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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-13.Justice/復讐鬼との邂逅
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13-(7) 燃した先には

「結論から言うと、今のままではあの牡牛──タウロス・アウターには勝てないわ」

 捜査が始まってから五日目。司令室コンソールの睦月達一同は、そうはっきりと言い切る香月ら、研究

部門の面々を囲むようにして聞いていた。作戦会議である。改めて突きつけられた現実に、

その表情は否が応にも厳しくなる。

実体化しんか済みの完全体というだけじゃない。パワーも戦闘能力も高いけど、それより厄介な

のはその自己修復能力よ」

 言って、香月はデスクのPC画面と宙に呼び出した数枚のホログラム映像を見せた。先日

の戦いで睦月達が束になって掛かり、やっと付ける事のできた数ヶ所の傷だ。

 部分鎧や腕に走った浅い傷、凹み、焦げ痕。

 しかし映像は、それらが程なくしてまるで逆再生をかけたかのように塞がっていくさまが

ズームされて映し出されていた。仁や國子、リアナイザ隊の面々が顔を顰める。あの時もま

さか再生能力まであるとは考えもしなかった。

「見ての通り、このアウターの自己修復は、おそらく予め決められた形状から逸脱すると発

動するタイプと考えられるわ。再生の始まりが傷口からなのがその証拠よ。それこそ全身を

一撃で粉微塵にでもしない限り、どれだけダメージを与えてもこいつを倒すのは不可能だと

言っていいわね」

「そ、そんなあ……」

「じゃ、じゃあどう足掻いても、俺達はあいつらを止められないってことですか……?」

「落ち着いて。今のままでは、と言ったでしょう? 解決策ならあるわ。傷口から再生が始

まるということは、逆に考えればその再生さえ邪魔すれば、奴の修復能力自体を封じ込める

ことができる筈なの」

 その為に……。仁ら元電脳研の隊士達を遮り、香月は視線を遣った。

 向けられた先はその息子・睦月。しかし、だからなのか、彼女は次の瞬間にはフッと眉を

寄せて唇を結び、正直あまり気の進まないという内心を垣間見せる。

守護騎士ヴァンガード──対アウター用装甲システムには元々、設計段階から幾つかの“強化換装”が

用意されているの」

「強化?」

「換装……?」

「具体的には同一カテゴリのコンシェル達を七体、同時に換装トレースするの。赤の強化換装なら

レッドカテゴリの七体、青の強化換装ならブルーカテゴリの七体といった具合にね。そもそも

サポートコンシェル達が幾つかのカテゴリに区分されていたのは、この機能を前提にしている

からなのよ。今回は赤の強化換装を使って貰うわ。強力な炎を操るあの形態なら、奴の傷口

を焼き爛れさせて、再生を阻害することができる筈よ」

 なるほど……。今まで知らされていなかった守護騎士ヴァンガードの秘密と、この数日で彼女が考えつ

いた作戦に、一同は驚きつつも頷いた。

 しかし当の香月の表情はやはり浮かない。すると当の睦月、実際の装着者にして息子が、

ややあってそんな母の理由に勘付き、ハッとなって唇をきゅっと結ぶ。

「……でも、これはとてもリスクの高い選択よ。この強化換装はコンシェルを七体同時に身

に宿すというもの。計算上は可能でも、実際は稼動テストの時点でまともな適合者すら現れ

なかった。そんな状態でこの力に手を出せば睦月、貴方に掛かる負荷はこれまでの比ではな

い筈よ。冴島君の三倍近い適合値を叩き出した貴方だったとしても、最悪の場合この力を制

御できずに暴走──無事では済まない可能性だってある」

 苦渋の選択であったのだ。理論上はOKを出した機能だが、場合によっては他ならぬ我が

子を生命の危険に曝すかもしれない。……確かに元より、いつ大事になるか分からない戦い

ではある。それでも彼女は、ギリギリまでこの機能を隠していた。彼女達側でこのシステム

をオフにし、出来ればもっと安全性を確保してから実用に持ち込みたかった。

「一応、もしもの時に備えて、強制解除用のプログラムを作ってはあるけど……」

 母と研究者の狭間で。

 彼女はそう付け加えながら睦月を、皆人らやリアナイザ隊の面々を見た。

 どうする? 決断を迫られていた。仲間達が自分を見てくる。睦月は数秒じっと母の顔を

見つめて真剣な面持ちをしていた。

「……でもその力あれば、瀬古さんを止められるんでしょう?」

 だが彼の、この稀有な少年の答えは寧ろ明白だった。真剣な面持ちから、フッと目の前の

研究者を母を安心させたいが為に溢す笑み。

 香月は、白衣を引っ掛けた研究部門の仲間達は、皆人は、そんな睦月を見つめてそれぞれ

に押し黙っていた。締め付けられる胸の奥と、後ろめたさと、同居する一抹の安堵と不安。

されど睦月の答えは変わらない。

守護騎士ヴァンガードになれるのは僕だけだ。だったら……僕は逃げない。戦うよ。いざとなったらその

強化換装で、あいつを倒す」

 言い切った。意思ははっきりと示された。

 ならばもうあれこれと逡巡し続けてはならない。元よりこちらから持ちかけた話だ。

「……よし。なら準備を整え、早速出動してくれ。あれからも玄武台関係者の殺害は続いて

いる。これ以上、被害を拡大させる訳にはいかない」

『了解!』

 ばたばたと、皆人の合図で面々がそれぞれの持ち場に戻っていく。睦月も仁や元電脳研、

かねてよりの隊士達に囲まれ励まされ、司令室コンソールの外へと消えていく。

「國子ちゃん」

 そんな中で、國子はふと踵を返した直後に呼び止められた。香月からだった。

 彼女はこちらに歩み寄り、一枚の小型ディスクを差し出してくる。数日前、彼女によって

データを書き込まれていたものだ。

「これは……」

「リリースワクチン──さっき言った、守護騎士ヴァンガードの変身を強制解除する為のプログラムよ。

もしあの子が、睦月が力に呑まれたら、貴方がこれをリアナイザにセットして撃ち込んで」

 じっと視線を落とす。数度目を瞬き、國子は暫く黙っていた。

 だがそんな母の想いを受け取ったのだろう。彼女はすっくと次の瞬間には面を上げ、この

ディスクを受け取ると折り目正しい敬礼で応えるのだった。

「了解しました。その時は、必ず」


 夜の西区繁華街を、睦月達は手分けをして巡回した。これまで発生した玄武台絡みの殺人

事件は、皆このエリアを中心としている。

 しかし……肝心のタウロスと瀬古の姿は、中々見つけることができなかった。

 今夜もまた、何処かで弟の仇を探し出しては殺しているかもしれない。しかしアウターの

性質上、たとえ人間に化けた完全体であってもある程度その近くにまで接近していなければ

こちらのコンシェル達も感知できない。

 もどかしかった。事件が起きてしまってからでは遅いのだ。

 夜の繁華街を互いに連絡を取り合いながら歩く。ネオンの明かりに照らされ、呑気に夜を

謳歌する人々が心なしか憎々しくさえ思えた。

「……駄目だ。全然見つからない」

『手分けしたって、広いですからねえ』

「だな。ネットの情報だけじゃ余分が多過ぎる。足で稼ぐしかねえよ」

 睦月とパンドラ、仁、國子と数名。

 出動から数時間が経ち、一同にも疲労が見え始めていた。今夜出なければ……中にはそん

な希望的観測を抱く者もいる。しかしそんな願いは望み薄だと考えてよかった。既に十七名

もの犯行を繰り返している以上、向こうも悠長に品定めをしている余裕はない筈だ。

「せめて、次に狙う人が分かれば……」

『難しいな。こちらも現在、まだ生存している部員や繋がりのある関係者達の動静を調べて

はいるが、何十人もいる彼らを一人一人捉えている余裕はないだろう』

「第一、こんな状況でホイホイ出歩く奴がまだいるかねぇ……?」

 司令室コンソールの通信越しから皆人が、夜闇とネオンの落差に目をしばしばさせながら仁が口を開く。

 二人の言い分には共に一理があった。しかし瀬古勇は、別働の班が確認した所、やはり今

も自宅には戻っていないらしい。

「……何でなのかな。こんなに人が、自分の学校の生徒や先生が死んでるのに、何でブダイ

は口封じばかりするんだろう? 学園うちだってそうだ。この前のストーカー事件だって、結局

内々で処理しようとしてるじゃないか」

『だからこそ、なのだろうな。彼らに自浄能力がない──悔い改めないからこそ、瀬古勇は

アウターという力に手を出してでも復讐に走った。弟の無念を晴らすべく、自分の全てを棄

ててでも』

「……うん」

 皆人は淡々と、努めて分析的だった。しかし一方で、睦月はだからこそ彼を止めなければ

ならないと強く思う。

 だってそうじゃないか。

 こんな事をしたって、誰一人として幸せにならない……。

『緊急、緊急! こちらチームイエロー!』

 だがちょうどそんな時だった。インカム越しの通信網から、激しく息を切らした別働隊の

報告が入ってきたのである。

『アウターの反応を感知! 南に約八十メートル、西織五丁目付近です!』

 にわかに一同に緊張が走った。互いに、誰からともなく顔を見合わせる。

 そして次の瞬間には、睦月達は一斉に駆け出していた。

 止める為に。

 この連鎖を、断ち切る為に。

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