2-(0) 少年の闇
僕には父さんがいない。いや、いない筈はないんだけど。
少なくとも僕の記憶の中には全くと言っていいほど見当たらないんだ。事実顔も、名前す
らも僕は知らない。
物心ついて、母一人子一人が必ずしも普通じゃないと解って。
勿論、何度か母さんに訊こうとした事はある。何かしら事情を抱えて離れ離れになったの
は間違いないのだから。
でも、そうやって訊ねる度、母さんは哀しそうに微笑っていた。幼かった僕の頭を撫でな
がら「全ては貴方の為に決めた事なの」と言って詳しい経緯は決して話してはくれなかった。
だから……何時しか僕も訊ねる事を止めた。問い詰めても母さんを苦しめるだけだと子供
心に察したからなのかもしれない。
僕らは母一人子一人、それでいいんだと思う。今の時代、結婚の形はそれこそ多様だし、
何より母さんと父さんが決めた事だ。それが僕らにとってベストの選択だったんだろう。
母さんは研究者だ。IT技術で皆を快適に、幸せにする為の研究を日夜行っている。
物心ついた頃から母さんは多忙だった。一年を通して家にいる事は稀で、大抵は勤め先の
研究所に泊り込みで仕事をしている。
寂しいと……思わなかったと言えば嘘になる。
でも多分、僕も子供なりに解っていたんじゃないかなと思う。仕事に没頭すれば、その間
は過去を忘れられる。父さんと別れたその何かしらの過去を再生している暇は削がれる。それ
に僕に会わなくていいんだ。息子が目の前にいれば……否応なしに父さんの事が思い出さ
れてしまうだろうから。
幸い、僕には助けてくれる人達がいた。ご近所の青野さんと、天ヶ洲さん一家だ。
海沙と宙。それぞれおじさん・おばさんには事務的な手続きと、料理を始めとした家事全
般のスキルを学んだ。大切な人達だ。もし彼女達がいなければ、僕はとうに家で一人途方に
暮れていただろう。
今までずっと、僕はそんな皆の厚意のおかげで生きてきた。海沙、宙、皆人に陰山さん。
大切な友人にも囲まれて、僕は何一つ不自由のない生活を送れている。
だけど……いつも僕には穴が空いている。いつもぽっかりと、胸の奥に大きな穴が空いて
いて、気を緩めばすぐにでもその暗がりの中に巻き込まれそうになる。
助けてくれる人がいる。支えてくれる人がいる。
でも、なら僕はどうだろうか? 僕は彼らに、そうした恩に報えるほどの事をしてあげら
れているだろうか? どうしても埋まらない。受け取ってばかりで、与える事も出来やしな
い自分は悪い子なんじゃないだろうか? 折につけて、そう背中に針を刺されるような痛み
を覚えることがある。
……気付かれちゃ駄目だ。甘えちゃ駄目だ。
他人の厚意は素直に受け取っておくものだとは云うけれど、やっぱり何処かで後ろめたく
思っている自分がいる。
笑っていなくっちゃ駄目だ。不幸な顔をしていたら、きっとまた皆は僕を助けようとして
くれる。それが、何となくだけど、どんどん泥沼に嵌っていく事になるような気がして。
正直、恵まれているんだと思う。
でも……だからこそ僕は、自分が“欠けている”と自覚しているからこそ、この疑問を自
身に問い掛け続ける事を止められない。
“何故、僕はここにいるのだろう?”
“そもそも僕は、本当に生まれてくるべき人間だったのかな──?”