるわ」

 声に操られるかのように、十文字翼は絶望の運命から新たなる運命へ歩き出したのだった。

 


           〈其之一 了〉

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