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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-13.Justice/復讐鬼との邂逅
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13-(4) 変貌させたもの

 翌日。学園での休み時間。

 制服姿の睦月と仁は、生徒達で賑わう廊下を歩いていた。しかしその表情は共に厳しく俯

きがちで、互いに話し掛けようとする余裕すらない。

『昨日の奴の身元が判った。やはり俺達とほぼ同年代だったよ』

 それは先刻、屋上でのこと。

 皆人は國子や睦月、仁ら対策チームの面々を集め、今回の一件で明らかになった情報を話

してくれた。昨日一晩がかりで司令室コンソールの職員達が奮闘してくれたらしい。

『名前は瀬古勇せこいさむ。玄武台高校の三年生だ』

玄武台ブダイ、か……』

『西の、スポーツの強い学校ですね』

 昨夕のアウターから逃げる際、コンシェルの一体が放った煙幕に煽られ、フードの下が明

らかになった数秒が映像ログには残されていた。

 皆人が、自身のデバイスに転送しておいたそれを見せる。

 真っ直ぐに自身のアウターと、その向こうを見つめていた眼。

 大量の黒煙が邪魔をしていて見え難くこそあったが、その表情かおは酷く冷静であり鋭利な刃

物のようだった。睦月やパンドラが皆人が口にしたフレーズに反応している。

『ああ。あの時殺された生徒もあそこの制服を着ていた。例の現場の被害者達も、同じく玄

武台の生徒だったことが確認されている』

『それに、だ。俺達も俺達なりに調べたんだが……どうにもここ最近、ブダイにはきな臭い

噂が流れててな。ネットでもこれまで何人もブタイの生徒や教師が殺されたって書き込みが

残ってる。学内じゃ口封じか緘口令まで敷かれてるって話だ』

 更に仁が、手持ちのタブレットの画面をこちらに向けて続けた。そこには玄武台高校に関

するスレッドが立てられたBBS(電子掲示板)のページが映し出されており、既に百件近

い書き込みがされている。

『大江達が調べてくれたこの情報を元に、こちらでも裏付け作業を行っている最中だ。流石

にその全てが真実ではないだろうが、少なくとも同校の関係者が被害に遭ったという旨の情

報は今から一ヶ月ほど前まで遡ることができた』

『一ヶ月……』

 ごくり。睦月は思わず息を呑んだ。ちょうど自分が、巷で守護騎士ヴァンガードと呼ばれ始めた頃だ。

それとは無関係だが、あの頃の高揚を自責する。

 自分が“正義の味方”などと呼ばれ出したのとほぼ同じ時期に、こんな殺人鬼が生まれて

いたなんて……。

『皆、その瀬古さんって人が?』

『可能性は高い。共通点、状況証拠、様々な条件が現時点で一致している』

 それに……。皆人は言った。

 一旦数拍を置き、彼は気持ち声色を潜めるようにして場の睦月達に告げる。

『こちらも調査中だが、奴にはそこまでする動機がある』


「──?」

 互いに何も口を開けず、クラス教室の扉を開けた二人。

 すると教室内では、何故か海沙が一枚のプリントを片手にクラスメート達の間をわたわた

としていた。睦月が仁が、何をしているんだろう? と不思議がって眺めている。

「あ、あの……。ちょっと名前を貸してくれないかな? ぶ、部活を作ろうと思うの」

「部活ぅ?」

「作るって、どんな?」

「え、えっと。パソコン部……みたいな感じの」

 どうやら一人署名集めをしているらしい。だが多くのクラスメートは、彼女のおずおずと

した様子も手伝ってその頼みには否定的だった。

「あ~……悪い。俺もうサッカー部だから」

「私も。吹奏楽部」

「ていうかさぁ、何でパソコン? 青野さんってそっちの趣味あったっけ?」

「え? 何? マジかよ。へぇ、見た目によらねぇなあ」

「でもああいうのってオタクじゃん。すげーどうでもいい所に拘ったりとかさー」

「デバイスがあるのにね~? 何でだろ?」

「……」

 ははは! 少なからぬクラスメート達の、容赦ない反撃が待っていた。創部申請用の書類

を片手にしたまま、海沙がじっと俯き加減になって押し黙っている。

「っ! お前ら──」

 そのデバイスだって、色々なPCがあったからこそ生まれたんじゃないか。

 睦月は眉間に深く皺を寄せ、半ば反射的にこの幼馴染を庇おうとした。

 理解していたからだ。十中八九、彼女は電脳研を復活させようとしているのだと。仁たち

自身が決めたこととはいえ、自分のせいで解散までさせてしまったのだと、おそらくは己を

責めているのだろう。

 だがそんな睦月の肩を、他ならぬ仁が取っていた。少なからず目を見開いて振り返るこの

友に、彼はぎゅっと強く唇を結んだまま直立不動を保っている。

「くぉらァ! あたしの海沙に何しとるんじゃい!」

 そうしていると二人の代わりに、騒ぎを聞きつけた宙が飛び込んで来た。がるると番犬よ

ろしくこのクラスメート達を威嚇し、そのまま海沙をぐいぐいと教室の片隅へと引き剥がし

ていく。

「ちょっと……。何やってんのさ? まさかあいつらの為に? 自分をストーカーしてた奴

の肩を持とうっての?」

 それは真っ当な意見・質問の筈だった。

 なのに当の海沙はきゅっと口を噤んでいる。胸元に申請書類を掻き抱き、揺れる思いを何

とか言葉にしようと数秒、声にならない思いを絞り出そうとする。

「……確かに、怖かったよ。でも後から聞いたの。大江君が、自分が返り討ちに遭ってでも

八代君はんにんを止めようとしてくれたって。私を、助けてくれようとしてたって」

 彼女は言う。睦月と仁がどうしたものかと、近寄りつつも近寄り切れずにその訥々とした

言葉だけを聞いていた。

 自分も小説を書いているというマイノリティがあるのだろう。その実、広義では仁達とも

接点を持ちうるからこそ、彼女は何もしない訳にはいかなかったのだ。

「だから、その恩に応えたいの。解散まですることなかったんだよ。……それにね? 自分

の“好き”が許されないって、凄く辛いことじゃないかな?」

「……。海沙……」

 電脳研、或いは以前までしんゆうが所属していた水泳部。

 おそらく前者、期せずして問われたその言葉に、宙は諌めようとしていた気持ちをそっと

剥ぎ取られたような心地がした。

 あんたは、優し過ぎる。

 だけどそんなあんただからこそ、あたしは──。

「うううっ……。や、やっぱ海沙さんは天使だぁぁ~……」

「お、大江君。そこまで泣かなくても……。でもまぁ、海沙はああいう子だよ」

 海沙の吐露に、仁は思わずボロボロと貰い泣きしていた。睦月も苦笑いを零しながらも、

しかしこんな幼馴染を持って嬉しいと思う。

「あ。帰って来たんだ? もう用事はいいの?」

「う、うん」

「そそ、それよりも。今、部活って……」

「うん。その、もし大江君達がよかったら、また部を作らない? やっぱり私のせいで全部

無しにしちゃうのは……勿体無いよ」

 聞かれていたのだと気付き、海沙がほうっと頬を赤くして申請用紙を胸元に掲げる。

 睦月と仁は互いの顔を見合わせた。力強く頷き、是非もないと言外に示す。

「そういう事なら。でも、部を作るのって何人くらい要るんだろう?」

「ああ、それなら──」

「同好会なら代表者を含めて十人、部なら二十人以上だ。顧問が必須か必須でないかも大き

な差だな」

 すると仁を遮る形で、背後からカツンと歩いてくる者達がいた。皆人と國子だ。振り向く

睦月達に皆人は淡々と説明し、クラスメート達の向けてくる視線を一瞥すると、また一歩進

み出て言う。

「俺達も名前を貸そう。毎回顔を出せる訳ではないだろうが……」

「えっ?」

「え? だって、皆──」

(落ち着け。これも計算の内だ。学内で堂々と集まれる場が作れれば、俺達の活動も幾分や

りやすくなるだろう。だから部外者は排除して創部する。それに万が一の時があっても、青

野や天ヶ洲の傍にいてやれるしな)

 言いかけてずいっと。引き寄せられて小声で真意を伝えられた睦月は、そのままコクコク

と頷いていた。

 幸い、海沙や宙には怪しまれていないようだった。仁が上手い具合に照れ隠しに、二人と

話し込んでいて注意を逸らしてくれている。

「まったく……。揃ってお人好しなんだから……」

 小言を吐きつつも、宙の表情かおはニコニコとしている。海沙から申請書類を渡して貰い、早

速自分の机からシャーペンを一本、出してきて名前を書き始める。

「あたしも付き合ってあげる。ちょうど部も辞めた所だしね」

「ああ、頼む。大江、お前は元メンバー達に声を掛けて来い。俺達が署名すれば、残りの面

子はすぐにでも揃うだろう?」

「あ、ああ……。すまん、恩に着る!」

 促されて、仁は駆け出すと教室を後にしていった。ぱぁっと明るんでいた。休み時間はも

う残り少ないのだが、まぁいい。

「……」

 良かった。自身も名前を書き連ね、睦月は静かに微笑わらっている。

 ちょっと驚いてしまったけど、皆人がゴーサインを出すのなら大丈夫だろう。宙も最初は

あんな事を言っていたけど、今じゃ大江君達とはいいゲーム仲間でもあるのだし。

(仲間、か……)

 しかし睦月はフッと思った。その過ぎった記憶に思わず影が差し、それまでの微笑ましく

浮かべていた表情がにわかに曇り始める。

 それは屋上であのとき、皆人が自分達に告げた情報だった。

『一ヶ月ほど前の事だ。奴の弟が、自殺している』

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