12-(2) 組織と市民
時を前後して、学園の外。
やはり街はいつものように平穏無事を装い続けているが、少なくとも彼らはそんな一見し
た日常はとうに侵食されて久しいのだと知っている。
「……」
国立飛鳥崎学園──佐原睦月が現在通っている学校。
やや遠巻きにその敷地を臨める通りの物陰に、筧はじっと息を潜めて佇んでいた。
道行く人々は中々これに気付かない。いや、それぞれの用事、自らの生活を維持すること
に手一杯で、ぽつんと立つだけのこの中年男性一人に意識を向ける事すら無駄なのか。
「お疲れ様です。兵さん」
そうしていると、筧の方へ一人の青年がやって来た。筧の部下で相棒の由良だ。手には途
中何処かで買って来たらしいコンビニの袋が下がっている。
交わす言葉は最小限。筧は眼で彼と合図を取り合うと、袋を受け取って中身を出した。
惣菜あんぱんとパックのコーヒー。差し入れだ。早速包装を開けて口に運ぶ筧だったが、
その視線は変わらず油断なくじっと学園の方を見ている。
「それで……何か掴めましたか?」
「いや。今の所は何も。どうやら普通に学校に来たみてぇだな。もしかしたらこっちの心算
以上に長丁場になるかもしれん」
「……。そうですか」
筧と同じくサッと物陰に潜り込み、由良は学園の方を見遣り出す。
即ち張り込みであった。
進坊町で自分達が“怪物”と交戦し、入院する事になってしまったそれよりも前、ポート
ランドで期せずして助け揚げた少年。
その時に撮っておいた写真を元に身元を調べた結果、彼は学園高等部二年・佐原睦月だと
判ったのだ。だからこそ筧は、こうして先日から佐原少年の自宅と、彼の通うこの学園を往
復しながらその動向を二十四時間体制で監視していたのである。
……尤も、最初に下見に訪れた日の帰りが遅かったことを除けば、今日までこれといって
不審な動きは確認できていないのだが。
『佐原って……あの佐原ですか? 佐原香月博士の』
『あん? 何だ由良、知ってるのか』
『ええ。知ってるも何も、コンシェル開発の権威ですよ。多少なりともデバイスに凝ってる
人間なら、知らない人はいないんじゃないですかね? 一説には彼女の登場で、コンシェル
の技術は百年は早まったって言われてるくらいですし』
『……へぇ』
門外漢なので、その辺りの知識は由良から仕入れた。
佐原睦月。コンシェル開発の権威・佐原香月の一人息子。では父親は……? と調べてみ
たが、該当する情報は見つからなかった。どうもいわゆるシングルマザーという奴らしい。
まぁそれ自体は今日び特に珍しいケースでもないが……。
『──三条電機?』
『はい。春先までは同社の第七研究所に勤務していたようです。ですが』
『例の火災事故、か……』
だが引っ掛かったのはそこではない。次いで明らかになった、彼女ら母子と繋がり始めた
これまでの謎達のそれである。
筧は思わず深く眉根を寄せた。これは偶然の一致などではない。
実際、あの事件は表向き電気系統のトラブルによる火災として処理されたが、そうだとし
たらあれだけの規模の施設を丸々閉鎖してしまう理由が解らない。はっきり言ってしまえば
勘でしかないが、あの一件にはもっと別の事情が潜んでいると考えている。
……ポートランドなのだ。第七研究所の一件も、H&Dの東アジア支社も。
実の息子が知らなかったとは考え難い。なのに佐原少年は母の「元」勤務地を訪れていた
ことになる。そしてあの日、自分はその一角でずぶ濡れになり倒れている彼を助けた……。
もうただの偶然では済ませられない。
散発する怪事件、その陰でちらつくリアナイザという代物。
間違いない。
彼は少なくとも「何か」を知っている──。
「部長達、カンカンでしたよ? 退院早々また好き勝手に動きやがってって」
だが真正面から問い詰めてもあの少年は答えないだろう。逃げてしまうだろう。
だから押さえる必要があった。決定的な場面を押さえ、その上で切り込む必要があった。
「……言わせとけ。どうせ箸が転んでもあいつらは文句を言うんだ。そんな暇がありゃあ少
しでも事件と向き合えってんだよ」
眉を顰めていた筧の耳に、ややあってはたと、そう由良からの“伝言”が届いた。されど
筧は例の如くあまり聞く耳を持っていない。由良自身も、本気で彼を止めようとは思ってい
ないし、止められるとも思っていない。
(兵さん……)
それでも由良は、ハラハラする内心までもを一切拭い去れている訳ではなかった。
自分は彼ほど豪胆ではない。それでも彼について来ているのは、彼が自分に刑事としての
イロハを叩き込んでくれた師であり、尊敬する先輩であるからだ。
……だからこそ、心配の念は尽きない。
貴方のその一見して我が道を往くようなスタイル──組織の体裁よりも何より市民を想う
その正義感が、警察という組織の中でいつまで保たれるのか? もし過去の実績を全て排除
してでも上が貴方を潰そうと思えば、それは容易な事なのだから。
「考えもクソなくただぼやっと街を廻った所で何も解決しねぇぜ。なら俺は、少しでも早く
街の皆が安心できる可能性に賭ける」
「……。ええ」
その為に、この一連の謎を解くとば口となるであろう佐原少年を。
じっと張り込みを続ける筧の眼には、一種の鬼気迫るほどの力が秘められているように感
じられた。想いは力だ。だがそれは必ずしも、誰かにとっての「正しさ」とイコールで結べ
はしないのかもしれないと由良は思う。
「俺も付き合います。昨夜、寝てないでしょう?」
「……ああ。すまんな」
動きがあるとすれば放課後だろう。
ただそうして、二人は只管じっとその時を待つ。




