13-(5) 澱みたる舎
「──あ、君。ちょっといいかな?」
「す、すみません……。急いでるので……」
今日もまた日が暮れて街が茜色に染まろうとしている。
夕刻、筧と由良は飛鳥崎西部の市立校・玄武台高校へとやって来ていた。正門近くで張り
込みを続け、出てきた帰宅途中の生徒に話を聞こうとする。
だがその全員が全員、こちらの姿を見ると口を噤むように拒み、足早に立ち去ってしまう
状態が続いていた。もう何人目だろう? また逃げられて由良が流石にため息をつき、ふら
ふらとした足取りで物陰に待機していた筧の下に戻って来る。
「……駄目か?」
「ええ。これは確実に警戒されてますね。口封じ……でしょうか」
同じく物陰に、隣に立った由良。その表情には多少なりともの徒労感が浮かんでいた。筧
はただじっと息を殺して立っている。気配、足音。先ほど覗いていた校門付近でも、出てく
る生徒達は皆、少なからず俯き加減で足早に通り過ぎていた。
嘆息をつく。優しい日差しが、風が素っ気ないそれに変わっていくのを感じながら、筧は
やれやれと肩を竦めていた。
「全く、馬鹿な事をする。自分達が隠し事をしていると認めてるようなものじゃねぇか」
先日からの、そして繁華街の一件で更に増えた犠牲者には共通点があった。その全員がこ
の玄武台高校の関係者──生徒は勿論、教師も含まれていたのだ。
これだけ立て続けに起これば、何も無いなんてことはあり得ない。なのに肝心の学校側は
この始末だ。一課は現場が集中する西区繁華街を中心に人員を投入、更なる被害の抑止と情
報収集に当たっているが、根っこを叩かなければ事件は永遠に終わらない。
「……兵さん。やっぱり自分達も西織の“網”に加わってた方が良かったんじゃないですか
ね? また陰口叩かれてましたよ。懲りない奴だって」
「言わせとけ。自分で考えずに上の指示だけ聞いてる奴らならたかが知れてる」
「そうですけど……。でも、令状がないまま自分らでしょっ引くのは無理ですよ?」
気遣ってくれているのだろう。由良は時折こちらを見遣り、そう何度か声を掛けてきてく
れていた。しかし当の筧は変わらず物陰に背を預け、そしてフッと小さく口元に笑みさえ浮
かべている。
じっと待っているかのようだった。まるで何かを確信していて、それが来るのを。
「いや、これいいんだ」
「……?」
由良の頭に疑問符が浮かんでいる。だが筧は気にしなかった。少なくとも自分を信じてつ
いて来てくれているだけでも充分ありがたい。
相変わらず向かいの道を行く生徒達は辺りを警戒している。バレてはいないと思っている
のだろうか、見れば敷地の内側では教員達が何やらひそひそとこちらを見て話し合っている
のも確認できた。
……ぼちぼちか。
この世に完全なんてものは存在しない。押さえ込めば押さえ込むほど、そこから溢れ出る
もの達は必ず膨れ上がるんだ……。
「あの」
はたして、ちょうどそんな時だったのである。
じっと物陰に隠れ、校門を見張っていた二人の横から、一人の女子生徒が近付いて来た。
緑の鉄色を貴重としたその制服姿は間違いなく玄武台高校のもの。由良は突然現れたこの
少女に驚き、筧はちらりと、まるでこうなることが分かっていたかのように横目で彼女の姿
を見ている。
「あの、刑事さん……ですよね? お、お話したいことがありますっ」




