13-(6) 告発(リーク)
期せずして姿を見せた女子生徒を連れ、筧と由良は高校から少し離れた、人気のない寂れ
た公園へと場所を移していた。疎らな雑木林が辺りを囲んでいる。通りから彼女が直接見え
ないように二人は陣取り、酷く不安そうにしているこの証言者の言葉を待った。
「……その。刑事さん達はやっぱり、私達のことを疑っているんですよね?」
「君が言わんとしていることと、今俺達が知りたいことが同じならば、そうだな」
「話してくれるかな? 君はあの状況で敢えて僕らに話し掛けてきてくれた。よほどの覚悟
だと思う。絶対に無駄にはしない。約束する」
神妙と努めて柔和と。二人は互いに顔を見合わせ、頷き合った。全てではないが、彼女に
これまでの事件の経過を話してやる。
この一ヶ月近く、ここ西区を中心として連続している惨殺事件。その被害者と思われる者
の全てが、玄武台高校の生徒や教職員──関係者であるということ。
やはり……。そうとでも言わんばかりに彼女は大きく目を見張っていた。両の瞳がぐらぐ
らと揺れ、今にも大粒の涙が溢れそうになっている。
「私、七波由香といいます。玄武台の一年生です。野球部のマネージャー……見習いをして
います」
この女子生徒・七波は先ずそう訥々と自己紹介から始めた。ゴムで短めのおさげを結わっ
た、素朴な印象の少女だ。もじもじ。不安が拭えないのか、その胸の前の手は先程からずっ
と繰り返し揉み弄られている。
「……知っているんだね?」
「はい。そうでなければ、私達全員に口止めなんてされません」
由良の確認に頷く。そうして彼女は全てを語り始めた。
「一ヶ月ほど前になります。うちの部で、同じ一年の男の子が亡くなりました。後からこっ
そり聞いた話だと自殺だったそうです。名前は瀬古優君。入部した直後から先輩達にいっぱ
いしごかれて──苛められていました。多分その所為であんな事になったんだと思います」
二人は言葉なく、しかし明らかな剣呑を含んでその証言を聞いた。筧は深く眉間に皺を寄
せ、由良は慌てて懐から手帳を取り出しメモを取る。
「この話は他の子にも広まっていて……部の中じゃもう殆どの子が知っていると思います。
でも先輩達も監督も、このことを必死に隠そうとしていました。何度もミーティングだと言
って、会議室の中で私達に口止めをしてきたんです。それだけじゃありません。先生達も揃
って瀬古君の自殺を認めようとはしませんでした。監督と一緒になって私達に『絶対に口外
するな。もし喋ったらどうなるか分かってるな?』って」
『……』
由良が愕然と目を見開いている。筧はチッと、小さく舌打ちさえして耳を傾けていた。
学校の──大人達の取りそうな選択である。これは間違いなく大事件、スキャンダルだ。
公に出てしまえば玄武台の名は地に落ちるだろう。
……いや、だからこそ学校側は口封じに躍起になっているのだ。元より玄武台はスポーツ
で名を挙げてきたタイプの学校だ。その花形で自殺者が出たとなれば、負うダメージは相当
なものになる。部の存続だけではない、学校そのものが危機に陥るだろう。
即ち関係者達は、迷わず面子を取ったのだ。たとえ子供一人、未来があった筈の若い命を
犠牲にするとしても。
「先輩達や、他の子まで言ってるんです。自分の所為じゃない、あいつが弱かったから悪い
んだって。最初は私も反論できませんでした。瀬古君とはクラスも別だし、部でも殆ど話し
たことなかったから……。でも、先生達が無理やりに自殺を隠すようになって、そうしたら
次から次に部員の皆や監督が死んだとか、行方知れずになったって聞くようになって……。
怖いんです……もしかしたら次は私かもしれない。絶対、これは私達や玄武台への復讐なん
です。そうとしか考えられない。なのに学校はまだ絶対に話すな、訊かれても答えるなって
言ってばかりで……。おかしいですよ……。人が、死んでるのにっ……!」
『…………』
最後の方はもう、七波は泣きじゃくりながら話していた。恐怖と自責の念がぐちゃぐちゃ
に入り混じり、まだ十六歳の少女の心をズタズタにしている。
筧はじっと最後まで彼女の話を聞いていた。由良もやがてはメモを走らせていた手も止ま
り、必死に自身の中に沸き起こる義憤を抑えているように見える。
「だから、刑事さん達がこっちを見てるって聞いた時、これしかないって思いました。もう
黙ってるなんてできない。このままじゃ駄目だって……」
「……兵さん」
「ああ」
由良が、もう辛抱ならないという様子で筧を見遣っていた。筧も短く頷き、そっと彼女の
背丈に合わせて屈み、もう一つ訊ねる。
「君の言う通りだ。守っていくべきは人だ、システムじゃない。だからこそこれ以上、被害
を出す訳にはいかない。重ねさせない」
一連の事件の原因が、その瀬古の自殺にあることは分かった。
彼女の言う通り動機は復讐だろう。では一体誰が? 二人は核心へと迫る。
「教えてくれ。君達を狙う可能性がある人間を知っているか? 家族や友人、どんな小さな
繋がりでもいい」
「……三年に瀬古君のお兄さんがいるそうです。私は全然面識ないですけど。でも他の子か
ら聞いた話じゃ、瀬古君が亡くなってすぐに行方不明になってるらしくて。学校にも、お家
にも全然来ていないって」
筧と由良は再び互いの顔を見合わせた。その瞳に力が篭もる。彼女に向き直り、筧はぽん
とその頭を優しく撫でてやる。
「……ありがとよ。よく話してくれた。さあ、他の連中に気付かれない内に急いで帰りな。
そしてこれからは静かに、胸を張って生きるんだ」
ぼうっと筧を見上げる七波。だがややあってその表情はスゥッと救われたかのような、赦
されたかのような泣き腫らした破顔となった。何度も何度も「ありがとうございますっ」と
頭を下げながら、小気味良く足元の砂を蹴り、駆け足で公園を後にして行ったのだった。
「見えてきましたね。事件の根っこが」
「ああ。おそらくこれで間違いないだろう」
そんな彼女の姿を見えなくなるまで見送り、二人は呟いた。由良も正義感からかいつも以
上に気合いが入り、筧も暫くぶりに煙草を噴かせながら頭の中を整理する。
繋がった。
ホシが──見えた。




