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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-13.Justice/復讐鬼との邂逅
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13-(1) 激戦の予兆

「次、スペース内ランニング五十周!」

「次、動体視力トレーニング連続五十セット! 失敗したら一からだぞ!」

「ひぃ、ひぃ……!」「む、無理……」

「お、俺達が鍛える意味あるんスか~!?」

 放課後の司令室コンソール。この日も睦月達は地下の秘密基地に集まり、アウターとの戦いに備えな

がら時間を過ごしていた。

 先日新たにリアナイザ隊に加わった、仁たち元電脳研の面々が先輩隊士らによって今日も

みっちりとしごかれている。だだっ広い訓練用スペースを走らされたり、コンシェルと同期

した上で先輩達から次々と放たれる弾を避けさせられたり。

 睦月は守護騎士ヴァンガードに変身し、朧丸と同期した國子に組み稽古をつけて貰っていた。ちらと視

界の端に映る彼らのそんなさまに、ついフッと微笑ましくなってしまう。

「余所見とは……余裕ですね」

「おわっ!? はは。その、何だか嬉しくって……」

 大よそ“普通”ではないが、日常の光景であった。

 そうした彼らの様子を、司令室コンソール内のガラス窓から、皆人はそっと静かに見守っていた。時

折職員が書類を持ってきて、映像を見せてきて、随時報告を寄越してくる。

「……。ふぅ」

 そんな最中の事だった。一方自分のデスクに長く齧り付いていた香月は、ようやく一つの

とあるプログラムを完成させた所だった。

 忙しなく指を走らせていたキーボードからそっと手を放し、PCの画面に表示された無数

の文字・記号列に間違いがないかを改めて確認。一度ぐぐっと椅子の上で伸びをし、最後に

外付の小型ディスクにデータを焼き付ける操作を実行する。

 カリカリと書き込みの音がする。進捗を示す横棒のメーターが埋まっていく。

 司令室コンソール内で今日も忙しく働く職員達、研究者仲間、或いはホログラム画面でライブされて

いる隣の訓練用スペースで汗を流す息子達。

「……」

 香月は疲労感と達成感、一抹の安堵、そしてそれらを押し流すほどの不安な気持ちが自分

の中から滾々と湧いてくるのを感じていた。微笑を浮かべながらも、その表情は疲労も相ま

って少なからず影が差しているかのようにみえる。


『くっ……!』

 それは筧・由良の両名をこの司令室コンソール──隣の訓練用スペースに誘い出した時のこと。文字

通り全くの背後から“現れた”リアナイザ隊らにより、量産されたリモートチップを撃ち込ま

れ、二人はそのまま確保される筈だった。

 しかし筧は寸前の所で直撃を免れ、隣でどうっと倒れてしまった由良を横目に確認しなが

ら、即座に二撃目を撃ち直そうとする隊士らに組み伏せられていく。

 香月は、司令室コンソールのガラス越しから、この眼下の作戦を見つめていた。横では皆人や萬波しょちょう

がこの抵抗に小さく眉根を寄せ、すぐさま押さえ込むよう通信で指示を飛ばしたのも聞く。

『くそっ、離せ……!』

 筧が暴れている。しかし多勢に無勢ということも、一度はリモートチップが頭を掠めた影

響もあり、その身動きはやはり本来の程には及ばないようだ。程なくして彼もまたがっちり

と組み伏せられ、隊士らの調律リアナイザの銃口を向けられていた。ギリッと奥歯を噛み締

め、頭上のガラス窓越しに立っているこちらを睨み付けるようにして叫ぶ。

『おい、ドクター佐原!』

『!? 貴方、私のことを──』

『隣の相棒が色々と調べてくれてな。それよりてめぇ、一体自分が何をしているのか分かっ

てんのか!?』

 それは他ならぬ、自分に向けられた言葉。眼差し。

 香月は自分の顔を知られていることは勿論、少なからず驚いて眉根を寄せた。皆人達もち

らとこちらを一瞥し、しかしすぐにまた組み伏せられたままのこの筧を見下ろしている。

『あの子は……佐原睦月は、お前の息子だろうがっ! 母親のお前が、何危ない橋渡らせて

んだよッ!!』

『っ──』

 それは義憤。自分を睦月の実の母と知った上で、守護騎士ヴァンガードの正体を知らされた上で、自身

に迫る危険よりも先ず憤った感情であった。

 ぐらりと瞳が揺れる。とうに分かっていたことだった。覚悟したつもりのことだった。

 だけども香月はすぐに反論することも、応えることも出来ない。真っ直ぐな正論に、只々

ぎゅっと唇を結んで耐えることしかできなかった。

 銃声。直後パシュという小気味良い音と共に、今度こそリモートチップが筧の後頭部に撃

ち込まれた。彼はそのまま項垂れ、動かなくなる。努めて表情を変えない皆人の指示一つで

ずるずると、場の隊士らはこの二人を部屋の奥へと回収していく。

『……』

 胸が締め付けられる思いだった。母親は自分なのに、その務めを赤の他人から指摘され、

責められたのだ。

 でもどうすればいい?

 アウターの魔の手を止めなければ、いずれは……。


(──現状、対アウター用装甲ヴァンガードを扱えるのはあの子しかいない)

 カリカリとデータの書き込みが進む中、香月はじっと画面の前で俯き加減だった。

 分かっている。本当なら母親として、あの子にこんな役目を負わせるべきなんかじゃなか

った。負わせたくなかった。

 なのに、あの子は頑張っている。必死になってアウター達と戦ってくれている。

 常に危険と隣り合わせだ。だけど自分一人の私情を持ち出して止めさせてしまえば、この

街から近隣、或いはこの国の全てへ、アウターの被害は拡大する一方なのもまた事実だ。

「……」

 あの子の為に、自分が出来ることを。

 ただ心配なのは、守護騎士ヴァンガードとして戦うようになって、彼が以前よりも直情的になったよう

に思える点だ。

『僕にしかできないことなら』

 やっぱりあの子は、健臣ちちおやの事を──。

「お? 遂に完成したんですね」

「……ええ」

 そんな時だった。ふと他の研究仲間らがこちらの作業に気付き、白衣を翻しながら画面を

覗き込んでくる。

 香月は声色を落としながらも頷いた。書き込みが終わり、外付けの小型ディスクを機材か

ら外して軽く検める。

「“リリースワクチン”。これで少しは、あの形態でのリスクも避けられる筈……」

 しかしその直後だったのだ。にわかに制御卓、飛鳥崎各地の監視映像をチェックしていた

職員達がざわめき始める。

 何かあったのか……? 目を遣った香月達の横を、職員の一人が慌てて皆人の下へと駆け

足で向かっていく。彼が報告を受け、制御卓の前へと戻ってきた。ざわざわと皆で画面群を

囲み、異変が見つかったその画面の一つを見上げる。

「昨夜のログです。ここ、このポイントの映像がロストしました。暗くてはっきりとは映っ

ていませんが、直前に怪しい二人組が記録されています」

 砂嵐ロストしていた映像の一つ。その地点の夜闇に紛れて、確かに不審な二人組が前を通り過ぎ

ていくのが確認できた。

 一人はフードを目深に被った少年らしき人影。

 もう一人はその後ろに付き従うように歩く、大柄な人影。

 直後、彼らはこちらの存在──監視カメラに気付いたようだった。刹那目にも留まらぬ何

かが迫り、そこから映像は完全にロストしてしまっている。

「……只者じゃないな」

「はい。それと現在確認中ですが、このポイント付近で昨夜、殺人事件が起きたとの情報も

上がってきています」

 ふむ……。皆人は口元に手を当てて考え始めた。職員達が香月達が、たまたま同席してい

たリアナイザ隊の一部もがじっと彼の指示を待っている。

「調べてみる価値はありそうだな……。睦月達を呼んでくれ。現場に向かわせる」

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