10-(2) 重責の虜(こ)
朧丸(もとい國子)が回収した結晶を司令室に持ち帰り、睦月達は香月らにその正体の解
明を依頼した。
様々な機器に繋がれた蒼白く輝く結晶。
そこから読み取れるあらゆるデータがグラフになり、数字の羅列や表になり、香月のPC
画面上に長々と表示されていく。
「うーん……。この電気信号の蓄積は、おそらく記憶ね」
「記憶?」
「ええ。人間の記憶──脳内の情報というのは無数にやり取りされる電気信号だっていう話
は聞いた事があるでしょう? 詳しい原理はもっと突っ込んで解析してみないと断定できな
いけれど、この結晶はその電気信号、記憶を部分的に抽出したものだと見て間違いないわ」
「記憶を……抽出」
「なるほど、そういうからくりか。天ヶ洲が何も覚えていない原因も、これなんだな」
香月らが慎重にこの電気信号を変換し、映像として復元したそれは、誰かが繁華街らしき
場所で“遊んで”いる様子であった。
尤も記号情報だけで映像自体は鮮明さとは程遠い。電気と電気を繋ぐ線が辛うじて、睦月
らにこれを映像として音声として認識させてくれるといった程度である。
國子曰く、この結晶は法川家──晶の自室から持ち出して来たものだという。
室内には他にも、戸棚の中に同じようなものが大量に収められていた。分析通り、他のそ
れも同じように誰かの記憶を抜き出したものだとすれば、法川晶とそのアウターはターゲッ
トにした人物の記憶、遊び惚けている彼ら自身を片っ端から削ぎ落としている事になる。
「急に朧丸が出てきたと思えば……。そっか、僕らがおばさんと話している間に國子さんが
先輩の部屋を調べていたんだね」
「ああ。逆に本人がいれば確保するつもりだった。おそらく必死に逃げるだろうが、その時
はお前に力ずくでも戦って押さえて貰おうと考えていた」
「まぁ……そりゃあ、止めなきゃまた被害も増えるだろうけどさ……。何で言ってくれなか
ったの? 居場所を訊くよりも、アウターの能力を探るのが本当の目的だったなんて。僕っ
てそんなに信用ないかなぁ」
「……そうむくれるな。大体お前、腹芸ができるクチか?」
うぐっ。線目な人の良い人相が、ぐうの音も出ない指摘に固まった。
睦月はぽりぽりと頬を掻き、この中々どうして権謀術数巡らす親友の、平然とした表情の
下にある底知れなさを思う。
良くも悪くもこちらの性格をよく知っているからこそ、敢えて伝えなかったのだろう。
そう考える事にした。実際事前に伝えられていたら、ちらちらと彼女の後ろばかりを気に
して怪しまれていたかもしれない。
「それにただアウターを倒しても、彼女の目的や動機が解明できていなければ第二・第三の
召喚を求める筈。俺達の目的は、あくまでアウターによる被害を防ぐことだからな」
皆人は言い、そうふいっと半身を返して、睦月を含む司令室の職員一同を見渡した。
カタカタとキーボードを叩いていた香月ら研究部門の面々も顔上げる。それまで再生され
ていた断片的な映像と音声も、一旦オフにされる。
「今回のアウターの能力は結晶弾の精製、及びその結晶の中に対象の記憶を閉じ込めること
だと考えられるわ。事件の経緯から察するに、おそらくメインの能力は後者よ」
「でしょうね。それから法川晶の母から得た証言を踏まえれば、彼女の動機は、不真面目な
部員達の“矯正”──彼らを洗脳してでもチームを纏めようと願ったからだと考えられる」
「……それって、悪い事なのかな? それだけ部長として必死になってるって事じゃ」
「いや、悪だ。他人の意思を捻じ曲げてでも自分の都合を実現しようとする──その目的の
為にアウターという存在に手を出した。俺達対策チームからすれば、それだけでもう充分に
討伐対象だろう?」
それに……。香月らと互いに意見を交換し、そこへふいっと素朴な疑問を差し挟んできた
睦月。親友に皆人は、一度スッと目を細めて言葉を切ると言った。
「実際問題、天ヶ洲が襲われた。下手をすれば後遺症すら出るかもしれない真似を彼女達は
犯したんだ。許せるのか? お前は」
「──ッ!?」
だから次の瞬間、彼の言葉に、睦月は思い出したように身体中が熱くなった。
そうだよ。先輩は、僕の幼馴染に手を出したんだ。許せる訳……ないじゃないか。
そうだよ。だからあの時、僕は後先も考えずに変身を──。
「……」
ギュッと唇を結んで押し黙っている睦月。
そんな親友の様子を、皆人はじっと気持ち遠巻きに眺めていた。目を細めたその表情に陰
を作っていた。
それは後ろめたさの類。一度はその直情を叱責し、しかし今こうして再び戦意を刺激する
為にそんな友の心の闇を利用している……。
「何よりこのままアウターの力に頼り続ければ、彼女は奴の実体化に手を貸し、改造リアナ
イザにより一層蝕まれる事になる。そしていずれ実体化が完了してしまえば、もう用済みだ
と始末されてしまう可能性が高い」
これまでの、ハウンド・アウターの一件のように。
改めて睦月達は気を引き締めた。室長たる皆人を前に一斉にその目を見、指示を仰ぐ。
「睦月は件の市民プールへ向かってくれ。こちらで誘導する。彼女とアウターを誘き出し、
今度こそ叩き潰す。國子は念の為天ヶ洲についてやっていてくれ。青野も一緒の筈だが、も
しもの事もある。残りはそれぞれ定位置に。この休校中に、結晶使いのアウターを倒す!」
『──了解!』
時を前後して、飛鳥崎公営プール。
その一角では学園の女子水泳部が陣取り、部長たる晶と顧問の指導の下、一見すると一丸
となって練習に勤しんでいた。
しかし……晶を除き、部員達や、或いは顧問の教諭のまでもその目は虚ろで思い詰め、何
処か鬼気迫ったような泳ぎを繰り返している。
遊びに来ていた幼い子供達が遠巻きに怯えていた。しかし晶はそんな周りの様子など一向
に構う様子などない。
そして何度目のタッチだったろう。とんとんと統制されたように潜り、泳ぎ切った部員達
が一通りメニューをこなしたのを確認して、競泳水着姿の晶は腰に手を当て、言う。
「じゃあ午前は一旦ここまで。昼休みにしましょう。一時間後、ここに集合」
『はい!』
やはり一糸乱れぬ隊列でプールから上がっていく部員達。
それらを横目に、彼女は何やら一人、気持ち早足でその場を立ち去っていく。




