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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-11.Emotion/結社M.M.T
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11-(4) 理不尽と格差

 皆人に呼び出され、睦月達は校舎裏の一角に集まっていた。

 睦月と海沙、宙が指定された場所までやって来ると、既にそこでは皆人と國子が軽く打ち

合わせをしているようだった。二人はこちらに気付いて振り返ると、では早速といった風に

話し始める。

「大江仁についてある程度情報が揃いました。私達のクラスメート、というのは皆さんとう

にご存知ですね? それといわゆるオタクと呼ばれる趣味嗜好の持ち主であることも」

「うん。何度かお友達と一緒に盛り上がってるのを見た事があるよ」

「それで陰山さん。何か、今回の事件に関係しそうなことってあったんですか?」

「……はい。直接的ではありませんが、彼は現在『電脳文化研究会』という同好会の会長を

務めているようです。放課後その部室に出向けば、彼との接触も容易になるかと」

「電脳文化……? 聞いた事ないなあ」

「それだけマイナーな部という事さ。そもそも小さなものまで含めれば、学園うちの文化部全て

を把握している生徒の方が珍しい」

 むー? 宙が記憶にもないと言わんばかりについっと小首を傾げ、皆人が淡々と國子の発

言を繋いだ。はい。國子は言い、更に調査報告を続ける。

「本題はここからです。調べてみるにどうやらこの同好会は、裏の顔があるようでして」

「裏の顔?」

「ええ……」

 首肯。すると國子は、珍しくそこまで口にすると言葉を濁した。

 睦月達はきょとんとする。いつも凛としている彼女を淀ませるなんて。……いや、表情か

らしてこれはひょっとして“苦笑い”なのか……?

「……陰山さん?」

「コホン。失礼。彼らの裏の顔とは、M.M.Tと名乗るグループです」

「? えむえむてぃー?」

「はい。その、正式名称を……『海沙さんマジ天使』と言います」

『……はい?』

 睦月と宙、そして海沙の声が殆どぴったり同時に重なった。特に当の海沙はたっぷり数秒

のタイムラグを経てから、ぼふんっと顔を真っ赤にする。

「な、なななっ……?!」

「え? 何それ?」

「掻い摘んで言えば、青野さんのファンクラブ、ですね」

「あ~、なるほどねえ。海沙は女の子女の子してるから……」

「ふぇっ!? えっ? えええーっ?!」

「落ち着け、青野。……一応訊くが、この事は?」

「し、知らないよぉ。初耳だよぉ~……」

「そうか。つまり非公式のファンクラブという訳か」

 わたわたと顔を真っ赤にして慌てふためく海沙本人を余所に、國子や皆人は妙に冷静にこ

れを見ていた。宙もファンクラブと聞き、何故か我が事のように嬉しそうに笑いながら納得

してしまっている。

「ですので、状況証拠としては申し分ありません。青野さんのファンクラブの会長であり、

昨日あの場にいた。今回のストーカーの正体、彼とみるのが自然かと」

「うう……」

「そっか。まさかこんな近くにいたなんてね」

「確かにねー。大体、あれからずっと逃げ回ってる時点で真っ黒だけどさ?」

「大方思慕を拗らせて先日のような凶行に走ったのだろう。取り返しのつかない事になる前

でよかった」

 つまり、そういう事なのだろう。ぷるぷると震える海沙の背中を擦ってやりながら、宙が

大きく安堵やある種嘆きの息をついている。皆人も、親しい友に迫る脅威の正体が判明する

に至り、淡々としている普段に比べて気持ちふっと優しさのようなものが滲んでいるかのよ

うに見えた。再び口元を引き締め、一度小さく息をつくと、言う。

「國子、二人を頼む。これから俺と睦月で大江と話してくる。もう二度とこんな事がないよ

うにな」

「はい。お気をつけて」

「行くぞ、睦月」「うん」

「むー……」

「? どうしたの、宙?」

「いやね? 海沙がカワイイのは当たり前だよ? でも何であたしのファンクラブは無いん

だろうな~って」

『……』

 知らんがな。

 睦月達は思わずそう、心の中で苦笑わらう。


「──ここか」

 そうして睦月と皆人は二人して、文化部棟の一角にある電脳文化研究会の部室前へとやっ

て来た。廊下の中途半端な位置。部名の小さなプレート以外特にこれといった装飾も見当た

らず、なるほど予め存在を知っていなければ見過ごしてしまう同好会の一つだろう。

「失礼する」

 扉を見上げ、少し躊躇している横で、スッと皆人がこれをノックして中に入って行った。

中には数人の部員らしきオタクと──彼らと話していた仁がいた。乗り込んできたこちらを

見て、あからさまにギョッとしている。

「なっ、何だお前らは!?」

「侵犯だぞ! こ、ここは俺達の神聖なる──」

「大江会長に話がある。少し借りていくぞ。来てくれるな?」

「……分かったよ」

 続いてにわかにざわつき、警戒感を露わにする部員達。だが彼らにまで用はない。少なく

とも現状の段階で巻き込む訳にはいかない。やはり睦月が気後れする中、皆人はそのまま仁

の前まで進み寄ると言い、本人からも了承を得てすぐに部屋の外へと出て行ってしまう。

「……何の用だよ。わざわざこんな所まで押しかけて来て」

「それはお前が一番よく分かっている筈だがな。いい加減答えて貰うぞ。何故昨日、あの場

所にいた? 何故俺達に見つかった瞬間、逃げた?」

 一旦部室棟端の螺旋階段を降り、途中の踊り場で本題に入った。仁はあくまで不用意に口

を開こうとはしなかったが、皆人と睦月に前後を確保された上では逃げ出す術もない。

 それは……。彼はやはり言葉を濁した。視線を逸らし、苦々しく何かとても迷っているよ

うに見える。

「大江君。君はアウターの召喚主なの?」

「アウター? 何だそれ?」

「とぼけるな。お前が昨日、青野にけしかけた者の事だ。あの時リアナイザだって持ってい

た。ストーカーの正体、お前なんじゃないのか?」

「ち、違う! 俺じゃない! 大体昨日も言ったろ、俺もTAをやってるんだからリアナイ

ザを持っててもおかしくはないって! つーか返せよ、俺のリアナイザ。一体何なんだよ?

いきなり、訳の分かんない事を……」

 自分達にだけになって──海沙と宙がいない状況になって、意を決して睦月が核心を突い

てみた。彼女らに自分達の戦いを知られる訳にはいかない。

 だが……対する仁は、ぶんぶんと首を振って否定してきた。知らない俺じゃないの一点張

りだった。そんなあくまで“抵抗”する態度に、今度は皆人からの更なる追及が飛ぶ。

「今日は持って来ていない。それより話は聞いているぞ? 青野に許可もなく彼女のファン

クラブをやっているそうだな」

「っ!?」

「ストーカーなど止せ。彼女を怖がらせてどうする」

「……」

 仁が言葉を詰まらせる。皆人はこれで彼がこの一件から手を引いてくればベストだと考え

ていた。海沙という睦月しんゆうの琴線に関わる戦い──彼を修羅の如くさせない為ならば直接の対

決は避けたかったし、何より彼のリアナイザは今、司令室コンソールに預けて分析中だ。これ以上、新

たな襲撃は起こらない筈だった。

「……んな」

『?』

「ざけんな! いい加減にしろ! 俺じゃないって言ってんだろうが! なのにそうやって

何かあったら全部オタクおれたちの所為にしやがる……。リア充てめぇらはいっつもそうだ!」

「……大江君?」

「大体! 佐原、てめぇだ!」

 だが返ってきたのは──予想以上の激情だった。一度は沈黙してしまったと思われた仁が

くわっと突然大声でどなり出し、次の瞬間には思わず困惑する睦月に振り向き、胸倉を掴ん

できてその出所不明の憎悪を向け始める。

「てめぇだよ。あんないいを二人も侍らせておいて、お前は何やってんだよ!」

「な、何を……」

「守れよ! 彼女は──海沙さんは、あんたの……ッ!!」

 ズン。まるで至近距離から心臓に銃口を当てられたような感覚だった。睦月の表情がぐら

ぐらと揺らぐ。しかしそんな実力行使を、今度は皆人がビシリと間に割って入って振り解き

ながら睨み返す。

「分かってる。その為に調べてるんだ」

 暫くの間、彼と仁はじっと睨み合っていた。けほけほと小さく咳を零しつつ、睦月は痛み

と混乱で掻き回された頭で必死にこの状況を把握しようとする。

「……ちっ」

 そして、先に退いたのは仁だった。小さく舌打ちし、苛立ちを抑え切れぬまま睦月を撥ね

除けると踵を返し、ずんずんと螺旋階段の上へと戻って行ってしまう。

 ぼうっと、睦月はそんな彼の立ち去った方向を眺めていた。皆人もようやく頭が冷えてき

たようで、やや逸らしめの視線でそっと胸元のタイを締め直しつつ、じっと何やら考え事を

している。

「皆人……」

「……。一旦戻ろう。すまない、失敗した」


 そうして二人もまた螺旋階段を降り、教室棟へと戻っていく。

 仁もまた、来た道を戻って部室に帰ろうとしていた。

 ……やってしまった。あいつらの態度が犯人だと決め付けてかかっていたからとはいえ、

これでは益々自分が怪しまれてしまうではないか。

 ガシガシ。ばさついた髪を掻きながら思い悩む。それに仲間達にもどう説明すればいい?

普通なら決して自分達の所になど来ないリア充あいつらのことを、何と言って誤魔化せばいい?

「──」

 ちょうど、そんな時だった。そうしてふと視線を前に向けたその時、物陰から一人の男子

がこちらを見ているのが分かったからだ。

 八代だった。目を瞬き、しかし仁は思う。

 ちょうど良かった。せめて事の真偽だけは、それとなく探りを入れておこう。

「何だ、聞いてたのか。悪ぃな。こっちでちょっとトラぶっただけだ。気にしないでくれ」

「……」

 しかし八代は黙っている。まぁいきなり言われても返事に困るよなと仁は思った。そして

努めて苦笑いを繕うと、彼は遂に問い掛ける。

「まぁちょうど良かった。八代、実はお前に訊いておきたい事があるんだけどさ──」

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