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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-12.Emotion/持たざる者の矜持
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12-(4) 勇み踏み入る官憲の

「お見舞い、ですかね?」

「ああ。尤も上っ面だけだろうがな」

「えっ?」

「……よく見てみろ。紙一枚渡すのにあんなに話し込むか? 井戸端会議じゃあるまいし」

 昼下がり。とうとう動き出した佐原少年を追うべく、筧と由良は細心の注意を払いながら

距離を保ちつつ、尾行を続けていた。

 彼が級友と思しき少女と共に向かった先は、学園からぐるりと離れたとある民家。遠巻き

に観察している限りでは、どうやらそこの家人に届け物をしているように見える。

「由良、気を付けろ。あの少年、中々に捜査慣れしてるばかずをふんでる

「場数って……。ま、まさか」

 筧は気配を殺しながら、横目だに向けず言った。由良もこれまでの経緯から彼の言わんと

する所を読み取り、こちらへあちらへと何度も視線を泳がせながら逡巡している。

「……探偵ごっこにしちゃあ過ぎたモンだ。素人がやってりゃあいつか手痛い目に遭う」

 ぽつり。それは特に由良に向けた言葉ではなく。

 民家の玄関先を辞し、歩き出した佐原少年と少女。勿論その後を、筧と由良はこっそりと

追いかけていく。

 筧は思い出していた。以前、井道の事件の際に目撃者を“先回り”していたらしい一人の

少年。友人を守りたいからとその動機を話していたという彼もまた、そういえば学園の生徒

だったっけ。

 ……ここでもまた繋がってしまった。正直を言えば、出来れば繋がって欲しくないと思っ

ていたピースであったのだが。

 だが、こんな物好きな学園コクガク生は二人も三人もいないだろう。おそらくあの件の探偵もどきX

と佐原少年は同一人物だ。今、こうして目の前でその立ち回りを観察して、刑事の勘がそう

だと告げている。

(チッ。どいつこいつも。もうちょっと、俺達を信じてくれやしないかねえ……)

 そんな時だったのだ。密かに片方の奥歯に力を込めていたその矢先、由良がむっと目を細

めて前方の二人の異変に気付いた。

 住宅街を抜けていく緩やかな坂道。左側には軽く茂った遊歩道。

 その中にぽつんと立つ公衆トイレへと、彼らは二人して入っていく。

「兵さん、動きましたよ! 二人とも……男子トイレに。そういう趣味なんですかね?」

「それだけだったらまだマシかもな。追うぞ!」

 佐原少年と少女を追って、二人は遊歩道の中へと駆けていった。そうなるとどうしても草

木が擦れて音がしてしまうが仕方ない。二人は辺りを見渡し、二方向から先の公衆トイレへ

の突入を試みる。

「──っ! あれ? いない……」

「妙だな。確かにここに入っていくのを見た筈なんだが」

 物陰からいっせーのせっ、で。

 しかし男子トイレの中には外の風に紛れて舞い込んだらしい枯れ葉以外、誰の姿もなかっ

たのである。念の為にと隣の女子トイレも覗いてみたが、結果は変わらない。

 筧がじっと眉根を寄せた。由良が頭に疑問符を浮かべて突っ立っている。

 寸前で逃げられてしまったのだろうか? 彼がそう言おうとしていた。だが筧はその寸前

になって、巡らせていた視線・視界の中に、ふっと気になるものを見つけ、歩き出す。

「……兵さん?」

「見ろ、由良。この用具入れ、少し開いてる」

「そりゃあこんな管理の半端な所ですし、半開きくらい──」

 しかしこれが刑事の勘、筧の直感という奴だった。苦笑いする相棒を余所に、彼は意を決

して扉を開け放つと、そこには掃除用具に隠れて地下へと続く金属の梯子が延びていたので

ある。

「……兵さん。これは」

「勘付かれてたんだな。誘ってやがる」

 ここでようやく、筧は先行する足を止め、後ろの由良を見た。

 行くか? つまりはそういう事である。状況がただけているだけではないと明らかにな

った以上、ここで彼を残してメッセンジャーとするのも手だ。

「勿論、行きます。兵さんだけに危ない橋は渡らせませんよ。……それに、俺もちょっとあ

の子に説教したくなってきました」

 だが当の由良は言う。

 故に筧は僅かに口角を釣り上げたが、次の瞬間、その視線と手は梯子へと伸びていた。


 一言で形容するならば、地下に広がっていたのは迷宮だった。

 内部に点々と灯りが取り付けられていて助かった。だがそれは裏を返せば、此処はやはり

何者かの息が掛かった場所だという事になる。

『……』

 二人は慎重に、しかし目指すべき方向がある訳でもなく暫くの間内部を彷徨った。

 勿論、密かにそのルートを壁型の扉の開閉で誘導し、これら様子をつぶさにモニター越し

に監視している皆人もの達がいるなどこの時はまだ知る由もない。

「む……?」

「何か、開けた場所に……」

 そうしてどれだけ歩いただろうか。やがて二人は妙にだたっ広い、幾つもの太い柱と高い

天井で密閉された空間へと辿り着いた。

 由良がキョロキョロと辺りを見渡し、筧を守ろうと一応の格闘の構えを取っている。一方

で当の筧は、じっと薄暗いこの場に目を細めて、此処に潜む者達の正体を見据えようとして

いる。

『──ようこそお待ちしておりました。飛鳥崎中央署捜査一課警部補・筧兵悟さん、同じく

巡査部長・由良信介さん』

 その直後だった。はたと室内の照明が点り、背後の進入路が壁ごとスライドして閉ざされ

ていった。頭上から降ってきたのは声。見ればずっと上に分厚いガラスのような展望スペー

スが設けられており、そこには黒コートや白衣、スーツ姿の一団が立ち並んでこちらを見下

ろしている。

「……随分と詳しく調べたもんだな。何だ、お前ら」

 あれは、ガキか? 遠いのとガラス越しではっきり見えないが、彼らの中央に立っている

のはまだ若い少年のように見える。尤も佐原少年にしては背丈があり過ぎるようだ。

 一方的に名も身分も読み上げられた動揺をこなれたように抑え、筧は問い返した。隣で由

良も目を細めて、そして静かに驚いている。

 ……ああ、分かってるよ。

 隣に立ってるあのねーちゃん。もしかして例の香月博士か?

『焦らずともじきに分かりますよ。その為に今日はここまで案内させて貰ったのですから。

なので、出来れば大人しくしていてくださるとありがたい』

「ふん。こんな真似して、はいそうですかってなると思うか?」

 再びの声。やはり主はあの中央の少年か。

 筧はあくまで強気の姿勢を崩さなかった。誰かは知らないが、相手は子供。現役の警察官

がビビってどうする。

 それに、この発言からしてやはり自分達は誘い出されたのだ。罠だったのだ。

「……ま、説教は後だ。それで? 一体目的は何だ?」

 だから筧は言う。頭上のガラス向かいの少年達に──皆人達に向かって問う。

『では単刀直入に訊きましょう。俺達と……手を組みませんか?』

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