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頂きもの短編集

続、一つ屋根の下

作者: ゲストa

首尾よく迎えた客人のため、増えたのはジャムの在庫だけではない。

人を満たすのは食だけではないのである。





 【揺れる思い】





同居が決まるとすぐにカーディは、やれ長椅子が短いだの固いだの、日当たりのいい窓辺に寝椅子を置けだの、庭があるならなぜハンモックと日よけを用意しないだの、ごろ寝する気しかないようなおねだりを繰り返した。

番犬稼業はどうしたと思わないでもなかったものの、住み良い環境を整えてみせるのは家主の才覚だ。


馴染みの家具屋に頼み込んで、急きょ集めてもらった椅子の数々をじっくりと吟味すること三日。

結果、重厚な年代物や用途を怪しむド派手な代物も混じったが、身体に馴染む心地の良さだけは妥協しなかった。

一通りを揃え、配置し、どうだとばかりに披露してやると、むっつりと見回ったカーディが低くこぼした。


「なぜ一つずつしかないんだ」


私は、無茶な注文を押しつけ疲れきった様子の家具屋のお兄さんと顔を見合わせた。

浮かんだ汗もそのままにか弱くふるふると首を振られたが、私も同意見だ。

地味ながら落ち着く色味で整えられていた屋内に、新たに運び込まれた個性きわだつ家具たち。

今すぐもう一揃い用意するとしたらさらに混沌とした空間になるだろう、そしてとんでもなく邪魔だ。


「なんで一つじゃ不満なの、身体は一つしかないんだよ?」

「君と俺で二つだ。一緒に住みたいというのは、一緒に過ごしたいということじゃないのか」


思わぬ方向から飛んできた不満の言葉。

ぬるい微笑を浮かべたお兄さんが、それじゃ自分はこのへんで!と、急にきびきびと姿を消した。

その気遣いを無駄にしないよう、美しい覆いで装った新顔の長椅子へとカーディを手招く。

椅子は軋み一つあげない絶妙な弾力で、けっして軽くはない私の体重を受け止めた。

ついで隣に沈んだ筋肉質の巨体をも余裕で支えてみせたが、重い方へと傾く道理、柔らかくぶつかる腕と肩。

……なんだこの距離?

うろんな眼差しを迎え撃つ青灰色の瞳に動揺はなく、なんともいえない沈黙が伸びていき、触れあう肩は同じ温度へ。


「分かった。もう一組は俺が手配しよう」

「いや分かんないよ。なにが分かったのかすら分かんないから会話しよう、人間らしく」


「接触を嫌がらない以上、共に過ごすことへの不満から要求を拒んだわけではないはずだ。ほかに理由を探すなら、君はここ数日の家具探しで疲弊している。億劫だというならば俺が代わりに手配しよう」

「で、探して来たとしてもう一揃いはどこに置くの?これ以上部屋が狭くなると不便でしょ」


肩にもたれる近距離で目を合わせ続けるのは、少々、と言えないほど落ち着かない。

しかし口論じみた場面で唐突に離れるのも、身構えたようで上手くない。

ならばと靴を蹴って脱いで、長椅子に乗り上げカーディの身体に背中を押しつけてみる。

…………結構な勢いでいったのに、びくともしないとかもう。


「あんたへの好意はそれなりにあるけど、それに付き合わせたくて誘ったわけじゃないの。無理やりべたべたしても気疲れするだけだし、カーディの好きなように過ごしたらいい。目に入る範囲で機嫌良くしててくれれば、それで当面は満足だから」

「…………俺は、鑑賞の用しかなさないか」


妙な声だ、そう思うと同時に背凭れが消えうせ、もがく間もなく倒れこむ。

残念ながら着地点はバネの効いた座面ではなく、頑丈な手の平、後がっちりした太腿の上だった。

真上に仰ぐ顔、その眉間のしわの深さに言葉選びの失敗を悟る。


でも本音では、こっちだって一杯いっぱいなのだ!

しらふのカーディがすぐそこに、当たり前にいる現状にまず慣れさせてほしいのに!!


「あのね、こうやって“鑑賞”できるようになるまでどれだけ苦労したか解ってる?私は結構お酒強いから、深酒のつらさなんか知らないの!とりあえず拾って帰ってからも、何度も様子を見に行ったり、酔い覚ましなんて買ったりしてさ。どれが飲みやすいだろうとか、何なら食べられるかとか。そもそもの傷心についても、そっとしておこうか慰めようか、いつも迷う。傷つけたくないし、嫌われたくないから、最初はもの凄く気を使ったんだよ!?」

「……そんな風に見えたことはない」


「そりゃ失恋直後じゃ注意力も鈍ってるでしょうよ!……十年前は今ほど器用じゃなかったし、あんたはお世辞にも扱いやすいとは言えないし。正直こっちが泣きたいと思う時だってあったんだからね?」


嘘だ、と顔に書きつつ固まったカーディ。

時になにを考えているのか分からない乏しい表情、それが特になにも考えていないからだと気付いたのは何年目だったか。

脆いのは恋心だけ、他は少しばかり雑に扱って大丈夫なのだと気付いたのは。

あんたが酔いつぶれた翌朝気まずげに目を逸らさなくなったのも、それなりに寛ぎだしたのも、まだそんなに昔の話じゃないのに。

試行錯誤の年月をあっさり過去にした図々しさと、あんまりな体勢への気まずさを込めて、丁寧に剃られた頬を抓る。


「けど、一緒に住むなら遠慮はしない。ひとの手料理を残したらタダじゃ済まないよ?」

「好き嫌いはあまりない。だがこの程度の罰では脅威になりえない」


引き伸ばされたままの変顔で、淡々と答えるのだからもう降参だ。

笑わせたいのはこの男なのに、自分ばかり笑う破目になるのはなぜだろう?

腹を抱えて震える様を冷静に見下ろされるのが、また効くのだ。


「うっはは!!ひぃっ、おなかイタイっ…………あ~もう、ひどいなカーディは!」

「無実だ」


「よく言うよ。は~……交代だ、拒否は聞かないからね?」

「なんの話だ」


身を起こして長椅子の隅に座りなおすと、自身の教訓を踏まえて膝かけを引き寄せ、準備万端整ったら。

ぽんっ、と膝を叩いて当然のように宣言した。


「して貰ったことはして欲しいことだと理解するから、行動する前によく考えてね?さ、おいでませ膝枕」


ぽつぽつ聞こえる断り文句を、揺るぎない笑顔で黙殺すると。

溜息を吐いた大きな身体が、ごく慎重に横たわり膝に確かな重みを預けた。

背を向けられて顔は見えないが、僅かな緊張感が体勢や息遣いに滲みでている。


「ふっ、よ~しよしよし、イイ子だね~」

「それが君なりの親愛の言葉だとしたら、感性の溝は埋め難い」


「そう?耳はほんのり赤いけど。ふぅん、あんたにも素直に感情が出る部分があったんだね」

「……そんなはずは」


そうして触れた耳の熱さに、珍しくうろたえたのだろう。

膝かけの端を力任せに引っ張って、カーディが頭を覆ってしまう。


「いいじゃないか、分かりやすくて。犬や猫だって、全く違う生き物なのになんとなくでも通じあえるのは、彼らの全身を使った表現力のおかげだよ?社交能力に乏しい自覚は…………あの、あるよね?」

「それで取り成したつもりかっ」


自覚があるのか拗ねたのか、それっきり押し黙る膝の上のカタマリを。

むしろこれ、被っててくれて良かったなぁと思いつつ、そうっと一撫で、もう一撫で。

その重みと温もりを、彼の存在を噛み締めてる私だってもう、ちょっと人様にお見せできる顔ではない。


「…………君のせいだぞ」

「そりゃ光栄です」


「いつか君も茹で蟹のようなありさまにしてやる」

「なるほどこれが感性の溝ね、そこは薔薇にでも例えてほしかったな。でも今も結構赤いと思うよ?出て来て見てみなよ、ほらほら」


「稚拙な罠だ」

「……まだ赤いんだ、耳。むしろ被り物が暑いんじゃないの?」


「君がこれを奪うというなら、俺は“闇霧”の呪を全力で唱えることも辞さない」

「区画単位でまっ暗闇にする気?組合から大目玉だね」


「辞さない」

「はいはい」


赤面ごときで随分な態度だ、普段凪いだ心もちだけに波立てば影響も長いのか。

正直言って呆れたし、面倒な奴だとも思っていたのに、ぽろりと口をついたのは。


「なんかカワイ…………悪い、今の無し」


まあ当然、お詫びの言葉も終わらないうちにカーディは三度、疾風の如くに逃げ去った。

直前、ぐちゃぐちゃに巻かれた膝かけの隙間から血も凍るような一瞥も受けたが、誰に聞いたって自業自得。

調子に乗り過ぎだ、傍にいてくれるなら温かく、居心地良くもてなしてあげるはずだったのに。

衝動のまま髪を掻き毟り、二人分の熱が残る長椅子に倒れ込む。


「しかも“無理やりべたべた”してしまった……騙したなって怒られそう」


絞り出したはずの自戒の言葉は、だけど自分の耳にも少し浮ついて聞こえた。






翌朝改めて謝ると、カーディはいつもと変わらない様子で鷹揚に受けとめてくれた。

家具の件が蒸し返されることもなく、てっきり諦めたのだと思い込んでいた、が。


「まあまあ。ふふふっ、うふふふふっ!良いわねぇ、仲良しねぇ、すっ、くくっ……素敵だわぁ!!」

「ははっ……みたいですね、ありがとうゴザイマス」


いつの間にか庭に日よけとハンモックが設置されていた、これはいい。

明らかにカーディの仕業だろうそれは二組用意され、一組は生成りの生地を使った質素で頑丈な物。

もう一組は大判の花柄の、もっと言えば薔薇柄の優美な天蓋と、これまた淡い薔薇色の柔らかな網に、洒落た房飾りがいくつも垂らされた目を惹く逸品。

恐らくだが、カーディは私がこれを使うのを恥ずかしがると思ったんだろう。

しかし残念だろうが、女らしさに欠けた部分はあろうと、綺麗な物や美しい物への憧れまで失くしたわけではないのだ。


でも、なぜその二つを寄り添うように並べたのか。

しかも、なんでお隣さんちから丸見えのその位置に吊るしたのか、私にはどうしても分からない。

ニコニコを通り越した笑顔に加えて、我慢できない可笑しさが涙となって滲むロットン夫人の眼差しがただ、つらい。


ちらりと確かめた綱の先は、強固な結び目と魔術紋と範囲結界で、何が起きても誰にも外せないだろう安全性が確保してあった。

つまり使う気は満々だ、もうカーディの羞恥心の在りようが理解できない。


「っふふ、ごめんなさいねぇ。上天気だし、さっそく昼寝でもしてみたら?それとも一人では寂しいかしら」

「そうですねぇ、あはははは……いえ全く問題ありませんとも!それではお休みなさいロットン夫人」


「まあまあ!…………あらあら」


半ばヤケになり飛び乗ったのは、何の変哲もない生成り色。

あの野郎、その可愛らしいハンモックに寝られるものなら寝てみろと、気を高ぶらせたまま目を閉じたのだが。

苦笑をこぼしたロットン夫人に宥めるように網を揺すられると、ゆらゆら心地よい振動が怒りを宥め、また堪らない羞恥を呼び戻した。

遠ざかってゆく軽い足音を、固く目を瞑ったまま意識で追って……――。






――……目を開けると、一面降るような薔薇に囲まれていた。

深く下ろされた天蓋には色とりどり、緋色、薄紅、紫に、黄薔薇やまぼろしの虹薔薇さえ密に描かれ、艶やかな刺繍まで施されて。

内と外では柄が違うんだと、嫌がらせに使うには過ぎた、とんでもない代物だなとぼんやり思う。

花が浮き出るような巧みな刺繍に誘われ、伸ばした指先が空を切る。

隣のハンモックから腕を伸ばし、布地をたくし上げたカーディがこちらを覗きこんできた。


「なぜ間違う。君のハンモックはそっちだ」

「……あんまり可愛いから、気が引けたの」


「気に入らないのか。薔薇が好きだと言っただろう」

「…………まあ、蟹よりは色っぽいと思うよ。それに、すごく綺麗だ」


「嬉しいか。赤くなりそうか」

「いや、ちょっと泣きそう」


「なぜだっ」




後でこの場所を選んだ理由も聞いてみると、一番風通しが良かったから、らしい。

思う所はいろいろあるけど、とりあえず今日はカーディの好物を聞きだして、たくさん作ることにしよう。

本作はゲストa氏より頂いたお話です。許可をもらいrikiが投稿しております。

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