10-(1) それぞれの捜査網
先日の破壊事件を受け、学園は急遽数日の休校措置を取った。
妥当な判断だろう。そして片側の当事者である睦月達にとっても──あのアウターと召喚
主を追う時間を確保するという意味でも──それは都合が良かった。
朝から襲われた当人である宙は、学園に呼び出されて事情聴取を受けている。
尤も、先日海沙達に漏らしたように、本人は「だから何も覚えないんだってば~……」と
うんざりした様子ではあったが。
休校となった数日を利用して、報せを受けた所轄の捜査員らは現場となった校舎裏を手分
けして調べていた。
まるで銃を乱射でもされたかのような、蜂の巣状態になった地面。
奇怪な。思いつつも彼らは何か手掛かりはないかと屈み、目を凝らす。無数に空いた穴に
指先を突っ込み、その原因となったものを──結晶片を白手袋の上に転がす。
「……何だこりゃ」
「石、かな? 随分とキラキラしてるけど」
「こっちにもあるぞー。多分この穴ぼこの原因はこれで確定っぽいな」
「だな。しかし何でこんな物が……」
そんな時である。ふと校舎の向こうから、ざりざりと複数の足音が近付いて来るのが聞こ
えた。振り返ればいかつい揃いの、スーツ姿の男達。白鳥とその取り巻き達だった。所轄の
捜査員達はその姿を認めると慌てて立ち上がり、軽く頭を垂れて彼らを迎える。
「こ、これは警視」
「どうしてこちらへ……?」
「奇妙な事件があったと聞いたものでな。もしかしたらテロかもしれない。何せ此処は国立
の教育機関だ。ここからは我々が指揮を取る」
おずおずと訊ねた彼らに、白鳥の態度は堂々としていて朗々だった。
曰く一連の、飛鳥崎で散発する破壊活動──テロに関連しているかもしれないとのこと。
現場の指揮権は、そうして突然彼の手へと渡った。
(何で中央署が出張って来るんだよ。テロかもしれないっつっても、まだこのヤマがそうだ
と決まった訳じゃあ……)
(というか、一課の担当じゃないような……。外事課じゃねーの?)
現場をぐるりと眺めるようにして通り過ぎていく白鳥達。返してみせた態度こそ所轄故、
従順を装っていたが、急な介入に末端の捜査官達の間には戸惑いが広がっていた。
(どうせ中央の一課が来るなら、兵さんが良かったな……)
(しっ……! 警視の前であの人の名前は出すなって。聞かれたら拙いぞ)
(だがまぁ仕方ねぇよ。確かこの前の進坊の事件で怪我して、入院中なんだろ?)
ひそひそ。彼らは地面に屈んで実況見分の続きに取り掛かり、しかしその実はたと燻った
不満に眉を顰めている。
破天荒だが、筧は多くの事件を解決したベテランで、後輩の面倒見も良かった。だが一方
でその性格から白鳥ら組織上層部と度々衝突しているという話は、飛鳥崎の刑事達の間では
割と有名な語り草である。
「……」
白鳥は、そんな末端の彼らの囁きをしっかり聞いてはこそいたが、特段その場で窘めよう
とはしなかった。
肩越しにちらり、僅かに眼だけを向けて彼らの背中を見る。筧兵悟に度々突っ掛かれてい
るのは事実だ。だがそれを指摘されたからといってあからさまに怒り、その都度発言者を罰
するというのも、白鳥はくだらないと考えていた。時間の無駄で、凡庸なる者達と同じ目線
に立つ行為だという侮蔑があった。
その間も書類を片手に、取り巻きの部下達が大よその経緯を報告してくる。
「……可及的速やかに。いつものように」
白鳥は周りの捜査員らが気付かぬように、そうぽつりと、ごく自然な面持ちで言った。
学園が休校になったのをこれ幸いと、睦月と皆人は翌日、ある場所へと向かっていた。
今回のアウターの召喚主・法川晶の自宅である。
素直に家に居ればよし、居なくても何かしら家族から情報を聞き出せればよし。
宙の事は心配だが、今頃は海沙もついてくれているし、何より警察の取調べ中だ。ならば
出来るだけ早く改造リアナイザと叩かねば。
──國子曰く、先日クラスへ宙を捜しにやって来た部員らを訪ねたが、時既に遅しだった
のか彼女らはすっかり人が変わってしまっていたという。
どこか虚ろで狭まった視界のような。
先日の懇願の事を問うてもまるで覚えておらず、ただ「練習があるから」「行かなきゃ」
とぶつぶつ呟きながら立ち去ってしまったのだという。
「それって……どういうこと?」
「さてな。だが、彼女らに何かあったのは間違いないようだ」
そもそも一体あのアウターは何をしようとしていたのか?
報告を聞いた時、睦月は頭に大きな疑問符を浮かべたものだが、一方で皆人は「ふむ」と
思案しながらデバイスを弄り、國子らに二・三何かを指示しているようだった。
「皆人、何してるの?」
「……ちょっとな」
「は~い。……あら? どちら様?」
暫くして法川邸へと到着し、呼び鈴を押す。
玄関先に出てきたのは、エプロンを引っ掛けたやや痩せめの女性だった。
顔立ちも晶と何となく似ていた。おそらく母親だろう。二人は怪しまれぬよう丁寧に会釈
をして簡単に自己紹介すると、晶は何処かと訊ねた。
「ごめんなさいね。今はいないの。あの子なら今朝から出掛けてるわ。多分市民プールじゃ
ないかしら? 水着の袋も持っていたし」
「市民プール?」
「ええ。ほら、学園がこの前の乱射事件とかで休校になっちゃったでしょう? でもうちの
子、水泳部の部長で、大会も近いから。練習をしない訳にはいかないって……」
そして返ってきた答えに、二人は顔を見合わせた。
また水泳部か。どちらから言うでもなく、やはり今回の事件は部活がキーワードなのか。
「もしかして、晶のお友達? 見かけない顔だけど……」
「えっ。あ、いえ……」
「知人です。友人がその水泳部なので」
「ああ……」
「それで、他言は無用なのですが。その乱射事件で狙われたのが、部員らしいんですよ」
「!? 何ですって!?」
口篭りかける睦月をフォローするように皆人が言葉を被せ、更に大きな情報をこの母親に
ぶつけていた。
ちょっ……いいの?
睦月はぎょっとしてそう親友の方を見てアイコンタクトを送ったが、ちらと視線を返す彼
の表情は落ち着いている。任せろ、という事か。
改めて睦月は、皆人と共にこの晶の母親を見遣った。彼女は思わぬ所から思わぬ情報を聞
かされて、少なからず動揺しているようだ。
「……些細な事で構いません。教えてくださいませんか? 法川先輩に──水泳部に、最近
何か変わったことはありませんでしたか?」
敢えて言わない。まさか相手も自分の娘が犯人だなどと夢にも思っていないだろう。
誘導するように、皆人は訊ねていた。
ぐらぐらと揺れている彼女の瞳。きゅっと唇を噛み締め、じっと一度記憶を呼び起こすよ
うに思案し、次の瞬間この母は答えていた。
「変わったこと……ではないかもしれないけど、気負ってはいるわね。二年になる時に部長
に選ばれて、皆を引っ張らなきゃっていつにも増してピリピリしていたわ」
元から生真面目な子だから……。
そう苦笑いする母の言葉は、何処となく哀しそうだった。
おばさん……。睦月は思わずその心情に目を伏せそうになるが、皆人は落ち着き払い、た
だじっと彼女とその後ろで半開きになっている扉を見ている。
「それで……あの子と事件に何の関係が?」
「いえ。そこまでは。ただ、友人に関わる事なので、自分達もじっとはしていられなくて」
「……そう」
彼女はふっと微笑みを作り、努めて笑おうとしているように見えた。
それから二・三、睦月と皆人は幾つかのやり取り──特に件の市民プールの場所を聞き出
すと、再び丁寧に会釈してその場を辞す。
「市民プールか。法川先輩とアウタはーはそこに……。行くんだね?」
「ああ。だがその前に」
そして踵を返して最初の路地裏に入ったその直後だった。指針が見えてきて意気込む睦月
に皆人ははたと片手でこれを制すと、それまで何もなかった空間にぱちんと指を鳴らして合
図を出し、そこから人影を──國子のコンシェル・朧丸を現させる。
「えっ? 朧丸……? って事は、陰山さん?」
「首尾はどうだ?」
『はい。この通り』
思わず目を見開く睦月、動じる事なく訊ねている皆人。
すると見れば、自身のコンシェル越しに答えた國子の──ステルス状態を解いた朧丸の掌
には一つ、蒼白く輝く大きな結晶が握られていたのだった。




