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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-10.Gaps/君が私を許さぬのなら
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10-(7) 退却者と挫折者

 クリスタル・アウターの討伐から数日。

 人伝に聞いた所によると、学園の新生女子水泳部が望んだ最初の大会は、表彰台にも入賞

にも届かずの結果に終わったという。

 ここ数日、幾つかの憶測が生徒らの間で流れてはいたが、その主な原因は大会直前に負傷

欠場した部長だと云われている。かねてより彼女の牽引によってチーム作りが行われていた

同部にとって、その欠場は部員らのメンタルや士気に大きな影響を及ぼしたのだろうという

のが大よその見解だ。

 噂は流れる。時は流れる。

 大多数の人間にとってはただの話題の一つに過ぎない今回の事件も、やがては彼らの記憶

の中から忘れ去られていくのだろう。


『──水泳部を辞めた!?』

 だからその日の帰り道、宙からそう何気なしに打ち明けられた話題に、睦月と海沙は声を

揃えて驚いていた。

 ちょうど場所は道中の商店街。

 夕暮れの人通りが故に周囲の買い物客らの何人かが思わず反応し、振り返ってくる。

「うわっ!? びっくりした~……。え、何? そんなに驚くこと?」

 なのに当の宙本人は寧ろそんな二人の反応に驚き、あははと苦笑いを零していた。ばつが

悪いといった感じでぽりぽりと頬を掻き、周囲の眼が注がれ、そして捌けていくのを一瞥し

ながらそのまま二人に質問責めにされる。

「な、何で……? あんなに泳ぐのが好きだったのに」

「だからだよ。こりゃあもう、潮時なのかなぁと思ってさ?」

「……それって、もしかしなくても部長さん?」

「うん」

 曰く宙自身、前々から晶の熱血路線とは合わないと感じていたらしい。

 それでも在籍し続けたのは、学園に通ったまま泳げる環境があるからだ。中等部の頃から

一緒の友達がいたからだ。しかし今回の一件で部のグルチャから外され──自分以外の全員

が晶へと靡いたのを目の当たりにした事で、それももう限界だろうと判断したという。かね

てよりその性格の違いから、彼女に嫌われていたことも手伝って。

「別に責めるつもりはないけど、気の合う子達も結局部長に下っちゃった訳だし。ならそこ

までしてあそこに居続ける意味はないかなぁ~って。泳げる場所なら、何も学園だけじゃな

いしね?」

「で、でも……。それじゃあソラちゃんばっかりが損してるじゃない。本当に、いいの?」

「いいも何も、お互いの為ならそれがベストじゃない。我を張り続けたって、失うものの方

がきっと多いよ? いーのいーの。これはあたしの問題なんだから。だからあんたがそんな

泣きべそかく必要なんてないの。オーケイ?」

「う、うん……」

「……」

 あくまで親身に──些か同情し過ぎて心配してくる海沙ともに、されど宙はあっけらかんとし

て笑っていた。ぽむと彼女の頭に手を当て、不敵な笑みを口元に浮かべながら優しく撫でて

やる。

 だがその一方で、睦月はじっと何も言わずに黙っていた。この幼馴染の語る言葉がはたし

て何処まで本意なのだろうと思った。

 ……正直を言うと、悔しかった。

 アウターも倒し、法川部長を改造リアナイザの呪縛から解き放ったというのに、これでは

戦いに勝って勝負に負けたようではないか。何より宙と法川部長、両者の溝は結局埋まる事

なくこうして別れようとしている。一体何の為の、戦いだったのだろう?


『──ごめんね。宙ちゃんの記憶、私達じゃ戻せそうにないわ』


 事件後、司令室コンソール香月はは達が告げてきた言葉。

 曰く結晶化した記憶──電気信号を解析することは出来ても、それを再び本人の脳内に戻

すというのは物理的に困難なのだそうだ。

 だが実際問題、あの時の記憶を取り戻されてもメリットはない。当局による捜査もあの後

進展があったという話も聞かない。宙本人は意図してなのか語らないが、噂では事が大きく

なるのを嫌った学園長から口止めを頼まれたとも云われる。事実こうして自分は無事で、他

に被害者がいないのだからと、結局彼女は被害届を出さなかった。

 事件はこのままうやむやにされていくのだろう。

 だが内心、正直な所を言えば、何とも言えない徒労感や無力感がへばりついている。

「睦月ー、どったのー?」

「むー君……? どうしたの、ぼ~っとして?」

 気付けば先を行く幼馴染二人が、揃いきょとんとしてこちらを見ていた。

 睦月はハッと我に返る。何でもないよと作り笑いを浮かべ、気持ち小走りで彼女達に追い

つきながら胸の中のもやもやを意識の外へ外へと押し遣るよう努めた。

「ほら、急いだ急いだ」

「あのね? この前話したアイス売りのおじさんが来てるんだって」

 自らに降りかかった事件なのに、いつもと変わらぬように笑う快活な少女。

 そう付け加えてこちらに手を伸ばしてくる、控え目で大人しいながらも心優しい少女。

「……うん」

 睦月は差し伸ばされた手を取った。くいっと引っ張られ、夕暮れの商店街を歩く。確かに

今回の事件もまた、彼女ら幼馴染ズや多くの人々にとっては、一時を賑わす程度のニュース

でしかないのかもしれない。

(あんまり考え過ぎない方がいいのかな……? 僕は、この二人を守りたい……)

 陰のある線目の微笑は、差し込む茜に隠されて。

 守護騎士ヴァンガードこと睦月の戦いは、こうしてまた一つ、ピリオドを迎えるのだった。

                                  -Episode END-

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