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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-13.Justice/復讐鬼との邂逅
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13-(2) 最難たる悪

 時を前後して、飛鳥崎西の繁華街。

 朝方から始まった初動捜査は、辺りに茜色が降りていく頃には忙しなく撤収作業を済まさ

れようとしていた。

 街の喧騒から零れ落ちたように、フッと不気味に静かな路地裏。

 その一角に、点々とこびり付いた血痕。奥の行き止まりには壁を塗りたくるように飛び散

った血痕が今も残されている。

「……本当、惨いもんですね」

「ああ。こりゃ住民達にバレるのも時間の問題だぜ」

 行き交う捜査員、鑑識。

 そんな面々の中で筧と由良は気持ち距離を置いて佇み、仮として血痕を隠すように被せら

れていくブルーシートを見ていた。眉根を寄せ、こと由良においては明らかに顔色が悪くな

ってすらいる。


 最初、第一報が入って現場に駆けつけた時は、思わず目を疑ったものだ。

 惨殺の跡。そう表現する以外になかった。点々と、路地の奥へと向かう道筋には斬り殺さ

れた少年達の亡骸がそのままに放置され、突き当たりの壁には大量の血飛沫を吹き付けて首

を刎ねられた少年がまた一人。これまで数々の凶悪事件に挑んできた刑事達も、その少なか

らずが激しい嫌悪感に襲われ、或いは実際に吐いてしまったほどだ。

 現場を見て、一同は以前起こった不良達の抗争を思い出した。あれも随分と酷かった。

 だがあの一件は、犯人死亡という形で一応のけりがついた筈だが……。

『……なぁ。筧の奴、ここ暫く妙に大人しくないか?』

『ああ、それなら。何でも張ってたホシが外れたらしくて……』

 それでも現実、目の前に事件は横たわっている。事後処理も含め、面々は早速現場検証に

乗り出した。併行して残された手掛かりをやって来た鑑識が集めていく。そんな中でふと、

気持ち後ろにいる筧と由良を見遣りながら、他の刑事達がひそひそと囁く。

『……。こっちの事情も知らないで』

 おそらくわざと聞こえる程度の声量にしているのだろう。彼らの嫌味にむすっと、由良が

あからさまな不快感を浮かべていた。だが当の筧はそんな表情は微塵もみせず、或いはいつ

ものように何処吹く風なのか、じっと何かを考え込んでいるようだった。

 ──目が覚めた時、自分達は公園のベンチで寝ていた。

 いや、寝かされていたというのが正確な表現だろう。何者かに放置されたかのように。

 しかしいくら思い出そうとしても、前後の記憶がない。思い出そうとする度に頭の中に電

流のような痛みが走り、記憶の像すらまともに浮かんでこないのだ。

 確か自分達は、進坊の通り魔事件で入院し、そこから……。

『うーん……。結局何だったんでしょうね? 思い出そうにも思い出せないし、辿り直す暇

もないし』

 思い出せない。だが何もなかった訳ではない筈だ。

 自分だけではなく由良までが同じ症状。とてもただの偶然だとは思えなかった。

 それに……。筧は胸元から手帳を取り出し、捲った。普段から捜査に関してのメモを書き

留めている愛用の品だ。

 それが綺麗に破り取られていた。頁数までは覚えていないが、明らかに前後が抜けてしま

っている箇所がある。……証拠隠滅の為か。一体誰が?

『なぁ、由良。人の記憶を消せるようなドラッグってあるんだろうかな?』

『……? さあ、聞いたことありませんけど。今度麻取にでも訊いてみましょうか』

『ああ。そうしてくれ』

 正直言って、あまり期待はできないが。


「──何ていうか、どんどん物騒になっていく感じです。この前の不良達の抗争がまたぶり

返しでもしたんでしょうか?」

 進んでいく撤収作業。同僚の刑事達も少しずつ捌けていく。

 そんな中で由良はまだ眉を顰めて、湧き起こる不安を隠し切れずにごちた。だが対する筧

は酷く落ち着いていて、否定的だった。

「いや、まだそうと決めるには早い。大体あん時のホシは自滅したやられただろ?」

 それに……。加えて彼は一旦言葉を切る。少し前を過ぎていく同僚達の一団をちらと見送

った後、また人気も物寂しくなっていく路地裏げんばを見つめながら言う。

「今回のホシは、あれとは全く逆のパターンだ」

「と、言いますと?」

遺体ホトケさんを見たろ? どいつもこいつも確実に首を刎ねられて死んでた。首だけじゃない。手

首や肺を一突き──あれは全部ギリギリまで相手を苦しめる為の殺り方だ。血痕だってそう

だ。どいつのも、首を刎ねた時にぶちまけたモンか、怪我をしながら逃げてた時に落とした

ものに見える」

「……そうですね」

 ごくり。この相棒にして師匠の分析眼に、由良は改めて敬服していた。コクコクと頷き、

そしておずっと、彼の今抱えているであろう重苦しい仮説を聞き切ろうと身構える。

「つまり衝動的な犯行じゃねえ。計画的だ。裏を取らなきゃ確実なことは言えねえが、おそ

らくは怨恨だろう。それも、恐ろしい程に冷静に殺ってる」

 筧の、刑事としての眼が静かに光っていた。

 そんな彼をして、密かに身震いをし、強く警戒させるほどの予感が全身を襲っている。

「……気を付けろ。今回のホシは、ある意味一番敵に回しちゃいけねぇ手合いだ」

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