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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-12.Emotion/持たざる者の矜持
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12-(3) 標的(ターゲット)

 そうして、睦月達が再び動き出したのははたして放課後だった。皆人からの指示で、一同

は大きく二手に分かれて行動を開始する。

 皆人は先日の件もあり、もう一度電脳研──M.M.Tの面々に会おうとしていた。当然

ながら向こうは、自分達の縄張りテリトリに上がり込んで来た彼を快くは思わず警戒していたが、事

前に國子が手を回しておいてくれたお陰で会う約束自体は取りつけてある。

「何だよ……今度は呼び出しだなんて」

「大体の話は聞いてるぞ? 仁と大揉めしたんだろ?」

「何度も何の用だよ、一体俺達が何をしたってんだよ!?」

 校舎隅の空き教室。それでも呼び掛けに応じて集まってくれたのは全体の半分以下、十人

にも満たなかった。

 何より、この待ち合わせ場所に皆人がやって来た傍から、開口一番彼らは不信感をあらわ

にして隠さなかった。呼び出しておいて後からやって来たことは勿論、本来「格上」である

人間・同年代の御曹司という相手に対する敵愾心と、根の深い虚勢がそこにはある。

「いや……。何もしていなかったと判ったから、また会わなければ思ったんだ」

 本当に、すまなかった──。

 ピリピリしているM.M.Tのメンバー達。だが次の瞬間、皆人から飛び出たのは、そん

な淡々としながらもぴしりと折り目正しく下げれた頭と謝罪の弁だったのだ。

 メンバー達は目を瞬いた。戸惑い、互いの顔を見合わせていた。

 数秒。数秒その沈黙が空き教室中に漂っていた。そうして彼らが居た堪れなくなってきた

のを見計らい、皆人はそっと頭を上げ、胸元のタイを直してからちらと後ろを見る。

「その侘び、と言っては何なんだがな……。もういいぞ、入って来てくれ」

 だからメンバー達は驚愕した。更に皆人がそう促し、新たにこの空き教室に入って来たの

は、宙に付き添われた海沙だったのだ。

 肝心の仁がいないのと、こちらが疑いの眼で接すれば二の舞になるからと自制自制で気持

ち唇を結んだ宙。「お、お邪魔します~……」と、おずおずとしてこれに続く海沙。

「──み」

『み、海沙さん!?』

 パニックになったのはM.M.Tの側だ。何せ彼らをその集団として集めさせしめた最大

の理由たる本人がひょっこりと顔を出してきたのだ。動揺しない訳がない。

 確かに、皆人らは彼女の友人で幼馴染で、少し話を通せばこういう演出も可能ではある。

 だがそんな落ち着いた分析を出来ているメンバーは少なかった。ファンの性である。元よ

り異性との経験も少なく、ただ妄想とマイノリティの中に隠れ住むばかりであってきた彼ら

ヲタクにとって、こんな場面で挙動不審にならない方がおかしい。

「ななな、何で?」

「ほ、本当に来た……」

「せめてもの侘びだ。積もる話もあるから、肝心の本人も呼んできた」

「いや、そういうのは先に言ってくれよ!? お、俺達にだって心の準備が──」

「はいはい。そう気張りなさんな。つーか息が荒い。海沙は気が小さいんだから、あんまり

怖がらせないよーに。オーケー?」

『イ、イエッサー!!』

 流石にジト目の宙が、そんな彼らをはしっと制止する。

 メンバー達はようやく我に返り、思わずその場で直立不動になっていた。……あと宙は女

の子なので、この場合「イエスマム」辺りが正しい。

「……。話というのは他でもない、この青野に関してだ。どうも最近、青野を付け狙ってい

る奴がいるらしくてな」

『えっ──』

 そしてコホンと軽く咳払いをし、皆人は話し始めた。

 先日、他ならぬ海沙本人からストーカー被害を相談されたこと。相手は巧妙に姿を隠し、

自分達が彼女を使ったトラップの中へでもその魔手を伸ばそうとしたこと。そしてその陽動

作戦の最中、仁が現場を見ていたこと──。

「これ以上皆に負担は掛けられないと、俺が焦ってしまった所為だ。大江には本当に悪い事

をしてしまった。疑って申し訳ないと思っている」

「……。そんな事があったんだな」

「つーか、俺達に謝られてもな。肝心の本人はいねぇぜ? まぁ、伝えとくけど」

「ってか誰だよ? よりにもよって海沙さんを付け狙うなんて。羨──けしからん!」

 この場に居合わせたM.M.Tのメンバー達は、打ち明けられたその内容にそれぞれ驚き

や動揺、ファンが故の義憤などに駆られていたようだ。

 あはは……。当の海沙が苦笑している。皆人は併せて、当時の状況から仁があの物理的距

離を埋めて彼女への実行犯となるには無理があることも話した。なのに。

「……なのに、大江は逃げた。潔白の筈なのに俺達の姿を見て逃げ出したんだ。おかしいと

は思わないか?」

「ただ単純に気まずかった、とかだけならまだ分かるんだけどねー。でもそれってどのみち

自分の首を締める事になるじゃん?」

「だから、大江君には何か事情があったんじゃないかと思うんです。犯人ではないけど、何

か大事なことを知っているような気がして……」

「頼む。何でもいい、話してくれ。協力して欲しい。大江は、今何処にいる?」

 やはり当の海沙から懇願されたのが大きかったのだろう。継いで訊ねた皆人に、メンバー

達はふと神妙な表情かおになってちらっと互いの顔を見遣った。ごそごそと。何人かが自身の

デバイスを取り出し、再三といった様子で画面を確認している。

「それは……俺達の方が訊きたいくらいんだよなあ」

同好会うちのグルチャにも全然反応がないんだよ。電話しても出ないしさ」

「……それは、いつ頃からだ?」

「え? あ、え~っと……」

「三日前の夜だよ。ちょうどあんたと佐原がうちに乗り込んできた理由を聞きたくて、他の

面子がチャットを送ったんだけど、無反応だったんだってさ」

「……三日」「それって……」

「……」

 メンバー達が記憶を手繰るようにして答える。海沙と宙は互いに顔を見合わせていた。

 皆人もじっと目を細めてその情報に思考をフル回転させている。

 つまり自分と睦月がカメレオンに襲われた日だ。そこから少なくとも日暮れまでに、彼の

身に何かが起こった──おそらく同じように狙われたとみて間違いないだろう。

「その。大江君、最近おかしな所はなかったですか? 何か、一人で悩んでいるとか、そう

いう……」

「おかしな所、ねえ」

「そう言われてもなあ。俺達基本、会の時くらいじゃないと顔合わせないし……」

 だからその思案の最中、海沙が──おそらく巻き込んでしまったという後ろめたさが故に

いつもよりも積極的になって訊ねている中で、皆人達は次の瞬間、決定的な証言を耳にする

事になる。

「そういえば、あの時一人だけ反応悪かったよなあ」

「? あの時って」

「ちょっ!? それは──」

「……。続けてくれ」

「あ、ああ。その……前に海沙さんの写真を撮ってきた奴がいてさ? あまりにも出来が良

かったもんだから、つい皆でテンション上がってたんだよ」

「私の、写真……?」

「もしかしてそれって隠し撮り? やっぱストーカーじゃない!」

「うぅっ……」

「そ、そうかもしれないですけどお。ぶ、ブロマイド……です」

「……。それで?」

「あ、ああ。だけどそん時、仁だけは俺達とは違って妙に渋い顔をしてたなーって。確かに

あれだけくっきりはっきりしたの、どうやって撮ったのか不思議ではあったけど」

「……なるほど。ありがとう、おそらくそれだ」

 再び眼光が鋭くなる友達思いの宙。

 メンバー達はつい口が滑り、責められて震えそうになったが、当の海沙本人は「私の写真

にそんな価値があるかなぁ……?」と大らかに苦笑い程度だ。二度三度、促されて最後まで

情報を話してくれたこのメンバーに珍しく礼を述べ、一方で皆人はここに至って核心に迫っ

た感触を確かにする。

「? それって?」

「さっき青野も言っていたろう? 大江が逃げたのはもっと別の理由がある筈だと。おそら

くそれが理由だ。……その話の写真、撮ったというのは何処のどいつだ?」

「ん? ああ」

「八代って奴だけど……」

 場にいるメンバー達が目を瞬き、互いの顔を見合わせてから答える。

 八代直也。

 奇しくもこの場に現れなかった、新参メンバーの一人である。


「──はいは~い。ったく、こっちは夜勤明けだってのに……」

 一方その頃、別行動を取っていた睦月と國子は仁の自宅を訪ねていた。

 やはり家の人は出払ってしまっているのだろうか?

 最初、しんとし試しにとチャイムを鳴らしてみても反応はなかったが、何度か押している

内に中から気だるい女性の声と足音がする。

「あいあい、どちら様?」

 玄関を開けてくれたのは、まさに“姐御”と形容するのがぴったりな、すらりとした長身

と男勝りな面持ちが特徴的な女性だった。背格好から二十代半ばといった所か。おそらく姉

だと思われる。

 服装はとことんラフなジャージの上下。もしかしたらお休み中だったのかもしれない。

「あ、あの。僕たち仁君のクラスの者です。先生からプリントを預かって来ました」

 訪問の体裁を整える為、豊川先生から預かってきた連絡書類などを添えて。

 放課後、学園から直接ここへやって来た二人の制服姿は、彼女の警戒心を解くには有効で

あったらしい。

「そっか。あいつの……。ありがとね。帰って来たら渡しとく」

「はい、お願いします。それで──」

「彼は今何処に? その言い方からすると出掛けているようですが」

 だが次の瞬間、二人が仁の所在について突っ込むと、彼女はまたあからさまに顔を顰めて

口を結んだ。尤も不快だというよりは、おいそれと口外できぬという用心に見えたが。

「……帰って来てないのよ。一昨日からね。いや、今日も含めたら三日か。まぁ前々からあ

たし達とも全然生活リズムが違うし、ふらっと何処かに遊びに行っちゃうから最初はあまり

気にしてなかったんだけどさ」

 この女性、仁の姉・ともは、そう軽く改めて自己紹介も混ぜつつ口を開き始めた。

 顰めた表情は不安で、少なくとも実の弟に対する害意ではあり得ない。それでもどうした

らいいのか、彼女自身分かりあぐねているといった様子だった。

「何度か電話したんだけど返事もないしさ。実は今日も何も進展が無かったら警察に相談し

に行こうかって話になってたのよ……」

 でもこれ、ご近所さんには内緒だかんね?

 口元に一本指を立て、彼女は小声で言った。勿論睦月達も徒に口外するつもりはない。

「……そうだったんですね」

「ええ。ですが今日一日待たずとも、すぐにでも連絡すべきだと思います。……最近は物騒

ですから」

 ごくりと静かに息を呑む睦月。その隣で、國子がやや婉曲にこの一家の遅さを説く。

「……。家族だから、よ」

 故に、智はたっぷり間を置いて言った。そんな事、言われなくても分かっているとでも言

いたげに。

「あんた達、仁の友達?」

「えっ? はい、まあ」

「そっか。いやね? あんた達も同じクラスだから知ってるかなって思うけど、あいつって

オタクじゃない? 別に個人の趣味に文句は言わないけどさ。やっぱ飛鳥崎ここはそういう“枠

からはみ出す人間”ってのを嫌う街じゃない? 国の制度としてもさ。だからなのかなぁ。

気付いたらあいつ、自分からあたし達と距離を置くようになっちゃって」

『……』

 それは間違いなく心配であったと思う。家族の情だったと思う。

 不器用だが、このお姉さんは異端マイノリティに進んでいった弟を今でも案じているのだ。なのに近付

き直す方法が分からなくて。向こうも詰めようとして来なくて。

「大丈夫です」

 だから睦月は微笑んだいった。横で、國子が静かに目を瞬いてこちらを見ている。

「大江君には今、いっぱいの仲間がいますから」

 言わずもがな、それは電脳文化研究会であり、M.M.Tのことだ。

 しかしかのじょは当然ながらそこまでは知らない。だけども弟のクラスメートが目の前でそう笑

ってくれていることが、密かに嬉しかった。

「……そっか。あいつもあいつで、何とかやってるんだね」


 あまり長居して質問攻めしても怪しまれるだけなので、予定通り気持ち早めに立ち去る事

にする。

 睦月と國子は大江宅を後にすると、来た道を戻っていた。睦月は仁が姉──や、おそらく

家族にもちゃんと見て貰えているのだと分かって何だか安堵していたし、一方で國子は平素

の淡々とした寡黙さを崩さない。

 少なくとも、手掛かりらしい手掛かりはあまり得られなかった。

 ただ一点。どうやら仁は、先日のカメレオンの襲撃以来、人前から姿を消してしまったと

いう情報だけである。

『マスター、三条の坊ちゃんからお電話です』

「うん? ああ、ありがと」

 そうしていると、パンドラが皆人から掛かってきた電話を取り次いでくれた。睦月は上着

のポケットから彼女ごとデバイスを取り出し、応答する。

「……もしもし?」

『もしもし、俺だ。どうだ? そっちに大江はいたか?』

「ううん。お姉さんには会ったけど、三日前から帰って来てないんだって。ちょうどカメレ

オンのアウターと出くわした日と一緒だよ」

『そうか。やはりか……。國子も聞いてくれ』

「? うん」「はい」

 互いの成果を報告する。皆人から知らされたのは、M.M.Tのメンバーが証言した仁の

不可解な反応。海沙の精密なブロマイドと、それを撮ったという同会メンバーの存在。

『名前は八代直也。こちらの呼び出しにも来ていなかった。俺達は最初の段階で疑うべき相

手を間違っていたんだ。もし奴が今回の本当の召喚主ならば、今までの違和感全てに説明が

つく』

 カメレオン・アウターの透明化能力ならば、ギリギリまで海沙に接近した、より生身の彼

女の写真を撮ることができるだろう。

 実際にそのブロマイドとやらを見せて貰ったが……あまりにも近過ぎる。

 もしかしなくても、仁は同じように疑問を持ったのではないか? アウターの存在は知ら

なくとも、盗撮の真似をしなければ撮れない画を八代は激写しているのではないかと。あの

日囮作戦に出た自分達と居合わせたのは偶然ではなく、彼も彼なりに八代の犯行の瞬間を押

さえようとしていたのではないか? グループの代表として、一人の人間として。

『これから急ぎターゲットを八代直也に切り替える。もしかしたら、大江は……』

 電話の向こうの皆人が、一瞬強く唇を噛み締めたようにギュッと籠もった。

 静かに睦月は目を細めている。何も責めず、労わず、ただ彼の冷静なる指示を待った。

『八代を捜すぞ。青野と天ヶ洲は家の車で送らせた。俺は一旦、司令室コンソールの皆と合流する』

「了解。僕らもすぐに追うよ。陰山さん、八代の家って分かる?」

 だが力強く頷いて電話を切ろうと横目を遣ったその時、対する國子は自身のデバイスを見

ては弄っていた。ちらと顔を上げる。すると予想に反し、彼女から返ってきた答えは──否

だった。

「……いえ。私達も一旦、司令室コンソールに向かいます」

「えっ? でもそれだと二度手間になるんじゃ……?」

 着替えか? 思ったが違う。彼女の眼は平素以上に油断のない眼光を湛えている。

「……睦月さんはお気付きでないかもしれませんが。現在、私達を尾行つけて来ている者達が

います」

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