11-(5) 終わらぬ事件
『……』
部室棟を降りてから、二人はずっと黙っていた。言わずもがな仁との決裂である。
皆人は柄にもなく解決を急いたことを悔い、次へと思考を巡らせていた。
睦月はそんな親友の取った態度にまさかと思い、故に下手に慰めもできない。
「もう一度、情報を整理しなければならないな」
だが先に口を開いたのは、こちらの視線に気付いてあくまで冷静に振る舞う皆人だった。
先ずは國子達と合流し、事の顛末を伝える必要があるだろう。
「昨日の犯人だが、お前や國子が捉えようとも触れられなかったんだよな?」
「うん。多分あれは、僕は足でも引っ掛けられたんだと思うけど……陰山さんの木刀は間違
いなくあいつのいた場所を打ってた筈だよ。でも手応えはなかったって言ってた。直前でか
わされたんだろうって本人は言ってたけど……」
「ああ。あれで確信した。今回の犯人は姿を消す能力を持つアウターである可能性が高い」
「姿を……消す?」
「國子の朧丸やお前のカメレオン・コンシェルと同系統の能力ということだ。もしそうだと
仮定すれば、青野への被害を含め、これまでの全てに説明がつく」
ごくり。睦月は静かに息を呑んだ。確かにそれなら海沙の訴える見えない何者かの正体も
納得がいく。それでも内心は複雑だった。別の個体だとはいえ、自分達が持っているものと
同じような能力で誰かを──よりにもよって幼馴染を危険な目に遭わせられるとなると。
「今、香月博士達に大江から没収したリアナイザを調べて貰っている。もしあれが改造品で
あれば奴が召喚主であるのは確定するが……」
「でも、本人は違うって言ってたよね」
「……ああ。そこが問題なんだ。俺のミスとはいえ、あそこまで逆上されるとは思わなかっ
たしな」
言葉を挟まれ、再び皆人が閉口する。
よほど先刻の決裂がショックだったらしい。何分普段が淡々としていて、身分が身分だけ
に横柄だと勘違いされ易いが、今この親友は深く反省している筈だと睦月は思う。
『守れよ! 彼女は──海沙さんは、あんたの……ッ!!』
脳裏に蘇る仁の言葉。後半はその衝撃と途中で皆人が割って入ったことで結局はっきりせ
ずじまいだったが、睦月にとっても彼との決裂は少なからぬダメージだった。
本当に、彼が今回の犯人なのだろうか?
だったらあんな、彼女を思いやるかのような言葉を叫ぶ筈が──。
「うわっ……!?」
「──ッ!?」
だがちょうどそんな時だったのである。校舎裏を並んで歩いていた二人のすぐ前に、突然
何かが激しく叩き付けられたのだった。
寸前で風を切る音に意識を揺り戻され、回避する。
地面にはジュゥゥと蒸気を上げながら、まるで鞭か何かで抉られたような痕が残る。
「な、何……?」
『アウターです! この反応……昨日の見えない奴と同じですよ!』
「……どういう事だ。リアナイザは取り上げた筈だぞ」
慌てて身構える二人。しかし周りにそれらしい敵影はない。
パンドラが制服のポケットに忍ばせたデバイスの中から叫んでいた。皆人が愕然とした様
子で呟いている。……本当に、大江じゃないのか? 冷静沈着な親友に、確かな戸惑いが浮
かぶ。
「応戦するよ! 皆人、今回は文句ないよね?」
一方で睦月は即座に動き出していた。以前の、宙とクリスタル・アウターの一件を思い出
していたからだ。仕方ない──。コクッと頷く皆人をサッと片手で制して後ろに逃がし、睦
月は懐から取り出したEXリアナイザにデバイスをセットする。
『TRACE』『READY』
「変身!」
『OPERATE THE PANDORA』
高く銃口を掲げた彼を中心として、白い光球が空に撃ち上がる。同時にぐるりとスキャン
するように通り過ぎていくデジタル記号の輪は次々とこの見えない攻撃を弾き返し、主たる
睦月を守る。
降り立った光球が睦月を包み、彼を白亜のパワードスーツ姿に変えた。対アウター装甲、
通称・守護騎士。EXリアナイザをぎゅっと握り締め、睦月は未だ姿の見えないこの敵を睨
み上げる。
『攻撃、来ます! 十一時の方向!』
再び攻撃が来る。僅かに風を切る音だけが予兆だった。パンドラの熱源感知に助けられな
がら、睦月は四度・五度・六度、これをナックルモードに変えた武装で防ぎ、叩き落した。
その度に周りの地面は抉れ、やはり鞭を叩き付けたかのような痕跡が付く。
『──ッ! ──!?』
「睦月!」
『マスター、これでは』
「うん。埒が明かないね。だったら……」
目に見えない敵が驚いているような気配がした。皆人が、パンドラが呼び掛けてくる。
睦月は頷きつつ、既にホログラム画面を操作していた。
ブルーカテゴリ。水の力──感応能力に特化したコンシェル群である。
『ELEMENT』
『DRAINAGE THE TUNNY』
真横に撃った水色の光球が、旋回しながら睦月の左手に吸い込まれていった。そしてその
手に力が滾ったのを確認するようにぐぐっと拳を握り締めた次の瞬間、睦月はサッとこの掌
を開き、飛び出した大量の水を辺り一帯にぐるりとぶちまけていく。
「タニー・コンシェル……? そうか、その手があったか」
当然この場一帯は水浸しになる。事実校舎裏や倉庫の壁は放水で濡れ、ぴしゃぴしゃと雫
を滴らせてゆく。
『──ッ!? ッ……?!』
だがそれが目的だったのだ。姿が見えないのなら、見えるようにすればいい。
はたしてそれまで居場所も分からない敵の姿がそこにあった。放水を浴び、自らもずぶ濡
れになったその身体が、当初何もなかった空間の中ではっきりと半透明な凹凸を露わにして
いる。
『おお……』
「よし、見えた!」
「そこだ! 撃て、クルーエル・ブルー!」
正体が露見して慌てる敵、アウター。その隙を突き、続いて皆人が懐から取り出した調律
リアナイザで自身のコンシェル──クルーエル・ブルーを召喚する。
藍のメタリックブルーで統一された甲兵のような姿。構えたその手には鋭い小剣が一本。
顕現して直後、クルーエル・ブルーはこの握った得物を大きく振りかぶって突き出し、そ
の刃を猛烈な勢いで射出させた。
伸縮自在の刃。その特性を持った一撃は、寸分違わずこの水濡れのアウターの腹に突き刺
さり、背後の壁へと激しく叩き付ける。
『があっ!? いっ、痛ェェェッ!! 痛い痛い痛い痛いィィーッ!!』
その衝撃で、姿を消す能力が解除されたようだ。
はたしてそれはアウターだった。くすんだ緑色とギョロついた眼、おそらく先程の攻撃の
正体と思われる長い舌。
差し詰め、カメレオン・アウターといった所か。
能力も同系統であれば、その姿のモチーフも同じである。何とも厭な一致であった。
「……? 何か随分と人間臭いな」
「なるほど。そういう事か。睦月、おそらくこいつは今“同期”で動かされてる。召喚主が
リンクした痛覚で悶えているんだろう」
「ああ……」
ヒュン。伸ばした刃を一旦元に戻し、クルーエル・ブルーと皆人が見下ろすように並んで
言った。対して件のカメレオンは突き刺された腹を抱えてじたばたと地面を転がっている。
うつ伏せにになりながら、それでもくねくね、じわじわと逃げようとしていた。睦月は嘆
息をつき、再びホログラム画面を操作しながら新たな武装を召喚する。
『ARMS』
『WATER THE OCTOPUS』
左腕に蛸の吸盤を思わせる手甲が嵌められ、そこから幾本もの水の触手がカメレオンを捕
らえて縛り上げた。ぐえっ!? 逃げようとした彼を問答無用で引き寄せて、ぐいぐいと睦
月は力を込める。
「もう逃がさないよ。……でも皆人。実際こうやってまた犯人が──アウターが出て来たっ
てことは」
「……ああ。どうやら犯人は別にいるようだ。或いは、俺が取り上げたリアナイザがフェイ
クだったか」
渋い表情。皆人は認めざるを得なかった。
実行犯のアウターとその召喚主は、今同期状態で目の前にいる。
やはり、もしかしなくても自分達は、とんでもない勘違いを──。
「うおっ!?」
だがその直後だった。それまでオクトパス・コンシェルの水の鞭に捕らわれていたカメレ
オンが、突然姿を消してしまったのである。
睦月は抵抗する力を失ってつんのめりそうになった。ぬるりと滴る解かれた鞭だけが、虚
しく地面に零れ落ちている。
「逃げられた……? パンドラ、奴は!?」
『っ、駄目です。反応、ロストしました。此処にはもう居ません』
「同期を切った上で召喚を解除したか。抜かったな。あれだけ悶えていてもそれくらいの判
断能力はあったか……」
パンドラが答えてホログラムの中でふるふると首を横に振り、皆人もふむと口元に手を当
てながら小さく舌打ちをする。口惜しそうな表情を漏らして自身のコンシェルの召喚を解除
し、調律リアナイザを懐にしまい込んだ。
「ああ、もしもし? 俺だ」
「……」
近付いて来ながらデバイスを取り出し、皆人は電話を掛け始めた。話しぶりからしておそ
らく司令室だろう。睦月も変身を解除し、生身の制服姿に戻った。にわかに湧き上がってい
た緊張感も文字通り空振りした事でふいっと抜けてしまい、ただ辺りにはずぶ濡れの壁面と、
カメレオンが残した地面の殴打痕が残っているだけである。
「状況が変わった。香月博士に代わってくれ」




